殺りん話を、とりとめもなく・・・ こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。
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≪ 春よ、来い | | HOME | | 神成りとむすめ<9> ≫ |
・・・・立ち上がると、さすがに、ふらりとした。
かぐわしい女神たちの花のような香りが、幾重にも押し寄せてくる。
が、こうもぐるりととり囲まれてしまっては、逃げ場がない。
・・・嗅覚の鋭い己には、次々に注がれる手元の神酒よりも、くらくらするような芳香の方が、辛かった。
神成りとむすめ<10>
上を見上げると、桜の花びらがひらひらと散っている。
桜だけではない。
桃の花びら、梅の花びら、杏の花びら・・・。
もっと大きな、木蓮の白い花びらも、頭上をひらひらと舞っている。
殺生丸は、花の名には詳しくない。
りんなら・・・あの娘なら、もしかすると目を輝かせて物珍しい花びらを追ったかもしれない。
想像すると、ふ、と笑みがこぼれそうになった。
殺生丸の手元の酒杯に、何かの花びらが一枚、ふわりと舞い降りた。
出雲では、今年も、無事に神議りの神事が終わったことを祝う酒宴が、開かれていた。
神議り、七日目・・・・最後の宴である。
ここは、縁結びの神事が行われた斉庭(ゆにわ)のさらに奥・・・大国主神(オオクニヌシ)の住まう
社の神庭である。
美しく整えられた日本庭園のような神庭は、八百万の神々を招いても、
十分にあまり余るほどに、広い。
深い翡翠色をした大きな池の周りには、たくさんの緋毛氈が敷かれ、
神々は思うままに酒席を設けていた。
花びらが舞う空の下、散りばめるように庭に置かれた雅なぼんぼりが、柔らかな光を放っている。
季節など無いはずの、この異空間に、花吹雪が吹いている。
これも、季節を司るという八百万の神々の力なのかもしれない。
殺生丸は、ふらり、と立ち上がった。
・・・酔った頭で冷静に考えてみても、先ほどから考えられない量を飲んでいる。
それに加えて、この香りだ。
女神たちの放つ、華やかな香りは、神気を帯びていて峻烈だ。
並外れた嗅覚を持つ殺生丸には、かなり辛い。
先ほどから、次々と杯に注がれる神酒とこの香りで、殺生丸の感覚はいささか麻痺している。
いい加減、少し頭を醒ましたかった。
(・・・・件(くだん)め・・・)
微かないらだちを覚えながら一歩足を進めると、くらり、とした。
指先で、こめかみを押さえる。
歩くのには問題ないが、群がる女神から逃れるには、いっそ飛ぶ方が楽かもしれない、と
ぼんやり思う。
(・・・・・・一体、どの女神のことを言っている・・・)
殺生丸の微かないらだちは、人面の牛へと向いている。
―――――― 話は、七日前に遡る。
「 よろしゅうございますか、殺生丸さま。
最終日に行われる酒宴は、必ずご出席くださいませ」
殺生丸の神使・・・件(くだん)は、出雲入りする直前、念押しするように、殺生丸にそう進言した。
最終日の酒宴とは、神々にとっては縁結びの神事が終わったあとの、打ち上げのようなものだ。
ちなみにご母堂が毎回すっぽかしていたのは、この酒宴である。
必要以上に念押しするような件(くだん)の言葉に、殺生丸は柳眉を寄せた。
「・・・何か、見えているのか」
件(くだん)は、先見(さきみ=予言)をする妖だ。
こういうことを言い出すということは、きっと何かを予見しているのだろう。
殺生丸の問いに、件(くだん)は落ち着いた顔で、微笑を浮かべた。
「・・・ご出席くだされば、おわかりいただけます。
殺生丸さまは、そこで、一柱の女神と出会われましょう。
殺生丸さまの、とても大切なものに関わる女神さまでございます。
私は、門のところでお待ち申し上げておりますゆえ、お帰りの際にお声をお掛けくださいませ」
「・・・女神だと? 分かっていることがあるならはっきり言え、件(くだん)」
微かないらだちを見せて殺生丸はそう言ったが、件(くだん)は、
「 私の先見とて、確実なものではありませぬ。
道を切り開かれるのは、殺生丸さまご自身でございますゆえ・・・
今、私が殺生丸さまに申し上げられるのは、それだけでございます―――――」
そう言って、ちりん、と鈴を鳴らして頭を下げた。
(・・・食えぬやつだ)
殺生丸が大切に思うものなど、この世にたった一つしかない。
件(くだん)とて、それは承知の上で言っているのだろう。
忌々しいが、殺生丸に選ぶ余地はない。
―――― 結局、最終日の宴に殺生丸は一人、神庭の片隅で杯を傾けることとなった。
すると、宴が始まってまもなく、殺生丸は一人の艶やかな女神から、声をかけられたのである。
「 まぁ、そこにいらっしゃるのは新しい狗神さまではありませんの」
妖艶な女神は、酔っているらしい。
誘うような艶やかな笑みを浮かべて、手に持った銚子を掲げた。
「ご一献、いかが?」
殺生丸に声を掛けたこの麗しい女神は、海を司る竜宮の姫・・・玉依姫(たまよりひめ)である。
ずいぶんと飲んでいるらしく、ほんのり目の縁が赤く、色っぽい。
玉依姫は、恋の伝説の多い女神でもある。
その美しさと色香は息を飲むものがあったが、座したまま玉依姫を見上げる殺生丸の表情は
澄みきった氷のように冷たく、ぴくりとも動かない。
そんな狗神の冷たい美しさが、どうやら恋多き女神の心に火をつけたらしい。
玉依姫は妖艶に微笑むと、そのまま殺生丸のそばに腰を下ろし、無口な狗神を誘うように
上目遣いで言った。
「 ・・・新しい狗神さまは、冷とうございますのね。
先代の闘牙王さまは、決して、私の杯をお断りにはなりませんでしたわよ?
さあ、ご一献――――・・・ 」
・・・その色香に迷ったわけではない。
だが、闘牙王・・・父の知り合いの女神というのならば、邪険にあしらうわけにもいかない。
件(くだん)の言葉も気にかかっている。
小さくため息をつき、殺生丸は仕方なく杯を差し出した。
「・・・・お受けする」
低い声でそう言うと、うふふ、と玉依姫は妖艶に笑みを浮かべ、殺生丸の酒杯へ神酒を注いだ。
「 嬉しゅうございますわ」
・・・・が、闘牙王を引き合いに出した玉依姫の挑発を、マトモにとったのが誤りだったのだろう。
玉依姫の銚子から神酒を受けたとたん、あれよあれよという間に、周囲から大勢の女神が
殺生丸目当てにぞろぞろと寄り集まってきたのである。
・・・皆、頬を染め、娘のようにはしゃぎながら。
神の仲間入りをしたとて、殺生丸は殺生丸だ。
その近寄りがたさと、触れれば切れるような雰囲気は、全くと言っていいほど変わっていない。
女神たちは、先ほどから殺生丸に近づきたくても近づけなかったのだろう。
玉依姫は、どうやら女神たちの切り込み隊長だったらしい。
かくして、殺生丸は女神たちの群に、ぐるりと周囲を取り囲まれることになってしまったのである。
女は三人集まると姦(かしま)しい、というが、そこは人間も神もあまり変わらぬらしい。
殺生丸を囲んだ女神たちは、まるで若い娘のようにはしゃぎながら、次々に殺生丸へ神酒を注いだ。
しかも、注いだそばから 「 早く飲み干してくださいませ 」 と、口々に言う。
「 闘牙王さまは、その程度では酔われませんでしたわよ、新しい狗神さま 」・・・と。
女神たちからしてみれば、殺生丸のような美しく若い男神が神籍入りするなど、
めったにあることではないのだ。
からかってはしゃぎたくなる気持ちも分からなくはないが、朴念仁の殺生丸に女神たちの女心が
分かるはずもない。
仕方なく注がれるままに酒杯を重ねたが、注がれる酒は、神を酔わす出雲の特別な神酒である。
寄ってたかって殺生丸を酔わせようとしている女神たちもまた、すでにかなりの酒量を飲んでいる。
神酒の匂いと、酔ってはしゃぐ女神たちの華やかなかぐわしい香りが混ざり合い、一帯を包んでいる。
・・・・この匂いに、思っていた以上に、酔った。
(・・・・酒はともかく、これ以上、この匂いは我慢ならんな・・・)
件(くだん)の言葉が気になり、しばらくは我慢していたが、そろそろ限界である。
殺生丸はゆらり、と立ち上がった。
女神たちの垣根を抜けようとしたのである。
なんせ、女神たちの返杯は尽きることがないのだ。
どこかで切り上げねば、多勢に無勢で、このままでは完全に酔いつぶされてしまう。
(・・・ここにいる、どの女神も、りんに関わりがあるようには見えぬ・・・)
酔った頭で、ぼんやりとそう思う。
件(くだん)は、会えば分かる、と言っていた。
ということは、今、殺生丸を囲んでいる女神たちの中に、その女神はいないのだろう。
・・・であれば、こんな姦(かしま)しい女神たちとこの匂いを我慢する必要などありはしない。
「・・・・・。」
無言で酒杯を持ったまま立ち上がった殺生丸の着物の袖が、くい、と引っ張られた。
「 まぁっ! 狗神さま、どこに行きなさる?」
高い声で咎めたのは、ほんのり頬と目の縁を桜色に染めた玉依姫である。
「 お若いゆえ、まだまだいけますでしょ? 逃げるおつもり?」
玉依姫の言葉に、周りの女神たちは一斉に非難めいた視線を殺生丸へ送った。
「 まあっ、逃げる気ですか?! わらわはまだ杯を交わしてはおりませぬよ?」
「 わらわもですよ、狗神さま!」
「 それはそうと、先ほどから玉依姫ばかりが狗神さまに寄り添っておるではないか。
ずるうございますわ! 」
「 ほほほ、妬くでない、妬くでない」
「 ねえ、狗神さまー、どちらへ行かれますの? ちゃんとこちらへお戻りになってね?
わたくしの酒杯を返杯してくださったら、今年一年の豊作はお約束いたしますわよ」
「 まあ、豊受姫(トヨウケヒメ=食べ物の女神)、ずるい!
それならわたくしだって、豊かな水の恵みをもたらすことをお約束いたしますわっ!! 」
「 まあ、それならばわたくしだって・・・」
かしましい娘たちにしか見えぬこの女神たちも、齢は数千年をゆうに越える、
それはそれは恐ろしい力の持ち主だ。
殺生丸とて、父の代から続く付き合いならば、あからさまに邪険にするわけにも、いかぬ。
酔った頭で考えた挙げ句、殺生丸は――――・・・
不器用に口角を持ち上げ ―――― なんと、女神たちにむかって、優しげな微笑みをうかべた。
・・・・はっきり言って、ここにいるどの男神よりも、美しく麗しい。
これには、女神たちも赤面したまま、言葉を失ってしまった。
そんな女神たちをゆるりと見渡し、殺生丸は玉依姫の手から、するりと己の袖を抜き取った。
「 ・・・少々、酔いました。・・・これ以上の返杯、ご容赦を」
つややかな低い声で、詫びる。
・・・・神といえども、本質的な 「女」という部分では、あまり人間と変わらぬらしい。
初めて目にした狗神の微笑みと低い声に、女神たちは見とれてしまっている。
かなりぎこちない微笑ではあったが、退席を求めた殺生丸を咎めることすらできなくなってしまった。
愛想笑いなぞ、これまで生きてきて一度もしたことのないこの男にしては、上出来というべきだろう。
が、慣れないことをしたせいで、頬が痙攣しそうである。
口を開けたまま赤面している女神たちを置いて、殺生丸はふわりと浮き上がった。
白尾を靡かせ、花吹雪の空の下を、ふわりふわりと飛んでゆく。
群がる女神たちから離れ、空の上にきてはじめて、殺生丸は大きく息を吸った。
とにかく、あの妖艶で濃密な香りの中から、早く、己の頭と嗅覚を醒ましたかった。
※※※※
ふわり、と殺生丸が降り立ったのは、神庭の中の一角である。
そこには湧き水があり、大国主(オオクニヌシ)の神使であるウサギが二本足で立って、
神々に柄杓で御神水を配っている。
水干を着て烏帽子をつけたウサギは、絵草子に出てきそうな出で立ちで、実に可愛らしい。
湧き水のそばには雅やかな胡床(こしょう=椅子)が置かれ、神々が思い思いにくつろいでいる。
どの神も皆、酔いを醒ましにきているのだろう。
殺生丸が空いている胡床に腰掛けると、柄杓を持ったウサギが近づいてきた。
「 どうぞ、狗神どの」
「 ・・・・・・。」
殺生丸がこめかみを押さえたまま無言で杯を差し出すと、ウサギが柄杓の御神水を、
とぽとぽと注いだ。
「 この湧水は、出雲の湧水。大層、おいしゅうございますぞ」
そう言うと、ぺこりと頭を下げ、ウサギは違う神のところへ歩いて行く。
殺生丸は杯に注がれた甘く冷たい水を飲み干し、深いため息をついた。
あの女神たちの姦(かしま)しさと濃密な花のような匂いは、かなり強烈だった。
一体、何杯飲まされたのだろう。
足元がふらつくほど酔ったのは、はじめてかもしれない。
(・・・母上が、出雲行きを面倒くさがるわけだな・・・)
己以上に、誰にも遠慮することなく生きているあの母親が、女神たちと気が合うとは到底思えない。
だが、母親とは逆に、女神たちとの酒宴を心から楽しんでいたであろう闘牙王の姿も、殺生丸には
容易に想像がついた。
誰からも愛され、また他者を愛すことが好きなひとだった。
酒は、大勢と明るく飲むのが好きなひとだった。
「お館さま」と、多くの妖ものに慕われていた。
・・・そう思うと、やはり、己は母親似なのだろう。不本意ではあるが。
(・・・・・・それにしても、件(くだん)め・・・)
今、邪見がそばにいれば光の早さで逃げ出すであろうほど、殺生丸は機嫌の悪い顔をしているに
違いない。
・・・生まれて初めての愛想笑いは、思った以上に精神的ダメージがデカかった。
思い出すだけで、暗澹たる気分になってくる。
殺生丸にしてみれば、100年に一度あるかないかの珍事である。
誰かに遠慮するなど、そもそも経験がないのだ。
再び、ため息をつきそうになった時、柔らかな澄んだ声が、背後から聞こえた。
「 狗神さま・・・殺生丸さま、でございますか?」
聞き覚えのあるその声に、殺生丸は反射的に背後を振り向いて、己の目を疑った。
「・・・・・・・・・り・・・ん・・・・?」
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