殺りん話を、とりとめもなく・・・ こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。
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≪ 神成りとむすめ<20> | | HOME | | 蜜色 ≫ |
ぎゅう、と抱きしめた銀色の髪の毛から、ふわりと涼しげな香りがした。
(・・・・・殺生丸さまの、匂い)
りんのぎゅっと閉じたまなじりに、じわりと涙がにじむ。
ああ、やっぱり、大好きだ、と思う。
知らない土地で、楓さまも、かごめさまも犬夜叉さまも、弥勒さまも珊瑚さまもいないけれど。
だけど、この人が好きだから、ついてきたのだと思う。
「・・・・・会いたかった・・・・殺生丸さま」
りんが涙声でそう言うと、しばらくして、耳元で低い、優しい声が響いた。
「 ・・・・・りん・・・・」
神成りとむすめ<19>
大妖は、すう、と息を吸うと、長い銀色のまつげを伏せ、目を閉じた。
鼻腔の中に満たされていく、日なたの匂い。 健やかな、りんの匂い。
守らねばと思わせる、匂い。 愛しい、と思う匂い。
・・・・・・大妖がはじめて得た「 戻る場所 」の匂い。
「・・・・・・りん・・・」
思う存分にりんの匂いを堪能し、満足げに妖はその閉じた瞼を上げた。
光を含んだ金色の目は、優しい色をたたえている。
しがみついたままの黒いりんの頭を、愛おしげに撫でた。
長い指が、するすると、りんの髪をすく。
致死の毒を秘めた、優しく甘い手。
少し離れた場所で、かの大妖の母君は、呆れたようなため息を漏らした。
「・・・・・おい、小妖怪」
邪見は、びくりとご母堂を見上げる。
「 は、はい」
「 殺生丸は、いつもあの調子か?」
あの調子、とは、りんとの仲睦まじさを言っているのだろうか。
邪見は、汗をふきふき、言葉を濁した。
「 は・・・はぁ、まあ・・・・・・」
「 以前、冥道残月波の一件で、わらわの宮に来たときには、小娘に対する執着は、あれほどでは
なかったような気がするがの・・・。 あれは、小娘がまだ童だったからか?」
訝しげなご母堂の様子に、邪見は赤くなって、落ち着きなく人頭杖を握り直した。
「 え、いや、まあ、その・・・りんも少しは娘らしくなりましたし、殺生丸さまも、その・・・」
りんに対しては今までのように色々と我慢される必要がなくなりましたし・・・・・とは言えず、
邪見はもごもごと口ごもった。
主の代弁は慣れているはずなのだが、こと、男と女の関係となると話は別だ。
邪見にも、主の真意をあからさまに口にするのは憚(はばか)られる。
おまけに、主は鼻だけではなく、耳も良い。 たぶん、どんなに声を潜めても聞こえてしまう。
帰ってきて早々、踏みつぶされてはかなわない。
「 あの当時は、小娘の命が助かったことを喜んでいるのかすら、わらわにはよう分からなんだが、
この様子では、己の弱点はこれだと端から見ていても丸分かりではないか。
敵を多く持つ身で、なんとも不用心なことよ。 そうは思わんか? 小妖怪 」
「 え、ええ・・・まあ・・・」
邪見にしてみれば、何を今更、という話である。
あの主が冷酷な表情を和らげるのは、りんに関わることだけなのだ、昔から。
しかし確かに、殺生丸が大衆の目の前で人目も気にせずに、りんを抱きしめるなど、
今まではなかったことだ。
やはり、夫婦(めおと)となると、そのあたりも変わるものなのだろうか。
ワシにはよう分からん、と邪見は額に浮いた変な汗を拭った。
ご母堂の言う通り、確かに、殺生丸には敵が多い。
そして、りんは珊瑚やかごめのように、退治屋でもなければ巫女でもない。
りんが己の身を守る技術を身につけていない以上、主の弱点であることは間違いないし、
殺生丸をおびき寄せる人質にするには、またとない材料と言える。
そこまで考えて、邪見はぎょっとした。
「・・・・え゛っ・・・も、もしや、りんを狙う輩がおるのでございますか?!」
そんな邪見の様子を見下ろし、ご母堂は呆れたように口を開いた。
「 そなた・・・・どれだけ、殺生丸の側で仕えておるのだ?
そんなことはないと、どうして言える?
今まで、あの娘が人質になったことは一度もなかったか? 」
ご母堂の言葉に、邪見は全身をこわばらせた。
かつて、あの奈落に操られて姿を消した幼いりんの姿が、邪見の脳裏をよぎる。
あの時は本当に、殺生丸の従者としての己の命はこれまでだと思った。
「 し、しかし、この医王の里におる限り、りんは安全なのでは・・・」
慌ててそう言い掛けて、邪見は上空を見上げて、たらりと汗を流した。
そういえば、空には、ぽっかりと結界の穴が開いている。
闘牙王が作った、この里を異次元へ隠す為の複雑な結界。
その結界に穴を開け、無理矢理こじあけたのは他ならぬご母堂さまである。
「 あ、あの・・・あの穴は、どうなるのでしょう?
このままでは、あそこから妖怪が入ってくるのでは・・・」
ご母堂にそう言い掛けた邪見の言葉を遮って、不機嫌そうな低い声が響いた。
「 ・・・・・なぜ、ここにいる」
邪見が恐る恐る主の方を向くと、殺生丸はりんを抱えたまま、ご母堂の方へ向き直っている。
ひいっと叫んで、緑色の従者は地面にひれ伏した。
「 お、おおお、お帰りなさいませ、殺生丸さま・・・! お待ちしておりました・・・!!」
ひれ伏した従者を一別すると、金色の目を険しくして、殺生丸は母親を睨んだ。
ご母堂はニヤリと笑うと、殺生丸の方を見て、わざとらしく扇をぱらりと開き、口元を隠す。
「 おや、聞こえておったか。愛しい娘との再会で、この母の姿も目に入らぬように見えたがの 」
「・・・何故、ここにいる。 私が出雲へ赴く代わり、今後はこの里にも、りんにも、
一切手を出すなと言ったはずだ 」
険しい顔をした息子を見て、ふん、とご母堂は扇の奥で笑った。
「 わらわは、その条件に「是」と言うた覚えは無いのう。
この里は、そなたがその小娘の為に欲しいと申すゆえ、譲ってやっただけじゃ。
愛する亡き夫の残した思い出の地へ、妻が出向いて何が悪いというのじゃ?
ほんに、そなたは朴念仁よのう。 母は悲しいぞ、殺生丸。
そなたの父親は、もっと情が細やかであったぞ? そなたも少しは見習ったらどうじゃ? 」
「・・・・・」
殺生丸は、いらだちを隠さぬまま、押し黙った。 口では勝てぬと踏んだのだろう。
平伏したままの邪見が、恐る恐る顔を上げると、殺生丸の袴の向こうで、件(くだん)が
深いため息をついているのが見えた。
さらに上を見上げ、殺生丸の表情を見た途端、邪見はひっと短く叫んで再び伏してしまった。
ゆるりと持ち上げられた殺生丸の手が、バキリと音をたて、殺気を放っている。
このままでは、ご母堂さまと一戦やりかねない。
不穏な空気が漂い始めたその時、りんの高い澄んだ声が、響いた。
「 ・・・・殺生丸さま?」
りんの体は、殺生丸が片手で、腰から軽々と抱き上げている。
りんから、殺生丸の表情は見えにくいのだろう。
殺生丸の頭上から、心配そうに口を開く。
「 ねえ、どうしたの? どうして、ご母堂さまは、この里に来てはいけないの?
ご母堂さまは、りんに、大切なことを教えに来てくださったんだよ? 」
「・・・・・どういうことだ」
りんは、己を抱え上げている腕から解放され、トン、と地に降りると、訝しげな顔をした殺生丸を、
にっこりと見上げた。
「 ご母堂さまは、りんに色んなことを、教えてくださったんだよ。りん、すごく嬉しかった 」
りんは、空気を読むのに聡い。
幼い頃から苦労してきたせいもあるだろうが、村の社の主である楓に養われていたおかげで、
里人たちの様々なもめ事を、自然と耳にしたり目の当たりにしたりしてきた。
その度に、楓や、姉のように慕うかごめや珊瑚から、様々な処世術を教わってきたのだ。
ご母堂と殺生丸の仲がしっくりいっていないのであれば、自分が役に立てるかもしれない、と思う。
りんはにっこりと笑って、殺生丸を見上げ、口を開く。
「 りん、もっとご母堂さまから教わりたいことが、たくさん出来ちゃった!
もっともっと、色んなお話を聞きたいの。りん、妖のことも、まだあんまり詳しくないし・・・ 」
かつて、幼いりんに 「 人って、頼られると悪い気はしないものなのよ 」 と、教えてくれたのは、
井戸から戻ってきたかごめだっただろうか。
りんは、生まれかわりを教えてくれたご母堂さまの優しさに、触れた。
もっと教わりたいことがある、というのは、嘘ではない。
それにりんは、普段は誰にも見せないけれど、殺生丸に優しい一面があることを知っている。
だから、親子の仲がうまくいかないはずはない、と、この人間の娘は純粋に思う。
・・・・・・そう思えるのは、りん、ただ一人なのだが。
りんは、殺生丸を見上げた。
「・・・・りん、ご母堂さまに、これからも会いたい。・・・だめ? 」
「・・・・・」
りんの顔を見たまま、苦虫を噛みつぶしたような表情で、殺生丸は黙ってしまった。
「・・・・お前がそう言うなら・・・・別に・・・構わぬが・・・」
大妖は苦い顔のまま、しぶしぶ、そう口にする。
殺気を放っていた手は、いつの間にか力無く下に降りていた。
腹立たしさは残るものの、りんがご母堂に会いたいと言うなら、殺生丸が止める理由は無い。
ご母堂は、りんの一言で黙ってしまった殺生丸を見て、思わず吹き出しそうになった。
あの冷酷で名を通した息子が、人間の小娘に言いくるめられているのだ。
まったく、恋の力とはたいしたものだ。 滑稽としか言いようがない。
思わず笑いそうになる口元を扇で隠し、咳払いをした。
「 ・・・ゴホン。・・・・まあ、いい。
わらわがここへ足を運んだのは、この小娘に用があったゆえじゃ。
別に殺生丸、そなたに用があったわけでも、この里に用があったわけでもない。
小娘よ、わらわに会いたければ、阿吽に乗っていつでも天空の宮に来るがよいぞ 」
「 本当ですか?!」
りんが嬉しそうに言うと、ご母堂は、うむ、と頷いて後ろをちらりと見た。
「・・・・それと、そなたに渡したいものがある。
こたび、わらわがここへ参ったのは、これを渡すに、そなたがふさわしいか否かを、わらわの目で
実際に確かめたかったからじゃ。
まあ、先ほど聞いた覚悟があれば、問題はないであろ 」
ご母堂は、怪訝な表情を浮かべたままの殺生丸の前で、後方にじっと控えている侍女に声を掛けた。
天女のように美しい、髪を結い上げた侍女たちである。
「 そなたら、それを開けよ」
ご母堂の一声で、侍女二人はぴったりとそろった優雅な仕草で、そばに置いてあった漆塗りの
唐櫃に手をかけた。
この里に降りて来たときに、二人の侍女が担いでいた唐櫃である。
キィ、と乾いた音をたてて、雅な唐櫃の蓋が開いた。
「・・・・わぁ・・・きれい・・・」
りんが、思わずそう呟いたのも無理はない。
中に入っていたのは、りんが見たこともないような美しい衣(きぬ)・・・柔らかな光沢を放つ美しい
着物に帯、そして、雅な金細工が施された懐剣である。
「 ご母堂さま、これは、一体・・・?」
邪見が、ご母堂を見上げて尋ねた。
ご母堂は、目を細めてりんを見る。
「 ・・・そなたにだ、小娘」
「 えっ?!」
「 わらわが大昔、まだ若かりし頃に気に入って身に付けていたものだ。
わらわの妖力が宿っておるから、そのあたりの妖怪どもなら、滅多なことでは近寄れぬ。
魔除けとしてそなたの身を守るには、十分だろう」
そばに寄ってきた柚月が、りんに向かって微笑む。
「 まあ、ようございましたわね、りんさま! きっと、よくお似合いになられますわ!」
「 小梅も、そう思います!」
「 小竹も・・・・!」
幼くとも、美しい衣(きぬ)には心が踊るのだろう。
柚月の後ろで小梅と小竹が、瞳をキラキラとさせながら、一緒にうなずいている。
「 で、でも、りんに、こんな立派な着物は・・・」
焦ったりんが慌ててそういうと、ご母堂はすっと金色の目を細めた。
「 小娘、わらわが先ほど、少しは自覚を持て、と申したことを忘れたか?
そなたは、もはや、ただの人間の小娘ではない。
『 狗神 』 という、一柱の神に愛された、特別な人間の娘なのだぞ 」
ご母堂の言葉に、りんは息を飲む。
「 ・・・・されど、『 狗神 』 には、敵が多い。 そういう役回りの神だからな 」
ご母堂は、まるで殺生丸に言うように、狗神となった息子を見る。
その役回りゆえに、闘牙王は、命を落とした。
言葉には出さなかったが、ご母堂の表情には、夫を想う心がにじんでいる。
「 ・・・この里から外に出れば、そなたは殺生丸の弱みにしかならぬ。
その衣(きぬ)を身につけていれば、人間の身でも、少しは己を守れるということだ。
そなたとて、殺生丸の足枷にはなりたくはなかろう?」
ご母堂の言葉に、邪見は顔色を変えて立ち上がった。
「 ご、ご母堂さま・・・!
先ほどの話でございますが、りんは、何者かに狙われているのでございますか?!
ご母堂さまには、お心当たりがあるのでございますか?!」
慌てふためく邪見の前で、ご母堂さまは、小さなため息をついてりんを見た。
めったに地上に降りぬこの銀色の大妖が、ここへきたのは、単なる気まぐれだけではない。
金色の美しい瞳が、静かに、人間のむすめを見つめた。
「・・・・・小娘、よく聞け。
我ら、狗妖怪の一族は、とにかく気位が高い。
特に、老いぼれどもの 『 血 』 に対するこだわりは、異常なほどじゃ。
人間や半妖が、闘牙の直系である殺生丸の奥に納まるなど、あやつらは鼻から認める気などない。
そなたのことも、殺生丸が起こした気まぐれ程度にしか思っておるまい。
殺生丸は、そやつらの戯れ言に耳を傾けるつもりは毛頭ないだろうが、もしも、そなたの命を
狙う者がいるとすれば、それは我が一族である可能性が高い。
・・・・たちの悪い話だがな」
ご母堂の言葉に、りんはぽかんとし、殺生丸の表情は瞬時に険しくなった。
殺生丸は、一族の妖たちと、久しく顔を合わせていない。
遠い記憶を辿ってみれば、父である闘牙王にはかなわずとも、肩を並べるような狗妖怪は、
たしかにいたように思う。 殺生丸にとっては、伯父や大伯父にあたる、古参の妖怪たちだ。
今の殺生丸であれば、彼らを相手に戦って、負けることはないだろう。
・・・が、りんが狙われるとなると話は別だ。
りんは、もうすでに一度、天生牙で命をつないでいる。 もう、二度目はないのだ。
瞬時に殺気だった殺生丸の表情を見て、ご母堂は苦笑する。
(・・・・やはり、まだまだ若いの。 闘牙ほどの余裕はない、か)
白く細い指で扇をパチンと閉じ、その扇で唐筆を指した。
「 ・・・よいか? わらわは、先の妖の総大将、闘牙王の正妻じゃ。
一族の老いぼれどもには、まだまだ殺生丸よりも、わらわの方が睨みが効く。
奴らにとっては、わらわが下賜した衣(きぬ)を、小娘が身に付けているということは、
目に見えて分かりやすい牽制になるのだ。
わらわが、人間であるそなたを特別視し、守っている、というな。
わらわは配下の女妖たちにも、滅多に下賜(かし)などせぬからな。
奴らはずいぶんと悔しがるであろうが、わらわの衣を身につけているものを襲うということは、
わらわに牙を向けるも同じ事じゃ。
そんな命知らずは、そうそうおらぬ。
・・・小娘よ、 分かったな?」
「は、はい・・・」
どきどきしながらりんが頷くと、ご母堂は先ほどと同じように侍女に命じて、今度は懐剣を
取り出させた。
侍女がうやうやしく捧げる懐剣を上から受け取り、そのまま、りんの前にすい、と差し出す。
「 それから小娘、これは常に身に付けよ。 寝所で休むときも、決して枕元から離してはならぬ」
りんはおそるおそる、ご母堂の手からその懐剣を受け取った。
邪見は、目を丸くしてご母堂に尋ねる。
「 ご、ご母堂さま、これは・・・?」
見上げるりんと邪見を前に、ご母堂は、さらりと口を開いた。
「 これは、わらわの牙じゃ」
「 き、牙とは・・・? まさか、かの鉄砕牙のようなもの、ということでございましょうか?!」
邪見の問いに、ご母堂はふん、と鼻白む。
「 天生牙ならまだしも、あのような趣味の悪い闘牙のボロ刀と一緒にするな」
「 ボ・・・ボロ刀って・・・」
ご母堂の言いように、邪見は開いた口が塞がらない。
そのボロ刀の為に、いったいどれだけの苦労をしてきたことか。
「 これはの、わらわの牙から打ち出した、この世に二つと無い完璧な守り刀じゃ」
「・・・守り、刀・・・?」
りんは、不思議なものを見るように、ご母堂を見上げた。
人間の娘を見下ろすご母堂の金色の瞳が、ゆらりと揺らいだ。
美しい銀色の大妖は、目の前の人間の娘を通して、過去を見ていた。
・・・・いにしえの、記憶。
「・・・・ そなたは、殺生丸の子を産むのであろう? あの、人間の姫のように」
ご母堂の言葉に、りんの大きな目が見開かれた。
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