殺りん話を、とりとめもなく・・・ こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。
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二人の童女に両方から手を引かれ、りんは殺生丸の表情を気にしながらも、
部屋の外へ引っ張られるようにして出ていった。
部屋の中には、霧姫と殺生丸の二人が残り、
霧姫は檜扇の向こうで、殺生丸の表情を見て、くすりと笑った。
「・・・どういうことだ」
「何がです?」
「・・・私の為、とは」
夜明けの最初の一秒<9>
殺生丸から怜悧な視線を向けられて、霧姫の目が、妖としての本性をゆらめかせた。
一族の中でも、有数の妖力を誇る霧姫。
・・・1000年を越える年月を、眺めてきた目である。
その目は、殺生丸に天空の宮城に住む、母親を思い出させた。
「・・・その前に、私もお伺いいたしたく思いますわ、殺生丸さま。
そもそも、あなたさまは、あの姫さまを一体これからどうなさるおつもりですの?
か弱い人間の姫を連れて旅をする目的など、さしてございませんでしょう。
それに、あの姫さまは、殺生丸さまが自ら人間たちに預けてお育てになられたのでしょう?
・・・人間(じんかん)に返すおつもりだったのではないのですか?」
霧姫の問いに、殺生丸は霧姫から目を逸らし、りんが出ていった方向へ目を向けた。
・・・確かに、そう思っていた。
りんが人間として幸せに暮らすのなら、
妖である己と生きるよりも、人里で人と共に生きるべきだ、と。
それゆえ、あの奈落との戦いが終わった日、幼いりんをあの老巫女へ預けたのだ。
人間の心は、妖と違い、移ろいやすい。
それは仕方のないことなのかもしれぬ。
一つの想いに縛られるには、あまりに短い命だ。
その短い生の中で、必死になって子孫を残し、世代を繋いでいく。
生きていくために、心を環境に合わせて移ろわせていくのは、
人間がもつ強さと逞しさなのだろう。
長い命を生きる妖には、とても出来ない芸当だ。
殺生丸とて、りんを人里に還した時に、それは覚悟した。
人里に馴染み、人と触れ合いながら生きていく間に、
りんの心は殺生丸から離れていくだろう、と。
けれど、りんは、変わらなかった。
どんなに人里に馴染んで暮らすようになっても、
月にたった一度の逢瀬でも、己に向ける思慕の眼差しは変わることがなかった。
・・・むしろ、その気持ちは強くなっていったといってもいい。
それに気付き、むしろ身を引かねばならないのは己の方だとすら思っていた。
けれど、昨晩りんは迷うことなく己を選んだのだ。
幼い頃から、その気持ちは全く変わっていないのだ、と。
あの娘は、泣きながらそう言った。
「・・・あれは、人ではなく私を選んだ。ならば、私があの娘を守るまでだ」
その言葉に、霧姫は目を細めた。
「・・・りんさまを娶る、と仰るのですね」
「・・・・」
「・・・人は、儚うございますわ」
「・・・承知の上だ」
殺生丸の目は静かで、深い色をたたえていた。
霧姫には哀しく見えるほどに。
「・・・殺生丸さまは、今までお父上の背中を追い、ひたすらに力を求めていらっしゃった。
この後は、りんさまと共に旅をして、一体何をお求めになられるおつもりですか?」
「・・・」
「・・・もうお気づきになられているのでしょう?
己の妖としての力は、あの闘牙王さまを完全に越えてしまったことを。
結界でお預かりしているあの剣は・・・爆砕牙、でしたわね。
あのような剣を、自らの体の内から手に入れられてしまったのですもの。
今はもはや、戦うべき敵も見つからないのではございませんか?」
殺生丸の表情が、険しいものになる。
「・・・何が言いたい」
「・・・殺生丸さまは、200年前と比べて、背が伸びましたわね。
お顔も、すこし細くなられましたかしら?」
「・・・」
「私ども一族は、それはそれは長い命を持っておりますわ。
見た目もそんなに変わることはございませんわね。
けれど、生身の体をもつ妖怪である以上、そんな私たちの命にも、いつかは終わりがくる。
闘牙王さまがお亡くなりになったように」
「・・・はっきり言え、霧姫」
殺生丸がわずかに苛立ちを含んだ声で言う。
霧姫は、僅かに哀しげな目をした。
「・・・けれど、このあわいの番人である私には、それは叶いません。
私は・・・死ぬことができぬのです。
ここは、生も死も混沌のあわいの中でしょう?
ここに長くいると、体の中に黄泉の気が溜まり、
生命を刻む時が生きたまま止まってしまうのですわ。
殺生丸様は私の見た目などにはさして興味もございませんでしょうから、
私を見てもお気づきにはなられなかったでしょうけれどね。
ここの番人である私の命は、もうずいぶん昔から止まったままなのですよ」
殺生丸は、霧姫を見つめたまま瞠目した。
一族の中から、有数の力を持った妖が、この結界を守るのだとは聞いていたが、
まさかそのような生き方を強いられるとは知らなかった。
霧姫はそんな殺生丸を見て、寂しげにくすり、と笑った。
「そういうわけで、私はもう、このあわいから出ることは叶わないのです。
現世(うつしよ)へ出れば、体の中に溜まったの黄泉の気は、死者のものへと変わります。
死が、あっと言う間にこの身を喰らいつくしてしまうでしょう。
このあわいで生きることに限界を感じたら、
残される道は、黄泉の国へ自ら赴くことだけ・・・」
「父上が、それを命じたと・・・?」
柳眉を顰めた殺生丸に、霧姫は困ったように微笑んだ。
「・・・これは、私が望んだことでもあるのです。
朝凪と夕凪の父親を失った時点で、私はすでに生きる意味を失っていました。
それで、一族の中でもなかなか受けようとするものがいない、
このあわいの番人になることを受け入れたのですわ。
他の誰かを、あの人と同じように愛することなど、できなかった。
愛しいあの二人の子供を手放すことも、できませんでした。
こんな寂しいところで生きることを強いてしまって、
あの子たちには可哀そうなことをしたと思いますわ。
・・・けれど、妖である、殺生丸さまにならお分かりになるでしょう?
こういうことに関しては、私たちは人間などより、よほど不器用ですものね。
どんなに足搔いても、己の気持ちに嘘がつけない生き物なのですわ、私たちは。
私は、たった一つの、大切な想いとともに、ここで静かに生きることを選んだのです。
・・・闘牙王さまは、私にしきりに「考え直せ」と仰っておられましたわね。
あの方は、限りある命の素晴らしさを愛しておられましたから。
私をここの番人に命じることを、とても渋っておいでだった」
「・・・りんは・・・どうなる」
そう聞いた殺生丸に、霧姫は、遠い目をして呟いた。
「私がお勧めいたしましたように、定期的にここへお通いになれば、
りんさまにもよく似た現象が起きましょう。
・・・命の擦り減り方が、少し緩やかになるだけですわ。
私のように、ここへ住みつくわけではありませんから、
必要以上に黄泉の気が体の中へ溜まることはないでしょう。
闘牙王さまは十六夜さまをお連れになったのは一度だけですし、
実際にここの湯殿へ通うことを試した人間はおりませんので、
寿命をどのくらい引き延ばせるかは分かりませんが。
・・・それに、代償を伴うかもしれませんし」
「・・・代償だと?」
霧姫は、寂しそうに微笑んだ。
「・・・殺生丸さまもご存知でしょう?
人間の魂は、とても脆いのです。
私どものように永遠の生を受け入れられるほど、頑丈ではありませんのよ。
りんさまの、あの美しい光のような魂の輝きが、
命を引き延ばした後でも、そのままかどうかは、分かりませんわ。
そうでなくとも、人はその肉体の老いとともに、魂は輝きを失っていく生き物なのです。
ここの泉が、肉体と魂と、そのどちらにも霊力を及ぼすかはわかりませんわ。
けれど、下界にある人魚の肉などを食すよりはずっと安全ですわね。
・・・旅の目的として、考えられていたのではありませんか?」
「・・・・・」
殺生丸は忌々しげに、その柳眉を寄せた。
確かに、このまま旅に出て、行き着くところは分かりきっている気がした。
りんの儚い命を、少しでも延ばしたい、と。
愛せば愛するほど、そう願ってしまうことは分かっている。
人魚の肉に関しては、当然、その存在は知っているし、
りんの為にその肉を求めてみようかと考えてみたこともある。
だが、知れば知るほど、あれほど悪趣味なものはないと知った。
あれは、食べた人間のほとんどを化け物に変える。
あれで永遠の命を得た人間など、ごくわずかしかいない。
どんな方法であれ、己の欲望のままに命の長さを歪めることに、
殺生丸は本能的な禁忌を感じている。
それは、「りんがりんでなくなるかもしれない」ということを、
本能で感じとっていたからだろう。
己が愛しているのは、・・・やはり、あるがままのりんなのだろう。
非力な子供のくせに、悲しみのあまり言葉を無くしているくせに、
目の前の手負いの獣を必死に救おうとする、あのりんを、私は愛している。
・・・けれど、殺生丸には、分かる。
りんが今の話を知ったなら、きっと代償をものともせず、迷うことなく選ぶ。
「殺生丸さまの側に、少しでも長くいたい」と。
あの娘は、そう言うに違いない。
殺生丸は、庭に漂う霧を見て、目を細めた。
「・・・りんの好きにさせる。私が無理強いできることでもあるまい」
霧姫は、その目の色を深くして、殺生丸を見上げた。
それは、幼い頃に見た、優しい乳母の目。
「・・・私はせめて、あなたさまの生きる目的を少しでも増やしたいのですわ。
・・・私と同じ道を辿ってしまわぬようにね。
殺生丸さまは、私が大切にお育て申し上げた若君ですもの。
りんさまが少しでも長くあなたの側にいらっしゃれば、お子も多く授かりましょう。
そうなれば、守らねばならぬものも増えますでしょうし、
何より、あなたさまの寂しそうなお顔を見ずにすみますでしょう?」
「・・・余計な世話だな」
霧姫は、そう言った殺生丸の表情を見て、くすりと笑った。
その言葉とは裏腹に、その目には優しい光がともっている。
「・・・あの童女たちの父親は・・・・人間なのだな」
静かにそう言った殺生丸の目は遠くを見ていて、霧姫は、ふふふ、と笑った。
かつての殺生丸からは考えられない、落ち着いた声音。
「・・・・大人になられましたわね、殺生丸さま」
部屋の外に続いている長い渡り廊下から、
湯浴みの終わった少女たちの高い声が近づいてきていた。
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