あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

小さな花




「 うわあー! きれいなお花畑!」



拾った、小さな人間の娘が双頭竜の上で嬉しそうな声をあげる。

「ねえ、降りてもいい? ここで、花飾りを作ってもいい?! 」

「あほうっ!! 殺生丸さまはお忙しいのじゃっ!! そんなに遊んでいたいなら、一人で行くがよい!  そのかわり、お前なんぞ
 置いて行くからの!! 文句は言うなよっ!!! 」

邪見がそう言うと、人間の娘・・・りんは、ふっくらとした頬を、更にぷうっと丸くした。
あからさまな、不満の表情。

「邪見さまの、けち ―――― !!」

「けっ・・・けちとは何じゃ、けちとは!! おまえ、誰に向かって・・・・!」

「ふーんだ。 殺生丸さまは優しいから、りんにそんなこと言わないもん! ね、殺生丸さま?」

突然こちらに話を振られて、私は無表情に二人を見返した。
りんがどうしてこの野原にそんなに留まりたがるのか、私には分からない。

・・・・が、奈落の情報が全く途切れている今、殊更、急ぐ道でもない。

「――――  好きにしろ」

そういうと、りんは星が飛び散るような笑顔を見せて、阿吽から飛び降りた。

「ありがとう、殺生丸さまー!」

「えっ・・・えええええ!? こっ・・・こりゃー! 勝手に遠くに行くんじゃない!!」

慌てたように、邪見が阿吽を引いてりんを追いかける。



―――― りんがこういう野原で遊びたがるのは、いつものことだ。

私には、りんがどうして植物の花になぞ執着をみせるのか、皆目分からない。
植物にとって花は、実をつけるための一過程にほかならない。
色とりどりの形も、 甘い匂いを放つのも、受粉をする虫を呼ぶための擬態のようなもの。

そこに、この幼い人間の娘は殊更に思い入れを持っているらしい。
行く先々で、りんは野に咲く花を見ては顔を輝かせている。

(・・・・・きれい・・・か)

私は、緩やかな斜面を見下ろすと、はしゃぎまわるりんと、それを追いかける従僕の姿を眺めながら、
側にあった倒木に腰を下ろした。

空は青く、高く、澄んでいる。


―――― 綺麗。

りんは、よくそう言う。

りんがそういう度に、私の中で、何かが僅かに引っかかる。
それが何なのか、私はずっと掴みかねている。

引っかかっているのは、曖昧で、形がなく、あやふやな何か。
私が掴みかねているのは、その何かだ。

・・・・分からぬものを分からぬままで放っておくのは、好きではない。
私は、少なくとも、己がどういう性質の妖か分かっているつもりだ。

戦いに生きること。
それだけが、私に与えられた私だけの道だ。
その道を進むことに恐れも躊躇も無い。

・・・その私が、己の心の中の何かを、掴みかねている。
このようなことは、今まであり得なかったことだ。

そして、更に不可解なのは、この感覚が私にとって不快ではないということだ。

・・・これは、何だ・・・?


小さな人間の娘がはしゃぎ回る声を遠くに聞きながら、わたしは右手の手のひらを眺めてみる。

掴みかねているものは、形があるようで、無いような。
普遍的であるようで、脆く儚いような、そんな何かだ。
言葉だけで知っているような――――― ・・・。


(・・・・これは、何だ・・・? )


青く突き抜ける空を見上げて、ゆっくりと目を閉じた。
分かっているのは、ただ一つ。


・・・そう。 これは、少なくともこれは私にとって不快ではない、何かだ。





*******






しばらくすると、走り回って息を切らしたりんが、近づいてきている足音が聞こえた。

「 はい、殺生丸さま!! 綺麗でしょう?」

膝の上に、束ねられた花が置かれる。
名も知らぬ草花から、柔らかな匂いと、こうばしい日向の匂いがする。
りんの手からは、ちぎったときに付いたのであろう、植物の茎と土の匂い。


「・・・・・」


私は、言葉もなく置かれた花束を見る。

「ね、綺麗でしょう? 殺生丸さま?」

「ば、ばかもん・・・! 殺生丸さまがそんなものに興味があるはずがなかろうっ!!」

ぜいぜいと息を切らしながら邪見がやってきて、りんを後ろから叱りつけた。
りんはそんな邪見の言葉には耳をかさず、じいっと大きな目で私を見上げて、もう一度言った。

「一番、綺麗なお花を選んだの。 たくさんあったから、迷っちゃったけど」

「だーかーら、殺生丸さまはそんなものには興味はないと・・・・」

「・・・・・綺麗? お前はこれを綺麗と思うのか?」

邪見が私の言葉に息をのんだ。

「え・・・せ、殺生丸さま、今、何と・・・?」

今、また少しだけ、掴みかけていた何かに触れた。
余計な口を利くなと、私は邪見を睨みつける。
従僕ごときが、私の思考を邪魔するのは許さない。

「い、いえ、あの・・・」

言葉を濁しながら邪見は後ろずさり、そのままちゃっかりとりんの後ろに隠れた。
相変わらず、そういうところだけは聡い。
一睨みすると、緑色の小さな体がきゅっと更に小さくなった。

私は、改めてりんに向きなおり、問う。

「・・・りん、お前にとって「綺麗」とは何だ?」

きっと、りんの言う「綺麗」という言葉に、私の中の何かが引っかかっている。

「おまえは、よくそう言う。花を見ても、空をみても、星を見ても「綺麗だ」と」

「・・・・殺生丸さまは、お花を綺麗と思わないの?」

きょとんとした顔で、りんは私を見上げてそう聞いた。

「 思わぬ」

私がにべもなくそう言うと、りんは驚いた顔をする。

「 どうして? だって、あんなに色も形も可愛くて、いい匂いまでするのに」

「・・・花とは、植物が短い生の中で実を残すための手段にすぎぬ。」

「・・・どういうこと?」

りんは、不可解そうな顔をした。
つまり――― と、説明するのは従僕の役割だ。
黙ったままの私の顔色をちらちらと伺いながら、邪見がおたおたと口を開く。

「つつつ、つまりじゃな、何というかその、植物は子を残すために、今の時期だけ花をつけて綺麗になるんじゃ」

「・・・・うん。 だから、お花は綺麗なんでしょう?」

「 お、おう、まあ、そうじゃのう」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


邪見とりんの会話は、あっけなく軍配をりんに掲げて終わる。
私は、呆れたように従僕を見下ろした。
これほど簡単に押し切られるということは、つまり、邪見の感覚は人間<りん>に近いということか。
これでも一応妖怪だというのだから笑わせる。

「・・・・もういい」

・・・・別にこの人間の娘の感覚を私の感覚で論破したかったわけではないし、元々、とるに足らぬ些事だ。
つまらぬ問いかけをしてしまった己がバカバカしい。
立ち上がり歩きだそうとすると、りんが私の袖を引っ張った。

「まって、殺生丸さま!」

振り向くと、りんは袖を掴んだまま私を見上げて、必死に口を開いた。

「 あのね、きっと、今だけだからだと思うの!」

「・・・・」

りんは私が膝の上から落とした花の束を、しっかりと握りしめていた。

「 りんが、お花を綺麗だって思うのは、きっとお花が綺麗なのは今だけだからだと思うの。 だって、明日には枯れちゃうかも
 しれないでしょう?  そう思うと、とってもね、・・・・なんて言うか、眩しくて」

「・・・・・・」

「お花が綺麗なのは、ほんの少しの間だけだから・・・だから、殺生丸さまにも見てほしいなって思って、それでさっきは、
 花束にしたの。 殺生丸さまに聞かれるまで、どうしてお花を綺麗に思うかなんて、りんは考えたこともなかったけど・・・ 」

りんの大きな目が何のてらいもなく、まっすぐにじっと私を見つめる。
人間でありながら人間に疎まれ、妖に拾われた、哀れで小さな人間の娘。
誰もが恐れてやまぬこの私を真正面から見つめて恐れぬのは、この娘くらいのものだ。

「りんはね、綺麗なお花をみてると、それだけですごく幸せな気持ちになるんだけど。 りんが綺麗だって思うものを、
 殺生丸さまにも見てほしいって、そう思うのは・・・おかしいのかな・・・?」

りんは、かすかに首を傾げて私にそう問うた。

「・・・・お前が花を愛でたくば、愛でればいい」

私に花を献じる必要はない。 
私は、花を美しいとは思わぬからだ。
けれど、りんが花を愛でている姿は不快ではない。

・・・そう。 それ以上でもそれ以下でもない。
・・・・ただ、それだけのこと。

私はただ、花を愛でるお前を ―――― 守るだけのこと。



私はするりとりんの手から袖を抜くと、野に背を向けて歩きだした。

「あっ、待って!」
「ああ、殺生丸さま、お待ちを~!!」

背後から、邪見とりんが慌ててついてくる足音が聞こえてくる。

「 ほれみろっ! 殺生丸さまが花なんぞに興味があるはずがなかろうがっ!!」

小声で邪見がりんを叱っている。
そして、不満げなりんの声。

「ええ~・・・そんなことないと思うけどなあ・・・」

「そんなことないこと、ないわいっ!」


くどくどと叱る従者の言葉もあの娘に届くのは、いつまでのことか。
もう半時もしないうちに、きっと双頭龍の上から、安心しきった寝息が聞こえてくるだろう。




・・・・なぜ、あの娘が紡ぐ「綺麗」という言葉に、私が気をとられてしまうのか。




「きっと、今だけだからだと思うの」
「花が綺麗なのは、今だけだから」
「だから、とっても、眩しくて」
「見てるだけで、幸せな気持ちになるの」



・・・・・そうか。
・・・・・・・幼い娘から紡ぎ出される言葉は、私にとっては<りん>そのものだからだ。


花のようで、月のようで、星のようで、夜明けの空のようで、目の覚めるような海の色より美しい光彩を放ちながら、
お前は私のそばをくるくると回る。
あっという間に姿を変えて、お前は私のそばをすり抜けていくだろう。
・・・・人間であるお前の命は、あまりに短い。



形があるようで、無いような。
普遍的であるようで、脆く儚いような。
言葉だけで知っているような・・・・・あやふやで、曖昧な何か。


・・・だからこそ、手にとって確かめたくなるのだろうか。
りんが、花を愛でるように。




・・・ああ、そうか。

ずっと掴みかねていた、これは。

・・・・これは、りんに対する私の思いだ。






―――――  私はどうやら、この小さな花を「愛でて」いるらしい。

「りん」という、儚く淡い、小さな花を。






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イラスト
Psychopomp  時子さまより
 




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