殺りん話を、とりとめもなく・・・ こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。
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「・・・頃合い・・・か」
静かな、低い声が、響いた。
「・・・?」
楓は、眉を寄せる。
「・・・あの娘が人と共に生きていくなら、今後、我らの訪れは妨げになろう」
小屋を見ながら静かにそういった殺生丸の、 ・・・その言葉の意味を理解すると、楓は、目を見開いた。
「・・・殺生丸、そなた・・・まさか」
子供だけがみる景色<3>
「・・・殺生丸さま、では、もう・・・本当に・・・」
涙声と、鼻をすする音がした。 よく見ると、地面に座り込んだ邪見が泣いている。
「りんには、会いには来られないおつもりなので・・・?」
従者の問いにも動じない殺生丸の表情を見て、楓は愕然とした。
・・・人里を訪ねるのは、りんが大人になるまで、と。
もしかして当初から、殺生丸はそう決めていたということなのだろうか。
この様子からすると、恐らく幾度となくこういう会話が、この主従の間で取り交わされたに違いない。
楓は慌てて殺生丸に言った。
「い・・・いや、ちょっと待て! その話、りんは知っておるのか?!これを機に、そなたたちがもう、会いにはこないということを・・・。
何も言ってやらねば、りんはいつまでもそなたたちを待ちつづけるぞ?! それに・・・」
「・・・何だ」
もう楓に背を向けてしまった殺生丸が、かすかに後ろを振り返って聞く。
「りんが、そなたと生きていくことを選んだら、どうするつもりじゃ・・・?」
「そ・・・そうですじゃ、殺生丸さま・・・!」
邪見が鼻をすする音が、ずびー、と響いた。
邪見にしても、主と共に見守り続けた娘に会えなくなるのは、寂しくてかなわないのだろう。
そういうところは、妙に人間臭い。
「・・・りんが、決めることだ」
静かに、大妖は言う。 楓に背を向けてそういう声には、心なしか哀しみがこもっているように感じた。
「・・・選ぶのは、りんだ」
楓は、背を向けた殺生丸に向かって、必死になって、言った。
「それならば、あの娘が選ぶまで、今までのように会いにきてやってくれぬか。
これは、あの娘の願いであろうし、私からの願いでもある。 りんは、今日、確かに大人の仲間入りをしたよ。
じゃが、体が大人になっただけじゃ。 ・・・私が見る限り、あれは心の成長がついていっておらん」
邪見がぐずぐずと泣きながら、心配そうに言う。
「ど・・・どういうことじゃ?」
殺生丸も、楓の方に顔を向ける。
月明かりに照らされて、かすかに眉を顰めたそのかんばせはあまりに美しい。
「・・・どういうことだ」
楓は、自らも長く疑問に思っていたことを口にする。
「そなたたちは、あの娘が、背が伸びたと喜んでいるところを見たことがあるか?・・・これだけ一緒に暮らしていても、
私は、一度もない」
殺生丸は眉を顰めたまま、わずかに目を細める。
邪見が、鼻をすすりながら立ち上がって楓に言う。
「そ・・・そういえば、りんのやつ、 季節ごとに殺生丸さまがぴったりに誂えた着物を下さっておるのに、いつもそれには
袖を通しておらなんだ・・・。 いつも、寸足らずを着ておった・・・。 ワシは何度も叱ったが、どうしてもそれは直らなんだ・・・」
楓は、小屋の方を少し振り返り、りんの寝ている姿を思った。
温石を抱え込んで、小さな子供のように丸くなって眠るりんの頬には、幾筋もの涙の跡があった。
楓には、何かは、分からない。
ただ、大人の体になったことを、りんが心から喜んでいないことだけは分かる。
・・・あの優しい娘が、それを楓に悟らせないように必死になっていることも。
「・・・心が、ついていっていないのじゃよ」
「どういうことだ」
「大人になりたくない、なるのは怖い、と思う何かがあるのじゃろうよ。・・・りんは決して、そのようなことは口にせぬがの・・・」
「・・・・・・」
殺生丸は月光を背にして無言のまま、楓と向かい合った。邪見はその白尾にすがるように、鼻をすすりながら主を見上げる。
・・・向かい合って、どれだけ時間がたっただろう。
やがて、目線を逸らしたのは、大妖の方だった。
「・・・りんは、気付いていたのだな・・・」
その言葉を口にした殺生丸の凪のような穏やかさは、楓に、りんのことを静かに見守り続けた大妖の長い時間を思わせた。
月に一度、満月の日に、一度も欠かすことなくこの村を訪れた殺生丸。
月に一度でも、恐らく殺生丸の目から見れば、りんは恐ろしく早い速度で成長していったに違いない。
・・・そして、りんの未来を、進むべき道を、会う度に考えなかったはずはない。
自分がどうすることが、りんにとって一番幸せなのだろうかと。
・・・殺生丸がりんを訪ねることに迷いを感じ始めていた時、聡いあの娘は、その思いを、敏感に感じとっていたに違いない。
だからりんは、成長していく己を、受け入れられなかったのだろう。
選ばなくてはならない日が来ることは、きっと・・・怖かったのだろう。
常日頃から、不平不満など絶対に口には出さない娘だ。
一人で、その不安を誰にも打ち明けることなく抱え込んでいたのかと思うと、楓は胸が痛かった。
だが、りんのために、これだけは聞いておかねば、と楓は顔を上げる。
「・・・それで、そなたの気持ちは、どうなのじゃ?」
「・・・」
「りんも、それが分からねば、選びようがあるまい」
「・・・・・・・」
殺生丸は、小屋の中で眠るりんを見た。
たとえ、薄い木の壁に遮られていても、殺生丸には聞こえる。
深い眠りにおち、丸まって眠るりんの息づかいが。
その甘い吐息と、涙の匂い。 ・・・変化した、甘い、大人のりんの匂い。
今、りんの泣き顔を見たら、またあの時のように、己の思うがままに、りんの全てを、この腕の中に閉じこめてしまいたくなるだろう。
・・・りんに口づけをしたあの日。
久しぶりに、りんは一日を殺生丸の腕の中で過ごした。
まるで、小さな子供の頃のように。
涙が止まってからは、まるで、巣の中の雛のように殺生丸を見上げて、ぽつりぽつりと、いつものように人里での話をした。
・・・互いに、口づけのことには触れなかった。
夕焼けが広がってきた草原で、殺生丸は腕の中のりんに、「日が暮れる前に戻れ」と、苦い思いで言った。
あれほど、己の心に添わぬ言葉を吐いたのは、初めてかもしれない。
りんから薫る、陽だまりの、香ばしい優しい匂い。 ・・・甘い、涙の匂い。
己の腕の中に収まった、愛しい、愛しい、匂い。
・・・人里に、帰したくなどなかった。
そのまま、己の腕の中に閉じ込めて、この気持ちのままに、己の中に、りんを組み敷いてしまいたかった。
されど、殺生丸の高い矜持がそれを許さない。
・・・あの日、りんがいなくなった草原で、腕からりんの温もりが消えていくのを感じながら、思った。
(・・・妖と共に生きて、あの娘が得るものなど、一体何がある・・・)
人里で懸命に生きるりんの姿を、何年も見守ってきた。 哀しいくらいに、どんどん成長していく少女を。
あの、人を恐れていた娘が、この人里で仕事を持ち、居場所を作り、人間たちに必要とされるまで成長したのだ。
りんが必死につかんできたものを、奪う権利など、ない。
妖である己が、奪ったもの以上のものを与えられるとは到底思えなかった。
殺生丸はその長いまつげを伏せると、懐から柔らかな紅(もみ)にくるまれた小さな平たいものを出して、楓に手渡した。
「・・・これは?」
「・・・手鏡だ。・・・割ってしまったと、ひどく泣いていた」
そう言うと、殺生丸は月明かりの中にふわりと浮き上がる。
「せ、殺生丸さま」
邪見が必死にその白尾につかまり、楓は慌ててその後ろ姿に声をかける。
「・・・おい、まだ、そなたの答えを聞いておらんぞ!」
殺生丸は、ちらりと下を見ると、短く答えてその夜空に飛び立ち、月明かりにとけるように消えてしまった。
月を見上げて、楓はため息をつく。
・・・あの大妖が楓に残したのは、「満月にくる」という一言だけだった。
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