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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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神成りとむすめ<18>


 


――――― 件(くだん)は、全身を撫でる風の心地よさに、目を閉じる。

・・・このように、全身をしならせて空を駆けるのは、とても久しぶりだ。

拍手[127回]

あの香炉の中の世界は、穏やかで静かで、とても心地よかった。
話し相手は、二ノ舞という翁と、魂だけになった闘牙王さまだけ。
時が流れているかどうかも分からなくなるほど、長い時をあそこで過ごしてきた。
闘牙王さまに導かれて、あの香炉に住み着いて、もう何百年たっただろう。

件(くだん)は、「夢」を糧とする妖だ。
下界にいれば、喰べる夢に困ることはない。
人間も動物も妖も、皆、夢をみる。 夢は、夜の闇に十分に満ちていた。
件(くだん)は、多くの夢を食べてきた。
良い夢を見せてくれた人間には、礼のつもりで、先見を伝えて命を救ってやったこともある。
それゆえ、件(くだん)は吉祥の前触れとして、人間たちには喜ばれた。
・・・・・妖たちには、その能力ゆえに、命を狙われることとなってしまった。

あの香炉に住み着いて以来、件(くだん)は、年に一度しか夢を食べなくなった。
狗神の代理として出雲へ赴く、闘牙王さまの奥方の夢だ。
その夢と引き替えに、件(くだん)は出雲へ赴く神使の役割を果たしてきたのだ。
・・・・奥方の夢は、とてつもなく豪奢で退屈で、そして、闘牙王さまへの不器用な愛情に満ちていた。

――――― 今年は初めて、殺生丸さまの夢を食べた。
・・・・・・極上に、甘い夢だった。

思い出すだけで全身に甘美な感覚が広がり、痺れるようだ。
深く思う相手と結ばれた瞬間の恍惚と、溶け落ちるような快楽。
愛しい命が腕の中にあるという確かな安堵と、消えることのない恐怖。
・・・・・失うことへの、恐怖。

長く生きているが、あんな夢を見たのは、初めてだ。
殺生丸さまは、触れれば切れる鋭い刃のような方だ。
あんな夢をみるようにはとても見えぬ。

大妖は、今、件(くだん)の引く牛車に乗っている。
愛するものと酷似した、愛らしい女神とともに。

・・・・あの夢に満ちていたのは、大妖の深い想い。
・・・・・そして、短い命を愛したがゆえの、哀しみと恐れ。

・・・人間のむすめは、名をりん、といった。

件(くだん)が食べた夢の中で、その娘は、燦然と光輝くように存在していた。
その小さな手で、大妖を導くように。
太陽のような明るさで、まるで、大妖の怯懦を消し去るように。
あの人間の娘からは、明るくて幸せな、日なたの匂いがした。

( あの殺生丸さまが、これほどまでに執着されるのだ。・・・・どのような娘なのだろう )

滅多に動かぬ件(くだん)の好奇心が、僅かに疼いている。
件(くだん)とて、すべての事象に対して先見ができるわけではない。
見ようと思わねば見えぬし、先見には、かなりの力を使う。
特に、強い術者の張った結界の向こう側までは、見ることができないのだ。

闘牙王さまの結界に包まれているという目指す医王の里は、もう、すぐそこである。

 

 

 

 

 


神成りとむすめ<18>

 

 

 

 

 

 

(・・・・・何ということだ・・・)

 

風を切る音の中で、件(くだん)は眼下を見下ろして、思わず息をのんだ。

ここまで、見通してはいなかった。
いや、己には、見通すことができなかったのだ。

眼下に広がるのは、闘牙王さまが遺された医王の里の結界。

先ほどまでの空を駆ける心地よさが、嘘のように、全身から引いていく。
嫌な予感に、顔がこわばった。
・・・仕方なく、大妖を呼ぶ。


「――――― 殺生丸さま」


苦い思いで、件(くだん)はため息をついた。
うなだれると、ちりん、と鈴が鳴った。

(・・・・私の先見の、更にその先を行ったのだ。 これは、奥方さまの仕業か・・・)


――――― 生きとし生きるものの未来を見通す妖、件(くだん)。
その件(くだん)にも、苦手とするものはある。

――――― 闘牙王の奥方・・・・殺生丸の母君である。

苦手な理由は、はっきりしている。
先見をするという件(くだん)をもってしても、あの奥方のやることは、一寸先も見えないのだ。
毎年出雲でも、岩長姫に喧嘩をふっかけるわ、求婚してくる男神を皆の前でこっぴどく振るわ、
件(くだん)はいつもヒヤヒヤしっぱなしで、気が休まることがない。
いくら先見で忠告しても面白がるだけで耳を貸してはくれず、とにかく、どうにもこうにも
手に負えぬのである。
そのくせ、神々には、妙に人気があるのだ。
毎年、出雲から戻る度に、件(くだん)は香炉の中で、闘牙王にその窮状を訴えたが、
闘牙王は困ったように苦笑いをしながら、件(くだん)の背をぽんぽんとたたき、

「 ・・・・すまぬなぁ、あれは昔から、俺の手には負えぬのだ。
  殺生丸がここにやってくるまで、もう少し辛抱してくれぬか 」

と、謝るのだった。

 

殺生丸は件(くだん)の呼びかけに応じ、牛車の窓にかかった御簾を上げた。
低い声が、響く。

「――――― なんだ」

「――――― 医王の里に、着きましてございます。・・・ですが・・・・・その・・・・」

・・・件(くだん)の予想通り、御簾を上げて露わになった大妖の整った美しい顔は、
みるみるうちに険を含んだものとなる。
それもそのはず、殺生丸の眼下に見える、父の遺した結界に奇妙な穴が開いているのである。

「・・・・・なんだ、この穴は」

殺生丸と同等、もしくはそれ以上の力を持つもの、そしてこの結界の理を知らぬものには、
結界に傷一つ付けることはできぬはずである。
結界に開いた穴から、温泉と薬草を合わせたような、医王の里の独特の匂いが風に乗って漂う。
大気に霧散するその匂いの中から、殺生丸はいち早く、りんの匂いを導き出した。
・・・そして、そのそばにいるであろう、己の肉親の匂いも。

里で何が起きたかを悟った殺生丸は、不機嫌な声で、件(くだん)に言う。

「・・・・・・どういうことだ」

お前の能力は先見ではなかったか、と言わんばかりの鋭い視線に、件(くだん)の額から、
嫌な汗が一筋、たらりと流れる。
牛車に繋がれた件(くだん)は、殺生丸から顔をそむけたまま、つとめて穏やかな声を出した。
・・・・・神使としての威厳を保つべく。

「――――― どうやら、奥方さまの方が先にお越しになられたようでございます」

少なくとも、りんの無事は確認できている。
大妖は件(くだん)の言葉に軽く舌打ちをして、 「 とにかく、里へ降りろ 」 と言うと、
牛車の御簾をぱさりと下ろしてしまった。

どうかしたのですか、と心配そうに尋ねている女神の声が、牛車から聞こえる。
あのような心優しい女神に仕えている神使が、心の底から、うらやましい。
香炉の中で、二ノ舞の翁はよく「 佐保姫さまはお元気かのう 」と、呟いていた。
翁の気持ちが、初めて分かった気がする。
・・・そう思った瞬間、件(くだん)の目が見開かれた。

( ・・・そうか! 奥方さまは、二ノ舞の翁のために、伯耆の国へこられたのか!)

翁は、闘牙王さまが旅立ったことで、主を失った。
同時に、己に課せられていた使命を果たしたのだ。
もしかすると奥方に、佐保姫さまの元へ戻りたい、と申し出たのかもしれぬ。
だが、そうだとしても、この医王の里の結界に開いた穴は、一体どう説明がつくというのだ。
・・・そこまで考えて、件(くだん)は頭を軽くふって、ため息をついた。
髪の先についた鈴が、ちりちりと鳴った。
奥方のなさることならば、件(くだん)があれこれ考えたところで、分かるはずがない。
奥方は、一度進むと決めたら、鍵がかかっていようが、封鎖されていようが、扉を壊してでも
進むお方なのだ。
結界を破ることなど、造作もないのかもしれない。

(・・・・・それに比べて、佐保姫さまは、なんとお優しいことよ・・・)

佐保姫は、出雲を立つ際、「医王の里まで送りましょう」と申し出た件(くだん)に、
本当に嬉しそうに礼を言ってくれた。
「 本当に助かりますわ、ありがとうございます 」 と。
たかが神使に、ここまで丁寧に言葉を返してくれる女神の姿に、思わずじーんとしてしまった。
あれほどに心優しい女神ならば、神使も仕え甲斐があるというものだ。

(――――― すさまじきものは宮仕え、という言葉を聞いたことがあるが・・・)

無愛想な戦神(いくさがみ)に仕える己の身を、嘆きたくなった。
闘牙王さまはとても剛胆で快活、そしてお優しい方だったが、ご子息の性格は真逆と言っていい。
孤高で冷酷、目を見張るほどに美しいが、それは氷のような冷たい美しさだ。
あれは、絶対に母親である奥方に似たのだと、件(くだん)は思う。

・・・・人面の牛は、深い深いため息をついて、結界の穴を目指して下降しはじめた。


穴の下では、更に過酷な待遇を強いられている小さな緑色の侍従が、空を見上げている。

 

 

 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

  

 

「 あっ! あれを見て、邪見さま!!」

「 ん~~~?! あれは・・・牛車か?」

「 ・・・牛車って、空を飛ぶの?」

「 そんなこと、ワシが知るかいっ」


縁側から空を仰いで、邪見とりんは、まぶしさに目を細めている。
太陽を背にして、空から牛に引かれた牛車がゆるゆると降りてきている。

ご母堂のそばにいた翁と案摩が、驚いたように、口々に声をあげる。

「 あっ! あれは、件(くだん)ではないか!!」
「 な、なんと、あの牛車は私が御者をつとめていた、佐保姫さまの風の車でございますっ!!」

まぶしい空に片手をかざしながら、柚月は詠月に向かって言う。

「 ・・・・ねえ、兄様、ということは、つまり・・・?」
「 皆の話を合わせると、あの牛車には殺生丸さまと佐保姫さまがお乗りになっている、と、
  そういうことになるな・・・」

二人は、何とも言えない表情のまま顔を見合わせると、長きにわたってこの里の庇護者であった、
闘牙王の奥方の様子を伺った。
ご母堂は、空から降りてくる牛車を見て、いかにも面倒くさそうにため息をついている。

「・・・せっかく、留守を狙って参ったのにの。 目論見が外れたわ」

奥方の言葉に頷きながらも、そばに控えていた侍女二人の表情は、全くといっていいほどに崩れない。
侍女の額に描かれた文様から、柚月は、彼女たちはおそらく式の類であろうと推測する。
柚月と詠月のそばには、不安げな表情の小梅と小竹が寄り添っていた。
この双子に限らず、この里の住人は基本的に結界から出ることがないので、皆、環境の変化に弱い。
この結界から出たら、生きてはいけない妖や半妖が、この里には大勢いるのだ。
まだ幼い双子も、結界に穴が開いたという現状にまったくついていけていないのであろう。
詠月と柚月に寄り添ったまま、離れようとしない。
まあ、柚月と詠月も、初めての出来事に、先ほどはかなり取り乱してしまった。
里長としてはこれから、怯えてしまった里人を何と言って宥めるべきか、頭がいたい。
詠月も同じことを考えているのだろう、困った顔をして、空を眺めている。

様々な思いが渦巻くりんの屋敷の庭に、やがて牛車はふわりと降り立った。

 

「 この気は・・・・やはり、佐保姫さま・・・!」

案摩は牛車を見ると感極まったようにそう呟き、ふらふらと立ち上がって、牛車のほうへ歩み寄る。

「 あなたさまは・・・・・」

出雲で顔を合わせたことがあるのだろう。
件(くだん)へ軽く一礼すると、その首に掛けられていた軛(くびき)を、慣れた手つきで紐解いた。
牛車は、後ろから乗り、前から降りる乗り物だ。
件(くだん)が牛車から解き放たれ自由になると、案摩は牛車を素早く固定し、車の前に中に乗った
貴人が降りるための、四つ足の雅な踏み台を置いた。
緊張のあまりに震える手で、牛車の前側の御簾を、くるくるとあげていく。

御簾が巻き上げられていくにつれ、中に乗っている姫の衣があらわになってゆく。
春色の、柔らかな重(かさね)が車からこぼれだし、桜花の芳香があたりにふわりと漂った。

――――― 案摩の、涙声が響いた。

「 さ・・・・佐保姫・・・さま・・・・!」

「 まあ、案摩・・・! 案摩ではありませんか・・・!!  無事だったのですね!」

牛車の中から佐保姫の声が挙がり、案摩は急ぎ地面に平伏して、涙声で詫びた。

「 佐保姫さま・・・・! ご心配をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした・・・!!
  あれから、こちらの里の皆さまに助けられまして、生き延びましてございます・・・・!。
  姫さま・・・・お会いしとうございました・・・・!」

「 案摩・・・・・!」

揺れる春色の衣ももどかしそうに佐保姫は牛車を降り、平伏した案摩の前に座り込む。
白い手が伸ばされて、案摩の頭にそっと触れた。

「 良かった・・・・・心配したのですよ、案摩」

「 佐保姫さま・・・・」

ずっと不安だった案摩の心に、優しい佐保姫の声が、深く染み渡っていく。
主の姿を目にして、案摩はそれ以上、何も喋れなくなってしまったらしい。
深く、深く、平伏しまま、肩を震わせている。

りんは、息を飲んで佐保姫を見つめていた。
案摩曰く、滅多に人前に姿を現すことなどないという産土神を、目にするのは初めてである。

(・・・・なんて、綺麗なんだろう・・・)

春の女神、ということは案摩から聞いていたが、その少女のような愛らしい姿に、
思わず釘付けになってしまった。
髪に刺した桜花と、たおやかで優しげな、淡い春色の着物があまりに美しい。
姫が足を下ろしたその場所から、空気が清々しい柔らかなものに、変わっていく。
これが、浄化というものなのだろうか。
これが、神という存在なのだろうか。
りんも邪見も、小梅も小竹も、柚月や詠月すらも、佐保姫を見つめたまま瞬きもできない。

そして、その女神の後ろから、殺生丸が続いて牛車から降りてきた。
肩から流れるのは、絹糸のような光沢の長い銀色の髪、鋭い金色の目。
圧倒的な美しさと、存在感。

りんは、その姿を目にした瞬間、息が止まるかと思った。

・・・不思議だ。
殺生丸であることは何一つ変わっていないのに、何かが違う。
殺生丸が発する「気」が、今までと全く違うのだ。
直感で、思う。 殺生丸さまは、もう、ただの妖ではないのだ、と。

「・・・せ、しょうまる・・・さま」

掠れたようなりんの声に、殺生丸は、ゆっくりとこちらを向いた。
あまりに美しい、透き通った金色のまなざしが、娘を射竦める。

・・・・りんは、殺生丸を見つめたまま、石のように動けなくなってしまった。

昔、かごめさまに聞いたことがある、と、りんは痺れたような頭のどこかで思った。
神も羨むほどの美貌の娘が、その美しさゆえに、神に呪いを掛けられてしまう話だ。
娘は、頭の髪の毛が蛇になり、皮膚は鱗で覆われ、恐ろしい力を持つ禍々しい神となってしまった。
目を合わせた人間を、皆、石にしてしまう、哀れな禍つ神へと。
・・・・神様になった殺生丸さまも、そんな力を身につけてしまったのだろうか・・・?
・・・・・・だから、りんは、動けないのだろうか・・・? 石に、なってしまったのだろうか・・・?

遠くで、あの一寸法師のような翁が、佐保姫との再会を喜んでいる声が聞こえる。
案摩が、わんわんと泣いている声も。

だが、りんは金色の眼差しに射竦められたまま、息をすることもできなかった。
金色の目は、庭を突き抜けてどんどん、りんの方へ近づいてくる。
縁側に立っているせいで、いつもは見上げている殺生丸の美しいかんばせが、同じ目線の高さにある。

(・・・・殺生丸さまは・・・・なんて・・・・綺麗なんだろう・・・)

金色の瞳が目の前に迫って、りんは自分が微かに震えていることに気がついた。


「・・・・・・りん」


低い、けれど心地よい声が、耳に触れる。
冷たくて、形のいい指が伸びて、りんの頬にそっと触れた。
滑稽なほどに、りんはびくりと震えてしまった。
指先が触れたところに全神経が集中しているみたいだ。

「・・・・・っ」

金縛りが解けたように、急に息が出来るようになって、喉がひゅう、と鳴る。
冷たくて心地よい指が、あやすように、りんの頭をそっと撫でて、髪をすいた。
その仕草は何度か繰り返されて、りんは、自分の瞳に涙が浮かんでいることに気がついた。
金色の目が、僅かに細められる。


「・・・・・・りん」


殺生丸さまの声が、りんを呼ぶ。
ただそれだけで、りんは。

りんは、震える指をそっと殺生丸の指に重ねた。

(・・・・殺生丸さまだ。 やっぱり、殺生丸さまだ・・・)

会ったときに、りんの頭を優しく撫でてくれるのは、昔から変わらない、殺生丸の癖だ。
冷たい指先が愛おしくて、ほろり、と涙がこぼれた。

 

「・・・・・りん・・・・今、戻った」

 

「 殺生丸さま・・・・・」

 

くしゃり、と泣きそうになった。
大妖の口元が、わずかに、笑んだ。
あっと言う間に、りんはふわりと抱き抱えられる。

(―――――― 殺生丸さま・・・・)

殺生丸の頭をきゅっと抱いて、りんは、殺生丸の耳元でささやいた。

 

 

――――― おかえりなさい


―――――――― おかえりなさい・・・・殺生丸さま

 

 

 

 

 

 


 

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