殺りん話を、とりとめもなく・・・ こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。
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≪ 神成りとむすめ<10> | | HOME | | 殺りん動画の基本 ≫ |
幾重もの透明な声が、何度も何度も繰り返し、静かで優しい歌を歌っている。
数え切れぬほどに幾重にも重なるその歌声は、柔らかな風を生み、虹色の光を放ちながら、
高い高い空へと溶けてゆく。
巡り 巡り いのちは巡り
巡り 巡り えにしは巡る
神の斎庭(ゆにわ)に結ばれし
見えぬ縁(えにし)は尊けり
千代に八千代に重ねゆく
白珠(たま)のごとき いのちのえにし
幸(さき)く真幸(まさき)く 巡りゆけ
見えぬ縁(えにし)を司り この世を修(かた)めし 我が君よ
結びし いのち を末永く 護り恵み幸(さきわ)え給え
結びし えにし を末永く 護り恵み幸(さきわ)え給え・・・・
幾重にも重なり響く歌声は、神使たちの歌声。
――――― ここは、出雲。
神議りに招かれた、八百万の神々が集う場所。
同じ出雲の国にありながら、ここは目には見えぬ、あの世とこの世のあわいである。
一年に一度、縁(えにし)結びの神事の時だけに通じる、異次元の空間だ。
その空間の中でも、真っ白な玉砂利が敷き詰められた斎庭(ゆにわ)には、
更に特別な結界が張り巡らされている。
この結界を越えることができるのは、神のみ、である。
この斎庭(ゆにわ)の中で、神々は縁(えにし)結びの神事を執り行ない、
斎庭に入れぬ神使たちは、垣根の外で歌を歌う。
・・・神使たちの歌声は、空気を震わせ、風を生む。
神々の手により結わえられた、縁(えにし)の糸は、次々に神の手から放たれ、
神使たちの歌の風に抱かれて上空へ舞い上がってゆく。
・・・ふわりふわりと空に舞う縁(えにし)の糸は、柔らかな光を放ちながら、
やがて空へと溶けてゆく。
額に月をいだく美しい銀色の神は、物憂げにその金色の目を細め、
光が溶けていく空を眺めていた。
神成りとむすめ<9>
――――― 秋津島は、八百万(やおよろず)の神々が柱となりて支えし国。
八百万(やおよろず)、とは「数え切れぬほどの」、という意味を指す。
この斎庭(ゆにわ)には今、それこそ数え切れぬほどの神々が集い、
縁(えにし)結びの神事が執り行われていた。
己を崇(あが)める民草が多ければ多いほど、その社の神が抱える縁の糸の数は多くなるらしい。
殺生丸の前には、溢れ落ちそうなほどの光る糸を抱えたまま、必死に縁を結んでいる神が大勢いる。
きっと、どこぞの名のある土地神たちなのだろう。
対して、殺生丸の手の内に残っている縁は、あと一本。
・・・実際に神議りに来てみて初めて分かったことだが、
殺生丸が狗神として結ばねばならない縁(えにし)は、正直なところ拍子抜けするほど少なかった。
よくよく考えてみれば、父である闘牙王は、もともとは一介の妖である。
ここにいる八百万の神々のように、古来より社に祭られていた神ではない。
かつて、人間たちが闘牙王を『狗神さま』と慕い、神として祀る社があると、殺生丸は遠い昔に
聞いたことがある。
だが、人間の作った社なぞに興味の無かった殺生丸は、未だに、そこへ足を運んだことすらない。
・・・氏子の縁結びの為に来ているというのに、こんな薄情な神もあまりおるまい。
(・・・私に結ばれる縁(えにし)なぞ、少ない方がいい )
手のひらを見下ろして、殺生丸は口元に苦笑をうかべた。
( 父上は、多くの者に慕われていた。 ・・・・私とは違う)
闘牙王がこの世から去って、200年はたつ。
きっと、狗神を社に祀り、信仰する民草は、ずいぶんと減ってしまったのだろう。
神議りに初めてやってきた殺生丸は、主催神である大国主神(オオクニヌシノカミ)から手渡された、
あまりに少ない縁(えにし)の糸を見て、それを悟った。
(・・・父上の頃はきっと、多くの縁(えにし)を抱えていたのだろうな )
父は出雲に参るぞ。狗神として、縁(えにし)を結んでやらねばならんからな―――・・・と、
笑顔で己の頭を撫でていた、かつての父の笑顔が浮かぶ。
・・・あの人は、本当に嬉しそうにこの神事へ参加していた。
八百万の神々には、毎年、己が手渡される縁(えにし)の数を競い合う風趣があるらしい。
一年ぶりに顔を合わす神々は、無邪気な子供のように、その数を比べあっていた。
縁(えにし)の数は、その神を崇敬する民草がどれだけいるかを表している。
山の神と海の神といった具合に、司るものが違う神々の力は、本来比べようがないのだが、
縁(えにし)の数は、その神がどれだけ慕われているかを分かりやすく示すものなのだろう。
殺生丸にとっては、手渡される縁(えにし)の数が多かろうが少なかろうが、
はっきり言って、そんなことはどうでもいい。
そもそも殺生丸が闘牙王から受け継いだ「狗神」とは、闘神の呼び名なのだ。
己に課せられた「神」としての責務は、もっと別の所にあると思った方がいい。
―――― 殺生丸は、小さくため息をついた。
すでに前半に行われた宴の中で、己の神としての責務は、おおかた把握している。
天生牙と爆砕牙を持つと噂に名高い、闘牙王の息子が、正式に狗神の神籍を継いだのだ。
初めて神々の宴に顔を出した殺生丸は、待ってましたと言わんばかりに、
八百万の神々から多くの頼みごとを引き受けることとなったのである。
神々からの依頼は、そのほとんどが、己の手に負えぬ悪鬼や妖を退治してほしいというものだ。
この国には数え切れぬほどの神々がいる。
それぞれ、何か一つ、誰にも劣らぬ特別に秀でた力を持つのが神であるが、
この国には何せ、己の身も守れぬほど戦う力のない神が多い。
そういう神は、強い神使を従えていることが多いのだが、時と場合に寄っては、
神使では手に負えぬこともあるのだろう。
妖怪どもが寄り集まって誕生した奈落などは、その最たるものかもしれない。
殺生丸は、母上が出雲へ赴くのを面倒くさがっていた理由はこれか、と、呆れながらも理解した。
我が母は、困っているものに手を差し伸べるような殊勝な性格ではない。
たとえ、その相手が神であっても、である。
誇り高く冷徹ではあるが、殺生丸はこう見えて、根は武骨で生真面目な性格である。
ご母堂とは違い、闘牙王の正式な後継としてここに来ている以上、その責務は果たすべきだ、と
考えている。
その冷たい美貌も相まって、およそ新参者とも思えぬほど不遜な態度ではあったが、
神々からの依頼を断りはしなかった。
・・・・昔であれば、耳を貸すことすら無かったであろうが。
おかげで、向こう一年は妖退治で、秋津島を飛び回ることになりそうだ。
それ自体は、別に嫌なわけではなかった。
元々、このような酒宴に付き合うより、闘っている方が性にあっているし、
殺生丸が妖怪相手に苦戦を強いられることなど、そうそうあるはずもない。
どうせ遠方まで行くのなら、物見遊山を兼ねてりんを旅に連れ出してやるのも、いいかもしれない。
あれは、旅は嫌いではないはずだ、と思う。
・・・そう思えば、こうやって父の後を継ぐのも悪くはない。
殺生丸は、微かに、口元に苦い笑みを乗せた。
(・・・だが私は、父上のように、これを楽しむ気にはなれぬな・・・)
殺生丸の手の内に残る、最後の一本。
眩しい光を放つその縁(えにし)の糸は、これから生まれる命。・・・人間の、男の命だ。
(・・・長く生きても50年ほどか。 物静かな性質の命だ。)
己の手の中に、一人の人間の命が握られている。
不思議なものだ。
神々が、これだけ手間をかけて、この世を巡る命を繋いでいるのだと知っていたら、
かつての己は、あれほどの多くの命を塵芥のようには扱わなかっただろう。
(・・・・命は巡る。 かつての私は、ただ神々の仕事を増やしていただけか・・・ )
苦笑を浮かべたまま、空を見上げた。
「――――― おお、狗神どの」
空に溶けていく結ばれた縁(えにし)を、目を細めて眺めていた殺生丸に、
魚の顔をした神が近寄ってきた。
綿津見神(ワダツミノカミ)・・・海を司る神である。
「 その手の内にある縁の糸、私の持つ縁と惹かれ合っておるようじゃ。・・・ いかがか?」
綿津見神の手は、魚のヒレのような手である。
そのヒレのような手に握られた縁(えにし)が、柔らかな桜色の光を放っている。
己の手に目線を落とすと、手のひらにある縁(えにし)は、静かな青い光を放っていた。
その桜色の光と青色の光とが、空中で惹かれ合うように、緩やかに絡まり合っていく。
きっと、前世で深い絆があったもの同士なのだろう。
・・・遠く離れていようと、世代を越えていようと、思い合う縁は必ず惹かれ合うのだ。
殺生丸は、この縁(えにし)結びの神事で、それを何度も目の当たりにした。
・・・・己の命よりも愛しく想う、あの娘の笑顔が脳裏をよぎる。
「――――― 応じましょう」
殺生丸は低い声でそう言うと、綿津見神の手から縁(えにし)を受け取り、
己の握っていた縁(えにし)と結び合わせた。
結んだ縁(えにし)は殺生丸の指から風に乗り、ふわり、ふわりと空へと登ってゆく。
巡り 巡り いのちは巡り
巡り 巡り えにしは巡る
神の斎庭(ゆにわ)に結ばれし
見えぬ縁(えにし)は尊けり
千代に八千代に重ねゆく
白珠(たま)のごとき いのちのえにし
幸(さき)く真幸(まさき)く 巡りゆけ
見えぬ縁を司り この世を修(かた)めし 我が君よ
結びし命を末永く 護り恵み幸え給え
結びし縁を末永く 護り恵み幸え給え・・・
神使たちの、透明な歌声に乗せられ、ふわりふわりと空へ浮かんだ縁は、
柔らかな光を放ち、・・・空へと溶けた。
――――――― りん お前は今・・・・何を想っている・・・?
ここに来て何度思ったか分からない問いを、殺生丸は、またあてもなく空へと問うた。
※※※※※※※※※※※※※※
青白い光の鞭が、次々と迫ってくる魑魅魍魎を、鬱陶しそうに切り裂いてゆく。
小さな小さな翁が、首をすくめて言った。
「・・・やれやれ、キリがありませんな」
翁の言葉に、美しい銀色の大妖が、呆れたように答えた。
「 ほんに、そうじゃの。 まったく、手間のかかる・・・」
地面から染み出していた黒い影が、切り裂かれ、断末魔をあげて消え去っていく。
切り裂かれた黒い影の後ろから、また、禍々しい黒い影が何かの形をかたどっていく。
揺らぐ山の瘴気と、暗い霊魂の念が、混ざり合って醜いモノノ怪と成っているのだ。
「 この時期に下界へ降りたのは、ほんに久しぶりじゃ。ここまで鬱陶しいとは思わなんだ」
「 この時期は、普段身を潜めておるものが多く出て参りますからのう・・・」
光の鞭が一巡し、形を成していたモノノ怪が一瞬にしてすべて切り裂かれると、
姿の朧げな黒い影たちは、怯えたように近づいてこなくなった。
距離を置き、こちらの様子を木々の影から伺っている。
ようやく、この白銀の女妖が、とてつもない力の持ち主であることに気がついたらしい。
「 ようやく、落ち着いたか・・・。力の差も分からぬ魍魎どもが」
金色の眼差しがゆるりと周囲を見渡すと、黒い影たちは、更に怯えたように姿を隠した。
大妖の怒りに触れることを恐れるように、その気配はどんどん小さくなってゆく。
大輪の百合のごとき美しい大妖は、その涼やかな金色の目でまっすぐに、森の先を見る。
そこは、なんの変哲もない山の中だ。
だが、数少ないものだけは、ここに道を見ることができる。
・・・・ここは、隠れ里への道。
ご母堂の口元に、微かな笑みが浮かんだ。
「 ・・・のう、時巡りの翁よ」
「 はい、何でございましょう」
ご母堂の手の上にある香炉から、ぴょこんと翁が顔を出した。
「 わらわの動き、件(くだん)は見通しておると思うか?」
「 さぁ・・・・どうですかなあ」
翁は、眉を寄せる。
香炉の中での長い付き合いではあるが、未来を見る人面の牛の考えは、翁にも読めない。
「 あれは、ああ見えて計算高いからの 」
ご母堂の言葉を聞いて翁は、ふむ、と頷いた。
「 では、見通しておっても、殺生丸さまへはお伝えしてはおりますまいなぁ」
「 どうしてそう思う?」
そう言いながらも、ご母堂は面白そうに笑っている。
「 ご母堂さまが、奥方の元へいらっしゃるとお聞きになれば、殺生丸さまも気が気ではありますまい。
神議りの最中であっても、神事を放って奥方の元へ帰ってこられるやもしれませぬ 」
翁の言葉に、ご母堂は声を立てて笑った。
「 ほほほ、確かにそうかもしれぬ。 ああ見えて、意外と単純なところがあるからの。
まったく、我が子とも思えぬわ。そういうところは、間違いなく父親譲りじゃの 」
「 されど・・・本当によろしいので?」
ご母堂は、片眉を上げる。
「 何がじゃ?」
「 いえ、その・・・。
殺生丸さまは、今後、一切手を出すな、と、そう仰ったのでしょう・・・?」
翁は冷や汗を額に浮かべてそう言いながら、恐る恐るご母堂を見上げた。
この親子の争いに巻き込まれるのは、齢600年を越えるさすがの翁でも、少々怖い。
―――――つい数日前のことである。
200年の長きにわたり香炉の中で眠り続けた狗神の御印は、無事に闘牙王から殺生丸へと
受け継がれた。
香炉の中に留まっていた闘牙王の魂も、ようやく命の巡りの中に戻っていったのだ。
これで、この時巡りの香炉は、その役目を終えることとなった。
この香炉の中で案内役を担っていた、翁の肩の荷も、ようやく降りたと言える。
長きにわたり香炉を守り続けた翁は、ご母堂から労(ねぎら)いの酒を賜り、杯を交わした。
殺生丸が無事に神成りの道を抜けて狗神と成ったことを祝い、
また同時に、旅立った闘牙王の魂を悼む酒でもあった。
酔いが進むにつれ、翁の口からは懐かしい昔話が語られた。
翁が、この香炉に住むようになった由来。 時巡りの香炉が闘牙王の元へ渡ってきた理由。
そして翁は、かつて自分が伯耆の国の土地神の神使であったことをご母堂に話すと、
かの大妖は、面白いことを思いついたと言わんばかりにこう言ったのである。
「 そなたを、その土地神の元へと返してやろう。
闘牙王は、もはやおらぬのだ。 そなたが殺生丸に仕える必要はなかろう」
「 ちょうどいい。 私も、伯耆の国へは用があるしな」・・・と。
ご母堂は翁の言葉に、ふふん、と面白そうに笑った。
「・・・なんじゃ、そなた、もしや殺生丸に怯えておるのか?」
「い、いえ、その・・・」
どちらかというと、好戦的なご母堂の方が、よほど怖い。
しどろもどろになった翁にご母堂は声を立てて笑う。
「 ほほほ、 だからこうやって、あやつが留守の間にやってきたのではないか。
こういうのを、人間たちの言葉で 「 鬼の居ぬ間の洗濯 」 というのじゃな」
冷や汗を浮かべて見上げている翁をよそに、ご母堂は楽しそうに後ろを振り返り、声を掛ける。
「 ほれ、そなたたち何をしておる。参るぞ。わらわに続かねば、そなたらは結界にはじかれてしまうぞ」
「 畏まりました、奥方さま」
官女のように髪を結い上げた美しい二人の女妖が、二人がかりで唐櫃をかついだまま、
ご母堂に頭を下げる。
魑魅魍魎が渦巻く、薄暗い伯耆の国の森の中。
香炉を手に乗せたご母堂と唐櫃をかついだ二人の侍女は、
結界の中へ、忽然とその姿を消した――――。
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