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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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あなたが望み、欲しいと願っているものを <6>

 
 
 
・・・・それは、岸に打ち上げられる人魚と似ている。
 
・・・・・・・深く、深く、愛し合った後の、目覚め。
 
 
 
優しい指が、りんの髪を、何度も何度も梳いている。
あまりに心地よくて、ずっと、このまま目をつむっていたくなる。
 
まるで、たゆたう海の水面で、揺れているよう。
 
・・・・どうして、この妖(ひと)は、こんなに優しいんだろう・・・
 
この気持ちを伝えたいのに、眠りの海に半分沈んだ身体からは、言葉が紡げない。
・・・・いつも、いつも。
 
それでも、りんは、必死に口を開く。
この気持ちが、あの妖(ひと)に届いてほしいと想うから。
 
 
「・・・・・だ・・・い・・すき・・・」
 
目をつぶったまま、そう口にして、りんは微笑んだ。
やっと、言えた。
 
「・・・・」
 
その言葉に、応えはないけれど。
いつも、目を開けばそこには、優しい金色の目がある。
ここからはもう、夢じゃない。
 
・・・ぱち。
 
そこは、いつもの、二人の閨。・・・さんざん愛し合ったあとの。
流れる銀髪の大妖は、りんに寄り添うように横たわり、その長い指で娘の髪を梳きながら、
いつもの、優しい瞳でりんを見下ろしている。
 
・・・・・はず、なの、だが。
 
目を開けた途端、とろとろと溶けるような心地よい眠りは、りんから一気に吹き飛んでしまった。
 
「・・・・ !? 」
 
そこには想像とは全く違う、殺生丸のものすごい仏頂面があった。
こんな仏頂面、りんは見たことがない。
 
「・・・・あ、の・・・」
 
りんは、恐る恐る、口を開く。
 
「・・・・・殺生丸・・・さま・・・・・?」
 
「・・・・・起きたか・・・」
 
その言葉も、優しく髪を梳く仕草も、いつもと同じだけれど。
だけど、明らかに表情がおかしい。
 
「・・・・・・殺生丸さま・・何で、怒ってるの・・・?」
 
りんの問いかけに、はじめて自分が仏頂面をしていることに気がついた大妖は、気まずそうに
りんから僅かに視線を外したが、かなり言い淀んでから、
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・別に、怒ってはいない」
 
そう、応えた。
しかし、どう考えても、この表情はかなり機嫌が悪い時のもの。
りんの髪を梳いている指先の優しさと、ひどい仏頂面が、どうにもつり合わない。
 
「・・・嘘、つかないで。 殺生丸さまのそんな顔、りん、見たことないもん・・・」
 
りんは、恐る恐る手を伸ばし、そっと大妖の頬に触れる。
ひんやりと冷たくて、滑らかな頬。 ついさっきまで、ひどい切り傷のあった。
 
「・・・・どうしたの?」
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
むすり、とした表情の殺生丸は、更にしばらく言い淀んでから、ぽつり、と漏らした。
先ほどから、一人でもんもんと考え続けていた問いを。
 
「・・・・・どうやって、お前は・・・」
 
あんな愛撫の仕方を覚えた・・・? 
問いの続きは、どうしても口から出てこなかった。
真実を、あまり知りたくないような、知らなくては気が済まないような。
りんの返答の次第によっては、己を押さえられるか、自信がない。
 
・・・先ほどのりんの愛撫は、殺生丸ですら、抗えないほどの快楽だった。
普通に考えて、りんにそんな玄人じみた愛撫が出来るはずがない。
こちらの弱点をすべて知り尽くしているような、そんな舌と指の動きと強弱。
りんに生まれついてそういう才能があるなら話は別だが、今まで何度も閨を共にして、
そんなものがりんに無いことは、殺生丸が一番よく知っている。
・・・・いや、しかしそれも、今まで殺生丸が一方的に攻めるばかりだったから、りんは
才能を発揮できていなかったという、ただそれだけなのかもしれない。
 
ぐるぐると色んな可能性を考えては、再び仏頂面のまま黙り込んでしまった殺生丸に、
りんは何だか悲しくなってしまった。
今まで、閨で睦み合った後の殺生丸が、機嫌が悪かったことなど一度もない。
いつもは、寝起きのりんに、砂糖菓子のように甘い口づけが、何度も何度も落ちてくる。
甘くて優しくて、本当に砂糖菓子のように溶けてしまいそうで、りんはいつもくすくすと
笑ってしまう。・・・りんが一番、幸福な時間。
・・・・それなのに、今日は、そうじゃない。
 
いつもと違う理由なんて、たった一つだけだ。
さっき、りんは自分から、そういう行為に殺生丸を誘った。 
それが、殺生丸さまを不愉快にさせてしまったのかもしれない。
りんを・・・軽蔑してしまったかもしれない。
妖の妖力が極端に落ちているときには、こういう行為が逆に力を与えるのだと、御母堂さまの宮で
学んだが、それがこんなに殺生丸さまを不愉快にさせるとは思わなかった。
 
「・・・・・あの、殺生丸さま・・・・」
 
泣きそうになっているりんの表情に気づき、殺生丸は柳眉をひそめた。
 
「・・・・・どうした」
 
「・・・・あの・・・嫌、だった・・?」
 
「・・・?」
 
「・・・あの、さっきは、りん・・・殺生丸さまに・・あんなこと・・・・」
 
「―――・・・」
 
殺生丸は、言葉に詰まった。
りんが何を言おうとしているのかくらい、さすがの朴念仁でも分かる。
 
「・・・・りんが殺生丸さまの為に出来ることなんて、ほとんどないから。 だから、御母堂さまの
 宮で、殺生丸さまに出来ることはないか、色々と教えてもらっていたの。 あ、あの・・・・・
 さっきの、殺生丸さまを気持ちよくさせてあげようとしたのも、そうだったんだけど・・・」
 
りんは、何だか、どんどん悲しくなってしまう。
さっき、殺生丸さまは、気持ちよくなってくれたような気がしたのに。
それも、全部、りんの勘違いだったのかもしれない。
そう思うと、思わずぽろぽろと涙がこぼれてしまった。
本当に、りんは役立たず。
 
「・・・・ごめんなさ・・・い・・・りんのこと、嫌いになった・・・?」
 
泣き出してしまったりんに、殺生丸はため息をつきたくなった。
こんなに近くにいるのに、りんに勘違いさせてしまうのは、どうしてだろう。
殺生丸がりんのことを嫌うことなど、ありえない。
 
「・・・・・泣くな、りん」
 
「・・・・・だって・・・」
 
「・・・それは、お前の勘違いだ」
 
「・・・え・・?」
 
涙を浮かべたまま、目をぱちくり、とさせたりんに、殺生丸は今度こそ、ため息をついた。
・・・そう、勘違いだ。 この上なく気持ちよかったからこそ、今、殺生丸は悩まされている。
 
「・・・・気になって・・・いるだけだ」
 
「・・・何が?」
 
言いよどむ殺生丸に、りんは真正面から問い返す。
殺生丸は、小さくため息をついた。
知りたくない、という僅かな思いは、この際、断ち切ることにする。
りんに、この口技を仕込んだ相手。
 
「・・・お前に、さきほどのやり方を教えたのは、誰だ。 母上の宮には、その筋の専門が常に
  控えているはずだ。 名を教えろ 」
 
そいつを殺しにいく、という言葉は、りんが必死になって庇うだろうから飲み込んだ。
 
殺生丸は、自分が生まれ育った宮に、淫妖、と呼ばれる妖が数匹、配下として暮らしていたことを
覚えている。使いようによっては、奴らもかなり役に立つ。
恐らくりんは、奴らにあの口技を学んだのだろう。
りんが奴らに教えを請えば、主君に対するように、奴らもその願いに答えるだろう。
たとえ人間の身の上であっても、りんは殺生丸の愛妃であることに間違いないし、今や、あの宮の
誰もが知る、母上の一番のお気に入りだ。
 
だが、淫妖は、大概が両性だ。 つまり、男性器も女性器も備えている妖がほとんど。
もしも奴らが、一度でも、りんのこの口を使い、己のモノで欲望を満たしたのだとしたら。
 
(・・・・・・殺すだけでは、足りんぞ)
 
世界の果てまで追ってでも、八つ裂きにしてくれる。 ありとあらゆる苦しみを与えて。
・・・・りんにこんなことをさせた母上とて、同じだ。
 
傍らで渦巻く激しい悋気にも全く気づかず、りんはきょとんとした顔で、殺生丸の問いに
あっさり答えた。
 
「んとね、「いんきゅばす」さまだよ? 」
 
「インキュバス・・・だと?」
 
「殺生丸さまも、昔、色々と教えてもらったんでしょう? あんな綺麗な女の人に色々教えて
 もらったなんて、りん、少し妬いちゃった」
 
「・・・・・・・・」
 
数百年ぶりに聞いた名に、殺生丸は思わず、がくり、と顔が前に傾くのを禁じえなかった。
己の、かつての性教育係ではないか。
思わず、力が抜けてしまった。 インキュバス・・・。
 
「・・・・あれは確か今、外国(とつくに)にいるはずだが・・・」
 
「 うん、久しぶりに御母堂さまを訪ねてこられたんだって」
 
「・・・・」
 
殺生丸の中に、悪夢のような記憶が蘇ってくる。
 
インキュバスは西洋の淫魔である。
通常、男の姿をとっているものをインキュバス、女の姿をとっているものをサキュバスと呼ぶ。
だが、あの宮にいるとすれば、それは間違いなくインキュバスだ。
見た目どうこうではない。中身が、そうなのだ。
ヨ―ロッパに淫魔は数え切れぬほど多くいるが、殺生丸が少年の頃に教育を受けたインキュバスは、
数いる淫魔の中でも、かなりの高級位の悪魔だった。
下位の淫魔と違い、奴が相手にするのは神々だけ。 人間など見向きもしない、ずいぶんと気位の
高い淫魔。
 
なぜ、西洋の悪魔インキュバスが、殺生丸の性教育係になんぞ、納まっていたのか。
 
・・・・原因は、闘牙王にある。
 
そのインキュバス、たまたま外国(とつくに)を訪れていた闘牙王に一目惚れをし、挙げ句、この国まで
闘牙王にくっついてきてしまったのである。
来るもの拒まず、去るもの追わずといった豪放磊落な性格のせいで、闘牙王の周囲には、常に彼を慕う
多くの妖たちがたむろしていたから、闘牙王自身にとっては、そこに西洋の悪魔が一匹増えただけのこと。

 ただ、殺生丸にとっては、これが災難のはじまりだった。
当時、殺生丸はまだ、女を知らぬ少年だったのだが、闘牙王は、押し掛け女房よろしく天空の宮まで
やってきたインキュバスに、なんと、殺生丸の性教育係を任命したのである。
 曰く、「そなたが教育係なら、殺生丸も初めての相手に余計な思い入れを抱かずにすむであろう?」
・・・ 子煩悩もここまでくると、単なる心配性である。
闘牙王に抱かれたいが為にこの国まで追っかけてきたインキュバスは、押しつけられた仕事にずいぶん
憤慨したが、闘牙王から
 「殺生丸の師匠を無事に務めあげられたら、いつか気が向いたら、抱いてやってもいい」
 と言われて、ほくほく顔で教師役に就任することとなった。
これが、インキュバスと闘牙王の契約である。
悪魔は、一度己の主人と決めた相手には、絶対に逆らわない。
 
闘牙王がこの世を去り、インキュバスは主の死に慟哭しながら、あの宮から去った。
それ以来、殺生丸はインキュバスを見ていない。
 
傍らの妖のゲンナリした表情にも気付かず、りんは、うっとりとした表情で言う。
 
「・・・素敵な髪の色と、目の色をしてて、すっごく綺麗だった・・・・。あんな綺麗な女の人、
  会ったの初めてだったよ。でもね、教えて下さる時は、とっても厳しいんだよ」
 
「・・・・女・・・」
 
ため息しかでない。
インキュバスは、相手に合わせて姿を変える。
むしろ、相手の望む姿でしか、現れないのだ。
りんが女の姿を見たというならば、それは、りんが女性の教育係を望んでいた、ということに他ならない。 
 
「・・・・あれは一応、中身は男だぞ・・・・」
 
「ええええっ?!」
 
「・・・お前には、指一本触れなかっただろう」
 
「そ、そういえば」
 
悪魔は、一度契約を交わした相手を、絶対に裏切れない。
闘牙王が死してなお、その契約が切れていない以上、契約の対象となっている殺生丸に逆らうような
行為は、インキュバスは絶対にできないはずだ。
 
「 で、でも、胸もあったし・・・あんなに綺麗だったのに?!」
 
「・・・・おまえが、女に習いたいと願ったからだろう。 あれの本当の姿は、誰も知らん。
  中身が男であるのは、間違いないがな 」
 
「 本当に・・・?! 」
 
インキュバスの本当の姿と名前は、誰も知らない。
それが、インキュバスという悪魔のありようなのだ。
闘牙王が、殺生丸の性教育係に任命した理由も、そこにあった。
当時、女にあまり興味の無かった殺生丸に、インキュバスは毎晩違う女性の姿で教育係を務めた。
結局、殺生丸の中に、理想の女性の姿が確定していなかったということなのだろう。
確かに、閨の中での知識を得るだけなら、それで十分だった。 
闘牙王の言うとおり、思い入れなど、持ちようがない。
 
それでも、殺生丸にとってはかなり強烈で嫌な記憶であることには間違いない。
インキュバスは、殺生丸の寝室に、男性の姿で現れたこともある。
さすがの殺生丸も、その相手だけは全力で拒否した。
 「西洋の神々は、同姓の愛を至高の存在とお考えなのですがねぇ・・・。 殺生丸さまの意識の
 奥底にも、それは可能性としてあるはずですが・・・」
 と、心底残念そうにぶつぶつ言っていた。 
そもそも、奴が闘牙王を追っかけてきたのも、そういう理屈だ。
 
りんがあれの教育を受けたのならば、十日間の拘束も分からなくはない。
なんせ、インキュバスは、仕事に関してはやたら職人気質で、一切の妥協を許さない。
かつての殺生丸も、毎晩毎晩、どれだけダメ出しされたことか。
腹が立って何度殺しても、次の日の晩にはケロッとした顔で現れる。
闘牙王と契約を結んだインキュバスは、闘牙王にしか殺せず、殺生丸は結局、1ヶ月かけてその講義を
完了させることで、ようやくインキュバスから解放された。
二度と思い出したくない、魔の一ヶ月。
 
その後、約束を果たしたインキュバスと闘牙王がどうなったかは誰も知らないが、いつまでも
宮に残っていたことを考えれば、闘牙王は恐らく逃げ回っていたに違いない。
殺生丸が知る限り、己の父親には男色の気は無かったように思う。
契約の代償は、「いつか気が向いたら抱いてやる」なのだから、仕方あるまい。
 
・・・・それよりも。
殺生丸は、りんの顎をつかんで上向かせ、りんの目をのぞき込んだ。
 
「・・・・インキュバスは、何を使ってお前に教えた?」
 
殺生丸は、自分以外のモノがりんの口を蹂躙するなぞ、絶対に許すつもりはない。
かつての師であろうが、己が母であろうが、事と次第によってはただではおかない。
一体、なにを使って教えこんだのだ。
だが、りんは、きょとんとした顔で答えた。
 
「 んとね、「 ばなな 」 だよ。 一番、形が似てるからって、いんきゅばすさまが・・・。 
  りん、初めて食べたけど、甘くて美味しかったなぁ・・・。うちの庭にも植えられないかなあ。
  十日間食べ続けたけど、ぜんぜん飽きなかったよ」
 
先ほどの淫らな姿が嘘のような、色気より食い気のりんの健やかな笑顔。
まあ、見慣れた笑顔ではあるが、脱力して、もはや何も言葉が出ない。
温室栽培でもなんでも、やりたければやるがいい。
 
「・・・・好きにしろ」
 
りんの顎を放し、なかば投げやりにそう言うと、りんは顔を輝かした。
 
「 ほんと?! じゃあ、また御母堂さまのところに、種を貰いにいかなきゃ」
 
なんでそうなる。
殺生丸は、大きくため息をついた。
 
「・・・・やっぱり、ダメだ」
 
「え―、でも・・・」
 
「・・・・・ダメと言ったら、ダメだ」
 
殺生丸は、りんを腕の中にかき寄せると、ぎゅう、と抱きしめておでこに口づけた。
やっとりんに落ちてきた、甘い甘い、砂糖菓子。
 
「・・・・・もう、十分だ」
 
りんは、首をかしげて殺生丸を見上げた。
 
「・・・・・殺生丸さま・・・?」
 
「・・・・そのままのお前で、いい」
 
「――――・・・・」
 
 
 
「 ・・・だから、傍に・・・いてくれ」
 
 
 
りんは、目を見開いた。
 
甘い、甘い、砂糖菓子。
小さな、小さな、奇跡の集合体。
 
それは、絶対に聞くことはないと思っていた、りんが一番欲しかった言葉。
 
 
「―――――――・・・うん。・・・・うん」
 
 
 
深く、深く、息を吸った。
 
・・・・どうか、どうか、この幸せが、りんの中から、永遠に消えませんように。

・・・・・・溢れ出す涙で、消えてしまいませんように。

 

「・・・・・・そばに・・・・いる・・・ね」

 


ぎゅう、と抱きしめられた胸の中で、りんは誓う。


・・・そう。

・・・・・りんは、ずっと、そばにいる。 あなたが望み、欲しいと、願ってくれるなら――――― 。



  
 
 
 
 


あなたが望み、欲しいと願っているものを・・・・・・終
 






 
********************************
 
 


 
 
オマケ
 
 
 
 
 
 
 
 
「な・・・っ、では、殺生丸さまはこの数日の間に、死ぬかもしれなかったと?!」
 

インキュバスは、紅茶を噴きそうになった。

「ああ、そうじゃ」
 
「なんと・・・相変わらず人が悪いな、三日月の君」
 
天空の宮の、蓬莱の庭。
真っ白な玉砂利に、翡翠色の池、咲き乱れる伝説の草花。
その真ん中で、舶来の紅茶を飲む二人の大妖。
 
一人はこの宮の主であり、一人は遠くヨ―ロッパから訪れた悪魔である。
 
「 しかし、ああでもせねば、そなたの講義は台無しじゃったぞ?  わらわを殺してでも小娘を
 取り戻そうとしておったのだからな。 我ながら、よう「十束剣」のことなど思い出したものじゃ。
   しかし、我が息子とは思えぬほど、単純じゃったの」
 
「殺生丸さまのご性格はよく存じておりますよ。 お父上のこととなると、すぐにムキになる。
 かつて私がお教えした際も、「 閨で女も抱けぬようでは、これはもう、絶対に闘牙王さまを越える
 ことはできませんなぁ 」 と申し上げれば、意地になって私の講義もこなされましたものねえ・・・。 
 しかし、本当にあの「りん」という少女、実に筋がよかったですよ。 殺生丸さまもお幸せでしょうな。
 アナタへの土産のバナナは、すっかり食べ尽くされてしまいましたけどねぇ。 わざわざ、アフリカ
 まで赴いて手に入れたのに」
 
「・・・・お前が殺生丸の姿に化けて教えようとしたら、さすがに止めねばと思うたがの」
 
「 あの少女が望んだのですよ。 もっと自分よりも美しく、性において知識のある「女性」に
  習いたい、とね。 ですから、愛と性の女神アフロディテに化けることにいたしました。
  男の体のことは、男に聞かねば分からないのに・・・全く、純粋なお嬢さんでしたね」
 
「 お前の教えた手管を小娘が使うとすれば、あいつが死にかけている時くらいじゃ。 今頃、
  役に立っているであろ。 妖力がカラッポの時は、ああいう精力が一番効くからな。
  ・・・・それよりも、インキュバスよ」
 
同じく、紅茶をすすりながら、御母堂はちらり、と前に座る相手を見つめた。
 
「・・・・なんで、その姿なのだ?」
 
「なんでと申されましてもね。 相手の望む姿で現れるのが、我が定め、我がディスティニ―ですよ」
 
「だったら、もっとピチピチした若い男がよいのじゃが」
 
「嘘をおつきなさい。 ・・・あなたはまだ、この人を愛しているんですよ。私と同じようにね」
 
「ふん、その顔で言われたくはないわ」
 
向かい合って茶を飲んでいるのは、在りし日の闘牙王と御母堂である。
むろん、この闘牙王こそが、インキュバスなのだが。
 
「・・・・私は、結局この人に抱いてはもらえませんでしたからね・・・忘れようにも、忘れられませんよ。
 全く、酷い人でしたよ。 悪魔と契約を結びながら、報酬は与えず、契約もそのままにあの世に
 行ってしまったんですからね」
 
「ふん、押し掛け女房が、何をいう」
 
「 正妻だからって威張らないでくださいよ。 そもそも、私がやってきたときに、面白そうだから
 ここにいても構わんと仰ったのは、アナタじゃありませんか」
 
「・・・・で、お前はその恋敵に、慰めを求めにきているわけか?」
 
闘牙王は、おもむろに手鏡を取り出し、自分の顔を映しだして、うっとりとした。
 
「ええ、そうですよ。 悪いですか?  闘牙王さまがお亡くなりになって、早300年。今でも闘牙王
 さまをしつこく想い続けているのは、あなたと私くらいのものですよ。私は、相手が望む姿にしか
 なれないんです。真実、あの方を想う相手の前でしか、この姿にはなれない。今や、あなたに会わねば
 このインキュバスの力をもってしても、闘牙王さまには会えないんですよ。 別に僕は、あなたには
 会いたかありませんけどね、僕にとっては恋敵ですから。 ああ、やっぱり素敵ですねえ、闘牙王さま
 は・・・・」
 
闘牙王が、鏡で自分の姿を見て、うっとりしている。
今度は、御母堂が紅茶を噴きそうになった。
 
「やめろ、気色悪い」
 
どうしても闘牙王に会いたくなると、数十年に一度、インキュバスはこの宮にやってくる。
かつての恋敵の前に身を晒し、闘牙王の姿を得ては、己の姿を鏡に映してうっとりして、満足したら
またヨ―ロッパへ帰っていく。
・・・御母堂の宮を訪れる、珍客中の珍客である。
 
「・・・あなただって、本当は僕が訪ねてくるのが嬉しいんでしょう、三日月の君。 動く闘牙王さまに
 会えるのは、僕が来たときだけですものね」
 
「ふん、阿呆なことを言うな。 偽物でオカマの闘牙なんぞ、見たくもないわ」
 
そう言いながらも、御母堂がこの変な悪魔が遊びに来るのを拒んだことは一度もない。
己の中の闘牙王の姿は、たとえ偽物でも、出会った頃の姿のまま。
それを確認できるだけでも、暇つぶしにはもってこいだ。
正直、オカマ言葉の闘牙王は気持ち悪いが。
 
「ああもう、これだから嫌なんですよ。 正妻だか何だか知りませんが、あの人の子供を産んだだけで、
 余裕ぶるの、やめてくれます?! 私なんて、鏡越しに見るだけ満足してるって言うのに・・・!
 よし、たった今、決めました。 あなただけは絶対に、この姿で抱いてあげませんからね!!」
 
「こちらから願い下げじゃ、この変態悪魔が!」
 
 
大切なものを失った同士、罵りあいながら庭で紅茶を飲む。
数十年に一度の、大妖怪と悪魔の暇つぶし。
 
毎度毎度、律儀にインキュバスは最高級の紅茶や菓子を手みやげに持ってくる。
これが結構、美味い。
闘牙王が亡くなって、早300年。
 
・・・次の暇つぶしは、さて、いつになることやら。
 
 
 
 
 

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