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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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忘れられた物語<3>

 
 
――――― 月夜の下。
 
高貴な獣が一匹、両手を頭の下で組んで、竹藪の中で寝ころんでいた。
 
 
近くにある屋敷から、途切れ途切れに拙い琴の音がこぼれてくる。
まだ、曲としての形も取れていないそれは、きっと十六夜が手習いをしているのだろう。
 
その琴の音のこぼれる屋敷の周りを、物々しい武士(もののふ)達が警備している。
この雛びた田舎でこれだけの警備を雇えるのは、それだけこの屋敷の主が裕福であることを示している。
昨日、十六夜を叱っていた明石という女房は、十六夜のことを入内も叶う血筋、と言っていた。
この国を統べる帝の元に輿入れが叶うというそれは、この屋敷の主が宮家か摂関家の出自であることを意味している。
 
だが、おぼろ月夜の光の下、闘牙王が寝ころんで考えているのは、宮腹の姫のことではない。
先ほどから、この男が考えているのは一匹の妖のことだ。
 
・・・・どう、闘うべきだろうか、と。
 
 
 
 
――――― 話は、数日前に遡る。
 
出雲の神議り、八百万の神々が集まる酒宴の席で、闘牙王はとある土地神から声をかけられた。
仙人のような姿をした土地神は、闘牙王の姿を見るや、
 
「 そ、そなたがが狗神どのか!?  探していたのです、お会いできて良かった! 」
 
と、泣き出しそうな顔で言った。
 
出雲の神議りは、全国から八百万の神々が集い、主催神の大国主命の社で執り行われる。
闘牙王を探していたという東の国の土地神は、息つく間もなく、必死の形相で口を開いた。
 
「狗神どの、どうか、我が土地に暮らす民草をお救い下され!! 」
 
酒杯を持ったままの男に、怯えた様子でその土地神はすがるようにそう言ったのだった。
 
 
 
「 私は武蔵の国の土地神、天下春命(あめのしたはるのみこと)と申します。 下春神(したはるのかみ)と、皆には
呼ばれておりまする」
 
仙人のような姿の土地神がそう名乗ると、闘牙王はほろ酔いの顔のまま、下春神と名乗った土地神に席をすすめた。
闘牙王の周りには数人の女神が侍っていたが、酒宴の席では神々が入れ替わり立ち替わりしていくため、誰も深くは
気にとめない。
闘牙王の横におずおずと座った土地神に、男は気兼ねなく頭を下げる。
 
「 私が、狗神こと、闘牙王です。ご領地に、悪鬼でも出なさったか?」
 
闘牙王を訪ねてくる神のほとんどが、そういう依頼のある者か、ただこの男と一緒に酒が飲みたいだけかのどちらかである。
そばにいた女神がこの下春神(したはるのかみ)に神酒をすすめたが、盃を受け取った土地神の手は震えている。
どうやら、酒を飲めるような気分ではないらしい。
 
「・・・・狗神どのは、西国一の妖とお聞きしておりまする。 大変失礼だが、翼のある竜を見たことはありますでしょうか」
 
怯えた様子の土地神がそう問うと、ほろ酔い加減の闘牙王は酒杯を持ったまま少しく首を傾げていたが、いや、無いですな、と、
素直に首を振った。
 
「竜」と名の付く妖ならば、闘牙王には阿吽がいる。 あれは、双頭の竜だ。 だが、翼はない。
阿吽は雷を操り雷雲を湧かせて、その力で空を飛ぶ。
竜は竜でも、きっとこの土地神の言う「羽のある竜」とは、阿吽とはまるで違うのだろう。
 
この国では、水を操る水神が水中に住まいを持つことからよく龍に例えられ、龍神などと呼ばれている。
けれど水神は、本来の姿になったとしても、翼はもっておらず、雲の中を泳ぐように空を飛ぶ。竜と言うよりは、蛇に近い姿だ。
滝を上る鯉が竜に転じる話もあるが、実際に見たことはないし、その竜の背に翼があるかどうかは、闘牙王もよく知らない。
 
男の中で、ふいに興がわいた。
齢1000年を越えても、未だかつて翼を持った竜を実際に見たことはないのだ。
まだまだ、この世には知らぬことが満ちている。
もしかすると、その翼を持つ竜というのは、外国(とつくに)から来た生き物なのかもしれぬ。
とかく、齢もこれだけ重ねると、知らぬことのほうが少なくなってくるものだ。
この話、同じ感覚を持つ妻が知れば、「 ほう、面白いではないか。 見に行こうか、闘牙 」などと言い出すに違いない。
基本、頭の中が明るくできているこの男は、一瞬それもいいか、などと思ったが、それにしては目の前の土地神の怯える様子は
ただ事ではない。
男は、土地神を安心させるように微笑むと、軽く頭を下げた。
 
「 すみませぬが、私は神成りしてまだ300年ほどの新参ものでございます。ご存じならば、教えて下され。
  翼のある竜とは、どのような妖なのでしょう。 私でお力になれることであれば、微力を尽くします」
 
一介の土地神にも、男は屈託なく頭を下げる。
これがこの男の妻や息子であれば、たとえ天地が逆さになっても頭を下げることなどありえないだろう。
それだけこの狗妖怪の一族は妖の中で立場が高いということなのだが、この男はいちいちそういうことを気にしない。
もともとが、おおらかな性格なのだ。 これが、多くの妖に「おやかたさま」と慕われ、愛される所以なのだろう。
噂と違わぬ狗神の人となりを目の当たりにした土地神は、改めてほっとした様子で話し始めた。
 
 
「 外国(とつくに)では、羽のある竜を「 ドラゴン 」 と言うのだそうです 」
 
 
 
・・・ドラゴンは、非常に高い知識と知恵を持った、誇り高き生き物なのだそうです。
独自の言葉を持ち、仲間内には規律があり、彼らには彼らの生き方があるそうで、他の生き物とも決して慣れ合わず、
人間などとは決して言葉を交わしたりしない。
 
恐らく、彼らの住処は、この世界と重なる別の世界なのでしょう。
外国(とつくに)には、その入り口があると聞いたこともありますが、定かではありませぬ。
この世界に姿を現すことは滅多となく、その姿を見たことがあるものは少ないという。
 
 
――――― ああ・・・されど、狗神どの。 あのドラゴンは、私たちの目の前で、空から堕ちてきたのです。
 
 
輝く鋼鉄の鱗はぼろぼろに傷つき、溶けた鉄のような血が流れていました。
口元からは燻されたように煙が漂い、血泡が吹き出す度に火の粉が舞っておりました。
そして、その翼・・・・。
翼は、ぼろぼろに砕かれて、もはや空を飛ぶことは二度と叶わぬほどに傷つき、腐り落ちかけておりました。
 
・・・何があったかは存じませぬ。
同族たちとの争いに負けたのやもしれませぬ。
ドラゴンを傷つけることができるのは、ドラゴンのみと聞いたことがある。
 
谷の中でのたうちまわる息も絶え絶えのドラゴンは、近くから様子を伺っていた我らの心に直接、「 近づけば殺す。 去れ 」 と
伝えてきました。
 
・・・・あれは恐らく、己の死期を悟っていたのではないかと思うのです。
 
私は、近くに住んでいた者たちに、あの谷には決して近づかぬよう、と言い聞かせました。
流れ落ちる竜の血は、毒以外の何者でもありませんでしたし、万に一つ、ドラゴンのいる谷に入ってしまっても、私のような
戦う力のない土地神には、助けようがない。
私は、「開墾」の神なのです。 山ばかりのあの土地で、私は人間たちに限りない恩恵を与えてきたつもりです。
だがあのような妖がやってきては、情けないが私には手も足も出ない。
 
それでも、あの土地に住む妖も人間たちも皆、「あの谷には近づいてはならぬ」という私の言葉に、素直に従ってくれました。
・・・・・私はあの時、それで何とかなると思っていたのです。
あのドラゴンの余命があとどれだけあるかも分かりませんでしたが、いくら何でも余命は数年ほどだと。
数年間、あの谷に誰も近づかなければ、ドラゴンの命は尽きるだろう、と。
 
・・・・私の考えが甘かったことは、すぐに分かりました。
・・・・・・サトリが、ドラゴンに飲み込まれてしまったのです。
 
 
「 ・・・サトリ、とは?」
 
闘牙王は、眉を寄せ首を傾げた。
西国では、聞いたことのない名だった。
狗神の問いに、東国の土地神は苦渋の表情を浮かべる。
 
 
「・・・・サトリは、私の治める土地の山に住んでいた、相手の心を読む妖です 」
 
 
手に持った盃を膝の上におろしたまま、土地神は苦しげな表情で話し始めた。
 
 
・・・・あれは・・・サトリは、大昔は山の神だったものの、なれの果てなのです。
 
サトリはかつて、相手の心を知ることのできる、慈悲深い山の神でした。
その霊力と慈悲深さゆえ、飢えと不作に苦しむ人間たちを見ておられず、禁を犯して山を下りてしまったのです。
姿を現し、人に化け、山神は根気強くわがままな人間たちに農作の知恵を授けたと言われています。
・・・・ だが、人間の心というのは何よりも欲深く、闇深い。 富が生まれれば、同時に貧が生まれる。
山神の霊力と知恵をもってしても、人間たちの貧富の溝はどうしても埋まらなかった.。
あげく、神の知恵によって富んだ人間たちは、その知恵を独占しようと、殺し合いまではじめてしまったのです。
慈悲深い山神が望んでいたのは、そんなことではなかった・・・・・。
 
・・・・・人間とは、哀れで悲しく、愚かな生き物ですな。
人間たちの暗く深い闇の心に触れた山神の心にも、拭いようのない深い闇が生まれてしまった。
本来清らかなものであるはずの山神の心は、人間たちの行いによって、穢れてしまったのです。
 
・・・山神はその特殊な力ゆえ、決して山から下りてはならぬと、高天原の神々から定められていたそうです。
その禁を破り心身を穢してしまったことが、高天原の神々の怒りに触れてしまいました。
私も「開墾」の神です。飢えに苦しむ人間達を放っておけなかった山神の気持ちは良く分かる。
だが、我々にとっては高天原の神々の決定は、絶対なのです。
 
・・・・山神は神籍を抜かれて、妖へと堕ちました。
もはや神ではなく、ただの妖になったあれには心を読む力だけが残り、己をサトリと名乗るようになったのだと聞いています。
誰とて、心を読まれるのはよい気分ではないでしょう?
そして、相手の心の本音を知ったところで、よいことなどほとんどないものです。
それゆえ、あのサトリは一人でひっそりと、ほかの妖ともほとんど接触することなく、山に住んでいたのです。
土地神である私ですらも、サトリとはあまり関わったことがない。
サトリ自身が、他者と関わりあうのを厭うていたゆえです。
 
・・・けれど恐らく、サトリは我らには聞こえなかったドラゴンの末期の心の声を聞いてしまったのでしょうな。
 
我々が「去れ」と言われてその場を離れた後、どうやらサトリは一人でドラゴンへと近づいたらしい。
あの二人の間に何があったかは存じませぬ。けれど今や、サトリはドラゴンの額にその身を宿している。 
・・・・・きっと・・・ドラゴンに喰われてしまったのだと思うのです。
 
サトリは、元は山神であったもの。
決して、意味もなく乱暴を働き、民草を殺すような妖ではない。
だが、あのドラゴンに飲み込まれてからというもの、サトリはもはやサトリではなくなってしまったのです。
ドラゴンは・・・奴は、額にあるサトリの顔で、言葉を喋るようになりました。
 
・・・・そして、あれは額にあるサトリの顔で、こう名乗ったのです。
「 我は、竜骨精である 」・・・と。
 
あのドラゴンは・・・、いや、あれはもうドラゴンですらないのかもしれない。
竜骨精は私の社までわざわざやってきて、恐ろしい言葉を残していったのです。
 
10日に一度、生け贄を差し出せ・・・・と。 生け贄は、子供に限る、と・・・・。
 
 
「 ・・・私は、それを止めることができなかった・・・・」
 
 
そこまで喋ると、土地神は感極まったように言葉を詰まらせてしまった。
大妖の前で、肩を震わせている。
 
いつの間にか、闘牙王の周りにいた女神たちは姿を消してしまっていた。 
話の内容を聞いて酒の席が興ざめしてしまったのだろうし、皆、面倒ごとに巻き込まれるのを厭うたのだろう。 
触らぬ神に祟りなしとはよく言ったもので、八百万の神々といえども、己の力の範疇を超えたやっかい事には巻き込まれたくは
ないらしい。
それも仕方の無いことかもしれぬ、と闘牙王は下春神に聞こえぬように小さくため息をついた。
この国の神々は、己の力が及ばぬほどの禍事に触れると、魂が穢(ケガレ)れてしまう。
ケガレとは、すなわち、気枯れ。 神々の霊力が弱まってしまうことを意味している。
神々は、それを何より厭う。 だからこそ、闘牙王のような闘神が必要とされるのだ。
 
闘牙王は、そっと震える肩に大きな手を乗せた。
暖かい大きな手に、下春神は声を詰まらせながら、口を開く。
 
「 ・・・闘牙王よ、私は申しました。 なぜそのような惨いことをする、と。 おまえの力を持ってすれば、里一つを潰すくらい
なんということはなかろう? なぜ、わざわざ生け贄なぞを差し出させるのだ、と  」
 
「 ・・・竜骨精は、何と?」
 
闘牙王の問いに、土地神はくやしそうに両手を震わせた。
 
 
・・・・・あれは、こう言いました。
俺はただ、人間たちが苦しむさまを見たいのだ、と。
 
生け贄を差し出さねば、あの竜骨精は容赦なく口から業火を放ち、あたり一帯を灰にしてしまうのです。
・・・・数え切れぬほどの人間と妖たちが殺されました。 
近くに殺す者がいなくなると、人里をねらって、谷から動き出すようになってしまった。
 
そしてそこで、また人間たちに課すのです。―――― 10日に一度、生け贄を差し出せ、と。
 
もはや、わが土地は竜骨精が吐く火と瘴気で、生き物の住めぬ土地になり果てた。
 
狗神どのよ・・・どうか、あの竜骨精を退治してはくれまいか。
翼だけは腐り堕ち、あれは飛ぶことができなくなりましたが、鋼の体は、傷一つつかず、われらにはもはや打つ手がありませぬ。
竜骨精の体の一部になってしまったサトリとて、元は慈悲深い山の神。
このような事態を望んでいたわけではないはずです。
 
無理は承知でございます。
 
どうか、助けてはくださらぬか、狗神どのよ―――・・・
 
 
 
 
 
竹林は時折夜風に靡いて、さらさらと心地よい葉音を立てる。
闘牙王は、頭上に白く輝く月を見ながら、金色の目を細め、長いため息をついた。
 
・・・・・どうしたものか。
 
どちらにせよ、まずはその竜骨精とやらがいる武蔵の国へ行ってみねばなるまい、と思う。
敵を知らぬことには、さすがの闘牙王でも動きがとれぬ。
そして、動くからには、勝たねばならない。
それが、己に課せられた使命でもある。
 
闘牙王は、ふ、と笑った。
戦いを前にした、不思議な高揚感が心の中のどこかに生まれている。
強いと聞けば、どうしようもなく気持ちは高鳴る。己のどうしようもない本能だ。
 
(・・・・・まこと、困ったものだ )
 
そう思った時、頬が微かにチクリ、とした。 
虫でもとまったかと、バチンと叩くと、ひらりひらりと何かが落ちていき、そこから聞きなれた小さな小さな声がした。
 
「 お・・・・おやかたさま~~~~~!! さ、探しましたぞ・・・・!!」
 
その声に、闘牙王はあわてて落ちていく虫を手のひらで受け止めた。
 
「 おお、 冥加ではないか! そなた、よくここが分かったな 」
 
「 は、はい~~~」
 
「 すまんすまん、そなたと分かっておれば叩きはせなんだが」
 
闘牙王の手のひらの上で、叩かれてぺらぺらになったノミが左右に体を降り、もとの姿にポン、と戻った。
闘牙王の一番の側近( と、本人は主張している)の、ノミ妖怪の冥加である。
 
「 いやはや、おやかたさまのお帰りを天空の宮でお待ちしておりましたら、出雲から神使の件(くだん)が一匹で戻ってきたと
 いう話を聞きつけましてな。 神議りが終わるには早すぎますし、これは何かあったのではないかと奥方さまの元に向かい
 ましたら、「 ちょうどいい、冥加よ、下界へ行って闘牙を探して参れ 」と申されまして・・・」
 
件(くだん)は、闘牙王の神使で、先見(予見)をする妖だ。
先日の出雲の神議りへは同行していたから、神相撲にこっぴどく負けて下界へ落ちた一件を妻に報告したのだろう。
生真面目な件(くだん)の苦りきった顔を想像して、闘牙王は思わず苦笑した。
そういえば、神議りの前に「 相撲はなりませんよ、闘牙王さま 」と言われていたような気がする。
いつもの小言だと思って、聞き流してしまった。
 
「 すまぬな、冥加。 出雲で、神相撲に手ひどく負けてしまってなあ。 気がついたらこのザマだったのだ。
  この一帯は霊山だからな。 私が妖力を満たすにはちょうどいい。 しっかり力を蓄えてから宮に戻ろうと思っていたところだ。
  ・・・それにしても、ここには妖は入れぬ結界を張ったつもりだったのだが、そなた、よく入れたな」
 
闘牙王の言葉に、冥加は精一杯小さな体を反り返らせた。
 
「 いやいや、何を仰います! おやかたさまの血を飲み続けて早100年。 私の体はほぼ、おやかたさまさまの血で
  出来上がっているも同然でございます。
  阿吽と共におやかたさまの匂いを追って参りましたが、この結界に入れたのは私だけでございました 」
 
「 なるほど、そうか 」
 
闘牙王は得心したように頷くと、何を思い出したのか、ふいに心配そうな表情になった。
 
「 ・・・ところで、冥加よ。 宮にはもう配下の妖たちが集まってきているのだろう? 騒ぎにはなっておらなんだか? 」
 
闘牙王の表情を見て、冥加も思わず苦笑いする。
出雲の神議りの後で、闘牙王は必ず配下の妖達を天空の城に集めて、宴をすることにしている。
闘牙王が神議りから戻るまで、遠方からはるばるやってくる古参の妖怪たちの相手をするのは必然的に奥方の役目となる
わけだが、あの奥方はかなり好き嫌いが激しい。 自然、問題が起きるとすれば、奥方の周りである。
冥加は天空の城で言い渡された言葉を、一字一句そのまま伝えた。
 
「 奥方さまよりご伝言でございまする。 『 何をしている、阿呆。 早く帰ってきて鬱陶しい一族の爺どもを何とかしろ。
 いつまで油を売っているつもりだ 』 と・・・・」
 
闘牙王は奥方の伝言に、膝をぽんと叩いて破顔した。
 
「 ははは、そうか、そうか、これは良いことを聞いた。うちの山の神(妻のこと)にも苦手なものがあるらしい 」
 
呵々と笑う闘牙王に冥加は何とも言えぬ顔をする。
 
「 いやぁ、笑い事ではございませぬぞ、おやかたさま。 狗妖怪の一族方が威勢がいいのはいつものことですが、集まっている
 妖たちに、どうもキナ臭い噂が飛び交っておりまして。 奥方さまはどちらかというと、そちらの方が気になっていらっゃる
 ご様子でございました 」
 
「 ほう。あれの興を惹くとは珍しい。どのような噂だ?」
 
「 おやかたさまは、武蔵の国にある妖怪退治屋の里はご存じで?」
 
「 ああ、行ってみたことは無いが、聞いたことはあるな。 麗しい巫女が人間達の先頭に立って具足を付け、猫又を供に妖怪と
戦っているそうではないか。たしか、名を翠子とか言ったか。 だが、あれは人間に害なす雑魚妖怪だけを相手にしていると
聞いたぞ。 人間達も、己の命は守らねばならぬだろうからな。襲われれば戦うのは当然のことだ。 それが、どうかしたのか?」
 
「 噂によれば、その翠子という巫女が、妖怪達との戦いのさなかに死んだのだそうです。 それも、結界を施した洞窟に妖怪達
を集められるだけ集めて、ずいぶんと不可思議な死に方をしたそうで」
 
「 妖怪を集められるだけ集めて・・・か。 己の身を喰わせでもしたのか?」
 
「いえ、それが玉を生んだのだそうです」
 
「 ・・・・玉だと?」
 
「 はい、巫女は洞窟の中で、その場にいた妖の魂と己の魂を、すべてその玉に閉じこめて死んだそうですじゃ 」
 
闘牙王は、しばらく黙る。
その死に方には、聞き覚えがあった。 はるか外国(とつくに)から伝わった、強い呪術。
 
「 そうか・・・・。 それは恐らく、魂込めの呪術だろう。 思い切ったことをしたものだ。 命の巡りを放棄して、永遠に珠の中で
 戦い続ける道を選んだか・・・。 大した巫女よの 」
 
闘牙王がため息をついてそういうと、冥加は闘牙王の手のひらの上で、ぐっと小さな背を伸ばして己の主を見上げた。
 
「 おやかたさま、問題はその玉なのでございます。 四魂の玉、と呼ばれるそれは、妖が持てば妖力が恐ろしく増すとのことで、
東の国では玉を巡って妖たちの争いが爆発的に増えたとか。しかも、ここ一年ほどはその玉がどこに行ってしまったのか
分からないそうなのです。玉を捜し求める東の国の妖たちがずいぶんこの西国にも流れ込んできているようでございまして、
狗妖怪ご一族の中にも縄張りを犯された方がずいぶんとたくさんおられるようです」
 
冥加の話に闘牙王はしばし沈黙して、出雲で聞いた神々たちの噂に思いを巡らせる。
多くの神々が口を揃えて言っていた。 各地で、妖が力を増している、と。
 
「 ・・・何やら東国が騒がしいな、冥加よ。 俺も出雲でずいぶんと凶暴な妖の退治を頼まれた。 それも、武蔵の国の谷に
住んでいるらしい。 そなたの言うその怪しげな玉の怪も武蔵だろう?」
 
闘牙王の言葉に、冥加はぎょっとした。
 
「 なんと、おやかたさま、次は武蔵の国へ妖退治に赴かれるので?!」
 
「 ああ、一緒にくるか? 冥加よ」
 
闘牙王がニヤリと笑って言うと、冥加はあわててぶんぶんと首を振った。
 
「 冗談はおやめくだされ!! 命がいくつあっても足りませぬわい!」
 
「 ははは、そう言うと思っていた」
 
闘牙王はからからと笑うと、夜空を見上げて立ち上がった。
竹林を吹き抜けてゆく夜風が、ざあ、と音を立てた。
 
先ほどまで聞こえていた拙い琴の音色は、止んでいた。
夜空には、淡く輝く朧月が浮かんでいる。
 
「 ・・・・心には添わぬが、別れを伝えねばならぬなあ・・・」
 
「・・・おやかたさま?」
 
一人ごちた闘牙王に、手のひらにのったままの冥加は首を傾げた。
そんな冥加に、闘牙王は困ったように笑う。
 
 
「・・・・・冥加よ、ひとつ、頼まれごとをしてくれるか?」
 
 
 
 
 
 
 
――――― その晩、大和の夜空に、怪があった。 白い巨大な、化け犬がでたというのである。
 
とある宮家の屋敷の上をぐるぐると廻り、一つ大きな咆哮をあげると、化け犬は空へと消えた。
あるものは、あれは妖だと言い、あるものは、あれは出雲帰りの神だと言った。
真実は、わからなかった。
 
――――― その年の冬、秋津島全体に、妖怪に襲われる村が続出した。 
妖の怪だけでなく、たちの悪い病も人々をおそった。
 
人々は、天子の政が悪いからだとも、この世が終わりに向かっているのだとも言った。
人の子には、真実はわからなかった。
 
だが、その白い狗の妖が出た一帯の村には、一匹の妖怪も現れなかった。
各地で流行った悪い病にかかるものも、一人もいなかった。
 
ゆえに、あの化け犬は、きっと良き神の使いであろうということで、人の噂は落ち着いた。
道端にいる白い野良犬を、神の使いとして尊ぶものさえ出たという。
 
 
 
・・・・・白い狗の真実を知っていたのは、月の名の姫だけであった。
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

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