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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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医王の里<1>




藤原冬嗣の裔冬忠の第二子は冬久といひき。
冬久は聡明なりしため、母親は冬久に家を継がせようとしき。
冬久は道理に違うことは能はずし、母親も悲しませることも能はざれば、狂気を装ひて家を出、
岩井の地に定住しき。

そこなる日、女に出会ひき。
女は、温泉を指し、
「我は医王なり。汝を待ちたりき。この泉を開きて衆生を救うやうに」
と言ひて消えき。




この 『 医王の里 』 は、鳥取県の岩井温泉に伝わる伝説を元にしています。
昭和11年2月発行 『因幡民談』一巻二号


拍手[31回]


医王の里<1>




 
私の名は、医王、という。

貧しい寒村に、産声をあげた。

・・・父と母は普通の人間であったのに、その二人から生まれた私には、なぜか一つ目が多かった。
額にもう一つ目を持った、妖でいうところの所謂 『 三つ目 』 である。

生まれおちた異形の赤子。
生まれてきた私を見た母は、恐ろしさのあまり、産屋で自ら命を絶ったそうだ。
赤子を見た父親は、これは自分の子ではない、と言ったそうだ。


村人たちは皆、困った。
貧しい村に生まれ落ちた、三つ目の赤子。
殺すのは容易いが、もしも妖の子供なら殺してしまっては祟りがあるかもしれぬ。

結局、祟りを恐れた村人は、その赤子を一人の変わり者の法師に預けることにした。
山奥に庵を立て、一人で住んでいたこの法師は、三つ目の赤子が庵に連れて来られたことをおおいに喜んで、「この赤子は
私が立派に育ててみせよう」と、嬉しそうに村人に言ったという。

・・・この、変わり者の法師。 それが私の父親がわりで、名を 『 岩井 』 という。

この男が、人里を離れ、一人山奥に庵を結び住んでいたのは、厳しい修行の為でも何でもない。
単に無類の温泉好きで、毎日そこに涌く温泉に入りたかったからだ。
子供の私から見ても、岩井は変わった男だった。

私は、岩井のもとで動物の乳を飲み、すくすくと成長した。
目が一つ多いというだけで、幼い頃の私には特別な力はなかったが、岩井はずいぶんと私を可愛がってくれた。
人里から離れた山奥で育ち、岩井しか知らなかった私には誰かと比べようもなかったが、三つ目の私を可愛がる岩井は、とても変わっているらしかった。
言葉がわかるようになった幼い私に、岩井は言った。

「私はお前の父親ではない。  私とお前は一対一の人間同士なのだから、私のことは「岩井」とお呼び。
 私は、そなたのことをイノ、と呼ぼう。 イは、いろは歌の、イだ。 私が育てる初めての子だから、イの子、だ」 

要は、いの一番の子、という意味らしい。
父親ではないと言いながらも、岩井は他人には私のことを自分の子供だと言ってはばからなかった。
・・・まあ、あまり細かい事を気にする男ではなかったので、結局のところ、どちらでもよかったのかもしれない。
とにかく、世間の常識などをまるで意に介さず、何を言われても大らかに笑っているような、岩井はそういう男だった。

けれど、やはり成長するにつれ、さまざまな疑問はでてくるものだ。
動物にも両親がいるのに、どうして自分にはいないのか。
どうして父親でない岩井と一緒に暮らしているのか。
物心ついた頃、私が問うと、岩井は言葉を選びながらゆっくりと教えてくれた。

人里に、三つ目はいないこと。
私は異形である、ということ。
両親は、私を己の子供だと認めてくれなかったこと。
私が、人里から岩井に預けられたこと。

私は自分のことを不幸だとは思わなかったが、自分を捨てた親に会いたいとは、どうしても思えなかった。
岩井にそう言うと、「 いいんだよ、それで 」 と、頭を撫でてくれた。
そして、「 おかげで、私には子ができた 」 と、笑った。

そんな岩井にも、仕事はあった。
岩井は仏に仕える身だったので、供養を求められると、山から下りて人里まで赴いた。

私は人里へは滅多に下りなかったが、何度か岩井と共に足を運んだことがある。
米や麦などの重いものを庵まで運ぶ時には人手が必要にだったし、それ以上に、人里でなければ学べないことも
多くあるというのが岩井の言い分だった。
岩井がそう言うのも、私の事を思ってくれているんだろうとは思ったが、やはり、人里に下りるのは好きではなった。
皆が私の顔を見て、恐ろしさに顔を歪ませるのは、何だか悲しかったからだ。

ある時、村長の屋敷で供養があり、岩井が呼ばれたときのことだ。
私も、めずらしく人里まで一緒について行った。 

其の日、私が、村長の家の前で岩井の供養が終わるのを待っていたら、遠くから小石が飛んできて、頭にごつんと当たった。
あまりの痛さに涙目になっていると、数人の村の子供たちが逃げていくのが見えた。

・・・・・あの時の気持ちは、未だに忘れられない。
目が一つ多いというだけで、人里ではこのような扱いを受けるのだ。
私は一人で、ぐしぐしと涙を拭って、空を見上げて耐えた。
大丈夫だ、私には帰る家がある。
優しい、岩井がいる。 ・・・そう、思った。
私が必死に涙をこらえていると、供養を済ませた岩井が、村長と共に家から出てきた。

「待たせてすまなかったな、イノ。さあ、山へ帰ろうか」

岩井の優しい笑顔を見て、私は嬉しくなった。
一つ目が多いくらいで石を投げる奴らは、きっと、優しい家族がいないに決まってるんだ。
あいつらに嫌われたってかまわない。私には岩井がいる。 
自分を慰めるようにそう思って、岩井の傍に駆け寄ろうとしたときだった。

―――― 岩井の隣にいた村長の体に、細長い黒い陰が纏わりついているのが、見えた。

その黒い陰は、まるで蛇のように村長の手から出ていて、ぐるぐると体に巻き付いている。
私が目を凝らしてよく見ると、その黒い陰の発生箇所は、村長の手の甲にある、大きな黒いイボだった。

「・・・・そのイボ、切って、焼いた方がいい」

気が付いたら、私はそう言っていた。
あれは、本能のようなものだったのかもしれない。
今では、それが私の持つ希少な才だったのだとわかるけれど、その当時はそれがいったい何なのか、よくわからなかった。

「村長の手の黒いイボ、切って傷を焼いた方がいい。そのままでは、そのイボで死ぬ」

そういう私を、村長は何か恐ろしいものでも見るかのように見下ろし、岩井は驚いたように私を見ていた。
私はその黒い陰が恐ろしくて、岩井の後ろに隠れた。

「・・・怖いよ、岩井」

「・・・イノ・・・」

岩井は私を抱き上げると、村長に軽く頭を下げた。
この子が何を言っているのか、私にもよく分からないが、もしやそれは病気かもしれないから、医師に見てもらった方が
いいかもしれない、と岩井はそのようなことを村長に言っていたような気がする。
私はといえば、初めて見た黒い陰がおそろしくて、必死に岩井にしがみついたままだった。

・・・・・・・・・村長は、半年後に死んだ。

村長は、三つ目の私が言うことを、信じようとはしなかったらしい。
あれから三月後、あの黒いイボが、炎症を起こし、見る見る間に腐り始めたのだそうだ。
あわてて治療を施したそうだが、効果はなく、最後には腐る腕ごと切り落としたらしい。
けれど、弱りきった体がそれに耐えられず、村長は死んだ。
村長の供養に出かける岩井は、私の頭を優しくなでて、
「・・・気にするな、イノ。これが寿命だったのだろうよ。今日は家で待っておいで」
と言って、出かけていった。

私が村長の病気と死を予言したことは、あっという間に人里には知れ渡ってしまったらしかった。
供養から帰ってきた岩井は私の顔を見て、ため息をついた。

「お前は、きっと病魔が見えたんだなぁ・・・」

私は、自分のやったことが恐ろしかった。
萎縮してしまった私の顔をみて、岩井は微笑んで、胸の中に招き入れてくれた。
暖かい、小さな頃から安心できる岩井の胸の中。
・・・・私は、三つの目から、ぽたぽたと涙をこぼした。

「・・・イノ、お前はあの時、村長に、切って焼けばいい、と言っていたな。 もしも、村長がお前の言葉を信じて、あのイボを
 切って傷を焼いていたら、もしかしたら命は落とさずにすんだかもしれない。 そうならば、お前はきっと、すごい才能を
 持っているんだぞ。 人の命を救うかもしれない、とてもすごい才能だぞ。 ・・・それを、確かめてみないか?」

私は、岩井を見上げて、言った。

「・・・救う? 私が・・・?」

「そうだ、イノ」

「あいつら、私のことを化け物としか思っていないんだ。 ・・・私の言う事なんて、信じないよ。 それに、私は岩井と一緒に
 いられれば、それでいいんだ。 あいつらは、三つ目の私のことを、嫌いなんだもの」

「・・・イノ」

岩井は、私の頬を、みょーんと引っ張って、笑った。

「嘘つくな、イノ。・・・お前、本当は友達が欲しいんだろう?」

赤子の頃から育ててくれたのだから、当然かもしれないけれど、岩井は、私の心の底の底まで、すべてを知っているような
男だった、と思う。 そして、不思議なくらい、暖かい心の持ち主だった。
・・・いつか、自分がいなくなった時に、私が一人ぼっちにならないよう、この頃から色々考えてくれていたんだろう。

「よし、明日、人里まで一緒に行こう。善は急げ、というからな」

・・・結局、岩井の言うとおり、人里へ出向くことになった。
あれは、私が7才の時だ。
成長するに従って、私の力は強くなっていったから、あの頃は、力が発現し始めた頃だったのだろう。
人里へ降りた私は、今まで見えなかったものがたくさん見えるようになっていた。

―――――  見えるのは、岩井の言うとおり、病魔だった。

人は何かしら、体を壊したり、病んだりしているものなのだ。
人里に暮らす人間たちの、悪い部分には、村長と同じように、黒い陰が見えた。
私はそれこそ、ただ見たまま、思うままを岩井に伝えるだけでよかった。
岩井は、私の見る影を、言葉巧みに、相手に伝えていった。
自分の体の調子が悪いところを、人からずばりと言い当てられるというのは、不思議な感覚をもたらすらしい。
私が村長の死を予言したと聞いたときには気味悪がっていた村の者たちが、やがて、病や怪我を直すためにはどうしたら
いいかを、わざわざ私のところへ聞きに来るようになった。

何を食べればいい、足を暖めればいい、その痛みは冷やした方が早くよくなる・・・
不思議と、私には病魔が何をすれば嫌がってその体から出ていくか、考えずとも分かるのだ。
わざわざ、人里離れた岩井の庵に、人が訪ねてくることが多くなった。
誰かに頼られるというのは、私にとっては初めての経験だった。
誰かの役に立てるというのは・・・・・嬉しかった。

人の心とは妙なもので、あの時は悪かったと、石を投げた子供がわざわざ私に謝りに来たりもした。
やがて、そんな事を繰り返しているうちに、私の気持ちにも変化が起きはじめた。
目の前の人間たちを、もっと救ってやりたいと思うようになったのだ。

私は岩井に頼んで、薬の作り方を教わるようになった。
岩井が教えてくれたのは、薬草の知識としては基本的なことだったが、あっと言う間に、私は岩井よりも薬に関しては
詳しくなってしまった。
これも、私が生まれ持った才なのだろう。
その頃になると、岩井の庵には、ほぼ毎日、誰かしら救いを求めてやってくるようになっていた。
不思議なことに、どんな人間にも小さな黒い陰は見えるのに、岩井と私の体には、黒い陰が全く見えなかった。
それに気がついたのは、とある母親の病気を見てやっていた時だった。

月に一度の月のモノの度に、動けなくなるほど痛みに襲われるという、その母親の体を見たときに、私は迷いなく言った。

「私たちの毎日使っている、温泉の湯につかり、そのお湯を飲めばいい。 毎日試してごらん、たぶん、三月で直る」

その時私は、言葉にした後で、私たちの庵のそばに湧いている温泉に、不思議な霊効があることに、気がついたのだ。
岩井と私に病魔が近づかなかったのは、この温泉のおかげだったのだ。
・・・そう思うと、温泉に毎日入りたい、と、たった一人で山奥に住み着いた岩井の感覚は、もしやとても優れたものだったの
かもしれない。
私がそう言うと、当の岩井は、温泉にそんな効果があったことを純粋に喜び、もっとたくさんの人に入って貰ったらいいよ、と
ニコニコ笑っているだけだった。
入湯料でも取れば、ずいぶんと儲かっただろうに、岩井という男は本当に欲のない、変な男だった。

その母親は、一ヶ月、庵に残って湯治をし、その後は五日に一度、温泉に通ってくるようになり、三月後には、すっかり病は
治ってしまった。

―――――  あの頃は・・・・幸せだった。
毎日のように庵にも出湯にも人が訪ねてきてくれて、私はちっとも寂しくなかった。

やがて、岩井はどんどん、年をとっていった。
・・・・・・悲しいことに、私は17の娘の頃から・・・年をとらなくなった。
なぜ私が年をとらないのか、はっきりとした理由はわからなかった。
岩井と一緒に、人里の人間たちがどんどん年をとっていくことが、私には辛かった。
私に石を投げた悪童は、私と同じ年くらいだったのに、いつの間にか父親になり、顔にははっきりと見て取れる、年齢の
皺が刻まれていった。

・・・・・同じ人間から生まれてきたのに、どうして、私は皆と一緒ではないのだろう。
そんなことを口に出しても、岩井が困った顔をするだけだと思うと、その思いは、一人で飲み込むしかなかった。


岩井の体に、黒い陰が見えたのは、そんな頃だ。
岩井の頭は、もう真っ白になっていた。

私は、その黒い陰は、けして消えない陰だと分かった。
私の顔を見て、岩井はそれに気がついたのだろう。
申し訳なさそうに、「お前に連れ合いを見つけてやれなくて、すまない」と言った。

・・・岩井は、本当に優しい人間だった。

最後の最後まで、一人になる私の心配をしていた。
私にできるのは、岩井の苦しみをできるだけ取り除いてやることくらいだった。
岩井を包む陰は、日に日に濃くなっていった。

私が岩井に黒い陰を見つけて二月後、岩井は静かに息を引き取った。
お前を育てることができて、一緒に生きる事ができて、幸せだった、と、そう言って。

・・・・・・私の三つの目から、涙が出なくなるまで、丸5年はかかった。

私は、庵のそばに湧く出湯に、「岩井の出湯」と名をつけた。
私の命の長さがどれほどのものかは分からないが、これで、きっと、岩井のことを忘れることはないだろう、と思った。

人里に住む人間たちは、私の庵のことを、いつのまにか「医王庵」と呼ぶようになっていた。
イノの庵、という言葉を誰かが聞き間違えて、イオウアン、と言ったところに、人里の学問のある者が、わざわざ唐の国の
言葉を当てたらしい。

私は、いつのまにか「医王(いおう)さま」と呼ばれるようになっていた。

病に困った人が訪ねてきてくれるのは、ありがたかった。
岩井がいなくなってしまった哀しみを、少しでも忘れることができた。

けれど、ある日、ぱったりと人が訪ねてこなくなった。
何日たっても、誰一人、訪ねてこない。
そんなことは、今までなかったことだ。
不思議に思った私は、山を下りてみた。

―――――  私を待っていたのは、あまりに残酷な景色だった。
人里には、白骨ばかりが散らばっていたのだ。

まるで、生きている人間がいきなり倒れて白骨化してしまったように、着物を纏ったままの白骨ばかりが、あちらこちらに
寝ている。
どうやったら、こんなことになるのだろう。
まるで、生きている肉だけが、何かに溶けてしまったかのようだった。

・・・・何があったのか、私には分からなかった。
病魔すらも、寄りつきようがないくらいに、生き物の気配が失われ、濃い、禍々しい気が、あたりを覆っている。

私は岩井に置いていかれ、とうとう人里の人間たちとのわずかな繋がりをも失ってしまった。
あまりのことに、数日間、私はその村にぺたりと座り込んでいた。

・・・何日たったことだろうか。
呆然として座りこんでいる私の前に、巨大な狗が空から舞い降りた。

「・・・こんなところで、何をしている?」





 

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