殺りん話を、とりとめもなく・・・ こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。
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君が残した、闇色の石
―――― シャラ、と、夫から首に掛けられた宝石を、狗の大姫は手に取った。
金色の目の色が、宝石の色を映して、深くなる。
石から溢れてくるのは、この世のものではない、漆黒の闇。
異世界につながる宝石に、大姫は怪訝そうに美しい眉を寄せる。
「 闘牙よ・・・・何じゃ、これは?」
―――― 男は、姫を後ろから抱き寄せた。
男は、背が高い。 狗の姫は、すっぽりとその胸の中に収まる。
目を閉じて、優しく、月の文様の浮かぶ妻の額に口づける。
「・・・冥道石だ。 そなたに、持っていて貰いたい 」
すっぽりと男の胸の中に埋まりながら、大姫は男を見上げ、面白そうな笑みを浮かべる。
「 冥道石じゃと? ・・・また、やっかいなものを押しつけおって 」
「 ・・・・すまぬ。 だが、それを任せられるのは、そなたしかおらぬ 」
男は、後ろから抱きしめた妻の手を取り、その金色の目で漆黒の宝玉を眺めると、もう一度
目を伏して、すまぬ、と言った。
大姫はくすり、と笑うと、すまなそうに目を伏した夫の表情を見上げる。
「・・・・・まあ、退屈せぬのであれば、別に構わぬ。・・・で、これは何に使うのじゃ?」
「 ――――― もしも、だ。 もしも・・・・私が死んだら 」
男はそう言いながら、伏していた金色の瞳を少しだけ開き、妻の表情を伺う。
・・・こんな言葉を使っても、妻の面白がっているような表情は、少しも変わらない。
それは、私を信じてくれているからなのか、それとも、死すら恐るるに値しないのか。
この銀の狗姫の心は、いつも、闘牙王を包み込んで、その全貌が見えない。
――――― 男は、もどかしい思いで、妻を胸の中にぎゅっと抱きしめた。
そんな男の仕草に、狗姫は、くすくすと笑う。
「 おい、苦しいぞ、闘牙よ」
「 ・・・・もしも私が死んだら、天生牙は殺生丸が手にすることになるだろう 」
「 ・・・・・まあ、そうなるだろうな 」
やや腕の力を弱めると、男はすん、と鼻をならして、胸の中の妻の匂いを吸い込んだ。
華やかで、されど何人にも媚びぬ、誇り高き妻のかぐわしい香り。
「 ・・・天生牙に、死神鬼から奪った冥道残月派を封印した。
だが、今の殺生丸があの技を使うのは危険すぎる。 命の愛しさを知らぬ者には、使わせては
ならぬ技だ。 ・・・だから、愛する者を失う真の恐怖と悲しみを知らぬ内は、天生牙は使いこなせぬ
よう、 仕掛けを施した。 ・・・・・殺生丸は、怒るだろうが 」
狗姫は、皮肉げに笑う。
「 ・・・愛する者を失う真の恐怖と悲しみ、か。 ・・・殺生丸には、一番縁遠い感情だの 」
「 ・・・・そうだな。 誰も、あれにそんな感情を与えることなど、できぬだろう。
愛しい者を見つけたところで、あの強さがあれば、守ることなど造作もないことだからな 」
殺生丸は、強い。 恐らく、もっと強くなる。
きっと、その強さは両親を越え、この国でも希なほどになるに違いない。
その強さは、大妖怪である、この二人の妖の間に生まれたからこそ。
生まれながらの大妖怪の行く末は、二人の誇りでもあり、また、そこはかとない不安でもある。
男は子煩悩で、妻の狗姫は、徹底的な放任主義である。
息子がどちらに懐くかは明らかで、この真っ直ぐな男に、息子は限りない敬慕の念を抱いている。
―――――― ・・・父を越えたい。
今、息子にあるのは、その強い一筋の思いのみ。
そのような仕掛けを施された刀を・・・・それも、生きているものを切れぬ刀など、形見として
分けて貰ったところで、喜ぶはずがない。
( ――――― 憎まれ役を、買ってでたか )
狗の大姫は、苦笑した。
いかにも、このバカ正直な男らしい。
「 で、その鍵となるのが、この冥界へとつながる石か? ・・・そなた、殺生丸が天生牙を使い
こなせるようになる、ただそれだけのために、あやつの愛しいものを殺す気か 」
「 ・・・・そうでもせねば、あやつは愛しいものを失う恐怖も悲しみも、知り得ぬだろう。
そなたには、私の死後、殺生丸をここへ導いてほしい 」
大姫は、男の言葉に、少しだけ不満そうな顔をする。
「 何じゃ、それでは、わらわが憎まれ役ということではないか 」
不満げな、そんな表情すらも、愛おしい。 男は、姫のこめかみにそっと口づけた。
「 ・・・そうではない。 そなたには、万が一の時に備えて、あやつと、あやつのの大切なものの命を
救い出して欲しいのだ。 もしも・・・本当にもしもだが、あやつの愛しいと思うものが、
天生牙で生き返った命だった場合は、そなたの力がなくては救うことができぬゆえ 」
「 ・・・用意周到なことだな。 ほんに、そなたは子煩悩よの 」
大姫は、呆れたように笑う。
「 ・・・・すまぬな、面倒ばかりかける 」
男は、両手でそっと、冥道石を持った妻の手を握る。
・・・・冥界の石から、漆黒の光が溢れ、零れてゆく。
二人の手のひらの中で、闇色の死国が、まるで手招きをするように。
「 ・・・・・闘牙よ 」
「 ・・・・・・ん?」
「 ・・・・・・・・死ぬなよ 」
「・・・・・・・・・ああ 」
―――――― そなたが死んでは、生きるのがつまらなくなってしまう。
ぼそりと呟いた狗姫の頬に、男はそっと、口づけた。
終
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