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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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すべてのものは、我に帰す

 


 


「―――― 殺生丸さま」


なぜかは分からんかった。
ただ、ただ、涙が溢れて止まらんかった。


何もかもが、消えていった。
今まで必死に生きてきた人生の、何もかもが。


ワシは、ようやく己のいるべき場所を思い出したのだった。


 


 


 


 

すべてのものは我に帰す

 


 


 


 


・・・まったく、不思議なもんじゃのう。


あの日を境に、まるで体の中の細胞がすべて入れ替わってしもうたような気がする。
自分のことも、ワシ、なんて呼ぶようになってなあ。
言っておくが、ワシ、などという一人称は、いまだかつて一度も使ったことはなかったんじゃぞ。
ごくごく普通の会社員じゃったのじゃからな。当然、一人称は「私(わたし)」じゃった。
なのに、今では「ワシ」が一番しっくりくるのだから、ほんに、不思議なもんじゃ。


あの日までワシは、とある大手の製薬企業に勤めておった。


といっても、実のところ薬にはあまり詳しくはない。
ワシの所属は、入社から一貫して総務部じゃったからの。
定年まであと2年というところになって、ようやく秘書室長になった。
まあ、順調な会社員人生じゃったように思っておったわ。


そう、あの日までは、の。


その日は、秘書室は天地がひっくり返ったかのような忙しさじゃった。
なにせ突然、明日から会社の名前が変わってしまうことになったのじゃ。


我社に降りかかった災難は、M&Aじゃ。
攻撃的買収、とも言う。
ある日突然、会社の株式を2/3以上を買い占められて経営権を他社に奪われ、経営陣は刷新されてしまう。
いわゆる『乗っ取り』というヤツじゃな。


うちの会社は、一族経営の100年近い歴史がある老舗企業じゃった。
じゃが、このM&Aで一夜にして経営陣が変わり、社名まで変わることになってしもうた。
まあ、会社設立以来のハプニングじゃったわけじゃ。


我が社がこんなことになってしまったのにはいくつか理由がある。
一つは、名の通った『一部上場企業』になるために、資金に困っていたわけでもないのに無駄に株を上場してしまったこと。
○ントリーみたいに非上場にしておけば、こんなことにはならなかったのにのう。
あとは、経営陣の後継者問題じゃ。この後継者問題は、実に厄介じゃった。
一族経営じゃから、どうしても相続争いの様相を呈してしまうんじゃな。
良識ある社員がどれだけいても、自分の首と引き換えに経営陣を止める正義漢はおらんわい。
結局、歯止めのきかなくなった役員同士で骨肉の親族争いがくり広げられてしもうた。
買収に裏切りなんぞまだ可愛いもんで、口封じで命を落としたものもいるらしい。真実は闇の中じゃ。


そして間の悪いことに、これが週刊誌にすっぱ抜かれてしもうた。
おかげで我が社の株は急激に下落し、これが以前からM&Aを狙っておった奴らにとっては、決め手になってしまった。
それもまあ、一言で言ってしまえば経営者一族の中に、優秀な後継者がおらんかったわけじゃ。
やすやすとM&Aを許してしまったことが、その証明じゃのう。


一社員のワシだって、会社が株を上場しておる以上、こういうことはリスクとして認識しておかねばならんはずじゃったのじゃ。じゃが、世間で騒がれるM&Aのニュースをいつも他人事のように見ておった。


ああ、じゃが、こんなことが本当に我が身に降りかかろうとは。
しかも、しかもじゃぞ。
念願の秘書室長に任命されて、たったの三日で!


新しいCEOとやらがやってくるというので、秘書課のワシらは朝からてんてこまいじゃった。
経営陣が刷新されるというのに、買収される側のこちらには全く相手方の人事資料が降りてこない。いったい誰が新しい上司になるのか、検討もつかん。
嘘か本当かも分からん噂話によると、新しいCEOは外国人というじゃないか。
いつぞやの缶コーヒーのCMが脳裏にちらついたが、わしゃ英語は苦手なんじゃ。
英語だけじゃない。とにかく、外国語はからっきしダメ。
秘書課の中で何とか生き残ってこれたのは、取引先がすべて国内で完結する会社だったからじゃぞ。
あとはお得意の、ゴマすりとお偉いさんの行動の先読みじゃ。
言葉に出さずとも、上司の一挙一動ですべてを察する。これぞ、秘書の神髄よ。
じゃがのう、これが外国人となると話は別じゃ。
彼らは必要以上にハッキリとものを言わんと伝わらん。これが、奥ゆかしい日本人との違いじゃな。
それ以前に英会話なんて、どう足掻いても、今更無理じゃわい。
定年間近のワシにそんなことを求められても困る!
じゃが、じゃが、せっかく室長まで登りつめたこの地位がなくなるのはもっと困る!!


いっそ、意地悪してCEOを退陣させてしまうというのはどうじゃ。
かつて、派閥争いの時にはワシは先頭をきってその争いに参加したもんじゃがのう。外国人CEOには通じるかのう。むしろ、こっちが辞めさせられたりするかもしれん。
いつも見とれていた秘書課の新入社員の美脚も、全く目に入らん。
いったい、ワシは今後どういう路線でこの会社で生きていけばいいんじゃ。


あああああ、困ったわい。
わしがモンモンと今後の社内人事について頭を巡らせている間にも、ホールには経営権譲渡の調印式の準備が整っていく。


ああ・・・むこうで干からびたワカメみたいになっている現CEO奈落さまの姿が見える。
ずいぶん悪どいことにも平気で手を染める人じゃったが、今回ばかりはお手上げのようじゃな。


奈落さまは、自分の分身のような社員を見つけては経営陣へ引き上げようとしていたが、結局、選ばれた社員は全員その才能を潰されてしもうた。あの社員たちは哀れじゃったのう・・・。
会長のお孫さんの桔梗さまにもずいぶん付きまとっておったが、結局こっぴどく振られたという話じゃったし。
だいたい、そんなことをしておるからM&Aなんちゅう事態を引き起こしてしまったんじゃ。自業自得じゃの。
ああしかし、ワシも退職したあとはもう一回再雇用して貰おうなんて思っておったんじゃがのう・・・。なんせ、ワシには家族がおらん。仕事にすべてを捧げて、嫁も貰わずじまいじゃった。
仕事がなくなったら、ワシはどうやって毎日を過ごしたらいいんじゃ。


ああ、いつの間にか、ホールに調印式の準備が整ったようじゃ。


買収側の経営陣が入場してきたらしい。
ワシは会場の後ろにおったので人だかりで見えなんだが、前の方にいる女子社員の全員が、なぜか息をのんだ。
何やら、張りつめた空気が伝わってくる。


これが新しいCEOのオーラっちゅうやつか?
干からびたワカメのような現CEOの奈落さまが、あんぐりと口をあけているのが見える。


ちょいと、前へ割り込んで新しいCEOを見てみるかの。
ワシは小さくて細いゆえ、こういう時は便利じゃ。おなごにはモテんがの。


黒尽くめのスーツに身を包んだ二人のボディガードに先導されて、新しいCEOが入ってくる。
ようやくCEOが見えそうになったところで、女子社員たちが前へ前へと出てきてまた前が見えなくなってしもうた。
さながら込み合ったバスの車内のような会場の中を、ワシは更に前へ前へとすり抜けてゆく。


途中、割れるような拍手と女子社員の悲鳴のような歓声が沸いた。
会場に異様な興奮した空気が満ちておる。どうやら、あっさりと調印が済んでしまったらしい。 


しかし、変じゃなあ。M&Aにずいぶんと憤慨しておった社員もおったようじゃがのう。
この場にはもはや、そんな空気は微塵もない。


そして、なんじゃ?
女子社員が全員、アイドルのコンサートに来ているような表情になっておるが。


最前列まで近づいたところで、急に人の密度が濃くなって、ワシは押しつぶされそうになってきた。
どうしたどうした、皆。
なんでそんなに前に詰め寄っておるんじゃ。


その時、ヴン、とマイクの入る音がした。


「私は、新しいCEOの秘書のアリュウともうします。CEOはまだ日本語に不慣れでございますので、社員の皆さまへの挨拶を、代読させていただきます」


えっ!!
ワシは激しい衝撃に、言葉を失った。
CEOの秘書?!秘書業務はもしかして、これから乗っ取り側の秘書が努めるのか?!
ワ、ワ、ワシの立場はどうなるんじゃ!!秘書室長の地位は!?
あ、でも、外国語が分からんかったら、秘書なんて無理なのか・・・。
アリュウって、変な名前じゃの。外国人か?!くっそー、人の仕事を取りおって!!!


ワシは怒りにまかせて渾身の力で、人混みをかき分けて再前列に躍り出た。
さっきの黒尽くめのボディーガードがマイクを持って喋っておる。
あいつが、アリュウとかいう秘書か。
二人おったが、二人とも秘書か? ワシはギロリと二人の黒尽くめを見比べて、あり?と思った。
なんじゃ。二人ともソックリじゃないか。双子か? 双子で秘書だなんて、変わっとるの。見た目は日本人みたいじゃが、英語ペラペラなんかのう。くっそー、若いのう。


その時、じゃ。


ワシは、何やら強烈に冷たい目線に睨みつけられている気配に気が付いた。
なんじゃろう。
背筋が凍るような眼差しじゃが、な、な、何じゃろう。怖い。ものすごく、怖い。


なにやら、頭上からその気配は感じるんじゃが、今ワシは最前線にいるわけじゃから、壇上にいるのは新しいCEOとこの二人の秘書だけのはず。


どこからともなく押し寄せてくる恐怖と緊張で、まるで接着剤で固められたように、ワシの体は動かなくなってしもうた。ぎぎぎ、と音がしそうな程にカチコチになった首を、持ち上げる。


ピカピカに磨かれた革靴が目に入った。
黒尽くめの秘書のじゃない。これは多分、CEOのものじゃ。
この光沢はそんじょそこらの靴屋では絶対に手に入らん。Jon Jobbか、Edward Greenじゃなかろうか。
そして、この品の良いグレーのスーツ!素材の良さが、触らずとも分かる。これはおおかた、仕立ても含めて200万は下るまい。ダテに秘書室長やっておらんぞ。ワシは目だけは肥えておるわい。


そして、ワシの目に飛び込んできたのは、後ろで一つくくりにされた、長い長いプラチナブロンド。


「え・・・?」


女性・・・ではないはずじゃが。
ぐぎぎ、とカチコチの首をあげて、CEOの顔を見る。


「――――  !!!!」


その玲瓏な眼差し。
まるで天上の神々のような、この世のものとも思われぬ美貌。


相変わらず、秘書のアリュウが挨拶を代読している。
だが、そんなものはワシの耳には届かなかった。
なぜだか分からんが、涙があふれてくる。
手が震え、足が震える。


「・・・せ・・・殺生丸さま・・・・・・!」


ワシは、一瞬で、すべてを理解した。
ワシは・・・ワシは。


周囲の喧噪も、すべてが聞こえなくなった。
そして静寂の中で、頭の中に低い声が聞こえた。


「―――― 行くぞ、邪見」


すべてがスローモーションに見えた。
全身が、喜びに震えておった。


ワシは、ワシは―――――― この人の、従者じゃった!!!


 


「――― せ・・・殺生丸さまぁぁぁ!!!」


 


ワシは叫び、壇上のCEOへ駆け寄った。
ああ、自分が止められない。
両手を広げて、ジャンプ。


――― あ、なんじゃろう。


この、見たことのある風景。
これって、デジャヴっていうやつじゃないか?


 


「ぐえぇっ!!」


 


・・・ワシは、容赦なく、踏みつぶされた。


 


 


 


 


 


――― あんな失態を犯したにも関わらず、ワシは今、退職までのわずかな日々を、秘書室長として過ごしている。


新しい部下となった阿龍(アリュウ)と吽龍(ウンリュウ)は、あの阿吽であることは、もう言うまでもあるまい。阿吽は、なんと阿と吽それぞれが人型をとれるまでに、龍としての格を上げたらしい。
まあ、もともとは一匹じゃったわけじゃし、人型になってもあんまり二人が離れることはできんらしいがの。
もともと、龍は格が上がれは「龍神」という神にもなれる存在じゃ。
途中で老衰で死んでしまい、妖怪から人間に生まれ変わったワシとは大違いじゃの。
今では、日本語が喋れないという設定のCEOの代わりに大活躍じゃわい。
殺生丸さまは、相変わらず無口でいらっしゃられるからの。


ワシの任期も残り半年となった。
退職したら、ワシは昔のように殺生丸さまのお側で、できる限りのことをさせて貰いたいと思うておる。
隠居のような、隠居でないような、へんな気分じゃがの。
殺生丸さまは昔から人使いが荒いからのう。覚悟が必要じゃの。


さて、あとは『りん』が見つかれば、すべてが元通りというわけじゃ。
殺生丸さまが、わざわざ人間界へ身を置いておられるのは、すべてがその為じゃろうしの。


我らはすべて、殺生丸さまに帰す。


たとえ、輪廻の輪を超えたとしても、じゃ。


なあ、これこそが、従者のつとめであろう?
そうは思わんか?









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