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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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アナタノモトヘ・・・・・後篇 ・・・・・


psychopomp の時子さまの作品 『アナタノモトヘ』 に寄せて。











アナタノモトヘ ・・・・・・・後篇・・・・・・・・

拍手[166回]


 

  

 

 

 

 

――― 昨夜からの雪空が晴れて、明るい日差しが雪景色の村を静かに照らしていた。

外気の温度も、少しは上がったのだろう。
屋根から落ちる雪の音が、時々聞こえた。

利吉の小屋の中には、妻の小夜の荒い息だけが響いていた―――― ・・・・。




「・・・・よう、頑張ったな、小夜」

「・・・・・楓・・・さま・・・」

「・・・・力足らずで、すまなんだの・・・」


・・・楓が取り上げた赤子は、やはり、産声を上げることが出来なかった。
産声を上げるには、まだ小さすぎたのだ。
暖かな産湯で綺麗に洗われた赤子は、りんの手ですぐに白布に包まれた。

放心状態だった小夜は、楓の言葉に、肩を震わせて嗚咽した。
小夜の頬を、大粒の涙がいくつもこぼれ落ちていく。
・・・ややして、震える声で、小夜はりんを呼んだ。

「りん・・・りん・・・、お願い・・・ややを抱かせて・・・」

りんが楓を見上げると、老巫女は表情を曇らせたが、頷いた。
りんはそれを見て頷き、そっと白布に包んだ腕の中の赤子を母親に手渡す。
小夜は、震える指で、何度も何度も赤子の頬を撫でた。

「・・・・ごめんね・・・元気に産んであげられなくて・・・」

「・・・・小夜・・・」

「ごめんね・・・ごめんね・・・・」

泣き崩れる小夜の背をゆっくりと撫でながら、楓は言う。

「・・・小夜、辛いだろうが、また子は出来る。
 このややは、その時にまた、お前のもとに生まれてくるだろうよ。
 少しばかり、この世にやってくるのが早かったのじゃな・・・」

「・・・楓、さま・・・」

小夜は、赤子をぎゅう、と抱き締めたまま、肩を震わせた。

「・・・りん、習わし通り、この子を利吉に届けておくれ」

「・・・はい・・・」

老巫女の呼びかけに、りんは目に涙を浮かべたまま、頷いた。

りんは、肩を震わせる母親から、そっと赤子を受け取る。
産声を上げることの出来なかった子供を埋葬するのは、父親の役目と決まっている。
墓は作らず、家の敷地の中に埋めるのだ。
生まれることのなかった魂が、また、すぐにこの家に戻ってこれるように。

りんはこれから、利吉にそれを伝えに行かなくてはならない。
それも、お産に携わる者の仕事なのだ。

赤子を抱き利吉の家を出て、雪の中を歩きだしたりんに、楓の呼びとめる声がした。

「・・・りん」

りんが振り返ると、楓が利吉の家から出てきて白い空を仰ぎ、曲がった腰を
とんとんと叩いて、ふう、と息を吐いた。

「・・・疲れただろう、りん」

「・・・赤ちゃん・・・残念でしたね・・・。 楓さまも、お疲れになったでしょう?」

涙目のりんを見上げ、楓は寂しそうに微笑んだ。

「・・・まあな」

「・・・・」

りんは、白い布にくるまれた赤子を、きゅっと抱く。
生まれてきたときは暖かかったのに、今はもう、冷たくなってしまった。

産声を上げられなかった赤子を父親に届けるのは、お産に携わった産婆の最後の仕事だ。
この仕事が、楓から教わったさまざまな仕事の中で最も辛い。
りんはいつも泣いてしまう。
・・・なぜ、元気に生まれてこれなかったのだろう、と。

「・・・利吉に仔細を伝えたら、行っておいで」

「・・・楓さま・・・?」

「今日は、約束の日じゃろう? ・・・あと数刻で、日が暮れてしまうぞ」

そう言って、楓はぽんぽん、とりんの肩を優しく叩く。
楓の言っている意味が分かると、りんは目を伏せて、赤子をだく腕に力を込めた。

・・・今日は、殺生丸との逢瀬の約束の日だった。

村の中に降り立つと、村人たちが恐れてしまうので、
殺生丸はいつも、村から少し離れた山手の丘でりんを待っている。
幼い頃にりんを人里に預けた大妖は、そうそう頻繁には来てくれなかった。
だから、いつもならば何を差し置いても、りんは殺生丸に会いに行く。
りんにとって、殺生丸との僅かな逢瀬の時間は、何より大切なものだったから。

だが、さすがに今日は諦めなくてはならない、と思っていた。
目の前の病人を放って殺生丸に会いに行くなど、りんには出来ない。
りんが人里で楓の仕事を一生懸命手伝っていることは、殺生丸だって知っている。
りんが来なかったからといって、殺生丸が怒ったりすることなど、ありえない。
次に会えた時、りんの話を聞けばきっと理解してくれるだろう。

・・・けれど、殺生丸に会いたい気持ちに変わりはない。
こういう沈んだ気持ちの時には、特に・・・会いたい。
会ったからといって、どうなるわけでもないことくらい、りんにも分かっている。
それでも、どうしようもなく会いたくなるときは、あるのだ。

楓の優しさに、りんはじわりと涙が浮かんだ。

「・・・・・・でも、まだ後産が・・・」

「容態も落ち着いておるし、後産は私一人で大丈夫じゃ、りん」

「・・・・楓さま・・・」


りんはあふれてくる涙をぬぐうと、楓の目を見て、こくりと頷いた。


・・・殺生丸さまに、会いたかった。

・・・・・・会いたくて、会いたくて、仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

********************

 

 

 

 

 

 

 

(・・・・生まれおちた子は、生きられぬ、か・・・)

 


りんの涙の匂いと、死んだ赤子の匂い。

仔細は分からぬが、りんが取り上げた子は、生きのびることができなかったらしい。
・・・人の命とは、ずいぶんと脆いものだ。

だが、それも自然の摂理なのだろう。
・・・私にとっては、りんの命とて同じこと。

ゆえに、守ると決めたのだ。
もう二度と、この手からこぼれ落ちぬように、と。

 

・・・・・・・・。

 

殺生丸は一瞬視線を落とし、物思いに沈んだが、静かに人里に背を向け、歩き始めた。

 

・・・あの様子では、今日はきっと、あの娘が私に会いにくることは叶わぬだろう。
りんにはりんの、人間としての人里での役割があろう。

りんは今、自分が取り上げた子が死んだことを悼み、泣いている。
私に届いたりんの涙の匂いが、鼻腔の奥から離れない。

今すぐにでも、りんの傍に降り立つことなど、私には造作もないことだ。
だが、私が人里へ降り立てば、人間どもが恐れよう。
人間どもが私をどう思おうが知ったことではないが、そんなことをしても
りんは喜びはすまい。

・・・赤子の命を失って悲しんでいるりんを慰めるすべも、妖の私には分からぬ・・・。

今日、私との逢瀬より目の前の産女を選んだ、それもあの娘の成長なのやもしれぬ。
人里の暮らしの中で、私との逢瀬より優先すべきものができたのだ。
・・・きっと、喜ぶべきことなのだろう。

共に旅をしていた頃、人を恐れ、人里になど戻りたくない、と泣いた幼いりんの声は
殺生丸の記憶に深く刻まれている。

あのまま共に旅を続けていたら、りんはどうなっていたことだろう。
人の身でありながら人を恐れ、人に馴染まず、さりとて妖にはなれず・・・。
私だけを見て、私だけを信じ、あの娘は己が人間であることすら忘れたかもしれぬ。

何度も何度も、己に問うた問いがまた殺生丸の心を支配していく。

・・・・・私は、りんの元から去るべきなのではないだろうか・・・?

あの娘は、この人里にも充分馴染み、今はもう人間として生きている。
妖怪である私が庇護する必要など、何一つないくらいに。
私がこの先、あの娘に与えられるものなど、何があるというのだろう。
人と妖は、生きる世界が違うのだ。
命の長さも・・・違うのだ。

・・・分かっている。
りんの為を思うなら・・・りんを完全に人の世に戻すべきなのだろう、と。
もしもそうなら、そろそろ身を引かねばならぬのは私なのだ。

・・・・選ぶのは、りんだ。

けれど、りんがもしも、私と生きることを望んだら・・・どうする・・・?
・・・・私は・・・どうするつもりなのだ・・・?


雲が切れ、空から太陽の光が差し込み、白銀の世界は眩しい光を帯びた。
私は雪に覆われた草原を、歩いていた。

・・・りんに会えぬなら、空へ飛べはいいのだ。
・・・この里から去るなら、何も雪原を歩く必要などない。

だが、私は飛ばず、人里に背を向けながら、白銀の世界をゆっくりと歩いていた。
わざわざ雪の中を歩いたのは、私の・・・密かな願いゆえかもしれなかった。


・・・・僅かでも構わぬ。


・・・・私はりんに、逢いたかった。

 

 

 

 

 

 


********************

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― りんは、走った。


ただひたすらに、走った。


殺生丸が待っているであろう、山手の高台へ。

 

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降り積もった雪が、足を取り、何度も何度もこけそうになった。

 


村はずれから、ひたすらに走り続けている。

空気は切れるように寒いのに、息が切れて、額には汗がうかんだ。

 


いつも二人で座って話す、草原の大きな切り株には、殺生丸はいなかった。


・・・・・いなかった。

 

・・・・・・・・けれど。

 


――――――――――・・・・きっと、殺生丸さまは、いる。

 

―――――― きっと待っていてくれると、どうしてだかそう思った。

 

 

 

だから、りんは走った。

ただひたすらに、妖の姿を求めて雪の中を走り続けた。

 


日の光を反射して、一面の白銀の世界はとても眩しかった。

りんは手をかざして、遠くを見る。

 

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・・・・その時、りんの目に、小さく小さく、追い求める姿が映った。


白銀の世界の中で、更に眩しい光を放つ、流れるような銀髪・・・・・。

 



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―――――――――― 殺生丸さま・・・・・!!

 

 

 

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走り続けて重く感じていた体が、一瞬にして疲れを忘れた。

無我夢中で、邪魔になった風よけの肩布を投げ捨てる。

 

ただただ、りんは愛しい姿に向かって、雪原を走った。

 


・・・・また、雪に足を取られた。

 


「・・・きゃっ・・・」

 

思わず声が出たが、りんはそれでも体勢を持ち直して、走った。

 

 

 

 

―――――――――― 殺生丸さま・・・・!

 

 

 

 

 

 

 


――――― 美しい妖は、物思いに沈みながら雪原の上を歩いていた。


鼻腔に残る甘やかなりんの涙の匂いが、消えない。

・・・そのせいなのだろうか。
私は飛び立つこともせず、ただただ、雪原を歩いている。

りんを想う気持ちに、身を委ねながら。


・・・・たった一つの、愛しい命を、想いながら。

 

 

――――――・・・不思議だ。

 

人里からは離れているはずなのに、先程感じたりんの匂いが鼻腔から消えない。

・・・・甘やかな、りんの匂い。
・・・・・愛しい、りんの匂い。

 

もう、あの娘の涙は止まっただだろうか・・・。

 


そう思った時、後ろで小さな叫び声が聞こえた。






 

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――――― 振り返った妖の目は、僅かに見開かれた。








 

―――――――――― ・・・りん

 







 

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・・・・・ただ、ひたすらに、ひたむきに、あなたのもとへ。

・・・・・ただ、ひたすらに、巡る想いは、おまえのもとへ。

 
 






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 しがみついた娘の柔らかな髪を、妖の指が、そっと撫でた―――・・・。

 

 

 

 

  


 


END


時子さまの『アナタノモトヘ』へ寄せて。

 


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