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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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神成りとむすめ<17>



柔らかな奥ゆかしい桜の香りが、大妖の鋭敏な嗅覚を和らげるように漂っている。
二人が座るには狭い、風で動く牛車の中。


春の女神は長いまつげを伏せ、古い昔を思い出すように、口を開いた―――――・・・・。


「 ・・・あの戦いで、闘牙王さまはお命を落とされたと伺いましたわ。 その話を聞いたとき、わたくしは思ったのです。 やはり、闘牙王さまは東国へ赴かれる前から、ご自身の死を予感されていたのだ・・・と」
 

 

 

 

 

 

神成りとむすめ<17>


拍手[78回]

 

 

 
 

 

「  ・・・・寒い寒い、冬の夜でございましたわ。 闘牙王さまは、わたくしの社へ突然お越しになられて、こう仰ったのです」


 
  ――――― 佐保姫どの、無礼を承知でお願いしたい。
   以前、私に遣わして下さった二ノ舞の翁と時巡りの香炉、今しばらく、この闘牙王に預けては下さらぬか ―――  と。
 

わたくしは、あれは元より闘牙王さまへ差し上げたつもりでございましたから、驚いてお尋ねいたしました。あれはもはや、闘牙王さまの神使でございます。 急にそのようなことを仰るなんて、 一体、どうしたのでございますか、と。
 

闘牙王さまは、少し思い悩まれ・・・・・こう仰られたのです。



本来ならばこのような話を、あなたのような戦いを好まぬ神にすべきではない。
二ノ舞の翁とて、きっと本心では望むところではあるまい。
が、もはや猶予がない・・・お許しください。
私は、今より東国へ赴きます。 ―――― 竜骨精という悪しき妖の征伐です。



・・・・わたくしは、突然のことに言葉がでませんでしたわ。
 

竜骨精の悪行の数々は、この西国までも鳴り響くほどの噂となっておりました。
八百万の神々も手が出せず、ましてや力弱き民草の苦しみは筆舌に尽くしがたい――― と。
闘牙王さまは、とても怖いお顔をされて、こう仰られたのですわ・・・。
 


竜骨精には、もうずいぶんと長い間、東国の神々も人間たちも悩まされています。
奴の吐き出した瘴気のせいで、東国には、生き物の住めぬ土地すら出来たと聞く。
瘴気の蔓延る土地は、悪鬼の巣窟となる。
悪鬼どもの邪気を吸い上げ、ますます竜骨精は力を強めております。
もうこれ以上、奴を放っておくわけにはいかぬのです。
だが、竜骨精は・・・強い。
今回ばかりは、私も危ういかもしれませぬ。
 
――― 万に一つ。
万に一つ、私が竜骨精に破れたとしたら、私が天津神より賜ったこの 『 狗神 』 の御印は、多くの妖に狙われることとなりましょう。神の位を得ることは、私ども妖怪にとっては、最高位の 『 畏れ 』 を手にしたということ。 何にも勝る誉れなのです。
だがこれ以上、この国に妖の戦を起こすわけにはいかぬ。
姫も、よくご存じでしょう。 ひとたび、妖怪どもの戦が起きてしまえば、救いようがないほど国は荒れる。 そもそも、『 狗神 』 とは、そのようなくだらぬ争いがこれ以上この国に繰り広げられぬために生まれた闘神なのです。

   

―――― いつになく怖いお顔でそう仰る闘牙王さまに、わたくしはますます、言葉を失ってしまいました。  闘牙王さまを越えるような戦神(いくさがみ)は、そうそうおりませぬもの。その闘牙王さまが、ここまで御覚悟を決められるなど。よほど、竜骨精とは禍々しい力を持った妖怪なのだ、と。
 
―――― けれどその時、闘牙王さまは私の不安を和らげるようにお腰の刀を鞘ごと引き抜き、 目前に掲げられ、その刀身を抜いて見せて下さったのです。


美しい清浄な光を放つ、世にも不思議な刀でございましたわ。
そう・・・・その殺生丸さまが受け継がれた、そのお腰の刀でございます。
そして、闘牙王さまは、こう仰ったのです。


この刀をご覧下さいませ、佐保姫どの。
これは、天生牙と申します。 これを打った刀鍛冶はこの刀に 『 棺桶いらず 』 などと名を付けておりましたが、まさしく、これは命を繋ぎ、死者を蘇らせる力を持っています。 真に慈しみの心をもちてこの刀を使えば、一度に百の命を救うこともできましょう。我が牙から生み出したこの世に一つしかない刀ですが、この刀は誰にでも使えるものではありませぬ。意志を持ち、使うものを選ぶのです。


そして天生牙は、我が子・殺生丸を使い手に選びました。


天生牙に選ばれた者は、私と同じ、すなわち神の器であるという証。ですが、殺生丸は狗神となるには、まだ幼い。あれにはまだ、「護りたいもの・失いたくないもの」が欠けているのです。何かを愛しいと思う心を知らねば、慈しみの天生牙は使いこなせませぬ。・・・ましてや、この狗神に課せられた使命は、果たせるはずもない。
  

きっと、狗神が死んだと知れば、妖どもはこぞってこの狗神の御印を探し回ることでしょう。
我が妻が、しばらくは妖どもを押さえてはくれるでしょうが、それもいつまで持つかは分からぬ。


殺生丸が神の器に育つまで、私はこの狗神の御印を、守らねばなりませぬ。それには、かつて佐保姫さまが私に遣わしてくださった、あの時巡りの香炉が最適なのです。あの場所ならば、肉体は失えども、魂だけになって三世界にまたがり、存在することを許される。


もしもの時は、私はあの神成りの道にこの狗神の御印と共に幽れましょう。我が子、殺生丸に護りたい者が出来たとき・・・・ どうかその時まで、香炉と神使どのをお預けいただくことをお許しいただけませぬか?


 

――――― そう、闘牙王さまは仰られたのですわ・・・。


もともと、あの香炉と二ノ舞は、わたくしが闘牙王さまに差し上げたもの。 他に、わたくしが闘牙王さまにできることなど、何もありませんもの。『 どうぞ、闘牙王さまのお心のままに 』 と、申し上げましたわ。



 ・・・・・けれど、闘牙王さまが亡くなられてまもなく、人間たちの世は結局、『 戦国 』 へと突入して しまいました・・・・・・。 あれは、この秋津島を支える神々の力の均衡が崩れたからなのです。 人間たちは、知らず知らず、神々に影響されています。 神の世が乱れれば、人心はおのずと乱れるもの。 人間たちが傷つけあうことで生み出す憎しみや畏れ、恨みが魑魅魍魎に力を与え、 悪しき妖怪たちは、さらに力をつけることとなってしまった・・・・。各地に蔓延る病や悪しき妖怪たち、絶えぬ戦を、殺生丸さまもご存じでしょう・・・・?


 
・・・それほどに、闘牙王さまはこの国の大きな柱であったということなのですわ 。
 
 



「父上が・・・・」

腰の天生牙に手を置き、そう呟いた殺生丸を見て、佐保姫は申し訳なさそうに口を開いた。

「 ・・・・こたび、殺生丸さまの御前に、わたくしがあの香炉と翁を返していただこうとお願いにあがったのは、翁の・・・二ノ舞と闘牙王さまの契約が切れたからなのです」

「・・・・契約?」

怪訝な表情をした殺生丸に、佐保姫は頷いた。

「 ・・・・ええ。 神使は通常、神と言霊を交わして、神使の契約を結びます。 神がこの世から消えてしまえば、言霊の力は消え、神使たちは契約を解かれてしまいます。 闘牙王さまがお亡くなりになれば、二ノ舞の翁は闘牙王さまという主を失い、新たな主を 探すこととなるのです。 ただの妖に戻るも、新たな主を捜して神使の契約を結ぶも、それはその者の自由です。けれど、翁は本来、伯耆の地の妖です。 きっと、大地へと・・・わたくしの元へ、戻りたがっているだろうと思っておりました」

「 あの翁は・・・・私の神成りの為に、あの宮に残っていたのか・・・・」

呆然とした表情でそう言った殺生丸に、佐保姫はふわりと微笑んだ。

「 今年の神議りには新しい狗神が参上するであろうという噂は、わたくしも耳にしておりましたから、とても楽しみにしておりましたのよ。やっと、闘牙王さまの仰っていた殺生丸さまにお会いすることができる、と。きっと闘牙王さまも、無事に狗神の御印を受け継ぐことができて、お喜びになられているだろうと思いましたわ。けれど、わたくしは、出雲へ赴く途中で案摩とはぐれてしまいましたし、ずいぶんと到着するのが遅れてしまったのです。着いた時には、前半の宴はすでに終わっておりましたし、そうでなくても、土地神は抱える 縁が多くて、神事の最中は、身動きもままならないのです。それで、なかなか殺生丸さまをお探しすることもできなくて。 わたくし、闘牙王さまの結界に消えた案摩のことを考えると本当に気が気ではなくて、あの時、 殺生丸さまが目の前に降りてこられた時、本当にホッといたしましたの 」

よほど、その案摩という神使を可愛がっているのだろう。
心配そうにそう言う佐保姫は、本当に神という存在なのだろうかと思うほどに頼りなく、不安げに細いため息をついた。

「案摩が・・・無事だといいのですけれど・・・・・」

「・・・・・」

りんの不安を拭ってやるときのように、思わず女神の頭を撫でそうになってしまい、殺生丸は思わず、膝上で握った手に力を込めた。父の話で忘れかけていた、神庭での感覚が蘇り、殺生丸は苦い思いで再び窓の外を見る。

・・・あの時、殺生丸はりんにあまりにそっくりな女神を目の前にして、ずいぶんと驚いた。
殺生丸は普段、あまり酒に酔うことはない。
だが、出雲で振る舞われた神を酔わすという酒の力は、驚くほど強かった。
思わず、目の前の女神を抱きしめそうになってしまったのだ。
伸びそうになる手を必死に押さえた感覚が、今も殺生丸の中に後味悪く残っている。

そんな殺生丸の心中を知らぬであろう佐保姫は、頬を押さえてため息をつく。
そんな仕草一つ一つが、りんに似ていて、愛らしい。

「 わたくしがこの伯耆の国の土地神となったのは、それこそ神代の昔ですけれど。 わたくしが過ごしてきた長い年月を考えてみても、今年は、本当に何と申しますか、不思議な年でございますわ・・・。殺生丸さまの代替わりに加えて、案摩のことも二ノ舞の翁のことにしましても。当にまるで、亡くなった闘牙王さまとの縁が蘇っていくようで、わたくしはとても不思議な気分なのです 」

「 縁・・・ですか 」

殺生丸は、わずかに苦笑する。
少し前まで、『 縁 』 なぞ、己にもっとも関わりの無い言葉だったはずだ。

父と繋がりのあった佐保姫という土地神。
その姿が、りんと酷似しているのも、これもまた縁なのだろうか。
ふと、殺生丸は腰に差している天生牙を見た。
意志を持ち、使い手を選ぶ、父の牙から出来た銘刀。
神成りの道で、光となり、殺生丸を護っていた刀。

天生牙が初めて己の意志を以て、私に働きかけたのはいつだったか―――。

(そうだ・・・・あれは・・・)

いくつもの記憶の符号が目の前の女神の姿と重なり、金色の目が、わずかに見開かれた。
・・・カチリ、と殺生丸の中で、歯車がはまる。

佐保姫は先ほど、こう言っていた。

「闘牙王さまは私の不安を和らげるようにお腰の刀を鞘ごと引き抜き、目前に掲げられ、その刀身を抜いて見せてくださいました。美しい清浄な光を放つ、世にも不思議な刀でございましたわ――・・・」


そうだ・・・天生牙は、己の意志を持つ刀。

そして、生牙は、殺生丸より遙か昔に佐保姫を知っていたのだ。
闘牙王が、己の死後の魂のありかを明かし、『 狗神 』 の運命をゆだねた春の女神。
考えてみれば、これ以上の信頼は、あるまい。



(そうだ・・・私をあの場所へ導いたのは天生牙だ・・・)




天生牙が初めて己の意志を示したのは、殺生丸が、犬夜叉から風の傷をくらった時だ。
あの時、危うく殺生丸は命を失いかけた。
そんな殺生丸の命を守ろうと、天生牙は結界を張り、安全な場所まで大妖の身を運んだ。


あの時、天生牙は初めて 『 己の主を守る 』 というハッキリとした意志を示したのだ。


犬夜叉と戦ったのは、武蔵の国。
竜骨精が残した瘴気のせいで、鬼の多く住まう土地だ。

武蔵の地は、西国を居城とした闘牙王の縄張りの外で、西国に比べて闘牙王が残した結界は
多くない。 意識を失った殺生丸が、安全に身を休められる場所は、あまり無かったと言っていい。いくら戦いに秀でている殺生丸といえども、意識も無ければ身動きもとれぬ状態では、そこいらの鬼に喰われることすら十分にあり得ただろう。

(天生牙が、私をどこに運ぶか、迷ったのだとしたら・・・・・・・)



天生牙は感じ取ったのではないだろうか・・・?

――――― 人里の中からわずかに漂っていた、春の女神によく似た「気」を。



「りん・・・・」


 
・・・・そう考えれば、殺生丸が目を覚ましたのが、人里近くの森であったことも、理解できる。鬼が居ぬからこそ、そこに人里があるのだ。人間たちは、鬼の住む場所には決して近づかない。

 あの父上が信頼し、その魂の行く末までを明かした女神。
その女神によく似た、幼い人間の娘のあたたかい 『 気 』 を、天生牙は感じとっていたのではないか。 信頼に足る 『 気 』 の持ち主のそばなら、安心だと・・・・・・・・。


(だから、私はあの場所で・・・・・目を覚ましたのか・・・?)


「 ・・・」

今までの殺生丸ならば、「世迷言を」と切って捨てていただろう。
だが、出雲で見た縁結びの神事の景色が脳裏によみがえる。
一つの命に絡みゆく縁の複雑さは、到底、言葉で言い表すことができない。
命あるものは、他者との関わりなしには、生きられぬのだ。
殺生丸は、それをこの出雲で目の当たりにした。

(私とりんは出会うべくして、出会ったのか・・・?)

ではもしも、あの時、私が天生牙でりんを救わなかったら・・・?

今まで、そう考えたことが無いと言えば、嘘になる。
だが、何度考えてみても、答えは同じだ。

私は未だに、冥道残月波も爆砕牙を手にすることも無く、誰かを守りたいとも、あの娘を愛する心も知らなかっただろう。

大妖は、複雑な心持ちで、腰の天生牙に手を置く。
言葉を持たぬ天生牙は、ただただ、大妖の腰に静かにおさまっている。

―――― そうなのか?  天生牙よ。
 





「殺生丸さま? どうなさったのです?」

心配そうにのぞき込む佐保姫の顔を見て、殺生丸は小さくため息をついた。
偶然ではすまされぬほどに、やはり、この女神とりんは似ている。

膝の上で、蘇った左の手のひらを広げ、何ともいえぬ心持ちで眺めた。
数日前まで、縁の糸を結んでいた、手のひら。
・・・かつて、この爪は、戦うためだけにあると信じていた。

「縁か・・・。 私は、今まで縁など、信じてはいなかった」
 
そう言った殺生丸に、佐保姫は、まぁ、と言い、鈴を転がすような声で、ふふふ、と笑った。

「・・・では、こたびの出雲行きで、信じざるをえなくなってしまいましたわね、狗神さま」

くすくすと笑う佐保姫に、大妖の、仕方のなさそうな、けれど優しげな眼差しが向けられる。
・・・・・本当に、思わず困ってしまうほど、春の女神はりんに似ている。

「・・・・・・ええ。 困ったものです」

空を飛ぶ牛車には、優しげな桜花の薫りが満ちている。
殺生丸は、口元に僅かな苦笑を湛えたまま、長いまつげを閉じた。

・・・・・・・早く、りんに逢いたかった。

 

 

 

 

 

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