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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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春浅し、恋 ・・・・柚月・・・・


このBGMを聞きながら書きました。
よければ、リピートで。






 
 





――――  ねえ、兄さま・・・・。


・・・・どうした?


・・・苦しくて、すごく寒いの・・・。 頭も痛い・・・。喉も、痛いよ・・・・。


大丈夫だよ、柚月。 風邪で、熱が出てるだけだからね。 母さまの薬を飲めば、すぐ楽になるよ。 


・・・・ねえ、兄さま・・・そばにいて。 柚月と一緒に、いて・・・。


・・・・・ああ、大丈夫だよ、柚月。 ちゃんと、そばにいるよ。


ほんとう・・・? 柚月が眠るまで、ちゃんとそばにいてくれる?


・・・・ああ。 だから、安心してお眠り・・・・柚月。



 
 

 
・・・・・・兄さま

・・・・・・・兄さま


・・・・・・・・・・お願い、手を握っていて


 



「・・・・・・・・兄・・・さま・・・」
 


自分の掠れた声で目が覚め、ふと、柚月は目を開けた。
目の前でりんの細い肩が、ゆっくりと規則正しく上下している。

(・・・・ここ、は・・・)

りんの奥には年老いた巫女の楓、そして、もう一人の若い巫女かごめの寝姿が見える。
見上げると、見知らぬ粗末な天井が見えた。・・・・・寒い。
先ほどから、冷たい隙間風が絶え間無く入ってきているのだろう。
浅い眠りに落ちていた柚月の肩を冷やしている。 思わずぶるっと全身が震えた。

「・・・・・・あ・・・」

そうか・・・・、と、柚月は震えながら細く息を吐く。

(ここは人里なんだわ・・・)

柚月は、薄い布団をもう一度肩まで引き上げた。 ぎゅっと目を閉じて、深呼吸をする。
そして、暗闇の中でそっと薄紫色の目を開けると、目の前のりんの様子を注意深く観察した。

(・・・私は、りんさまのお体が心配で、ここまで一緒に来たんだわ・・・)

りんが身につけている寝間着は、けして寒さを感じない、妖の毛で織った特別な着物だ。 
寒さで風邪をひいたりすることはないだろう。 とはいえ、大切な御子を宿した体に、油断は禁物だ。
柚月は、暗闇の中で額にある三つ目を開き、りんをじっくり見る。・・・どこにも黒い病魔の陰はない。
繰り返される規則正しいりんの呼吸に耳をすまし、異常が無いことを確認して、柚月はやっと布団の中でほっと一息ついた。

楓もかごめも、りんの奥で健やかな寝息をたてている。
みな、深い眠りに落ちているようだった。



・・・・それにしても。

(・・・・・・・あんな、昔の夢をみるなんて・・・)

柚月はまだ落ち着かない鼓動を押さえるように、胸にそっと手を当てる。 ・・・すっかり、目が冴えてしまった。

・・・・幼い頃の、夢。
・・・・・もう、あの頃から一体どれだけ時が経ったのだろう。

あれはまだ、父さまと母さまが生きていた頃のこと。
わたしたち兄妹がまだ、十を越えるか越えぬかの頃のこと。

幼かった柚月は、流行病でひどい熱を出したことがある。
あれは今考えれば、単なる風邪だったのだろう、と医師の柚月は思う。
目に見えない移り病・・・風邪ばかりは、どんなに優れた医師でも、予防はできても感染を完全に防ぐことはできない。
両親は優れた医師だったが、その年は事前の予防もむなしく、珍しく里の中で風邪が流行った。

家族の中で唯一、柚月だけが里の者たちと一緒に罹患した。
あんなに高い熱を出したのは初めてで、幼い柚月はあまりの苦しさにぽろぽろと泣いた。
ただただ心細くて、母さまの胸の中に、ずっとしがみついていたかった。

―――― 母さまは、優れた医師だった。
里の者たちに治療を施さねばならない中で、自分の子供だけを特別扱いするわけにはいかない立場だ。
柚月だけがわがままを言って、母の胸を占領するわけにはいかない。
幼い柚月にもそれはちゃんと分かっていたが、この時ばかりは本当に辛くて寂しかった。

体がずきずきと痛くて、動けない。
苦しくて、喉が痛くて、心細くて、ぽろぽろと涙ばかりがこぼれる。

・・・・・せめて誰かに、ずっと手を握っていて欲しかった。

「・・・・・一人にしないで」

泣きながら、そばで看病してくれていた兄さまにそう言った。

「お願い、一人にしないで」


柚月の気持ちは兄に伝わったのだろう。
手を握ってくれるだけではなく、詠月はするりと柚月の布団に滑り込むと、ぎゅっと柚月を抱きしめて、ずっと背中を
さすっていてくれた。

不思議と、詠月が触れているところから、痛みが和らいでいくような気がした。

「・・・詠月、柚月は大丈夫?」

柚月がうとうととして眠りに落ちそうになったとき、部屋の外から母の優しい声が聞こえた。
やっと診察が一区切りして、娘の容態を見に来てくれたのだろう。
部屋の扉が開く音がして、すぐに、頭上で驚いた声がした。

「まあ、詠月。 そんなことをしたら、おまえにも風邪がうつってしまいますよ」

その言葉を聞いて、幼ない柚月は思わず目を見開いた。

――― そうだ。
自分がが罹っているのは、移り病だ。
空気を介して、この病は伝わってゆく。 本当は、同じ部屋の中にいるのも危険なのだ。
それなのに、兄さまは柚月の布団の中に入って、柚月を眠らせようとしてくれている。
咳がひどくならないように、ずっと背をさすってくれている。

「兄、さ・・・」

柚月は、思わず詠月から離れようともがいた。

兄さまも、こんな苦しい思いをしなくてはいけないなんて、そんなの嫌 ――――― 。

けれど、熱で力を奪われた四肢には詠月を突っぱねるほどの力は無い。
力無く兄の顔を見上げると、詠月は柚月をみて、深い紫色の瞳を細めて微笑んだ。

「 ・・・・いいんだよ、柚月。 こんな病、早く俺にうつして、柚月は楽になりな 」

「・・・・兄、さま・・・そんなの、やだ・・・」


――――  ぽろぽろ、ぽろぽろ。


あの時、柚月の目からは、信じられないくらいにたくさんの涙が落ちた。
自分の涙が、詠月の着物に吸い込まれて、たくさんの染みをつくった。
その染みの模様すら覚えているほどに、あの時のことは柚月の中で鮮明な記憶として残っている。

「・・・・まったく、困った子供たちねぇ・・・ 」

呆れたような優しい母の声も、その後に飲んだ、苦い苦い煎じ薬の味も。
 




柚月は、長く震える息を吐いて、目を閉じた。

(・・・・・私、あの頃から、本当に何も変わってない・・・・)

あれから、もうどれだけの月日が流れただろう。
両親が亡くなって、もう200年近くたつというのに、未だに柚月は、一人では眠れない。
・・・兄さまの側でないと、眠れない。

(―――― だめね、本当に・・・)

柚月はそっと寝床から抜け出した。
たぶん、このまま横になっていても眠れないだろう。
朝までは、まだまだ長い。
外へ出て、少し散歩でもすれば気持ちが落ち着いて、少しだけでも眠れるかもしれなかった。

外は、小屋の中よりずっと冷える。
柚月は自分の荷物の中から猫又の毛を編み込んだ特殊な暖かい肩掛けをそっと引っ張り出すとそれを羽織り、
足音を立てないように小屋から滑り出た。
 


浅い春の夜空は凍るように澄み切って、星が眩しいほどに煌めいている。
小さなため息をつくと、吐いた息は月夜の下で白い筋になり、ゆらゆらと揺らいで消えていく。

妖の力を編み込んだ肩掛けを羽織っていれば、寒くはない。
柚月は里の川のそばを、ゆっくりと歩く。
二日間で、もうおおかたこの里の地理は頭に入っている。迷うことはない。
それに、夜歩きをしても、この里が危ないことはないだろう。
少し離れたところで殺生丸さまが、りんさまの為に、この里を見張ってくれているはずだ。
妖も盗賊も、入り込む隙はないだろう。

川の側にも、ぽつりぽつりと、小さな家が立ち並んでいる。
どれも、楓の家とほとんど変わらない、粗末なものだ。

「・・・・それにしても」

少し離れたところまで歩き、振り返って楓の家を眺めると、柚月は改めてため息をついた。
小さな、小さな、老いた巫女の住む家。
あそこに、りんさまはついこの間まで住んでいたのだ。
りんさまがお里返りをなさったので、昨日今日と、かごめさまもいらっしゃって寝食を共にしているが、普段は、
楓さまがお一人でこの家に住まわれているという。

「・・・・・りんさまが出て行かれて、楓さまはさぞ、お寂しいでしょうね・・・」

思わず、柚月はそう呟く。

ここの人たちは、皆、優しい。
楓さま、かごめさまに、珊瑚さま。犬夜叉さまに、弥勒さま。そして、弥勒さまと珊瑚さまのお子たち。
小さな小狐妖怪の七宝ちゃんに、雲母ちゃん。
柚月は初めて人里に足を踏み入れることにかなり緊張していたが、彼らが持つ妖への理解と優しさに、ずいぶんと
救われた。

彼らは、りんさまのお里帰りを心から喜んでくれた。
ここ二日は、本当ににぎやかだった。
柚月も彼らとたくさん、色んな話をした。
邪見さまはさんざん憎まれ口を叩いていたが、なんだかんだ言いながら、彼らの中に混ざって楽しそうにしていた。

邪見さまは殺生丸さまと共に、数年に渡って何度もこの人里へ足を運ばれたのだという。

「人里でも生きていけるようにって、殺生丸さまがそう言って、小さかったりんを人里に戻してくれたんだよ。
  ・・・・どちらでも選べるように、って」

当初、柚月にはその話が信じられなかった。
殺生丸さまほどの大妖怪が、わざわざ己の手から、何より大切にしているものを手放すはずがない、と。
大切ならば、殺生丸さまが己の手でりんさまを守るのが一番安全なはずだ。
それに、人里に戻せば、りんさまは人間たちと生きていく道を選ばれるかもしれないではないか。
愛する者が己から離れていってしまうかもしれないような選択肢を、どうしてわざわざ与えたのだろうか、と。

確かに、人と妖は生きる長さも時間も、住む世界さえ全く違う。
それは、妖と人間が暮らす里に住む柚月は、十分すぎるほどによく知っている。
けれど、・・・けれど。

大切な人と一緒にいたいと思うのは、人も妖も同じはずだ。
それなのに、人間であるりんさまが人間として幸せであれるように、その可能性のために、あえて妖であるご自分が
身を引いたのだとしたら。

「 りんのところにはね、一ヶ月に一度だけ、満月の日にだけ、会いに来てくれたの 」

一ヶ月に、たった一度。
そのわずかな逢瀬を、殺生丸さまは何年も続けられたのだと聞いたとき、柚月は胸が苦しくなった。

・・・・きっと。
・・・・・・きっと、殺生丸さまにとって真に大切なものは、りんさましかおられないのだわ・・・。

そう、思った。



楓さまの家には、幼い頃からりんさまが大切になさっていたお着物がたくさん残っていた。
殺生丸さまが、人里で暮らす幼いりんさまにずっと贈り続けてきたものだという。

りんさまは今回のお里帰りで、懐かしそうにそれを広げてみながら、くすくす笑われた。

「・・・・持ってきて下さるのは本当に嬉しかったけど、半分以上は上等すぎて人里では着れませんでしたよね、楓さま」

「そうじゃなあ、悪目立ちしてしまうほどに上等じゃったものな」

呆れたように、楓さまもくすくすと笑っていた。
りんさまは、大人びた表情で楓さまとかごめさまにこう仰られた。

「・・・ずっと大切にしてきたものですけれど、もうこれは、お売りになって下さい。
 もうりんには必要のないものですし、この着物ならきっといい値で売れます。 どうぞ、村の人に役立てて下さい」

「そんな・・・だめよ、りんちゃん。  これはりんちゃんの大切な思い出じゃない」

かごめさまがそう仰ると、りんさまは本当に幸せそうに微笑まれた。

「・・・・もう、いいの。  昔は、人にあげるなんて考えられなかったけど、本当にもういいんです。
 きっと・・・あの頃は、殺生丸さまがいつか来てくれなくなるんじゃないかって、ずっと不安だったの。
 少しでも殺生丸さまと繋がっている証が欲しくて、貰ったものが一つでも欠けてしまうのが怖かったけど・・・」

りんさまはそっとお腹を撫でて、ふわりと笑った。

「・・・・たしかな絆は、もう、ここにいるもの 」
 


 
―――――  りんさまは、どんどん変わってゆくわ・・・。

柚月は、川沿いを歩きながら、そう思って白い息を吐いた。

りんさまとは、知り合ってまだ一年足らずだが、それでも、りんさまの変貌には目を見張るものがあった。
きっと、お心の持ちようが変わられていらっしゃるのだわ、と柚月は思う。

不安げな表情で妖の里へやってこられた時は、本当に華奢な少女だと思った。
けれど、殺生丸さまと一緒に暮らすようになられて、りんさまはすぐに少女から大人の女性へと表情が変わった。
一晩中、殺生丸さまに愛された日の朝の表情は何ともいえない美しさで、同性である柚月ですら、思わずどきどきと
してしまったものだ。 殺生丸さまの愛撫が過ぎてお熱を出されることも度々だったが、その度に、柚月はりんさまの
表情にどきりとしながら、治療をした。

――――― けれど、ここ数日のりんさまは、もう母の表情をしている ――― と、柚月は思う。



( ・・・私が、未だに兄さまの側でしか眠れないなんてりんさまに言ったら、きっと笑われるわね・・・・)

そう思いながらも、寂しさにじわりと涙がにじんで、柚月は急いで涙をぬぐった。
いつも、村の長として医師として、柚月が気丈に振る舞っていられるのは、側に兄さまがいるからなのだ。
兄さまから離れて生きていくなんて、考えたこともなかった。
こうやって、三日間離れて過ごすのも、考えてみれば本当に初めてのことなのだ。

(・・・200年も、生きてきたのに)

結局、自分の奥底にあるのは、幼い頃に手に入れた安心感だけなのかもしれない。


・・・・誰かと、夫婦(めおと)になること
・・・・・・子供をつくって、家族を作ること


考えたことがないわけではない。
けれど、そこに兄さまの側にいる以上の安心感があるとも思えなかった。

(・・・・・兄さまは、誰かと夫婦(めおと)になりたいと思ったことはないのかしら・・・)

・・・もしも。
・・・・もしも、兄さまがそういう相手に出会ったのだとしたら。

その時、柚月は、どうしたらいいのだろう。
笑って、「おめでとう、兄さま」って言えるだろうか・・・・?

想像すると、じわじわとたくさんの涙が出てきて、柚月は思わずぐしぐしと肩掛けで涙を拭った。
いつの間にか、里の中を一周してきてしまったらしい。
柚月は、楓の家の前に立っていた。

「――― だめだわ・・・まだ、眠れそうにない・・・」

むしろ、かえって目が冴えてしまった。
もう一周してこようかときびすを返したとき、頭上から押さえた声が聞こえた。

「・・・眠れねえのか?」

「――――― !」

びくりとして柚月が上を見上げると、高い木の上に赤い衣と白銀の長い髪が見えた。

「・・・あなたは・・・犬夜叉さま・・・」

驚いた柚月の前に、ひらりと犬夜叉が飛び降りる。
ふわりふわりと、周囲を白い花びらが舞った。

「―――― 今晩は花の匂いがきつくてよ。 俺も眠れねえんだ」

家の中で寝ている皆を気遣ってだろうか、低い、押さえた声で犬夜叉はそう言った。
犬夜叉に言われて、柚月は初めて気付いた。
里の中に、多くの白い梅の花が植えられていることを。
その香りが、ここに満ちていることを。

「――― 白梅ですね・・・・」

「ああ。  かごめが里の奴らに植えさせたんだ。  梅の実は体にいいからってよ 」

すん、と鼻をすすりながら、犬夜叉は柚月を見下ろした。

「散歩なら、用心棒を兼ねて付き合うぜ。 俺もどうせ、眠れねえんだ。 あんたに何かあっちゃあ、殺生丸の野郎に殺され
 かねねえし」

「まあ、そんな・・・!」

申し訳ないですわ、と言おうとした柚月に、犬夜叉は慌てて声を落とすようにしーっと口に手を当てた。
柚月も、慌てて手で口をふさぐ。 よく寝ている皆を起こすのだけは、避けねばならない。

「おら、行くぞ」

そう言って、犬夜叉はすたすたと歩いて行ってしまう。
柚月は、慌てて後を追いかけた。

(・・・・不思議な人)

柚月は、犬夜叉を見てそう思う。
殺生丸さまの弟君だというが、全くもって似ていない。
そもそも、どうしてあんな木の上にいたんだろう。
犬夜叉さまとかごめさまの家は、ちゃんと別にあるはずなのに。

「・・・・あの」

しばらく歩いて、柚月は犬夜叉を見上げて聞いてみた。

「・・・・どうして、あんな所にいらっしゃったのです? もしかして、見張りをしてくださっていたのですか?」

見張りをしなくてはならないほど、この里の治安は悪くない。
犬夜叉さまは近くに殺生丸さまがいらっしゃることに気付いていたはずだし、近くの森には阿吽も邪見さまもいる。
邪見さまが頼りになるかならないかはさておき、呼べば、すぐにきてくれるはずだ。

「・・・・別に、あんたらのために見張りについてたわけじゃねえ。  俺は、かごめの匂いのするところじゃねえと、
 落ち着いて眠れねえんだよ」

「・・・・え?」

柚月は、思わず立ち止まる。

「・・・それで、あの木の上にいらっしゃったのですか?」

「ああ」

犬夜叉は、赤くなった鼻をこすりながら、ずび、と鼻をすすった。

「今晩は、花の匂いでぜんぜんかごめの匂いがしねえ。 いつもなら、家の中にいても外から分かるんだけどな」

「・・・・それで、眠れずに起きていらっしゃったんですか・・・?」

「ああ、落ち着かねえんだよなあ・・・」

恥ずかしがることもなく、当然のように犬夜叉はうなずいた。
昔では考えられなかった犬夜叉の変化がそこにはあったのだが、以前を知らない柚月には、それは分からない。

「・・・・・皆、そうなのでしょうか」

「・・・あ?」

「皆、安心できる匂いの側でなければ、眠れないのでしょうか・・・?」

「・・・・」

妙に真剣な表情をしてそう尋ねる柚月を見て、犬夜叉は少し考える。
耳をピョコピョコと動かしながら、手でがしがしと頭をかいた。

「よく分からねえけどよ。 俺、昔はそんなことなかったぜ。 安全だと思えれば、どこでも寝れたしな。 逆に、誰かと
 一緒じゃなきゃ眠れないなんて、昔じゃ考えられねえっつーか。  ・・・そうだよなぁ、こんなんなっちまったのは
 いつからだ?  不便だよなあ・・・ 」

言いながら、犬夜叉は真剣に考え込んでしまった。
その仕草に、思わず柚月はくすりと笑ってしまった。
本当に、殺生丸さまとはご兄弟なのに、驚くほどに似ていない。
殺生丸さまがこんなふうにくだけた話をされているところなど、想像すらできない。
柚月はにっこりと笑って犬夜叉を見上げた。

「・・・きっと、犬夜叉さまは、かごめさまをとても大切に想っていらっしゃるのですね。  だから、離れると心配で、
 眠れないんですわ」

そう言われて、犬夜叉はかすかに赤くなった。

「・・・・・・・それって、変か?」

柚月は、くすくすと笑う。
きっと、このお二人は幸せなのだろうと、そう思う。

「・・・・いえ、ちっとも変ではありませんわ」
 

薄紫の瞳で、春の夜空を見上げる。

―――― 大切だからこそ、離れていると不安で。

皆、そういうものなのかもしれない。
 
里に帰ったら、兄さまにお願いしてみようかな、と柚月は思った。
幼い頃のように、「お願い、眠るまで手を繋いでいて」・・・と。
兄さまは優しいから、きっと呆れたように笑って、私の願いを聞いてくれるだろう。
幼い頃のように、布団に滑り込んできて背をさすってくれたらいいのに、と柚月は思った。
きっと、柚月は一瞬で眠りにつけるだろう。

夢でみた兄さまの優しい笑顔を思い出すと、なぜか胸が少しだけ苦しくなって、涙が滲んだ。
 


(・・・・はやく、兄さまに会いたい・・・)


 
ふわりふわりと、白梅の花びらが二人の周りを舞った。
医王庵の庭の紅梅も、きっと今が見頃だろう。


「・・・・そろそろ、戻るか?」


犬夜叉が淡い春の月を見上げてそう言い、柚月はわずかに滲んだ涙をぬぐって、ええ、と頷いた。
 
 
 
 






春浅し、恋・・・・柚月・・・・
 

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