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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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神成りとむすめ<20>

 

「・・・・そなたは殺生丸の子を産むのだろう? あの人間の姫のように」

 

 

ご母堂の言葉に、りんの大きな目が見開かれた。










神成りとむすめ<20>

拍手[328回]











ご母堂の言っている人間の姫、とは、犬夜叉さまを生んだ、犬夜叉さまのお母上のことだろう。
思わず息を飲んで、りんは手渡された懐剣をぎゅっと握りしめた。

・・・・・考えたことがない、と言えば嘘になる。 妖、人間、・・・半妖。
けれど、りんは御母堂さまの言葉に、即座に 「 是 」とは答えられなかった。

・・・・殺生丸と共に過ごした一夜は、まるで夢のようだった。
子を産む、という未来は、その夢のような一夜の、さらにまた先の夢のように思われる。
御母堂さまの問いには、りんは一人で 「 是 」と答えることは、できない。
こわごわと、りんは殺生丸を見上げた。

(・・・殺生丸さま )

りんが見上げた殺生丸は、ただただ静かに、御母堂を見つめ返していた。
御母堂さまの言葉を静かに受け入れるその様子を見て、りんは少し、ほっとする。
・・・・・あの夜、殺生丸さまがりんにくれた言葉は、嘘じゃない。
 
握りしめた懐剣は、まるでりんの心に反応するように、ほんのりと熱を放っていた。
ご母堂は静かに、りんに美しい金色の目を向ける。

「 ・・・よく聞け、小娘。
  あの人間の姫が早死にしたのは、恐らく、妖である闘牙の子を産んだからじゃ。
  強い妖力を持った異種・異形の子を宿した母胎は、長くは生きられぬ。
  人間のようなか弱い躯では、なおのことであろ」

ご母堂の言葉に、殺生丸はすっと眉を寄せた。 険しい表情で、目を細める。
ご母堂は、そんな息子を見上げて尋ねた。

「 そなたは霧姫のところへ行って、この小娘に、現世(うつしよ)と黄泉のあわいに湧く神水を
  飲ませたのだろう? 闘牙が、かつてあの人間の姫に飲ませたように」

「・・・・・それでは、足りぬのか 」

殺生丸がご母堂に低い声でそう問うと、ご母堂は小さなため息をついた。
ご母堂にとって、この問いを受けるのは、人生で二度目である。

(・・・どうしてこうも、変なところが似てしもうたのじゃろ。 やはり、親子じゃの )

ご母堂は青い空を見上げ、かつて同じ問いをした男のことを思い出すように、口を開く。

「・・・・睦み合うだけなら、人間の体にはそれで事足りるであろ。
  あの霧の館の神水は、そなたの毒がこの小娘の体を蝕むのを防いでくれるだろうからの。
  ・・・・・だが、子を宿すには、それでは足りぬ。
  そなたも、イザナミが火の神カグツチを産み、火傷を負って黄泉へ堕ちたいきさつを知らぬ
   訳ではあるまい。
  己の力を凌ぐ力をもった子供を産むのは、とても危ういことなのだ。・・・女にとってはな。
  それゆえ、闘牙はあの人間の姫の出産に、己の命を削ってでも駆けつけた。
  おおかた、姫が出産で命を落とせば、天生牙でその命をつなぐつもりであったのであろ。
  結局、闘牙の方がその夜の内に命を落としてしもうたから、詳細はわらわには分からんがの。
  異形の子を産み、その後もあの人間の姫がなお生き長らえていたのは、その半妖が妖怪の血よりも
  人間の血を濃く生まれ持ったからに他ならぬ。
  まあそれでも、あの姫は数年しか生き延びられなんだがの・・・。
  ・・・・・・ほんに、人間とは脆い生き物じゃ 」
   
御母堂は遠い昔を思い出すように、長いまつげを僅かに伏せた。
りんは犬夜叉を思い浮かべて、ご母堂さまの言葉がすとんと胸に落ちてくるのを感じていた。

( 人間の血が濃い、半妖・・・)

そういえば、犬夜叉さまは妙に人間くさかった、とりんはあの人里での日々を思い返す。
半分は人間の血が混じっているのだから、当然といえば当然なのかもしれない。
けれど、俺は半妖だ、と言いながらも犬夜叉は下手な人間よりも妙にお人好しだったし、殺生丸とは
心の作りがまるで違っていて、りんにはそれが不思議だった。
見た目だって、そうである。
犬夜叉は、銀の髪に耳が生えていた。 異形と言えば、異形。
けれど、考えてみれば、お父上の本性は犬なのである。
妖怪と人間との間に生まれたのならば、妖怪の本性・・・犬に近い姿形であってもおかしくは
ないのだ。 同じ半妖であっても、地念児なんかは犬夜叉と比べて、その顔立ちが人間離れして
いたわけで、御母堂さまの言うとおり、犬夜叉さまは妖怪の血よりも人間の血の方が濃いのでは
ないか、とりんは思う。

( 今まで、そんなこと考えたこともなかったけど・・・・)

ふと、りんは、自分の子供もそうであればいい、と思った。
こればかりは、神様が決めることなのだろうけれど。

二人が結ばれたあの夜、殺生丸さまは、子はりんに似ればいい、と言った。
お前に似た、守らねばならぬものが増えるのは、悪くない、と。
その言葉を聞いて、りんの心の中にあったたくさんの不安は、すべて溶けて無くなったのだ。
心の底から、ずっと殺生丸さまの側にいたい、と思った。
そこに、二人の子供がいてくれたら、どんなに幸せだろう。
ささやかな、けれどとても贅沢な、りんの夢。

(・・・殺生丸さまも、そう思ってくれてるのかな )

淡い期待をいだいてりんは、殺生丸を見上げた。
殺生丸は、りんを見ていた。 りんが知る、誰よりも美しいかんばせで。

・・・・・けれど、その美しいかんばせに乗せられていたのは、苦しげな表情だった。
暗い金色の目に浮かぶのは、深い苦悶。
見たこともない殺生丸の表情に、りんの心は、ずきん、と痛む。

「・・・・・殺生丸・・・さま・・・・?」

一度、体を重ねたからなのだろうか。 りんには、否応なく分かってしまう。
・・・きっと、殺生丸さまは、恐れているのだ。

―――――――― りんを、失うことを。

りんの心の中に、冷たい不安が広がっていく。
・・・きっと、殺生丸さまは、こう思っているのだろう。

 

「―――――― おまえを失うなら、子はいらぬ 」 と。

 

りんは、反射的にふるふると顔を振った。

「―――――― やだ 」

殺生丸の苦悶の表情が深まり、金色の目が、りんを咎めるように細くなる。

「―――――― りん 」

押さえられた低い声に、りんは自分の予想が当たってしまったことを悟る。
りんの瞳に、すう、と涙が浮かんだ。
じり、と一歩、殺生丸から後ずさる。

「 やだ・・・!」

怒られるかもしれない、と思ったが、止まらなかった。
自分の中に、こんな激情が潜んでいたことに驚いてしまう。
りんはぎゅっと目をつぶって、言う。

「 りんは・・・りんは、赤ちゃんができたら、産みたいもん! 
  ま、まだ、いつになるかも分からないけど、でも・・・・!! 」

殺生丸は口を開きかけたが、その口から言葉が発せられる前に、ご母堂の白魚のような手が
りんに延びた。 ぎゅっと強ばったりんの頭が、上からわしわしと撫でられる。

「・・・・・ご、母堂さま・・・?!」

「 ほっほっほ、幼くとも、やはり女じゃの。 健気ではないか、のう、殺生丸よ 」

まるで犬を撫でるようにわっしわしと撫でられて、りんは思わず目をつぶった。 
くすぐったくて、結構、深刻な話をしていたはずなのに、不思議と肩の力が抜けていく。

「 あ・・・・あの、ご、御母堂さま・・・? 」

「 ――― まあ、話を聞け、小娘。
  先ほどわらわは、その懐剣を 「 守り刀 」 と申したであろう。
  その懐剣が守るのは、母となるそなたの体じゃ」

「 え・・・?」

ご母堂の手のひらの下で、りんは懐にある懐剣を見つめる。

「 ・・・・どういうことだ」

厳しい面差しのまま殺生丸はそう問い、ご母堂は呆れたように息子を見る。

「 ・・・・・ほんに、わらわの息子は変なところが父親に似てしもうたからの。
  医王の里が欲しいなどと言い出されれば、次に何が起きるかくらいは、想像がつこうと
  いうものじゃ。 小娘に子が宿ってからでは間に合わぬかもしれぬからの 。
  先を見越して、刀々斎の爺に打たせておいたのだ 」
 
「  刀々斎さまが・・・?!」

りんは驚いてご母堂を見上げ、邪見は、ほおお!と感嘆の声をあげた。
刀々斎の打つ刀は、天下一品なのだ。 誰にでも手にできるわけではない。

「 ご母堂さまの牙を、刀々斎が鍛えたのでございますか・・・!
  それでは、その刀は殺生丸さまの天生牙に勝るとも劣らぬ銘刀ではございませぬか!!」

小妖怪の言葉に、ご母堂はふん、と鼻白んだ。

「 だから先ほどから言うておろう。 切るだけしか能のない闘牙のボロ刀と一緒にするな、と。
  刀々斎の爺め、 三日で仕上げろと言うたら、十日はかかるとゴネおってのう。
  つい先日、ようやくわらわの城に、その打ちあがった守り刀が届いたのじゃ。
  その刀を打ったせいでしばらくは足腰が立ちませぬ、と、恨めしそうな手紙が添えてあったわ。
  牙に籠もったわらわの妖力にまともに対峙したのじゃ、死なぬのが不思議なくらいじゃが、
  まあ、あの爺のことじゃ、これしきでくたばることはあるまい」

軽い口振りでそういうご母堂を見上げて、邪見はさすがに刀々斎が気の毒になった。
妥協を許さないご母堂からの注文に、そんな無茶な、と泣きそうになっている刀々斎の顔が浮かぶ。

「 ・・・・そういうわけだ、小娘。
  腹の中の子が、わらわの妖力を越えぬ限り、そなたの体は、我が牙が守ってやろう。
  まあ、そなたの子がわらわの力を越えるなど、ありえぬがな 」

「・・・・・ご母堂さま・・・」

泣きそうになったりんの頭をくしゃり、と撫でると、ご母堂は厳しい顔をして殺生丸をみた。

「 ただし、生まれた子を守るのはそなたじゃぞ、殺生丸。
  そなたは、父である闘牙を越えてしまった。
  闘牙が持ち得なかった、恐ろしい破壊の力と己の剣を手にしたのだ。
   己の子に宿るであろう、その力を押さえられるのは、そなたの牙しか無い。
   ・・・・覚えておけよ、殺生丸 」

「・・・・・分かっている」

殺生丸が低い声でそう言うと、その側に、詠月と柚月が片膝を付けて跪いた。
詠月が顔をあげ、殺生丸に向かって口を開く。

「・・・殺生丸さま、我らもお力添えいたしますゆえ、ご安心下さいませ 」

柚月も詠月に続いて顔を上げると、柔らかな声で兄の言葉を補う。

「 りんさまのお体のこと、殺生丸さまがご憂慮なされるのはごもっともなことと存じますわ。
  ですが、ここ医王の里は二百年の長きに渡り、人と妖が共に生き、共に暮らした希有な里。
  多くの半妖がここで生まれ、育ちました。
  妖が人の子を産むこともあれば、人の子が妖を産むこともございました。
  我らには、母胎を守り、半妖の子を育てる知恵と医術の知識がございます。
  まして、りんさまには奥方さまからの守り刀のご加護があるのです。
  ご心配には及びませんわ 」

柚月の言葉には、この里を長きにわたり守ってきた、医師としての誇りが込められている。
人も、妖も、半妖も、医王の里に来たからには、むざむざ死なせはしない。
傷ついたもの、救いを求めるものは、必ず助ける。
闘牙王が残してくれた結界は、元来はそのためのものなのだ。
この二人の兄妹には、御母堂が作らせたという懐剣から不思議な光が溢れ、りんの体を包んで
いるのが、額の三つ目で見えていた。
・・・ここにかごめがいたら、同じ光を見たかもしれない。
詠月は、その誠実そうなまなざしで、恐れることなく殺生丸を見つめ返し、やがてりんに視線を
移すと、安心させるように微笑んだ。

「・・・・お子を、あきらめることはありませんよ、りんさま 」

にっこりと笑った里長の兄妹の前で、りんは思わず涙ぐんでしまう。

「 詠月さま、柚月さま・・・・」

殺生丸は懐剣を抱きしめて鼻をすするりんを見て、小さい吐息を漏らした。

こんなに細くて小さな娘が、母親になるなど想像できない、と思う。
初めて肌を重ねたあの日、幼さの残る体に、男を受け入れるのはまだ早いのではないかと
僅かな迷いすら持った。

・・・・・りんの細くて白い体。 柔らかな、朝焼けの光に照らされていた。
抱きしめれば折れてしまいそうなほどに細いのに、りんの体はどこまでも柔らかかった。
組み敷いているはずなのに、不思議と抱かれているのは自分のような気がした。
今でも、今朝のことのように思い出せる。
あんなに恐る恐る女を抱いたのは、初めてだった。

殺生丸の何ともいえぬ表情を見て、御母堂は堪えきれずに、くくく、と笑った。
あの無表情で無愛想で可愛くなかった息子が、不器用に小娘のことを案じているのが、
御母堂にはおかしくて仕方ない。
りんには聞こえないよう、声を細めて殺生丸に囁く。

「 どうせ、あの小娘が母親になるなど想像ができん、と思っておるのじゃろ」

「・・・・・・・うるさい」

「 そのようなもの、あっという間じゃぞ。心しておくのじゃな、愚息よ。
  それから、夜伽の際は、ちゃんと加減してやるのじゃぞ。人間の体は、脆いのだからの。
  若さに任せて可愛いがりすぎると、小娘に嫌われてしまうぞ 」

大妖は露骨に嫌な顔をした。

「・・・・・・・殺されたいのか。 用が済んだのなら、早く帰れ 」

御母堂はニヤリと笑って、ぱらり、と扇で口元を隠した。

「 まあ、あれだけ小娘に甘ければ、心配は無用か。 ついこの間まで、あれほど人間を
  嫌っていたそなたが、よくもそこまで変わったものじゃ。 ほんに、恋の力とは偉大よのう 」

御母堂は面白そうにくっくっく、と笑いながら、不機嫌な顔をした息子の側を離れて、
りんと里長の兄妹のところへ歩み寄っていく。

「 小娘よ、先ほども言うたが、わらわに何か聞きたいことがあるなら阿吽に乗って、
  いつでも宮まで来るがよい。 阿吽は元々、闘牙王に仕えておった飛竜じゃからの。
  わらわの宮までの空の道は、よく知っておるはずじゃ 」

「 阿吽が?」

りんは、驚いて思わず森の方を見る。
この里に来てから、阿吽は結界の中の森で、伸び伸びと暮らしている。
りんが呼べば、森の中からすぐに飛んで来てくれる、幼い頃からの旅の仲間。
御母堂は、くしゃりとりんの頭を撫でて微笑んだ。

「 ・・・・こたびは、そなたと色々な話ができて面白かった。
  人間は慌ただしい生き物じゃが、その分、面白い。
  わらわも片意地を張らずに、あの人間の姫とも、あれこれ話しておけば良かったの。
  ・・・まあ、時を経て、そなたのような話し相手ができたのじゃ、良しとしよう。
  わらわはの、子を授かるなら、あのような朴念仁の息子ではなく、娘が欲しかったのじゃ。
  こたび、わらわは、そなたという人間の娘が一人できたと思うことにするぞ。
   せいぜい、わらわを楽しませておくれ 」

殺生丸さまとよく似た美しい御母堂さまを、りんは不思議な気持ちで見上げる。
もう、何百年も天空から西国を治めていたという、御母堂さま。
殺生丸さまのお父上ですら、その絶大な力を頼ったという大妖。
けれど、りんに見せてくれる表情は、まるでイタズラ好きな少女のような表情で。

「 ではの、小娘 」

「 ・・・ありがとうございます・・・・御母堂さま・・・」

こみ上げてくる思いで、涙が出そうになってしまう。
やっとの思いでりんがそう言うと、背後からも涙声がした。

「 奥方さま・・・・本当に、なんとお礼を申し上げたらよろしいのやら・・・・・。
   本当に、400年の長きに渡り、お世話になりました 」

りんが振り返ると、そこには泣きそうになっている二ノ舞の翁が、佐保姫の手のひらの上に
立っていた。 
案摩を従え、佐保姫は御母堂に歩み寄り、頭を下げる。
柔らかな春色の衣が、ふわりふわりと揺れた。

「 こたび、闘牙王さまの願いが成就されましたこと、心よりお慶び申し上げますわ、三日月の妃。
  殺生丸さまはきっと、闘牙王さまを越える、良き狗神となられましょう。 心強い限りですわ。
  本当に、案摩のことといい、翁のことといい、 どれだけ感謝申し上げても、足りません 」

三日月の妃、とは、きっと御母堂の呼び名なのだろう。
神々の交流の中では、御母堂さまはそんなふうに呼ばれているのかもしれない。
向き合う女神と御母堂は、今までりんが見たどんな女の人よりも美しくて、まるで物語の絵巻の
ようだった。 りんはうっとりと二人を見つめてしまう。
優雅に頭を下げた春の女神の前で、御母堂は艶然と微笑んだ。

「 佐保姫どの、まさか、そなたが殺生丸と共にこの里までやってくるとは思わなんだ。
  引かれあう縁(えにし)とは、まこと、面白きものよの。
  ・・・翁よ、長きに渡り闘牙に仕えてくれたこと、礼を言う。・・・苦労をかけたな。
  今日限り、そなたを土地神に返す。 これからは元の主に仕え、神使の本分を全うするがよい 」

御母堂はそう言うと、ふわり、と宙に浮いた。 空に、銀色の髪が靡く。

「 ・・・・では、わらわは宮へ帰る 」

佐保姫は眩しそうに御母堂を見上げ、口を開く。

「―――― そうですわ、三日月の妃。
  次は是非、皆さまでわたくしの社へお越し下さいませ。
  もうすぐ、我が社にある天竺渡りの蓬莱の花が、百年に一度の花を咲かせるのです。
  こたびの御礼に、御神酒と酒肴をご用意しておもてなしいたしますわ 」

「 ほほう、それはよい。 そういう宴は好きじゃ。 是非、伺うとしよう 」

御母堂は豪奢な白尾を風に靡かせながらそう言うと、すい、と白魚のような手のひらを、唐櫃の
そばに立っている二人の侍女に向ける。

「 そなたらも、ご苦労だったな 」

御母堂が 「 解 」 と短く唱えると、立っていた侍女の額から、光る文字が浮き上がり、
瞬く間に二人は小さな人型の紙となり、青白い炎で燃え上がって跡形もなく消えてしまった。

「 なんと・・・・! あの女たちは、式神であったのか・・・!!」

邪見が驚いてぺたんと尻餅をつく。
りんは、空に浮いている御母堂のそばまで駆けて、懐剣を握りしめて叫んだ。

「 御母堂さま・・・・! ありがとうございました・・・・・!!」

空に浮いた御母堂はりんを見て、目を細めて微笑んだ。


「 ではの、小娘。 また、会おう  」


りんが一つ瞬きをする間に、御母堂は姿を狗に変えて大空へと駆け上がり、瞬く間に結界の穴から
姿を消してしまった。

「 行ってしまわれたか・・・」

感慨深げに邪見がそう呟き、りんは、しばらく御母堂さまの消えた空を見上げていた。

握りしめた、懐剣が暖かい熱を放っている。


・・・・まるで、りんを包み込み、守るように。

 

 

 


************

 

 

 

・・・・銀色の美しい大妖は、屋敷の庭に立ち、空を見上げていた。

うららかな午後である。
抜けるような青空の向こうには、修復された結界の壁が見える。

ご母堂があけた穴の修復は、殺生丸の力を持ってしても、ゆうに半日はかかった。
狗神としての力は、どうやら闘牙王の域に届くには、まだまだらしい。

「・・・っ!」

背後の屋敷から、りんの痛みをこらえる息づかいが聞こえ、殺生丸は空を見上げたまま、
その整った眉を寄せ、目を閉じた。
今日、何度めかの、溜め息をつく。
周囲からはそうは見えないかもしれないが、これでも、この大妖は心の底から反省している
真っ最中である。
りんの様子がさっきから気になって仕方ないのだが、後ろめたさから、後ろを振り向くのを
ためらっているのである。

背後から漂ってくるのは、嗅ぎ慣れた、独特の練り薬の匂い。
そして、聞こえてくるのは、絶え間ない柚月の小言である。
先ほどからその小言が、振り向けない殺生丸の背中に、容赦なしにズブズブと突き刺さっている。

「 ・・・・まったく、もう!
  いいですか、鬱血というのは、怪我をして血が流れているのと同じですのよ!
  血液が皮膚の中で溜まっていて、外側に流れていないだけなのです!
  ちゃんと分かっていらっしゃるんですか、殺生丸さま!?」

この冷徹な狗妖怪に、真正面から説教できる相手は数少ないが、こたび、この医王の里の柚月は
栄誉ある、その数少ない一人に加わった。
それもこれも、両親譲りの医師としての仕事熱心さがそうさせるのであるが、柚月がりんと同じく、
殺生丸の妖怪としての恐ろしさをあまり意識していない、というのも大きい。
この里からほとんど出ることのない柚月は、冷酷極まり無い、恐ろしい妖怪としての殺生丸の顔を
知らない。 そうでなければ、この大妖にこのような口は、恐ろしくてきけないだろう。

大妖は、小さく溜め息をついて、口元を手で覆った。
柚月は、りんの主治医のような存在だ。 この件に関してだけは、まったく頭が上がらない。
・・・何度もいうが、反省は、しているのだ。

「・・・・・・すまぬ 」

この、神に名を連ねた戦国最強の大妖怪も、最近はなんと、柚月の前で素直に謝るようになった。
はじめてその台詞を聞いた時、邪見は、絶対に聞き間違いだと思ったくらいだ。
ゆえに、主に「 今、なんとおっしゃられたので?」などと思わず聞き直してしまい、結果、
ぺちゃんこに踏みつぶされてしまった。

「 すまぬ、ではすみませんよ、殺生丸さま!
  りんさまの御体を、一体、何だと思っていらっしゃるのです!
  こんなに、全身を鬱血だらけにしてしまって!!
  これでは、全身打撲と何ら変わりありませんわ!!」

りんは、半裸になって布団にうつ伏せ、先ほどから柚月の手によって、全身に練り薬を
塗り込まれていた。
体中に鬱血の痣があるのだ。・・・それこそ、手の先から、足の先まで。
枕の上で、かすかに顔を傾け、りんは柚月を見上げて、熱っぽい体で口を開く。
こうなった理由は、思い出しただけで、りんは真っ赤になってしまう。
なんせ、これはすべて、殺生丸の唇が愛撫した跡なのだから。

「・・・あ・・・あの、柚月さま・・・りんも、悪いの。
  その・・・やめてって、りんが言わなかったから・・・だから、殺生丸さまも・・・」

りんの恥じらいを含んだ言葉に、庭先で向こうをむいている大妖は、困ったように口を手で
覆ったまま溜め息をついた。
この、恥じらうりんの姿に、昨夜は押さえがきかなくなってしまったのだ。
止められなかった。 というか、そもそも、男の体とはそういうふうにできている。
仕方ないではないか、と殺生丸は思う。 この衝動を押さえるのは、並大抵のことではない。
・・・・のだが、そういう理屈は、真面目な医師の柚月には通じない。

朝方、殺生丸の腕の中で熱を出してしまったりんを見て、後悔したものの後の祭りだ。
急いで小梅と小竹に柚月を迎えに行かせたが、柚月は屋敷に到着してからというもの、目を吊り
上げて、殺生丸に説教しっぱなしである。

庭先で明後日の方向を向いているしかない己が、情けない。

「 りんさま、殺生丸さまを甘やかしてはなりません!
  これほど色んな力に護られたりんさまが、お熱を出すほどですのよ?!
  これは、殺生丸さまがきちんと加減してくださっていない証拠ですっ!!」

殺生丸の思いを見透かしたように、柚月が厳しい声でピシャリと言う。

「 御母堂さまの守り刀、それから佐保姫さまの首飾りがなければ、人間であるりんさまのお体は
  普通、この塗り薬くらいでは到底、元には戻りませんのよ。
  殺生丸さまには、もう少し自覚していただかなくては困りますわ!」

柚月が憤慨するのも、無理はない。
りんがこうやって柚月の治療を受けるのは、この三ヶ月で、もう数え切れない程なのだ。
誰もが恐れる大妖が、こうやって庭先で反省している情けない姿も、柚月にとってはもはや、
見慣れた光景である。


三ヶ月前のあの日、ご母堂さまが天空の宮にお帰りになってから、土地神である佐保姫も、
案摩や二ノ舞とともに、件(くだん)の引く車で、自らの社へ帰っていった。

件(くだん)は殺生丸から、「 貴様はそのまま春の女神の牛車でも引いていろ。半端な先見しか
出来ぬなら、神使など必要ない」と言われて、文句一つ言わず、ほくほく顔で牛車におさまった。 
神使をクビになったという不名誉よりも、これから佐保姫に仕えられることの方が、件(くだん)は
よほど嬉しかったとみえる。

佐保姫は、帰る間際まで何度も何度も、りんの手をとって礼を言った。
案摩を助けてくれて、ありがとう、と。

土地神という存在が少女のように愛らしく、こんなに腰が低いことにも驚いたが、詠月や柚月は、
その姿がりんに似ていることにも少なからず驚いた。
りん自身は、まったくそれに気が付いてはいなかったが。

そして、帰り際に佐保姫は一握りの宝珠を、りんに手渡した。
虹色に輝く、優しい色合いの小さな宝珠は、りんの手のひらにこんもりと盛るほどにあった。

「 ・・・りんさま、案摩を助けてくださったこと、どれだけ感謝しても足りませんわ。
  これは、案摩を案じてわたくしが流した涙です。一粒一粒に、わたくしの霊力が宿っています。
  わたくしは、この土地の産土神でもありますが、春を司る神でもあります。
  春は、芽吹き、花萌え、命あるものが美しさに目覚める季節。
  命あるものの中から、その力を呼び覚ますのが、わたくしの持つ力です。
  あなたさまが、人里に住むただの人間ならば、決してお渡ししませんでしたが・・・
  ・・・この里で、そして殺生丸さまのお側にいらっしゃるりんさまならば、この石の力を
  纏われても、きっと大丈夫でしょう。
  どうぞ、おそばに置いてくださいませ  」

具体的にどのような力をもった宝石なのかは言わぬまま、佐保姫はにっこりと微笑んで帰って
しまったが、詠月と柚月は、その宝珠を一目見て、その石に宿る力を正確に見抜いた。
この石は、たった一粒でも、強い力を秘めている。
・・・誰でも手にしていい類の宝石ではない。
殺生丸も、その石が持つ力に気がついていたのだろう。
殺生丸の命により、その宝石は詠月の手で糸を通され、りんが首からかける首飾りにされた。

桜色と虹色を混ぜたような柔らかな色合いの首飾りは、見るからに、りんによく似合うはずだった。
・・・が、殺生丸はりんの首に首飾りをかけるとき、ほんの僅か、躊躇った。
その宝珠の持つ、強い力ゆえだったのだろう。

石に宿った、春の神の特別な力。
いうなれば、花が枯れぬ力。 「 春 」 の名が持つ言霊の力が、顕現化した宝玉。
つまるところそれは、持つ者に永遠の美しさを与えることを意味している。

・・・通常、人間とは変化し、老いていく生き物だ。
けれど、それを覆す力を、佐保姫はりんに残していった。

――――  美しい狗神さまのお隣で、りんさまはいつまでも お美しくあられませ
――――― あなたさまは、もはや、ただの人間ではない。
―――――― あなたの住むその里は、人間の住む世界ではないのです。
――――――― りんさまが永久(とわ)に美しくとも、問題はないでしょう?

佐保姫は、土地神だ。 人間のことは、よく分かっている。
普通、人間の魂の器は「 永遠 」には耐えられない。 
例えるならば、人里の中で、村人たちが時を重ねて老いていくのに、己一人のみが年もとらぬ、
姿形も変わらぬ、となれば、通常、人の神経はそれに耐えられないものだ。

けれど、殺生丸と共に生きるりんならば・・・と。
それは、永遠の命を持つ存在が、人間のむすめに与えた優しさだったのかもしれない。 

詠月と柚月から、石の持つ力を聞いても、りんはその運命に臆さなかった。

「 大丈夫だよ。 りんが住むのは、人里じゃなくて、妖の里なんだもの。
  みんな、とっても長生きなんでしょう? りんだけ、先におばあちゃんになるのは寂しいし。
  ・・・・・ずっと、殺生丸さまのお側にいたいし、ね 」

そういって、にっこりと笑った。
むしろ、逡巡していたのは、殺生丸の方だったといってもいい。
殺生丸は、まるで何かの儀式のように首飾りをかけながら、りんの耳元でそっと囁いた。

「 ・・・・この珠は美しい。 ・・・けれど、おまえの魂はさらに、美しい 」

それは、宝珠の持つ強い力から、りんの魂を守るための言霊の力だった。
おまえの魂は美しい。「 永遠の美しさ 」 なぞに、臆することはない。
どのような姿形であれ、おまえは、おまえだ―――― と。

・・・・・殺生丸は、首飾りをかけながら、思った。

体内に黄泉の力を宿し、母上の守り刀に守られ、その上、永遠の美しさを身にまとい、
この人間のむすめは、いったいどんな存在になってしまうのだろう、と。
ちっぽけな、ただの人間のむすめだったりんは、私の人生と交わったことで、誰も歩いたことの
ない道を歩くことになってしまったのではないか、と。

もう、このむすめはこの先、ただの人間と同じ時を歩むことはできないだろう。
・・・・戻ろうと思っても、戻れぬ道を、歩き始めてしまっている。


――――― ならば、その魂は、私が命をかけて護らねばならぬ。 ・・・この先も、ずっと。


殺生丸の誓いにも似た首飾りの贈り物を、りんは輝くような笑顔で受けた。

幼い頃から、何度も繰り返された、

「 殺生丸さまと一緒なら、りん、なにも怖くない。・・・ありがとう、殺生丸さま 」

という言葉とともに。

 

 

 

「 ―――――  ちゃんと聞いていらっしゃるんですか、殺生丸さまっっ!!」

柚月の厳しい声が、殺生丸を回想から現実へと一気に引き戻した。
振り返ると、全身に薬を塗り終わって布団の上に正座をし、一息ついているりんと、薬箱に薬を
詰めながら、目をつり上げてこちらを睨んでいる柚月がいる。

「 ・・・・・・・聞いている」

柚月の迫力に、思わず、嘘をついてしまった。
・・・が、元々、育ちの良い殺生丸は、嘘はつきなれていない。
たぶん、顔に出てしまっていたのだろう。
嘘おっしゃい、という顔をして、柚月は殺生丸をキラリと睨む。

「  ――― とにかく、気をつけて下さいませね、殺生丸さま!
  愛しいと思われるお気持ちが高ぶるのも分かりますけれど、りんさまのお体は、殺生丸さまとは
  作りが違いますのよ、作りが!!
  夜伽の度に、このような激しい愛撫を繰り返されては、りんさまのお体が持ちませんわ!」

「 ゆ、柚月さま・・・・!」

ぴしゃっと言う柚月を、りんは真っ赤になって、さすがに止めた。
柚月は、普段は優しい女性なのだが、こと医師としての立場になると、非常に厳しい。
変なところで、遠慮がないのだ。

「 あ、あの、柚月さま、今夜からは、ちゃんとりんが、気を付けるから・・・!」

これ以上、夜伽のあれこれを注意されるのは、りんが恥ずかしさに耐えられない。
それに、殺生丸が柚月に素直に謝るのは、すべてはりんの体に関することだからなのだ。
これ以上、気まずい表情をして庭先に立ち尽くしている夫を見ているのも、りんはいたたまれない。
要は、夜伽の際に、りんが殺生丸をちゃんと制御できればいいのだ。
・・・まあ、それが結果としていつも、殺生丸を煽ることになってしまうのだが。

「 いいえ、今日という今日は、ハッキリと言わせてもらいますわ、りんさま。
  殺生丸さまも、心してお聞きくださいね!」

薬箱をきっちりと閉めると、柚月は正座したまま姿勢を正して、りんと殺生丸を交互に見つめた。


「 ・・・・このようなことを繰り返していては、お腹のお子に、さわります」


「・・・・・・え??」

りんがきょとんとして聞き直すと、柚月は、厳しい表情から、ふわりと表情を一転させて
いたずらっぽく、くすりと微笑んだ。


「 ・・・・・おめでとうございます。 お子が、宿っていらっしゃいますわ、りんさま」

 

 


「 なっ、なんじゃと―――――――― っ!!それはまことか―――――― っっ!!!」


「 ほ、ほほほ、本当でございますか――― っ!!」
「 りりり、りんさま、おめでとうございます――― っ!!」


がっしゃ―――― ん!!
パリ―――― ン!!


「 ぎゃ―― っ!! あ、あち―――――――― っ !!!」


りんのことが心配で、廊下にこっそり控えていた邪見・小梅・小竹の歓喜の声が響き、
さらに、双子が盛大にひっくり返した熱い茶の乗った盆を、邪見が頭からかぶったらしい。


「 ちょっ・・・大丈夫?! 邪見さまっっ?!」

 

 

 

――――― 妖の里で暮らす、大妖に愛された人間のむすめ。

―――――――― その周囲は、どうやらこれからも、随分と賑やかそうである。

 

 

 




 


神成りとむすめ・・・・・終


・・・・願わくば、これからもこの人間のむすめと大妖の側に、                
                                多くの幸せな笑顔が溢れていますように

平成二十三年 葉月 拝


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