殺りん話を、とりとめもなく・・・ こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。
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殺生丸は、手元の酒杯を傾けて、月を映した。
杯の中でゆらゆらと揺れる月は、今まさに、満ちようとしている ――― 。
蔀戸(しとみど)を開け、御簾を上げた部屋からは、月が浮かんでいるのが見える。
片膝をたてて柱に背をもたれたまま、殺生丸は酒杯の中の揺れる月を見た。
柔らかな着物に袴だけの姿になった殺生丸は、
流れる白銀の髪の毛と月の光が相まって、神のように美しい。
この屋敷に父が残した結界は、主を失ってもわずかも綻びていないらしい。
言い伝え通り、身につけていた鎧も刀も、屋敷に入った途端に消え去ってしまった。
そうあることが、この屋敷に足を踏み入れる条件とはいえ、
・・・鎧を取ると、己を抑えるものがなくなりそうな気がした。
「・・・あまり、お召しになられませんのね」
霧姫が銚子をもったままそう言うと、
殺生丸は、静かにその酒杯を口へ運び、こくり、と飲み干した。
「・・・あの時、父上はここにいたのだな・・・」
「ええ、そうでございますわ。 ・・・懐かしゅうございますわね。
あの時の闘牙王さまは、今の殺生丸さまとまったく同じお顔をされてましたわ」
殺生丸は、憂いを帯びた金色の目で、月を眺めた。
(・・・思うことは、父上も同じ・・・か・・・)
酒杯を持ったまま縁側の月を眺めている殺生丸に、
霧姫はゆるゆると酒を満たし、くすくすと笑う。
「・・・なんだ」
「いえ、朝凪と夕凪は、本当に嬉しそうな顔をしておりましたわ。
あの湯殿を使う姫さまは200年振りですものね」
「・・・・」
「私も、嬉しゅうございますわ。・・・殺生丸さまに、大切に想う方ができたのですもの」
「・・・ふん」
再び、酒杯に目を落とした。
りんの涙の味が、まだ鼻腔に残っている。
極上の妖酒を用意されても、酒杯が進まないのはそのせいだ。
どんな美酒よりも、甘美な香り。
・・・昨日、りんは人里の男とともに馬に乗り、山を越えて隣の村まで行った。
それくらいは、かなり離れていても殺生丸の感覚なら風で感じとることができる。
あの老巫女の元で薬の知識をつけたりんが、
薬師としてどこか遠くの村に呼ばれることは今までにもあったことだ。
それ自体は別に気に掛けてはいなかった。
りんの匂いに、馬を駆る男の匂いがまとわりつくのは、不愉快ではあったが。
だが、西方から強い雨の気配が近づいてきていた。
あまりに激しい雨では、りんの匂いが雨水にかき消されてしまい、
殺生丸といえども、りんの安否が分からなくなってしまう。
人里の中ならいざ知らず、山中では放っておくわけにいかない。
ゆえに、りんの姿が目に見えるところまで移動した。
姿を見せずとも、その身を守ることはできる。
殺生丸がとる、りんを守るための行動に、迷いは無い。
りんはもう、天生牙では救えぬのだ。
何かが起きてからでは、遅い。
馬を駆る人間の男がりんを連れて洞窟に入っていった時、
殺生丸は冷ややかな目で、その黒くぽっかりとあいた洞窟を、山の上から見ていた。
・・・まったく、人間とは愚かしい生き物だ。
自らを脅かす天地(あめつち)の匂いにも鈍感な上に、
命を狙う獣が群れをなして、周囲をうろついていることにすら、気が付きもしない。
りんをそんなところへ連れ込んで、どうするつもりだ。
・・・だが、洞窟から流れてくるりんの匂いは、りんが安心している時の匂いだった。
共にいる人間の男を、それなりに信頼しているのだろう。
・・・たとえ、雨にも狼にも気が付かぬ男であっても、だ。
それゆえ、この場はそのまま近くで、りんを見守ることにした。
じりじりと牽制し合いながら近づいてくる、狼どもの気配を感じ取りながら。
りんに目が届く場所まで近づいたことで、
否応なしに、洞窟から響く「伊織」とかいう男とりんの会話が、この妖の耳には流れ込んできた。
・・・青白く燃え上がる炎が、身の内を焦がしていくようだった。
知らぬこととはいえ、この殺生丸の前で、よくもそんな話ができたものだ。
八つ裂きにされたいのなら、そう言うがいい。
腹立たしいこと、この上なかった。
目の前で、人間の男が、りんを伴侶として欲している。
あげく、洞窟の中からりんの涙の匂いが流れてきた時には、
思わず噛みしめた奥歯が、ぎり、と音を立てた。
許せるはずがなかった。
・・・人間風情が、りんを、泣かせるなど。
されど「選ぶのは、りんだ」と、
あの老巫女に伝えた己の言葉が鎖となり、殺生丸を縛っている。
・・・りんが人里で生きることを選ぶのならば。
・・・ならば、どうする・・・?
洞窟を取り囲んだ狼の群が狙いを定め、いよいよ近づいた時、
殺生丸はひとつの賭けをした。
「伊織」という人間の男が、りんを守れる力量を備えているのか、どうなのか。
試そうと思った。
・・・そして、賭けたのだ。
――――― りんが、私を呼ぶか、どうかを。
殺生丸は、酒杯をくゆらせ、揺れる月を飲み干す。
・・・つまらぬ賭けをしたものだ。
結局、りんを、ひどく泣かせてしまった。
腕の中で泣くりんを抱いたまま、私はあの男を睨んだままだった。
本当ならば、狼と一緒に切り刻んでやりたかったくらいだ。
それでも、あの人間の男は、私から目を逸らさなかった。
・・・だから、その目前で、腕の中のりんに思いのままに口づけを落とした。
一月前、あれほど躊躇したのにも関わらず、だ。
迷うことすら、しなかった。
・・・ゆっくりと、あの男が目を逸らしたのが分かった。
それでも、去り際に「りんを頼みます」と言ったあの男は、
欲のない、曇りのない眼で、まっすぐに私を見ていた。
・・・・獣と妖、その両方を目の前にして、決して逃げなかった。
太刀筋も、悪くはなかった。
あのまま放っておいても、あの男はかなり奮闘しただろう。
腕の中で泣き出したりんが、何度も「伊織」というその男に謝った。
人間の感覚など私には分からぬし理解するつもりもないが、
あの男は、人間という生き物の中では秀でている方だったのだろう。
・・・少なくとも、りんが私の方へ手を伸ばしたことを、申し訳なく思うくらいには。
あの男と共に生きるというのは、りんにとって、決して悪い選択枝ではなかったはずだ。
あの小さな寒村で、人間と共に生きていくことを選ぶのならば、だが。
ゆらりと、酒杯を差し出すと、霧姫が銚子を傾けて酒を満たした。
・・・己の中の答えは、とうに出ている。
狼どもと向き合ったあの瞬間、りんの中でも、恐らく答えは出たはずだ。
だから連れてきたのだ。
一族の限られた者にのみ伝わる、この霧の館へ。
「・・・ねえ、殺生丸さま。
どうしてあのお姫さまに、この屋敷のことをお話しになられていないのです?
ずいぶん、慎重ですのね」
霧姫が檜扇をぱらりと開いて、その表情を隠した。
・・・が、目が笑っている。
「・・・まだ、あのお姫さまのお気持ちを、確かめていらっしゃらないの?」
殺生丸は物思いから醒め、霧姫を睨む。
「・・・いらぬ世話だ」
「あら、怖い」
言葉とは裏腹に、霧姫の目は笑ったままだ。
殺生丸は憮然としたまま、酒杯の中身を喉に流し込む。
乳母であった霧姫は、殺生丸の幼少期の教育係と言ってもいい。
闘牙王は常に秋津島を駆け回っていたし、
母は気まぐれな上に奔放で、天上の宮城からいつもふらりといなくなってしまう。
幼い頃の殺生丸の身の回りの世話をしたのは、霧姫である。
どうしても、気がおけない。
霧姫にしてもそうなのだろう。
殺生丸の憮然とした顔を見て、さもおかしそうに笑っている。
邪見であれば、殺生丸のこんな表情を見た途端に、
身の危険を感じてすぐさま姿をくらますに違いない。
霧姫は、庭の月を見上げる。
「・・・200年前は、月の名のお姫さまでしたわ」
「・・・」
「闘牙王さまは、いずれ殺生丸さまがいらっしゃると分かっていて、
私にこの館をお預けになられたのかしら?」
「・・・莫迦莫迦しい」
「あら、現に、200年前もいらっしゃったではありませんか。
恐ろしいお顔をして、あの時は、さすがにこの命も尽きたと思いましたわ」
霧姫の言葉に、殺生丸は露骨に嫌な顔をしたが、
檜扇の向こうでくすくすと笑っている霧姫は、明らかに殺生丸をからかっている。
「思い出話も良いではありませぬか。せっかく久しぶりにお顔を拝しましたのに」
「・・・りんは、まだなのか」
話をそらした殺生丸に、霧姫はまたくすくすと笑う。
「じき、いらっしゃいますわ。ご心配なく、ね?」
幼い子供の機嫌をとるようなその表情は、事実幼い頃によく見たもので、
殺生丸はますます憮然とした。
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