殺りん話を、とりとめもなく・・・ こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。
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≪ その一言が、私の救いでした | | HOME | | 夜明けの最初の一秒<9> ≫ |
人里のはずれ、高台の草原の上で、
緑色の小さな妖怪が、数人の人間たちに囲まれていた。
双頭獣はその横で、我関せずといった顔で優雅に寝そべっている。
その双頭龍の鞍の上に、やんちゃそうな双子の女の子と男の子が一人、
歓声をあげながら必死によじ登ろうとしていた。
恐ろしい風貌の双頭龍と幼い子供の組み合わせは、
知らぬ人間が見たら思わず血の気が引きそうな光景だが、
双頭龍は幼い人間の子供には慣れているようで、大人しくされるがままになっている。
夜明けの最初の一秒<10>
緑色の妖怪は、杖を振り回しながらびょんびょん跳ねた。
「だーかーらーっ!!ワシにも分からんと言っておろうがっっ!!!」
「てめー、じらばっくれんじゃねえーっ!!」
「ちょ、やめなさいよ犬夜叉っ!」
唾を飛ばして反論する小妖怪の頭を容赦なく犬夜叉がぽかりと殴り、
このままでは話を聞き出せそうにないと思ったかごめが慌てて犬夜叉を止めた。
今にも人頭杖で反撃しそうな程に追いつめられた表情の邪見を見て、
法師はふう、とため息をついて言う。
「・・・まあ、何処にいるか知っておれば、
邪見がこんな所で一人で待っているはずもありませんか・・・」
夫の言葉を聞いて、心配そうな表情のまま珊瑚がうなずいた。
「そうだねえ・・・」
同じく不安を隠せずに、老巫女が念を押すように再度小妖怪に聞く。
「しかし、邪見、そなた、本当に殺生丸が何処へ行ったのか分からぬのか?!」
「や、やかましいっ!!ワシだってさんざん探したんじゃぞっ!!
阿吽に匂いを追わせたが、途中で立ち消えたように、
どこへ行かれたのか、ぱったりと分からなくなってしもうた。
今日は満月じゃから、とりあえずここにおれば、
殺生丸さまはりんを連れて戻って来られるであろうと思うたんじゃっ!!」
犬夜叉から殴られた頭を、涙目で抱えながら邪見は唾を飛ばした。
犬夜叉は、それでも納得できないように邪見へ言いつのる。
「昨日、伊織とりんが狼に襲われた時には、
助けに来たのは殺生丸一人だったそうじゃねーか。
いつも金魚の糞みてえにくっついてるてめえが、一体何処に行ってたって言うんだ」
「き・・・金魚の糞じゃと~~~~っ」
邪見は人頭杖をぶんぶん振り回して怒ったが、
かごめは、伴侶の意見が気になったようで、邪見の顔をのぞき込む。
「そうよ邪見、あなた、何処に行ってたの?」
「ふんっ!ワシは殺生丸さまの使いで、
3日前から殺生丸さまのご母堂さまの城へ行っておったんじゃ!!」
「せ、殺生丸のご母堂?!」
「あいつの母親ーー?!」
「殺生丸のお母さんーーー!?」
「ご母堂じゃと?!」
あまりの衝撃に口々に叫んだ人間たちの顔を見て、邪見は思わずたじろいだ。
てっきり、りんから聞いて、ご母堂さまの存在は皆知っているだろうと
思っていたからである。
「な、なんじゃ、お前ら、知らんかったのか?!
殺生丸さまのご母堂さまは、雲の上にそびえ立つ巨大な城にお住まいなのじゃぞ。
非常にお美しくあらせられ、数え切れぬ家来を従えておられるっ!
殺生丸さまのお父上亡き後、天空で、この秋津島の西を治めていらっしゃるのじゃ!!
きさまらのような下賤のものには、目通りも叶わぬわ!!!」
鼻息を荒げてそう言い切った邪見は、
信じられない、という表情をしたままの人間たちを得意げに見渡した。
「まぁ、殺生丸さまの第一の従者たるワシはもう何度となく目通りいただいておるがの!」
未だに名前を覚えてもらえないことは黙ったまま、邪見はふんっと鼻息を荒らげ、
自慢げな顔で、その小さな体を反り返らせた。
りんが今まで、楓をはじめ犬夜叉やかごめにも、
天空の城に住むご母堂のことを話さなかったのは、
かつてそこへ行き、天生牙の成長の為に自分が死にかけたからであり、
それを話すことによって、殺生丸の印象が悪くなるのではないかと、
幼いりんなりに案じたからである。
けれど、邪見にそんなりんの繊細な感覚が分かるはずもない。
「あの兄上の母上・・・それは、さぞかしお美しいでしょうなあ」
法師がぼそりと言い、横にいた珊瑚は呆れたように夫の顔を見る。
「考えることは、それか・・・」
かごめは、興味津々に邪見をのぞき込む。
「それで?!あんたは、その殺生丸のお母さんのところに、何をしに行ってたの?」
「や・・・やっかましいっ!なんで貴様らにそんなことを言わねばならんっ!!」
「ほーーーーーう・・・」
犬夜叉の目がキラリと光り、
あっと言う間に、邪見はその小さな足を掴みあげられてしまった。
「な、離せーっ!!」
「相変わらず懲りねえな、おめえもよー。
こっちは、りんの安否がかかってんだ、知ってることは何でも吐いてもらうぜ」
「それとこれとは関係がなかろうっっ!!離せーっ!!!」
逆さまにひっくり返った状態で、邪見は泣きそうになった。
今回ばかりは、ペラペラと喋ると、邪見の命がないかもしれない。
今回、ご母堂さまの城まで行った殺生丸の使いは、
今までにない内容のものだったからである。
それまで邪見がご母堂さまの城へ殺生丸から使いに出されたのは、
ほとんどがりんへの手みやげの調達のためである。
着物や身の回りのものなど、あの城から調達したものは、けっこうあった。
けれど、今回の殺生丸の命令は、単なる荷物運びではなかったのである。
邪見は殺生丸の命令を聞いたときに、嬉しさのあまり、思わず小躍りしそうになった。
長年にわたる流浪の生活に、いい加減疲れていた自分の、かねてからの夢が叶ったのだ、と。
だが、結果がどうなるかわからない今の状況では、
素直に喜んでいいものなのか、どうなのか。
喜びかけたのもつかの間、邪見はすぐに不安になった。
「・・・必要ないかもしれぬがな」
あの時、殺生丸さまは、遠くを見ながら邪見にそう言った。
殺生丸が、邪見を使いに出した、ご母堂への依頼。
それは、邪見が知る今までの殺生丸からはおよそ考えられないことであり、
その依頼が殺生丸の言うように、必要なくなるとしたら。
・・・それは、つまり、あの誇り高い主が、人間の娘にフラれたということになる。
そんなことを、こいつらに感づかれるのは、非常にまずい。
皆に知られて、主の機嫌が損なわれでもしたら、邪見の命もまた風前の灯火になってしまう。
「殺生丸さまがどこに住もうが、お前らには関係ないじゃろうがーーーっ!!!」
「・・・・・はぁ?!」
「・・・・住むって?」
「・・・殺生丸が?」
「・・・・・どこに?」
「・・・・ハッ!!!」
妙な沈黙が、草原に広がった。
邪見は逆さまになったまま、青ざめる。
・・・今、ものすごく口走ってはいけないことを口走ったような気がする。
あっけにとられた顔で、犬夜叉がぼそりと聞いた。
「・・・殺生丸は、どこかに住居を構えるつもりなのか?」
楓が、ごくりと喉を鳴らして聞いた。
「・・・それは、まさか・・・りんの為に、か?」
邪見は逆さまのまま、だらだらと汗をしたたらせながら、叫んだ。
「ワ、ワシは何も知らんーーーーーーーーっっ!!」
邪見が叫ぶと同時に、双頭龍がぐるるる、と声をあげて空を見上げた。
妖気に敏感な、楓とかごめと弥勒が、はっとしたように空を見上げる。
赤い夕焼けの空にキラキラと光る、銀色の髪、白く輝く長い白尾。
その腕の中には、皆の待ち望んだ華奢な少女の姿。
「・・・・りん!!!」
楓が思わず叫び、安堵のあまりその場にへたりこむ。
逆さになった邪見の全身から、冷や汗が滝のように溢れた。
「せ、せせせ、殺生丸さま・・・!!ワ、ワタクシは何も喋っておりません~~~っ!!!」
空から届く兄と少女の匂いを嗅いだ犬夜叉の表情が、少しだけこわばり、
それに気がついたかごめが、そっと犬夜叉に寄り添った。
「・・・よかった・・・りんちゃんは無事だわ・・・」
「・・・・これは、何だ? どういうことだ・・・?」
犬夜叉の言葉に、かごめは思わず、伴侶の顔を見上げた。
信じられない、いうような表情をした、伴侶の顔を。
※※※※※※
ふわり、と大妖が茜色に染まる草原に舞い降り腕を解くと、
腕の中の少女は、涙ぐんで老巫女の側へ駆け寄った。
「楓さま・・・!ご心配お掛けして申し訳ありませんでした・・・!」
へたりこんだ老巫女へ、りんがぎゅっと抱きつく。
老巫女も涙ぐんで、少女の背へ手を回した。
「りん・・・!無事で、何よりじゃ・・・!」
弥勒と珊瑚も、ほっとしたような表情を浮かべ、顔を見合わせた。
二人ともりんのことは、自分たちの子供と同じように大切に思っているし、
奈落の体内で犯した罪を償うためにも、特に珊瑚はりんを守らねばならないと、
常日頃から思いつづけてきた。
りんが戻ってこないと聞いて、不安でしかたなかったのは、楓と同様である。
かごめも、思わず涙ぐみながら楓とりんのそばに駆け寄っていく。
「よかったわ、りんちゃん・・・!」
犬夜叉はため息をつきながら邪見をつかんだその手を離した。
急に地面に落ちた邪見は「ぐえっ」と声を上げたが、
自由になったことを悟ると、転げるように殺生丸の足下へ走っていった。
「せせせ、殺生丸さま~~!!どちらへ行っていらっしゃったのですか~~~っ!!!」
「・・・」
大妖は、足下にすがりつく従者に見向きもしない。
「・・・殺生丸」
犬夜叉が、一歩進んで、口を開いた。
「その・・・昨日の晩は、すまなかった。間に合わなくてよ」
殺生丸は無表情のままチラリと犬夜叉を見ると、
「・・・貴様なぞ、最初から当てにはしておらん」
と、低い声で言った。
昨晩、りんは村の男と一緒に狼に襲われた。
あの時、犬夜叉が間に合えば、またりんの運命も変わっていたのかもしれない。
りんは犬夜叉が狼から守ったであろうし、
わざわざ殺生丸が姿を現す必要もなかったのだろう。
けれど、犬夜叉は間に合わなかったし、りんは殺生丸に救われ、
昨晩、この後の己の生きる道を選んだのである。
「運命(さだめ)」などというものは、殺生丸は信じていない。
未来は、己の力で掴みとるものだと思っている。
昨日この腕で抱いた愛しい命は、己がこの手で手に入れたのだ。
けして、嵐のせいでも狼のせいでも、犬夜叉の助けが遅れたからでもない。
犬夜叉はこわばった表情のままで、殺生丸に聞いた。
「殺生丸・・・りんの・・・この匂いは何だ?」
「え・・・? 何? どういうこと?」
かごめが、不安げに犬夜叉を見上げる。
その言葉に、弥勒と珊瑚も、殺生丸へと緊張した視線を向けた。
犬夜叉は、頬をこわばらせて、抱き合う楓とりんへ視線を落とした。
「りんから・・・おふくろと、同じ匂いがする・・・」
犬夜叉の言葉に、殺生丸とりん以外のすべての者が、怪訝な表情を浮かべた。
邪見が慌てて犬夜叉に食ってかかる。
「な、何を言い出すんじゃ、急に!!いい加減なことを言うなっ!!」
「バカ野郎、いい加減じゃねえ!
本当に、りんからおふくろと同じ匂いがするんだよ!
今まで、おふくろが死んで以来、この匂いは一度も嗅いでいねえんだ。
忘れようがねえ!」
楓はりんを抱く手をゆるめ体を離すと、涙を浮かべたりんの顔をまじまじと見つめる。
涙を浮かべたままの、思い詰めたりんの表情に、楓はひとつの予感を感じた。
大切な預かりものが、持ち主の手に戻っていくような、そんな予感を。
寂しさがこみ上げ、隻眼に、涙が浮かんだ。
「・・・楓さま」
りんは、その顔をくしゃくしゃにして、涙をぽろぽろとこぼした。
「・・・りんは・・・お別れを、言いにきました・・・」
「・・・りん・・・」
「りんは、今日、殺生丸さまと一緒に・・・いきます」
楓は、その言葉に、りんの背後にいる大妖へと目を向けた。
大妖の表情には、揺らぎがない。
かつては考えられなかった、包み込むような穏やかな妖気は、
楓には、大妖の一つの変わり目を伝えているように思えた。
「お・・・おお・・・!!それはまことか、りんっっ!!」
邪見が声をうわずらせて聞くと、りんは涙目で邪見を振り返り、こくり、とうなずいた。
「おおーーーーっ!!そうか!!いやー、殺生丸さま、良うございましたなあ!!
殺生丸さまがフラれたら、ワシどうしよーかと・・・ぐえーっ!!」
邪見が殺生丸の足の下に踏みつぶされ、皆一様に、ひくっと顔を引き吊らせた。
今笑ってしまったら、邪見と同じ運命をたどることは間違いなさそうである。
りんが、犬夜叉を見上げて言った。
「昨日の晩、200年前に犬夜叉さまのお母さまも入られたという、
この世とあの世の境にある温泉へ、殺生丸さまが連れていってくれたんです。
・・・りん、助けられたとき、狼の血だらけだったから。
白い霧のただよう、不思議なところでした。
そこを訪れたのは、犬夜叉さまのお母さま以来、りんが200年ぶりなんだそうです。
体に、その霊泉の効果が残って、体を守ってくれるって聞きました。
きっと、その温泉のせいで、お母さまと同じ匂いがするんだと思います」
りんは、涙を浮かべたまま犬夜叉を見上げて、安心させるように微笑んだ。
りんの美しさに、犬夜叉は思わず息をのむ。
昨日までのりんと同じりんとは思えないくらいに、
りんの纏う雰囲気が大人っぽく、艶やかになった気がする。
りんはそのまま、かごめを見て、弥勒と珊瑚を見上げた。
最後に、楓を正面から見つめる。
「・・・りんは、殺生丸さまと、一緒に行きます」
「・・・やっと、選んだのじゃな」
楓の優しい瞳に、りんの顔が、我慢しきれなくなったようにくしゃりと歪んだ。
大きな瞳から、涙が溢れ出す。
「・・・はい。
今まで・・・育ててくださって・・・本当に、ありがとうござ、い、ました・・・」
最後の言葉は、涙で語尾が消えた。
ぼろぼろと大粒の涙をこぼすりんを、楓は優しく抱きしめる。
「・・・おまえが選んだなら、間違いはなかろうよ。
・・・幸せにおなり、りん」
「楓さま・・・」
「りんちゃん・・・」
「りん・・・・」
かごめと珊瑚が涙ぐんで、抱き合った楓とりんを、一緒にその腕に抱いた。
かごめにとっても、珊瑚にとっても、りんは妹のような存在だ。
何となく、いつかはこうなるのではないかと、前々から思ってはいたものの、
この人里から旅立つと聞くと、何とも言えぬ寂しさがこみ上げてくる。
抱き合って泣いている女たちを見て、犬夜叉と弥勒は目を合わせて、ふと苦笑いした。
互いに、大切な妹を嫁に出すような、複雑な気持ちを抱えている。
本当に、りんは皆にとって、可愛い妹のような存在だったのだ。
けれど、りんが惚れている相手は大妖怪で、無表情で無口で無愛想な上に、
大の人間嫌いのときている。
ふつうだったら、猛反対していることは間違いない。
けれど、りんの特別な笑顔を引き出せるのは、この大妖怪だけなのだ。
そして、この無口で無表情で無愛想な大妖怪は、誰よりも、りんを大切に想っている。
それが分かっているだけに、本当に、苦笑いしかでてこない。
ひとしきり抱き合って泣いた後、楓は泣きじゃくるりんを立たせ、殺生丸へと歩み寄る。
りんを、殺生丸の側へ行くように促し、楓は大妖を見上げて、微笑んだ。
「・・・これが、そなたの気持ちなのじゃな」
「・・・・・・・ああ」
ただ一言、そう答えた殺生丸の声は、
かつての殺生丸からは考えられないほど穏やかなもので、
そこにいる誰もが、旅立とうとしている二人の、幸せそうな未来を見た気がした。
茜色の草原を、柔らかな一筋の風が吹き抜けてゆく。
・・・優しい人たちに、大切に育てられ、今日、ここを旅立つのだ。
りんは、涙でぼやけた皆の顔を、この景色を、決して忘れない、と思った。
涙を拭いながら、楓の手を取る。
「・・・楓さま、村の方々にも、どうぞよろしくお伝えください・・・。
急なことで、ご挨拶もできなかったから・・・」
楓は微笑んで、りんの手をしっかりと握り直す。
「・・・ああ、心配するな。ちゃんと伝えよう。
それから、私の家は、おまえの家でもあるのだからね。
いつでも、帰ってきていいのだよ。
たまに顔を見せにくるくらい、殺生丸どのも、許してくれるのだろう?」
楓の申し出に、りんは、顔をぱぁっと明るくする。
「本当ですか・・・!?嬉しい・・・!」
「な、な、何をお前、勝手なことを・・・」
思わず口を出したのは、必死で主の足の下から這いだした邪見だったが、
その言葉を遮ったのは他ならぬ大妖である。
「―――邪見」
「せ、殺生丸さま、よろしいので?!ご用意いたした屋敷は遠うございますぞ?!」
「・・・え? お屋敷?」
りんは、きょとんとして邪見の顔を見る。
「邪見さま、もしかして、りんの住む場所を探してくれてたの?」
りんの問いに、邪見は自慢げに反り返り、
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに人頭杖を振りかざして叫んだ。
「おお、そうじゃぞー!
殺生丸さまのお父上が残された結界と屋敷は、各地に数えきれんほどあるんじゃが、
そんな中で、お前の住めそうなところを探すのは一苦労じゃったわい!
お前、地念児みたいな薬草園を作って暮らしたいなどと以前言っておったろう?
人間にも好意的な薬草師の妖が住む、ぴーったりのところがあったんじゃが、
そこは結界の主がご母堂さまに変わっておっての。
一応ご母堂さまのお許しを得ておくために、殺生丸さまの命で、
ワシが3日前から通いつめて・・・ ギャー!」
殺生丸の白尾に思いっきりはじかれた邪見は、
阿吽を飛び越え、森の向こうまで飛んでいく。
「うわー、飛んだー!」
「飛んだねえ!すごーい!!」
阿吽の鞍に上った双子の女の子が、頭上を通り過ぎていく邪見をみて、歓声を上げた。
「殺生丸さま・・・」
りんは、ほんのり赤くなって殺生丸を見上げた。
殺生丸さまは、りんの気持ちを確かめる前から、邪見さまに命じて、
りんが人里から離れても安心して暮らせるところを、ずっと前から探してくれていたのだ。
昨晩、りんが殺生丸さまに、「殺生丸さまは、りんでいいの?」と聞いた時、
「私には、おまえしかおらぬ」と言った、殺生丸さまの昨晩のあの言葉は、
こういうことだったのだろうか。
思い出すと、ぽぽぽ、と頬が熱くなり、りんは手の甲を当てた。
「・・・行くぞ」
殺生丸は低い柔らかな声でりんにそう言うと、阿吽のそばへ歩み寄る。
おとなしく伏したままの阿吽の上には、
やっと鞍へ登れた双子の女の子と小さな男の子がいて、
近づいてきた白皙の大妖怪を、珍しいものを見るように見上げている。
「うわー」
「お兄ちゃん、きれーい・・・」
双子が声を揃えてそう言い、小さな男の子は言葉もなく、殺生丸を見上げている。
我に返った子供たちの両親は、その光景に凍り付いた。
「おっ・・・、お前たち、降りてこっちにいらっしゃい!」
「そ、そうだよ、ほら!」
珊瑚と弥勒があわててそう言うと、子供たちは不満の声を上げた。
「えーーーっ!!やだーーー!!!」
「せっかく登れたのにーー!!」
「やだだー」
「このまま、お空を飛びたいよー!」
幼い男の子まで姉たちのまねをしている。
りんは、子供たちの可愛さに、思わずくすりと笑った。
殺生丸は無表情でしばらく子供たちを見下ろしていたが、
その長い指で、子供たちの帯の後ろをひょいと、一掴みにするとと、
じたばたする子供たちを地面へ降ろした。
「・・・行くぞ」
その言葉に、幼い子供たちのされるままになっていた阿吽が、
ズン、と地響きをあげて立ち上がる。
「ええーーーっ!もう終わりーー?!」
「ねえ、お兄ちゃん、また乗れる?」
「のれるー?」
「お空、飛べるー?」
・・・幼い子供というのは怖いもの知らずらしい。
子供たちの言葉に、弥勒と珊瑚は全身から冷や汗がでた。
思わず駆け寄ろうとした瞬間、低い声が響く。
「・・・さあな。りんに聞け」
戯れとも思える言葉に、その場にいた皆が、目を見開いた。
あの殺生丸が、人間の子供たちと会話らしきものを交わしている。
「・・・行くぞ、りん」
「・・・はい!」
たたた、と、りんが殺生丸のそばに駆け寄る。
殺生丸は駆け寄ってきたりんをふわりと抱き上げて阿吽の鞍の上に横掛けに座らせ、
自身もりんの後ろへ乗った。
主が乗ったことを悟ると、阿吽はふわりと宙に浮かぶ。
「あーーーっっ!!殺生丸さまっっ!待ってーーーっ!置いていかないでーーーっ!!」
邪見が森の奥から飛び出してきて、死にものぐるいで阿吽のしっぽに飛びついた。
「きゃはははは!!!」
「何あれ、すごーい!!」
「なにあれー!!」
子供たちの笑い声が響き、思わず皆、ぷっと笑ってしまった。
主があれだけ無口でも、従者があれだけ騒がしければ、りんが寂しいこともないだろう。
「楓さまー、皆さまー、お元気でー!!また来ますーーーっ!!」
りんの声が上空から響き、草原から皆、口々に叫んだ。
「達者でなーーー!!」
「体には気をつけるんですよーーーーっ!!」
「りんちゃん、幸せにねーーーーー!!」
「また帰ってくるんだよーーーー!!!」
「りんを泣かせたら承知しねーーぞーーーっ!!」
「また来てねーーーっ」
「また来てね、あうーーーんっ!」
「また乗せてねーーー!!」
双頭龍は、力強く優雅に、空高く駆けていく。
いつまでも手を振るりんの姿はやがて茜色の空を同じ色に染まり、
小さな点になって見えなくなっていった。
「・・・・・行っちまったな」
「・・そうですね」
「りんちゃん・・・幸せそうな顔してたね」
「うん・・・ほんと」
空を見上げたままの楓に、双子の女の子が無邪気に尋ねた。
「ねえ、楓さま。 りん姉ちゃん、帰ってくるよね?」
「どうしてりん姉ちゃん、お兄ちゃんと一緒に行ったの?」
楓は双子の頭を撫でながら、微笑んだ。
「りんは、今日、殺生丸に娶られたんじゃよ」
「めとる?」
「めとるって、何?」
双子の女の子が不思議そうに聞き、楓は隻眼に残る涙を、指で拭った。
「・・・娶られるとは、嫁に行くことじゃ」
「あ、それなら知ってるー!」
「父上は、母上を、嫁にもらったんでしょう?!」
キラキラとした表情で楓を見上げる子供たちを見て、楓はまた微笑んだ。
「・・・さあ、わしらも里へ帰ろう。」
「・・・ああ、そうだな」
犬夜叉が応え、かごめも涙を拭いながらうなずいた。
弥勒が男の子をその腕に抱き上げ、珊瑚は双子の女の子と手をつなぐ。
「・・・ねえ、今日は、皆でご飯食べない?」
かごめが笑顔でいい、弥勒がうなずいた。
「そうですね、祝いの膳といたしましょうか。
・・・りんの旅立ちの祝い、ですからね」
「よーし、じゃあ、俺イノシシ捕ってくらぁ!!」
犬夜叉はそう言うと、一目散に森の中へ走っていった。
そんな伴侶を見て、かごめはくすりと笑う。
草原の上を、柔らかな風が吹きわたっていく。
今日、小さな人里から、一人の少女の姿が旅立った。
老巫女の家に、たくさんの思い出を残したまま。
老巫女は立ち止まり、もう一度、夕焼けの空を見る。
(・・・幸せに、な)
少女が消えた夕焼けの空には、白い大きな満月が浮かんでいた。
終
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