あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

医王の里<2>





絶望に打ちひしがれていた私の前に降り立った、真っ白な、巨大な化け狗。

その狗は、地面に降り立つと、人へと姿を変えた。
姿を変えることができるなど、彼は一体何者なんだろうと、私はぼんやりとした頭でそう思った。

・・・・・私の心の中は人里を失った哀しみでいっぱいだった。
数日ぶりに誰かに話しかけられても、すぐには言葉がでてこなかった。

「・・・皆・・・死んでしまった・・・」

私が言葉にできたのはそれだけで、今更ながら、涙が湧いてきた。
泣くことすらできないほど、その時の私は辛かったのだ。
言葉を交わせるものが現れたことで、哀しみを吐き出すことができたのかもしれない。

「・・・三つ目、お前は妖怪だな。人里が、好きだったのか?」

「私は、この里の人間から生まれた。 人間から生まれたのに、私は・・・やっぱり、妖なのか?
 それよりも、一体、ここで何が起きた? なぜ、皆、死んでしまったの・・・?」

泣きながら人型をした狗に聞くと、彼は膝を折って、泣く私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「黄泉の悪鬼が吐いた瘴気の中で死なずに済んでいるのだ。 お前は間違いなく、妖だよ」

「黄泉の悪鬼・・・?」

「そうだ、黄泉から這いだしてきた奴らを、私は先ほどこの手で封じてきたところだ。 このあたりの人里は、あやつらに皆、やられて
 しまった。 ・・・気の毒だったな」

「・・・あなたは、誰・・・?」

そう聞いた私を見て、その狗はわずかに微笑んで言った。

「私は、闘牙王という。そなたは?」

私は、しゃくりあげながら言った。

「人は、私を医王と呼んでいた。けど、本当の名は、イノだ」

もう、私を医王と呼ぶ者はいないだろう。
そう思うと、ますます涙がこぼれて仕方がなかった。

「・・・なるほどな。お前の名は、医王か。  何の力もないものには、つけられぬ名だな。 私には何となく分かるんだが・・・
 お前は人でありながら、母親の体内にいた時に、不思議な仙の力を授かっている。 こんなことは、滅多に無いんだがな。
 どこぞの神が、気まぐれを起こしたのだろう。 そなた、その三つ目で、何か見えるのではないか?」

一体、この狗は何者なんだろう。
どうして、そんなことが分かるんだ。
涙をこぼしながら、私は目を見開いた。

「・・・私には、病魔が見える。  そのおかげで人が訪ねてきたし、私は一人にならずにすんでいたんだ」

「そうか・・・」

闘牙王は、目を細めて人里を見渡した。
腰の刀に手をかけたが、やがてため息をついて、手を下ろした。

「・・・すまんな。 もう少し早くここにくれば、あの世の使いを切ることができたのかもしれんが・・・。 もうここには、あの世の
 使いすらいない」

「・・・・?」

「・・・私とともにくるか?」

闘牙王が、私のことを気遣ってくれているのが分かった。
よく見ると、その瞳はすごく優しかった。

・・・・岩井を、思わせる瞳だった。

私は、首を横に振った。
岩井と過ごしたあの庵を捨てることは、私にはできなかった。

「・・・行けない。・・・・ここには・・・・忘れたくないものが、たくさんあるんだ」

「・・・そうか」

闘牙王は、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「その心は、やはり長い命を持つ妖のものだな」

私は、やっと、涙を止めることができた。
心が定まると、不思議と、笑うことすらできた。

・・・私は、この地を離れることも、忘れることもできぬ妖なのだ。

そう思えた途端、色んなものが吹っ切れたような気がした。
人間でありたいという気持ちが拭えなかったからこそ、私は辛かったのだろう。

「・・・自分が妖だと、気づけてよかった。ありがとう、闘牙王。 私は、病魔が見えるだけじゃなくて、直す方法も分かるんだ。
 病で困ったときは訪ねてきてよ。 ・・・ずっと一人は、さすがに寂しいだろうから」

微笑んでそう言った私を見て、闘牙王は目を細めてうなずいた。

「そうするとしよう、医王よ」

私が立ち上がると、闘牙王も立ち上がって、もう一度私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「元気でな」

「うん、闘牙王もね」

二つに分かれた豪奢な白尾をなびかせ、闘牙王は空へと浮いた。
同じ妖でも、闘牙王はきっと、桁違いにすごい奴なんだろう。
私は、妖でも、姿を変えることも、空を飛ぶ事も出来ないのだから。

手を振った私を見て微笑むと、闘牙王は大きな狗になって、空を駆けあがって行った。



・・・・・闘牙王との出会いによって、私は、妖としての自覚が芽生え、一人の長い時間を、穏やかな気持ちで過ごすことが
できるようになった。

やがて、死に絶えた人里は緑に苔むし、天土の万象の中に、還っていった。
私は、一人で長い間、岩井や人里の人間たちとの思い出に浸り、かつて医王庵と呼ばれた山奥で、ひっそりと生き続けた。


―――――  それから、どれくらい時間が流れただろう。

山の下には、新たな人里がいくつか出来ていた。
相変わらずの寒村ばかりだ。

人の営みが再び大地に息づいているのを感じながらも、私はなかなか、人里へ降りていく気持ちにはなれなかった。
三つ目の私を見れば、人間たちが私を恐れることは分かりきっている。
それに、彼らの一生は短い。

また、悲しい思いをするのは、怖かった。

―――― そんな頃だ。
私の庵の近くの森を、一人の若い男が通りかかった。

私が高い木に上り、枝に腰掛け、そこから見える海を眺めながら岩井の残した本を読んでいた時だった。
片方に力のかかった奇妙な足音で近づいてくるので、私は気になってその人間を木の上から見てみた。
育ちのよさそうな顔立ちをした、若い男だ。
膝と腰に、黒い陰が纏わりついている。
その男の体が、幼い頃から歩きなれた体でないことは、すぐに分かった。
体を使って、働いたこともなさそうだ。
そんな男が、どうしてこんな山奥を歩いているのか、私には解せなかった。

・・・・・男は、辛そうに、足を引きずっている。

もうずいぶん前に見た、誰かの喜ぶ表情が、私の脳裏をかすめた。
・・・救ってやりたい、という、思いだ。

この三つ目の顔を見て逃げ出されたらどうしようもないが、声を掛けるだけ、掛けてみようか。
そう思って、久々に人間に声を掛けた。
久しぶりに何かをする、というのは、緊張するものだ。
私の声は、妙に甲高くなってしまった。

「・・・・無理な歩き方をするから、腰と膝に傷を負っている。 お前さえよければ、私の庵に来い。直してやろう」

木の上から私が声を掛けると、男は驚いたように、上を見た。

「・・・そなたは?」

「私は医王。病魔が見える妖だ。そなたの怪我くらいなら、直すことができる」

私は、本をたたんで懐に入れ、木の上から飛び降りた。
男の顔を正面から見るのは、少し怖かったが。

「・・・親切なのだな」

私を正面から見た男は、笑った。
・・・妖怪を目の前にして、変な男だ。

けれど、その笑顔は岩井に似ていて、私は胸が詰まった。
・・・久しぶりに言葉を交わす相手が、岩井に似ているなんて。

「こ・・・怖くないのか?」

私が聞くと、その男はまた笑った。

「私を襲うのなら、わざわざ庵まで来いとは言わないだろう? 足を怪我しているのだから、私は襲われようが食われようが、
 逃げられぬよ」

変に度胸の据わった男だ。
私は少し、呆れてしまった。

「・・・おぶされ。 庵まで運んでやろう」

私が背を向けてしゃがんでやると、男は素直に身を預けた。

「誰かにおぶってもらうなど、子供の時以来だなぁ」

そう言って、ははは、と笑った。
・・・本当に、変な男だ。

「私の住む庵の側に、岩井の出湯がある。 そこに毎日入れば、一月でこの怪我は直るだろうよ」

私がそういうと、男は、私の背中で嬉しそうな声を上げた。

「本当か?!私は出湯が大好きなのだ。ありがたいなぁ」

・・・本当に、岩井に似ている。
三つ目を恐れず、温泉が好きで、変わり者だ。
私は、嬉しくて、ほのかに切なくて、ふふふ、と笑った。

その男は、その晩、私の用意した夕餉を食べながら、名を名乗った。

「私の名は、藤原冬久(ふじわらのふゆひさ)という。 都では権威ある貴族、藤原冬忠の次男だ」

育ちがよさそうな顔をしていると思った。
都育ちの、それもお公家さまか。

「なぜ、お前のような公家がそのような格好をして、こんな山の中を歩いているのだ?」

私がそう聞くと、冬久は、私の入れた熱い茶を飲みながら、いやあ、と笑った。

「私の育った貴族の世界というのは、ずいぶんと権力争いの酷いところでね。 私は、そこで育ったくせに、どうしても
 その世界に馴染むことができなかったのだよ」

私は、目の前の明るい目の男を見て、うなずいた。
岩井とよく似た目を持つこの男には、野心というものが微塵も感じられない。
そんな男が、権力争いの渦巻く世界で生き残るのが難しいことは、仙人のような暮らしをしている私でも分かった。

「・・・・・しかし、私の母上の一族は、野心家が多くてね。 私を生んでくれたのにこんな事を言うのは申し訳ないのだが、
 私の母上も、それはそれは恐ろしい人だった。 私に、どうしても父上の後を継がせたかったのだろうなあ。
 私の上には腹違いの兄が一人いたのだが、母上はこの兄が邪魔で仕方無かった。
 刺客を放ってみたり、毒を仕込んだり、陰陽師を使って物の怪に憑かせようとしてみたり、まあ、我が母ながら、見ている
 のもおぞましいほど、本当に恐ろしかったよ。 ・・・・当然、血を分けた兄上は私を激しく憎んでいた。
 私は、たった一人の兄上と仲良くしたかったのだがね。 そんな暮らしに、いつしか私は疲れてしまったのだろうなあ。
 母上のことを、いつしか、母として愛せなくなっていたんだ。 あの屋敷にも、宮中にも、私はもはや、生きる目的を見つけ
 られなくなっていた。 ただ、私は、幼い頃から学問が好きでね。 それも、医術に関することだ。 貴族にはふさわしくない
 学問だと母などは言っていたが、いい師をつけてもらっていたから、こればかりは頑張って精進した」

私は、冬久の言葉に驚いて、目を見開いた。
思わぬ私との共通点だ。

「・・・それで?」

私が続きを促すと、冬久は、照れたように頭に手をやった。

「いや、そなたなどから見たら、なんと甘いことかと笑われるかもしれないが、野に下って、医師になりたいと思ったのだよ。
 この知識を活かして、誰かの命を救う旅に出たいと思うようになったのだ。 ・・・・しかしこのままでは、母方の一族の期待を
 一身に背負い、宮中からも、生まれ育った屋敷からすら、出ることは叶わないだろう。
 出家したところで、無理矢理にでも還俗させられることは目に見えているし、医術の道には進めない。
 私は、すべてを捨てる覚悟で・・・いや、覚悟というほどでもない、 自分でやりたくてそうしたのだから。
 ・・・私は、気が触れてしまったように装ったのだ。
 ただ、屋敷から出ていくだけなら、母上やその一族は、草の根を掻き分けてでも、私を捜し出すだろう。
 それでは、だめなのだ。 徹底的に、私に対する期待を削ぐ必要があった。
 私が思いついたのは、母上に私が気が触れてしまったと思わせることだったのだよ。
 あの家に渦巻く醜い争いで、数えきれないほどの使用人や関係するものが殺されていた。
 私が身を引くことで、それが収まるのだ。申し訳ないが、母上に対しては、もはや心も痛まなかった。
 私は、数ヶ月、気の触れた振りを続けたよ。・・・ 母上は私に物の怪が付いたと思われたのだろう。
 自分だって、兄上に対して呪いをかけようとしていたくせに、それこそ気が触れたように必死になって、僧侶や陰陽師を呼んで、
 私から物の怪を祓おうとした。
 ・・・・・・・物の怪が祓えるはずがない。 最初から、そんなもの、憑いていないのだからな。
 私が物の怪に憑かれて気が触れたという噂は屋敷から漏れ伝わり、宮中にも広がり、もう消しようがなくなっていた。
 母上も、もはや力尽きたようになった頃だ。 私は兼ねてから計画していたように、訳の分からぬことを大声で叫びながら、
 屋敷から飛び出したのだ。 ・・・もはや、誰も私を追ってはこなかった」

「・・・・すごいな」

私は、思わずそう言った。
私とは全く違う人生だが、両親がいて、生まれる環境にも恵まれていても、それでも幸せであれるとは、限らないのだ。
私は冬久に比べたらずっと酷い生まれ方をしたが、岩井が育ててくれたおかげで、幸せに育ったと思う。

「・・・私は都から出て、持って出た金を使い、歩きやすい旅装に身なりを変えた。 医師として受け入れて貰える人里を探して
   歩き続けたのだよ。 今日は、ちょうど都を出て十日目だ」

冬久はそう言って、かつかつと飯を口の中にかきこんだ。

「いや、暖かい飯というのは旨いものだな。ずっと干飯ばかり食べてきたからかな」

そう言って、朗らかに笑う。

私は、そんな冬久に、医王庵の話をしてやった。
岩井という一人の変わった男が、妖の赤子を預かったところから。

・・・私は、誰かと話をすること自体、とても久しぶりだったし、すっかり忘れていたが、実はかなりの口下手なのだ。
すべてを話し終えるまで、三日はかかってしまった。

辛抱強く私の話をすべて聞いた冬久は、目を輝かせて言った。

「私を、ここに住まわせてくれないか?医術の知識も、是非とも教えて欲しい」

岩井とよく似たこの男を、私は好ましく思っていたし、私一人では再び人間たちと関係を持つことに二の足を踏んでいた
わけだから、異存はない。
私がうなずくと、冬久はまるで子供のように喜んだ。

怪我の直った冬久は、私から実践的な医術を学び、やがて近くの人里に下って、医術を施してくるようになった。
人里に住んでも構わないぞ、と私は何度も言ったのだが、冬久は必ず私の元へ帰ってきた。

「私は、そなたと出湯と、この医王庵が好きなのだ」、と言って。

冬久は人里で慕われ、やがて冬久が連れてくる人間たちを、私は再び看てやるようになった。
人間たちは、最初こそ私の額にある三つ目に畏れを抱いていたが、冬久が私に人間と変わりなく接しているのをみて、
安心したらしい。
昔のように、この医王庵には、毎日人が訪ねてくるようになった。


―――― そんな頃だ。
私の本性を見抜き、妖怪としての助言をして去っていった闘牙王が、病んだ妖を連れて、この庵を訪ねてきたのは。





 

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