あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

夜明けの最初の一秒<7>


・・・霧の中は、柔らかな白い光に包まれている。

朝の光も、昼の光も、夜の月光でさえも、この屋敷には、直接差し込むことはない。
天から届く光は、霧の結界を通して、黄泉と現世のあわいを淡く白く照らしている。








夜明けの最初の一秒<7>






絹の単に、そのしなやかな体をくるませて眠る娘を、妖は飽きることなく見つめていた。

なめらかな肌は朝の茜色に染まり、日中の白い光に染まり、途中、何度か寝返りを打った。
滑らかなその頬には、かすかに、涙の跡がある。

妖は、先ほどから、眠る娘に触れる直前まで手を伸ばしては、その手を止めている。

・・・触れては、目を覚ましてしまうだろう、と。

 

 

 

 

・・・今朝、私は朝日の茜色の光の中で、りんの蕾のような体を抱いた。


・・・さぞかし、疲れたことだろう。
昨晩は結局、りんは一睡もしていない。
眠る、という行為が大切な人間にとっては、恐らく耐えがたいものだったのだろう。
りんは、私が腕から離した途端、なかば意識を失うように眠りについてしまった。


・・・おかしなものだ。

以前は、りんが擦り傷一つ作っただけでも、わたしはとてつもなく不機嫌になっていたものだ。
りんをこの手で守ると決めたときから、その身体に傷を作ったり血が流れたりすることに、
私は今までに味わったことのない不快感を感じるようになった。


・・・その私が、この手でりんから血を流したのだ。

破瓜の血とはいえ、りんの身体を傷つけ血を流したことに変わりはない。
たとえそれが、りんが望んだことだったのだとしても。

・・・何かを傷つけることに恐怖を感じたのは、初めてだった。

あんなに細いくせに柔らかなりんの身体は、
抱き締めると、ほろりと崩れてしまいそうで、
私はずいぶんと困惑しながらその身体を抱いた。

愛おしくて愛おしくて、力いっぱいこの手で抱き締めたい。
だが、そんなことは恐ろしくて出来ぬ。
・・・不条理なものだ。
そんなことをすれば、お前は一瞬でその命を失ってしまう。


・・・甘やかなりんの吐息。
初めて知る、その甘やかな声。


りんの髪に口づけを落としながら、何故かふと、馬を駆っていた人間の男を思い出した。

・・・同じ人間の男なら、力いっぱい愛しい者をその腕の中に抱き締めたとしても、
その力のあまり、締め殺してしまうことはあるまい。
同族のみに許される特権やもしれぬな。
・・・私には、それは叶わぬ。

あの男も、望んでいたのだろうか・・・?
こうやって、りんをその腕の中に抱くことを。
その身体に、歓楽を求めようと。
・・・りんに己の子を、宿したい、と。

伴侶として求めるということは、そうなのだろう。
何時の間にか、りんもそういう年頃になっていたということだ。

・・・りんは、男たちにそういう目で見られていたことに、気がついていたのだろうか・・・?


ふと、そう思ってしまったことで、どうにも歯止めが利かなくなってしまった。


・・・りんは、さぞかし疲れただろう。

 

今まで、いったいどれだけの命を屠ってきたことか。
奪う命を数えたことなどないし、かつての私はそれが命だと認識していたかすら、危うい。
目の前の道を行くのに、邪魔だと思えば、簡単に殺した。
人間など、塵芥のようなものだった。

・・・りん、という命と出会うまでは。


朝焼けの光の中、りんが眠りについてしまった後も、
目の前のこの命が愛おしくて、ただひたすらに茜色に染まるりんを見つめていた。
やがて、日が高くなり、光が白くまぶしいものに変わっても。

・・・不思議だ。
どんなに見ていても、見飽きることがなかった。


・・・触れるとりんが目を覚ましてしまうだろうと、触れるのは、我慢することにした。
我慢しているのだ、この私が。
・・・久しく取ったことのない行動に、思わず、苦笑してしまう。

 

・・・昨晩はさんざん、りんを泣かせてしまった。
あの娘が何を望んでいるかなど、分かりきっているのに、だ。

それなのに、敢えて「選べ」と、私は言った。

「なんでそんなことを言うの?!」と、りんは泣きながら私を詰った。
・・・確かにりんの言うとおりだ。
「分かってるくせに、どうしてそんなことを言うの?」と、
おまえは、そう言いたかったのだろう・・・?


・・・そうだな。
そこへ踏み込むことを、恐れていたのは・・・私の方だ。

りんは恐れることなく、その蕾のような身体を自ら私へと預けた。

あれが幼い頃から私へ向けてきた、絶対的な信頼。
「殺生丸さまと一緒なら、りんは、何も怖くない」と、幼い頃はよく、そう口にしていたが・・・。

・・・久しぶりに、そう言われているような気がした。

 

 

・・・私は、失うことに、慣れていない・・・。

 


りんの蕾のような身体を抱きながらも、私はずっとその恐怖に抗っていた。

りんは、必死に押さえていた。
・・・痛みに喘ぐ声を。

それに気づいても、私は腕の中のりんを離せなかった。
狂おしいほど愛おしくて、もう一秒たりとも腕の中から離したくはなかった。
・・・恐怖を感じながらも、だ。

腕の中でりんが痛みに耐える度、
その痛みがおまえを損なうのではないかと、私は何度も不安に襲われた。

りんは痛みに耐えながら、何度も言った。

「・・・呼んで・・・」と。

・・・何度も、何度も。

「・・・りんを、呼んで」と。

まるで、私が名を呼べば、破瓜の痛みが消えるかのように。

名を呼ぶくらい、いくらでも呼んでやる。
・・・そう、おまえが望むなら。

 


私は、・・・大切なものを失うことに、慣れていない。

 

 

・・・私が今まで心の底から欲したものなど、数えるほどしかないのだが。


父の遺した鉄砕牙。
何者にも負けぬ力。

・・・そして、りんだ。


たった一つの愛しい命を包む器が、その脆い身体なのだとすれば、
どうしてこの手で、りんの身体を傷つけることができよう。

・・・たとえそれが、りんの望みであったとしてもだ。


額にのばし、思わず触れそうになった指を、かろうじて直前で止めた。

・・・触れてはなるまい。

りんが、目を覚ましてしまう。
人間は、眠ることで様々なことを癒す生き物だ。

私がその身体に刻んだ傷を癒しているのならば・・・。

・・・おまえに触れたいことくらい、我慢するとしよう・・・。

 

 

伸ばした指を宙に漂わせたまま、私はまた、りんを見つめる。

 


この霧の舘は、代々、狗神の一族の中でもほんの一握りの妖に伝わる場所だ。

・・・父上や私のように、強すぎる毒を生まれ持った者のみに伝えられる。
毒の強さと、妖としての力の強大さは、ほぼ比例しているから、
必然的に一族でも生粋の狗妖怪、強い妖にしか、伝えられることはない。
要は、子を成す際に、毒が強すぎて相手が死んでしまうほど強い毒の持ち主、ということだ。


この場所は、秋津島(=この国)がまだその形定まらず、混沌の中に沈んでいた頃のなごり。
黄泉と現実(うつしよ)との隙間にある場所だ。
私とりんは現世から来たが、当然、このあわいは黄泉にも繋がっている。
放っておけば、そこから黄泉の悪鬼どもがどんどん現世へと這い出して来てしまう。
それを封じたのが、わが先祖だ。
強い結界を張り、一族の中でも一握りの強い妖力の持ち主しか入れぬように呪を掛けた。

そして、万に一つ、封印を破ろうとするものが黄泉より現れた時の為に、
一族でも有数の力を持つ妖が、ここを守ることを定められた。

今、それを勤めているのが、霧姫だ。

その結界の一部に、この霧の舘が存在している。

先祖は、悪鬼を封じ結界を張った際、目の前で死者の国から湧きだしている泉が、
この場所で不思議な力を湛えていることに気がついた。

黄泉の世界のものは、現世では生きられぬ。
逆もまた、しかり。
それは、この世界が生まれたときに、目に見えぬ尊き神々が定めた理だ。

だが、禍々しいはずの黄泉の死の穢れが、目の前の黄泉より湧きだす泉には感じられない。
泉から溢れた水は川となり、そのままあわいから現世へと流れてゆくが、
現世へ出た途端、それは命を育む美しい清流となっていた。

先祖は、この水はあわいにあるときのみ、
その性質に生と死を共に合わせ持っているのだと気がついた。

子を成そうとする度に、相手がその毒に耐えられずに死んでしまっていた先祖は、
その霊泉の性質を見極めるために、愛していた妖と、その泉の中で契ったといわれている。

・・・儚く弱い妖だった相手の女妖は、先祖の子を宿すことができたのだという。

そして、一族でも有数の毒を持つ妖のみに、この場所は口伝されることとなった。

「弱く儚きものを愛するときには、使え」と。

 

 


・・・200年前。

父上も、私と同じような気持ちで、ここで過ごされたのだろうか・・・。

竜骨精との決死の戦の直前、これが最後の逢瀬になるかもしれぬと、十六夜を連れてきたと。
200年前のあの日、そう霧姫は言っていたが。

たしか、竜骨精との戦いは一度の決戦で勝負がついたわけではなかったはずだ。
ようやく最後に封印できたのは、たしか4度めの決戦だったと聞いている。


そして、瀕死の傷だらけの身体で、父上は行かれたのだ。

愛する人間を守るために。
・・・生まれようとしている子を護るために。

その頃の私には、到底理解できなかった。
その行動を、愚の骨頂としか思えなかった。

・・・仕方のないことだ。
あの頃の私は、愛しい、という感情を理解できなかった。
愛しいものが無ければ、守りたいという思いが生まれるはずもない。

・・・哀しみも恐れも知らぬ、子供だったのだ。


――――恐らく。

今の私は、力だけならば、もう父上を抜いている。
鉄砕牙への執着を無くし、戦いの中で、己の体の中から爆砕牙を得た。
この手で、あの刀を手にしてみて初めて分かった。
あれは、私以外には決して使えぬ刀だ。
鉄砕牙と違い、人間の為の守り刀などではない。
この世界の激しい破壊の力だけを凝縮したような刀。
私以外には、おそらく鞘から抜くことも叶わぬだろう。

だが、今、私が父上に勝るのは力だけだ。
あの人は、神籍を持つ妖だった。
・・・神だったのだ。
年を経た、深い知恵は及びようもない。


・・・されど、思う。

死ぬかもしれぬ危険な戦いを後に控え、何故、大切な人間の姫をここへ連れてきた・・・?

・・・私には、理解ができぬ。

もし戦いに負けることになれば、残された姫は、どうなる。
その手に愛しい姫を抱き、子を宿そうとしたならば、その子は誰が守る・・・?

あなたは、何を思って、愛する人間の姫をここへ連れてきたのか・・・。

 

 


スッと、音を立てずに襖が開く。

膳を持った霧姫がそっと部屋へ入ってきて、りんの側に音を立てずに膳を置いた。
膳の上には、りんの為の暖かい粥が置かれている。
ふわりと、粥の湯気があたりに漂った。

「・・・よくお眠りになっていらっしゃること」

くすくすと、笑いながらりんの顔をのぞき込むと、殺生丸の表情を見て、

「まあ、あの時の闘牙王さまのお顔と、そっくり。 やっぱり親子ですわねぇ」

と、余計な一言を言う。

「・・・・・・」

不愉快だが、りんの眠りを妨げることの方が不本意なので、黙っていることにした。

「お目覚めになられましたら、りんさまに、お勧めくださいませね。
 ・・・人は、食さねば生きてはいけぬ生き物ですゆえ」

そう言い、部屋を出ていく霧姫を、私は呼び止める。

「・・・霧姫」

「・・・何か?」

 

「・・・・いや、いい」


・・・霧姫に聞いたところで、父上の真意が分かるはずもない。
何を考え、愛しい人間の姫をここへ連れてきたかなど。

「・・・200年前のことでしょうか?」

殺生丸を見て、霧姫はくすりと笑った。

「・・・闘牙王さまは、十六夜さまが、強くそう願ったからだ、と仰られていましたわ。
 それに、待つものがいるからこそ、必ず生きて戻る、と思えるのだ・・・と」

「・・・・」

「・・・では、邪魔ものは退散いたしますわね」

くすくすと笑うと、霧姫は部屋を出ていき、襖が音もなく閉まる。

 

・・・待つものがいるからこそ。

 

分からぬわけでは、ない。

・・・私にも。

 

 

粥の湯気が、ゆらりと揺れた。

「・・・・ん・・・」

 


・・・りんが、目を開けた。

 



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