殺りん話を、とりとめもなく・・・ こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。
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≪ 摘まれた花 | | HOME | | ありふれたものの中に、それはありました<11> ≫ |
ぜひとも、BGMに。
―――水無月。
突然の大雨に、りんとあやめは大きな木の下に逃げ込んだ。
収穫した野菜はずっしりと重くて、雨の中かごを抱えて走るのはさすがに無理だった。
今日は、あやめの両親に頼まれて、りんは畑に収穫を手伝いに来ていたが、
収穫を終えて家へ帰る途中、大雨に降られたのだ。
りんはため息をついて、灰色の空を見上げる。
雨は、しばらくやみそうになかった。
あやめは、りんの村に住む同じ年頃の女の子だ。
大きなくりくりとした瞳の印象的な女の子で、来月隣村に嫁に行くことが決まっている。
五日前、村長が嫁入りの話を持ってきて、両親がその話を受けた、と聞いている。
相手は隣村にたくさんの田んぼを持った大地主さまで、
その息子があやめを見て、一目惚れしてしまったのだそうだ。
あやめの家は、決して裕福ではない。
上に兄がいて、更に幼い兄妹が、あやめの下に5人もいる。
一番下の坊やは、やっと立ち上がれるようになったばかり。
この話は、降ってわいたような幸運だったのだ、という。
初めてその話を聞いた時、りんは何と言っていいのか、分からなかった。
・・・あやめには、好きな人がいたことを、知っていたから。
あやめが好きだったひと・・・。
その恋は、叶わぬ恋だった。
たった一人、りんにだけ、こっそり打ち明けてくれた。
打ち明けられても、りんにも、どうしようもない相手だった。
「・・・別に、いいの。勝手に思うだけなら、あたしの勝手でしょ?」
少し、拗ねたようにあやめはその時、小川の流れを見ながらりんに言った。
「だから、黙っててね、りんちゃん」
そういって、あやめは器用に笹舟を作って、小川に流した。
笹舟は、色んなところにひっかかりながら、少しづつ前に進んだ。
二人で笹舟を追いながら、色んなことを話した。
「あたし、物知りな人が好きなの。自分の知らないことを、たくさん知ってる人」
「・・・そうなんだぁ」
「りんちゃんは?どんな男の人が好きなの?」
「あ・・・あたし?」
「そう。好きな人、いないの?」
「あたしは・・・・」
殺生丸、とは言えなかった。
どうしてだか、自分でも分からなかった。
「・・・優しいひと、かな・・・」
言ってみて、殺生丸のことだ、と思うと、りんは思わずくすりと笑った。
「あ!りんちゃん、やっぱり好きな人、いるんでしょ?」
「・・・好き・・・なのかなぁ・・・」
りんは、困ったようにあやめを見た。
「・・・まさか、あの」
「・・・・・・」
あやめの言わんとすることは、りんにも分かった。
・・・満月の日に、妖怪がりんを訪ねてくることは村の者なら誰でも知っている。
その強さは比類なく、妖しいまでに美しい妖怪―――殺生丸。
村の者も月に一度のその訪れをやんわりと受け入れている。
たまに手土産にもってくる大イノシシや薬草など、
村の者も大いにその恩恵にあずかっている。
・・・だが、その存在を受け入れているかというとそれはまた別のことだ。
妖怪に対する恐怖は、そうそう簡単に人の心から消えるものではない。
「・・・別に、いいんじゃないの?」
「・・・え?」
あやめは、小さな白い花を摘むと、それを小川に浮かべた。
くるくると回りながら、花は流されていく。
「想うのは、自由だもの」
「・・・」
あやめは流されていく白い花を見ながら、もう一度言った。
「・・・想うだけなら、自由だもの」
それは、自分に言い聞かせているようで、
りんはあやめに何と言ったらいいか分からなかった。
「・・・だから、黙っててね、りんちゃん」
「・・・うん、言わない・・・」
そう言って、ふたり、指きりをしたのだった―――・・・。
通り雨は思ったよりも激しくて、二人は大きな楠の根元から動けずにいた。
二人の思いは、どうしても、あの日の指きりに還っていく。
「夢ばっかりみてちゃ、だめなのよね・・・」
あやめはりんに、突然そう言った。
「え・・・?」
戸惑うりんに、あやめは大人びた表情で、笑う。
「運がいいって、たくさんの人に言われたわ。
これから、たくさんの使用人に囲まれて暮らすんだって・・・」
「あやめちゃん・・・」
「きっと、そうなのよね。
うちは貧乏だったし、それでも幸せだったけど・・・」
あやめは、木の根元に生えていたスミレの花を摘んで、指先でくるくると回した。
「・・・でも、もう夢は見ていられないんだね」
あやめの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「・・・字、教えてもらうの、嬉しかったのになあ」
「・・・・あやめちゃん・・・」
りんも、思わず涙ぐんでしまう。
・・・どうして、人の心とは、すべてうまくいかないんだろう。
誰もが、好きな人と幸せになれたらいいのに、どうして、そうはならないんだろう。
「こんなこと、りんちゃんに言っても、困るだけだったのにね。
ごめんね、いつも聞いてくれて・・・・ありがとう」
「・・・ううん・・・何にも、出来なくて、ごめんね」
りんは泣きそうになって、下を向いた。
りんは、あやめの気持ちを知ってもどうしようもなかった。
・・・何も、出来なかった。
「いいんだ、りんちゃんが聞いてくれただけでも」
あやめは、泣き笑いの顔でりんを見た。
「だって、あたしの想いが、存在したっていう証拠だもの。
・・・誰も知らないままより、そのほうが救われる気がする」
「・・・あやめちゃん・・・」
遠くの空が、微かに明るくなってきていた。
激しかった雨は、やがて涙とともにあがっていく。
「・・・帰ろうか」
あやめは、遠い空を見ながら言った。
「・・・うん」
りんは、ひとつの決意をしていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
夕焼けに照らされた丘の上、りんは弥勒に頭を下げていた。
「・・・はあ、数珠を」
「じゅず~?」
「りん~?」
可愛い双子が、覚えたての言葉を繰り返す。
りんは深々と頭を下げた。
「~~~~どうか、お願いします!!!」
「いえ、別に構いませんよ。今すぐ作ってあげましょう」
りんの顔は、弥勒の言葉を受けて、ぱあっと明るくなる。
そんな表情をみて、弥勒はくすりと笑った。
(こんな顔を毎日目の前で見ていたら・・・あの兄上が変わったのも分からんでもないな)
弥勒は、ぷつりと自分の長い数珠の端を糸切り歯で切ると、
小さな一輪ができるほど取り出し、器用にまたその端を結んで輪にした。
「はい、出来上がり。こんな簡単なもので良いのですか?」
弥勒は、双子をあやしながら、りんに小さな輪の数珠を手渡した。
「十分です!ありがとうございました!!」
りんは、勢いよくペコリと頭を下げた。
「あの娘の嫁入り道具にしては、ちと古びているような気がしますがねえ・・・」
首をかしげてそういう弥勒に、りんは慌てて言う。
「え、えと、でもほら、新しい物より弥勒様の持っているものの方が、仏様に近い気がします!」
「そうですかねえ・・・」
「かねえ~?」
「ねえ~?」
「あやめちゃん、弥勒様に字を教えてもらうの、すごく嬉しかったんですって。
だから、きっと喜ぶと思います」
りんがにっこりと笑ってそう言うと、つられて弥勒も笑ってしまった。
「・・・そうですか」
りんはもう一度ぺこりと頭を下げると、その足であやめの家に向かった。
・・・明日が、嫁入りの日だ。
(・・・これくらいしか、できないけど・・・)
りんは、弥勒から貰った数珠を握りしめて、坂を下った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
あやめの家に着いた頃には、夕陽も落ちて薄闇が広がっていた。
りんは、小走りで来たために上がってしまった息を整える。
「・・・・あやめちゃん」
りんが小さな声で呼ぶと、あやめは驚いたように家から出てきた。
「どうしたの、こんな暗くなってからくるなんて」
「・・・ごめんね、遅くに」
りんは、思わず謝った。
多分、最後の家族での食事の最中だったに違いない。
「・・・これ、せめて、思い出になればと思って、貰ってきたの」
シャラ、と音を立てて手渡されたそれを見ると、あやめは目を見張った。
「・・・・りんちゃん・・・これ、弥勒さまの・・・」
「・・・迷惑だった・・・?」
りんが聞くと、あやめは、みるみるうちに目に涙を浮かべてりんに抱きついた。
りんの肩に、ぽたぽたと、温かい涙が落ちて染みていく。
りんも、思わず涙がこぼれた。
「あやめちゃん・・・幸せになってね」
「りんちゃん・・・ありがとう・・・」
「あやめちゃん・・・あのね、内緒だよ?」
りんは、あやめに、ささやく。
・・・初めて、口にする、言葉を。
・・・・あたし、殺生丸さまのことが、好きなの。
ずっと、ずっと、昔から、大好きなの。
いつか、また一緒に旅に出るのが、夢なの。
また一緒に旅に出れるって、ずっと、ずっと、・・・信じてるの。
人里で暮らしてみて、それがどんなに夢みたいなことかって、よく分かった。
・・・妖怪と人間とは、生きる世界も流れる時間も違うもの。
だから、好きって認めるのが、ずっと怖かったの。
だけど、たとえ叶わない想いでも、信じることにする。
・・・・あたしは、殺生丸さまとなら幸せになれるって、信じることにする。
「・・・りんちゃん・・・」
あやめは驚いたように、りんの顔をまじまじとみる。
りんは、えへへ、と泣きながら笑った。
「あやめちゃん・・・二人だけの内緒ね?」
りんが右手の小指を差し出すと、あやめはまたじわりと涙を浮かべて、小指を差し出した。
「・・・ゆーびきり、げーんまん」
ぽろぽろ、ぽろぽろ、二人は泣いた。
二人が少女でいられる、最後の時間だった。
・・・次の日、馬に揺られながら、
あやめは、その名に相応しい、美しい菖蒲色の着物を身に纏い、紅をさし、花嫁となった。
馬に揺られた花嫁が見えなくなるまで見送ると、りんは、青い空を仰いだ。
愛しい人のいる、広い広い、水無月の空を。
・・・少しだけ、大人に近づいた気がした。
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