殺りん話を、とりとめもなく・・・ こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。
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「お久しぶりです・・・ご母堂さま」
耳鳴りの治まったりんがやっとの思いでそう言うと、
白銀の髪を靡かせたご母堂は目を細め、口元をほころばせた。
まるで、大輪の白百合が咲き誇ったような、輝くばかりの美しさである。
「 小娘、そなたに聞きたいことがあって参った。邪魔するぞ」
ご母堂の笑顔に、邪見は全身からイヤな汗が噴き出した。
主の笑顔が恐ろしいのは、やはり、親譲りであるらしい。
あやかしとむすめ<13>
(まったく、何ということじゃ・・・)
―――― 先ほどから邪見の単衣は、緊張のあまり、冷や汗でぐしょぐしょである。
まさか、この屋敷の縁側にご母堂さまが腰掛けることになるとは思ってもいなかった。
そうと分かっていたら、塵一つないように、もっと床を磨いておいたものを。
(それにしても、りん、お前・・・大物じゃな。さすが、あの殺生丸さまと夫婦(めおと)の契りを交わしただけのことはある)
小さい頃から知っているはずなのに、邪見は先ほどから、目の前のりんに妙に感心してばかりである。
「 ご母堂さま、これをどうぞ」
「 ん? なんじゃ、これは?」
「 座布団です。この上に、お座りください。お召し物が、汚れてはいけませんから」
「 ほーう」
ガチガチに緊張した邪見の目の前で、なんと、りんは縁側に腰掛けているご母堂に座布団を勧めている。あのご母堂さまに、座布団である。 物怖じしないにも、程がある。
「 ああ、小梅、小竹、桜茶と柏餅が水屋にあったでしょう?あれを、ご母堂さまとお供の方にお出ししましょう。案摩さんも、小梅と小竹のお手伝いをしてくれる?」
小梅と小竹には、茶と菓子を用意するように言っている。が、あの双子の様子では、ここまで無事に茶を運んでこれるかどうかも怪しい。小梅と小竹は、端から見ても滑稽なくらいに緊張してぎくしゃくしながら、案摩と共に水屋へ向かった。
というか、ご母堂さまともあろうお方に、人間が飲む茶などお出しして良いものだろうか。
何が逆鱗に触れるかも分からない不安に、邪見は先ほどから、心臓が口から出てきそうである。
このままりんに、ご母堂さまの対応を任せておくわけにもいかない。何かが起こったあとでは、遅いのだ。邪見は額に浮かんだ汗をぐいと拭い、小さな体から必死に言葉を絞り出した。
「 あ・・・あの、ご母堂さま、それで、今日は一体どのようなご用で?」
殺生丸から「必ずりんを守れ」と命を下されている以上、りんに何かあれば最後、邪見の命は無い。何があっても、りんのことは身を呈して守らなければならない。たとえ、相手がご母堂さまであっても、である。
(ご母堂さまは先程、りんに聞きたいことがある、と仰っておられたな)
邪見は、ごくり、と喉を鳴らした。
殺生丸は、ご母堂の命で狗神として出雲へ赴いている。
ご母堂がわざわざ殺生丸が不在である今を選んで、この医王の里へやってきたということは、すなわち、殺生丸を介さず、サシでりんと話をしたかったということなのだろう。
( 一体、りんに何を聞かれるおつもりなのじゃ?)
よくよく思い返してみれば、この二人のことを、ご母堂が一体どう思っているのか、邪見は一度も聞いたことがない。
冷静に考えてみれば、殺生丸とりんには、甚だしい立場の違いがあったのだ。かたや、西国を治める妖の総大将のご子息、かたや、吹けば飛ぶような人間の孤児のむすめ。互いに惹かれあっていたのだとしても、普通に考えれば、どうやっても釣り合うはずがない。二人の恋は、いわゆる、甚だしい身分違いの恋ということになるだろう。
過去を遡れば、妖と人間との間に、身分違いの恋がなかったわけではない。
古から、そのような話はよくあったことだし、現に、殺生丸の父親と人間との間には、あの犬夜叉が生まれている。
けれど、その身分違いの恋によって、闘牙王は命を落としたのだ。ご母堂は、それをどう思っていたのだろう。もしもご母堂が、かつての殺生丸のように、それが原因で人間を蔑み、忌み嫌っているのだとしたら。
――― 殺生丸とりんの恋を、すんなり認めてくれるとは、到底思えない。
そう思いながらも、邪見は首を傾げる。
(じゃが、この里の存在を教えてくれたのは、ご母堂さまだったんじゃよな。根っからの人間嫌いなら、教えてくれるはずもないしのう)
この里を教えて貰ったことで、二人のことはすっかり公認となったような気になっていたが、ご母堂がこの二人をどう思っているか、邪見は実際に確かめたことはない。
まさか殺生丸の不在時に、ご母堂さまが単身、この医王の里へやってこられるとは思ってもいなかった。
( ご母堂さまは一体、何のためにやってこられたのじゃ・・・!?)
ご母堂は、りんが差し出す座布団の上に座り直しながら、邪見の方を見て面白そうに片眉を上げた。
「 どうしたのじゃ、小妖怪? 先ほどから何やら、落ち着かぬ様子じゃの。わらわがここへ来ては、何ぞ問題でもあるのかえ?」
「 いいい、いえっ、そ・・・そういう訳ではっっ!!」
「 では別に、構わぬではないか」
ご母堂は邪見の慌てぶりをみて、ニヤニヤと笑う。
「 そ、そ、それは、そうですけれども・・・せ、殺生丸さまは、今、出雲へ行かれてますし、その」
「 あんな朴念仁がいては、小娘とゆっくり話ができぬではないか。あやつに邪魔されたくないゆえ、わざわざ留守を狙って参ったのじゃ。何か文句があるか?」
「 留守を狙ってきた 」など、偉そうに言えることではないだろう、と思いながらも、邪見は、はぁ、と間抜けな相づちを打つ。
ご母堂は、腰掛けている縁側から後ろを振り返ると、りんの屋敷をぐるりと見渡し、呆れたように口を開いた。
「 それにしても、ずいぶんと粗末な屋敷じゃな。そなたら、本当にこんな所に住むつもりか?」
ご母堂の住む天空の宮とは比べようもないが、りんの知る限り、この屋敷はそのあたりの長者や
領主さまの屋敷よりは、よほど立派である。しかも、この屋敷は殺生丸の父の代に作られたもので、りんは文句など言える立場にはない。
りんは縁側にきっちりと正座をし、手を突いてご母堂に頭を下げた。
「ありがとうございます、ご母堂さま」
ゆるゆると顔を上げ、りんは手をついたまま眩しそうにご母堂を見上げる。
「 このお屋敷をご用意下さったのはご母堂さまだと、邪見さまから聞きました。りんには、本当に、夢のようなところです」
「ここがか?」
ご母堂はそう言いながら、到底理解できないといった表情で、くるりと屋敷を見渡している。
「 はい。 本当に、りんにはもったいないようなお屋敷です」
りんはそう答えると、にっこりと笑った。
「・・・そうか」
りんの前で、ご母堂はその金色の目を細めて、縁側から眼下に広がる里を眺めていた。
高台にあるりんの屋敷からは、この医王の里が一望できる。たくさんの妖と人が混じりあって暮らす、穏やかで豊かな、妖の秘里。
「闘牙が残したものも、これで少しは役に立つ、か」
ご母堂は誰に言うわけでもなく、呟くように小さな声でそう言うと、微かに笑った。永きを生きるこの女妖の目に映るのは、遠い、遠い、遙か昔の記憶。ご母堂は懐かしそうに目を細めていたが、ややして、小さなため息をついた。
「わらわには、人間の感覚は分からぬ 」
ご母堂は、右手に持っていた小さな香炉を、ことりと縁側に置いた。
手のひらに収まる大きさの、雅な香炉である。
「 わらわに分からぬものが、同じ狗妖怪である殺生丸に分かるはずがない。我ら妖と人は、真に、互いを理解し合うことは叶わぬのだ。神より賜った命の有りようが、違うのだからな 」
「はい」
ご母堂が言っているのは、たぶん、お屋敷の話ではないのだ、と、りんは思う。
普段、りんがこっそりと心の奥底に押し込めている、哀しい現実。妖と人は、本来は住む世界が違う、ということなのだろう。
「分かっています」
りんは床に手をついたまま、そう答えて、ご母堂を見上げた。
分かっている。
充分すぎるほどに、分かっている。
けれど、それでも、共に生きたいと願ったのだ。
殺生丸のことが、大好きだったから。
「 小娘よ、それでもそなたは、あやつに寄り添って生きていくつもりか?」
「はい」
りんは静かに、頷いた。
いつか、りんは殺生丸をこの世に残したまま、旅立ってしまうのだろう。人間の命は、短い。 それに引き替え殺生丸は、りんには想像がつかぬほどの長い時を生きるのだ。それでも、殺生丸は、りんが傍にいることを許してくれた。傍にいたいという、りんの願いを受け入れてくれたのだ。
だから、りんもその気持ちに応えたいと思う。
「許される限り、お傍にいたいと・・・そう、願っています」
「 そうか・・・そなたも、物好きじゃの 」
ご母堂は、呆れたようにため息をついて、りんを見る。
「ならば、小娘。わらわも母じゃ。そなたに、聞いておきたいことがある」
ご母堂は、ゆらりと縁側から立ち上がった。豪奢な衣(きぬ)に焚きしめられた高貴な香が、ふわりと舞う。縁側に正座をして手をついたままのりんを、金色の目がゆるりと見下ろした。
「 そなた、先ほど、殺生丸に寄り添って生きてゆきたいと申したな。だが、あれが妖たちの中で、どのような立場の男なのか、そなたは分かっておるのか?」
「 立場・・・?」
ご母堂の問いに、りんは思わず戸惑ってしまう。
確かに、りんは殺生丸のすべてを知っているわけではない。むしろ知らないことの方が、多いだろう。そうでなくとも、殺生丸は口数が少ないのだ。妖怪たちの中で、殺生丸がどのような立場であるかなど、りんはそんな話は聞いたことがない。
「小娘よ、そなたも知っておろうが、殺生丸の父親は西国を治める妖の頂点に立った男じゃ。そしてわらわは、その正妻。 殺生丸は、闘牙王とわらわの並外れた妖力を受け継いで、この世に生まれてきた」
「はい、存じています」
「 殺生丸にその気があろうとなかろうと、あやつはいずれ、妖の世界の頂点に立つ存在じゃ。それは、分かっておろうな?」
りんの表情が、こわばる。ご母堂さまは、何を言いたいのだろう。
殺生丸様に寄り添うのは、りんでは役不足だと、そう言いたいのだろうか。
「はい」
りんの表情を見下ろして、ご母堂は金色の目を、わずかに細める。
「 殺生丸の父親は、「お館さま」などと呼ばれて、妖どもにずいぶんと慕われていたものだ。殺生丸は、父の死後、そやつらを父の代わりに束ねようとは思わなかったようだがの。あれはわらわに似て、大勢で群れるのが好きではないからな。だが、先日、殺生丸は父親から狗神の力を受け継ぎ、出雲の神議りへと赴いた。 あやつは、名実ともに、狗神であった闘牙王の正当な後継者となったのだ 」
正当な後継者、という言葉に、縁側についたままのりんの手がこわばった。殺生丸にも、ゆくゆくは後継者が必要なのだろうか。親を上回るほどの妖力を持った、後継者となれる子供が、必要とされているのだろうか。
・・・だとしたら、りんは、きっとその役には立てない。
胸が、痛い。
本当は、りんよりずっと奥方にふさわしい、妖のお姫さまがいるのではないだろうか。
そう思うと、いたたまれない気持ちになって、りんは縁側についたままの手を、ぎゅっと握った。
「 それが、殺生丸さまの、立場・・・」
りんがそう口にすると、ご母堂は、りんからふと目線をはずした。その金色の眼差しは、遠く、眼下の里を見ている。
「 まあ、そうだ。だがそもそも、狗神となる以前から、天生牙を与えられていたということが 殺生丸が闘牙王の正当な後継であるという、動かぬ証だったのだがな。あやつは、それに気づくのに、ずいぶんと時間がかかったがの。天生牙は、誰にでも使える刀ではない。 あれは、この世にないものを切る刀。命を司る神の力を宿した、たぐいまれなる銘刀だ。何にせよ、殺生丸は父の跡を継いだ以上、これからはかつての闘牙王同様に、 八百万の神の一柱として、この国を守るために動いて貰わねばならぬ」
「神として・・・国を、守る・・・」
りんの顔から、血の気が引いていく。
指先が、かすかに震えた。
無理もない。
殺生丸が妖怪の中でも抜きんでた存在だということは分かっていたが、ご母堂の口から語られる内容は、りんの想像を遙かに越えるものだった。
出雲へ行くというのも、「縁結びをしてくる」としか、聞かされていなかったのだ。殺生丸が背負うものがそこまで大きなものだとは、思いもよらなかった。
「 そう・・・神と成る、とは、そういうことじゃ」
里を見下ろしたまま、ご母堂はその美しい口を開く。
「 小娘よ」
「はい」
美しい金色の目が、僅かに細められる。
「―――― そなたは、殺生丸の何だ?」
「え・・・?」
ご母堂はりんの方を向くと、庭に立ったまま、その細い指を伸ばして、りんの華奢な顎をすくい上げた。持ち上げられて、くい、と上を向いたりんの喉が、白い。
もう一度、繰り返すようにご母堂はりんに問う。
「そなたは、殺生丸の一体、何じゃ? 殺生丸に、何を成すことができるのじゃ?」
「ご母堂、さま・・・」
りんの大きな瞳が、戸惑うように揺れた。
――――― 自分は・・・殺生丸の、何なのだろう。
「・・・・」
りんは、常に殺生丸に守られ、与えられ、生きてきたのだ。己の命すらも、だ。
りんには、答えるすべがない。
(りんは・・・殺生丸さまの、何?)
この妖の里にきて「奥方さま」と呼ばれても、りんには、ぴんとこなかった。殺生丸さまとは、たった一度、夜を共にしただけだ。奥方さま、と呼ばれるようなことは、何もしていない。
共に生きたいと望んだのは、りんの方だ。
殺生丸さまは、りんの望みを受け入れてくれただけ。
「 そなたは、殺生丸の何だ。 人間であるそなたが、殺生丸に一体何ができる?」
ご母堂の言葉が、胸に痛い。
りんが殺生丸さまにできることは・・・あるのだろうか。
りんの目に、うっすらと涙が浮かんだ。
何も、思いつかない。
もしも子を成せたとしても、生まれくる子は、半妖である。殺生丸のような、完全な狗妖怪ではない。先ほどご母堂が言ったような、西国を治められるような強い妖の子を、りんが産むことは
叶わないだろう。
―――― りんは・・・殺生丸さまには、ふさわしくないのかもしれない・・・。
「答えてみよ、小娘」
そう問う、ご母堂の金色の目は、恐ろしいほどに透き通っている。顎をとらえられたまま、りんは目を逸らすことすら出来ない。ご母堂は、怒っているわけではないのだろう。 ただ、その答えを求めている。けれどりんには、その答えを口にするのが、あまりに辛い。
「りん、には・・・」
―――― ほろり、と、りんの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
りんの表情を、ご母堂は顔色一つ変えずに、見下ろしている。
「りんには、何も・・・ありません・・・」
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