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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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忘れられた物語<2>





闘牙王はふと、朝日のまぶしさに目を開けた。

銀色の前髪に反射する朝日は白く光って、きらきらと眩しい。
闘牙王は金色の目を細めて寝転がったまま背を伸ばし、くあぁ、と欠伸をした。

竹藪から差し込む光の中で、目の前に置かれた、一本の竹筒が目に入る。

あの女童が置いていったものだ。
本当に、人形のように可愛らしい女童だった。
成長すれば、さぞかし美しい姫になろうな、とぼんやりと思う。

・・・・珍しいことだ。
・・・・・・私はどうやら、つらつらと眠っていたらしい。


闘牙王は、その大きな体を起こし、胡坐をかいてふう、と一息ついた。

(・・・・やはりよほど疲れていたのだなあ・・・)

そう思いながら、目の前に置かれた、まだ青く新しい竹筒を見る。
昨晩、栓をあけて中身を少し飲んでみたら、冷たくて甘い水が入っていた。

(・・・あの女童は、十六夜姫、と言ったか。 まさか、あのような女童に匿ってもらうことに なるとは思わなんだ。
  何か、恩返しをせねばならんなあ・・・ )

闘牙王は鎧をきしませながらもう一度伸びをすると、、膝を立て、そこへ頬杖をついて空を見上げた。
ゆっくりと朝の空気を吸い込んで、味わう。 
・・・あの可愛らしい姫を思い出すと、自然と顔が綻んだ。


―――――― 大和の国、吉野。

ここは、古来の神々が多く鎮まる、霊山の山麓。
まず、並の妖では容易に踏み入ることはできない場所だ。
闘牙王が妖力を取り戻すには、これ以上の適地はない。
地面に触れているだけで、天神地祇の霊力が流れ込んでくる。
実にありがたい。本当に、こんなに地上でゆっくりするのも、久しぶりだった。

最近は、あちこちの神や妖に呼び出されては空を駆け、頼まれ事をこなす事が多かった。
友人が多いというのは有り難いものだ。
闘牙王が力を尽くした者の評判が評判を呼び、おかげで一族の中でもここ幾代か振りに、神の列に加えられることになった。
「 狗神 」 と呼ばれるようになったのだ。
闘牙王が神位を得たという事は、それだけでも低級な妖どもには十分な脅威となったらしく、西国では随分とくだらぬ争いごとは
減った。神の位そのものには、あまり執着はないが、それだけは良かったと思っている。

・・・昨夜の闘牙王の傷は、一晩で、ほぼ癒えてしまった。

雷をもろにくらった腕に、少し赤い傷跡が残るばかりだ。 折れた肋骨も、もう癒えた。
そもそもそのあたりの妖になら、腹に穴を開けられても、気合いで傷をふさげるのだ。
今回は、つくづく、相手が悪かった。
タケミカヅチの阿呆め、と闘牙王は空を睨む。

古代神を相手にした神相撲、そして、結果として出雲の異空間からはじき出されてしまったこと。
この手の傷は、闘牙王のような生身の神から、妖力を削り取ってしまう。
天生牙がとっさに結界を張って守ってはくれたが、天生牙はしょせんは己の牙である。
タケミカヅチから身を守るには、到底、力が足りなかったということだろう。

体の傷が癒えているのに闘牙王がここに留まっているのは、大地から霊力を体内に取り込み、完全に妖力が戻ってから妻のいる
天空の城に戻りたかったからだ。 配下思いの闘牙王は、毎年、出雲の神議りから帰ったら皆を集めて、各地の神々から聞いた
妖たちの噂話や動向などを、酒を酌み交わしながら教えてやることにしている。
こうして年に一度、皆を集めて酒宴の席を設けるだけでも、配下たちの絆は強くなる。
今頃、闘牙王の帰りを待って西国各地の妖の長が、あの天空の城へ集まっているところだろう。
心から己を慕ってくれている配下の妖たちに、こんな姿を見せて心配をかけるわけにもいくまい。

( ・・・それに、叔父上たちも、うるさいしな )

闘牙王は朝の空を見上げて眉を寄せると、ため息を一つついた。
狗妖怪の一族の中で神の位を得ているのは、現在、闘牙王だけだ。
男の嫉妬は、女の嫉妬よりも恐ろしいと聞いたことはあったが、本当らしい。
誇り高き一族の有力者たちからの妬みは、バカにならないほどに、すごい。
四国を牛耳る叔父上などは、闘牙王が狗神になってから、あからさまに敵意を向けてくるようになった。
配下の妖を使い、狗神の神籍を奪おうと画策している、という妙な噂すら流れてくる。

妖の世界では、まだまだ力こそすべてと思っているものがたくさんいる。
そのような奴らには、言葉による説得など、全くもって通じない。
闘牙王がこのような弱った姿を見せることは、それだけで余計な争いを招く。
配下や一族の間でのくだらぬ争いごとを避けるためにも、万全の状態で天空の城に戻りたい。

( 人間たちの世も、主導権は公家から武家に移っていると各地の土地神たちも言っていたな。 ・・・これは、秋津島の中で戦が
 増えている証拠なのだろうな )

十六夜の祖母の屋敷にも、ずいぶん多くの武士(もののふ)が控えているらしい。
きっと、こんな鄙びた田舎でも多くの武士たちを護衛に雇わねばならぬほど、人の世も治安が悪くなってきているということなのだろう。  人間たちの世に戦が満ち、人心が荒めばその分、闇に巣くう恨みや憎しみは増え、それを糧とする妖たちは力を増す。 力をつけた妖たちは、人間の心の闇に取り入り、さらなる戦を引き起こす。
・・・・悪循環なのだ。 闘牙王は、小さなため息をついた。
この国を治める高天原の神々も、各地の土地神たちも、そのような世は望んではいない。
人間たちが闇を恐れ敬い、妖たちも光ある世界に敬意を払えば、この国の均衡は保たれるはずで、それが崩れているからこそ、人間達の世には妖が跋扈するようになってしまったのだろう。

(  ・・・・平穏というのは、長く続かぬものだ )

闘牙王はふと、膝の上で己の手のひらを見た。
狗神という大層な名を貰ったところで、結局、己にできるのは戦うことだけである。
きっと闘牙王は、数日後にはもう、その手に鉄砕牙を握って戦っているだろう。
己の神としての存在価値は、戦いの中にこそある。

この男は、こたびの神議りで、とある妖の征伐を東の土地神から頼まれた。
武蔵の国にいるという、竜骨精という妖だ。 八百万の神々にも手に負えぬほど、ずいぶんと残虐で、たちの悪い妖らしい。

(  強い、と聞いて心が騒ぐのは、それが私の本性だからなのだろうな  )

苦笑を浮かべて青空を見上げる。
より強い相手と戦うことに、本能的に喜びを覚えてしまう。 押さえようがない。
それが、狗妖怪である己の本性なのだ。 こればかりは、どうしようもなかった。

( ・・・・次の旅には、絶対に冥加はついてこないな。  さて、竜骨精とは、どれほど強いのやら )

闘牙王が、竹林の間からのぞく朝の空を眺めながら、そう思った時だった。
前方の竹藪から、小さな足音が聞こえた。 聞き覚えのあるその足音に、思わず闘牙王の顔がほころぶ。
その笑顔に応えるように竹林の中から、色鮮やかな小袿を纏った女童が、ぴょこんと現れた。
弾けんばかりの笑顔で、小さな女童は叫ぶ。

「 狗の神様 ――――― ! 」
「 おお、十六夜姫 」

闘牙王は、駆け寄ってくる女童に、朗らかな笑顔を浮かべて口を開く。

「 今日も可愛らしいな、十六夜姫。 昨日は、私を庇ってくれて、ありがとう。  おかげでゆっくりと休むことができたよ。 もう、傷も
 癒えたよ。  そなたのおかげだな 」

大地に座ったままでそう言うと、十六夜は嬉しそうに笑った。

「 よかったわ! 見張りの武士(もののふ)たちに狗神さまが見つかったらどうしようって、心配してたのよ  」
「 私の姿は、彼らには見えぬように結界を張ったのだよ。 心配はいらない」
「 すごいのね、狗の神様!  そんなことができるの? 」

闘牙王の言葉に感心したように言うと、十六夜は大切そうに胸元に抱えていた包みを地面におろし、包んでいた布をはらりとほどいた。 中から、いい色合いに熟した大きなありの実が、ごろりと二つ出てきた。
闘牙王は、思わず首を傾げる。

「・・・・ありの実?」 ※                                                     ※梨の別名   

十六夜は目をきらきらさせながら、闘牙王を見上げて、一生懸命に口を開く。

「 あのね、太平にね、あ、太平っていうのは庭のお世話をする爺やなんだけどね、 太平にね、お庭のありの木からちぎって
 貰ったの。 おばあさまの庭のありの実は、すごく甘いのよ 」
「 ・・・これを、私に?」

目をぱちくりしながら闘牙王が聞くと、十六夜は小さな手でありの実を手渡しながら、にっこりと笑う。

「 うん、食べて貰おうと思ったの。 十六夜もね、お風邪をひくとありの実を食べるのよ。おいしいし、元気がでるんだよ? 」

小さな手で手渡されたありの実は、ずっしりと大きく、熟した甘い香りを放っている。
闘牙王は、くすくすと笑った。 生まれてこのかた病など煩ったこともないが、こんな可愛い女童に心配して貰うのは悪い気分
ではない。

「 ・・・・ありがとう、十六夜姫。 せっかくだから、一緒に食べないか? 」
「 うん、そのつもり!」

十六夜は、遠慮なくもう一つのありの実に手を伸ばし、小さな可愛らしい口で、ぱくりと大きな実にかぶりついた。
「・・・おいしい!」 そう言うと、嬉しそうに笑う。

「 いつもはね、明石が高杯(たかつき)の上で、きれいに剥いて、切ってくれるの。 十六夜ね、一度でいいから、丸ごと、皮のまま
 食べてみたかったの。  でも、そんなことしちゃだめって怒られるし、おばあさまも、それはお行儀が悪いからって、許して
 くれなかったわ。 十六夜、狗神さまのおかげで、夢が叶ったわ 」

一生懸命、大人びた話し方をする十六夜を見て、闘牙王は思わず声を立てて笑ってしまった。
公家の姫君が行儀作法を教え込まれるのは当然のことだ。 だが、幼子には公家も庶民もあるまい。
こういう子供らしさは、闘牙王が久しく接していなかったものだ。
幼い頃はまるで姫のように美しかった、我が息子を思い出す。 あれは両親に似ず生真面目で、教え込まれる作法一つにしても
ワガママすら言わず、難なくこなした。
・・・その代わり、気に入らぬ師がくると、容赦なく殺してしまう。
あれにふさわしい師を見つけるのは、本当に大変だった。

闘牙王は昔を思いだし、くすりと笑うと、大きな手をぽんと十六夜の頭に乗せた。

「 ありがとう、十六夜姫。  本当に、あのような怪我をするのは久しぶりでな。 あの時そなたが私を匿ってくれなければ、大変
 だったのだよ。 この礼がしたいんだが、十六夜姫は何か、困っていることはないか? 私でよければ、力になりたいのだが」
「 困っていること・・・?」

十六夜は、ありの実を食べながら長いまつげをぱちぱちとさせた。
うーん、と考えた後、にっこりと笑う。

「 今は、無いわ。 ・・・・・でも、京にいた頃は、すごく辛かったの。 亡くなったお母様に 会いたくて、毎日毎日泣いてばかりいたの。
  けれど、それじゃあダメよって、おばあさまが吉野に連れてきてくださったのよ。 吉野に来てからは、毎日、とても楽しいわ。
  一緒に遊んで くれる童もいるし 」

それが、昨日姫が明石という女房から庇っていた、あの猛丸とかいう童子なのだろう。
幼い子供が思い悩んでいないことは、いいことだ。
闘牙王は、そうか、と微笑んで、手渡されたありの実を皮ごとかじった。
果汁があふれて、ぽたぽたと落ちる。

「 ・・・・うまい!  ずいぶんと甘いな!」

目を丸くした闘牙王の顔を見て、十六夜は嬉しそうに笑った。

「 そうでしょう? おばあさまの、自慢のありの実だもの。  あ、そうだ。  狗の神様は、お名前はなんて言うの?」

何気ない問いだったが、闘牙王は一瞬、十六夜を見つめなおした。

名なら、二つある。  仮名(カナ)と、真名(マナ)。
『闘牙王』 というのは、いわゆる通り名で、仮の名である。
闘牙王に限らず、陰陽術が力を持っていたこの時代、権力のあるものが仮名と真名を使い分けているのは常識的なことだ。
真名を明かすということは、そのものの本質を見抜く力を相手に与えてしまう、ということを意味する。
妖にとっては、真名を知られるということは、命を預けるのと同義である。
闘牙王とて、真名を明かしているのは天空の宮にいる妻だけだ。

姫が聞いているのは、己の仮名である、通り名のことであろう。
当たり前だ。 そう思いつつも、闘牙王は不思議な感覚にとらわれた。
私は、己を庇ってくれたこの姫に、いつか真名を明かすのではないか――― という、予感。
・・・馬鹿げている。そもそも、妖が人間と関わりすぎるのは、よくない。 人間は、妖ほど長くは生きられないし、住む世界が違う。
そんなことは、分かりきったことだ。

・・・と、思いつつも、この男は生来の明るさで脳天気にも、そうなったらそうなった時だ、と開き直って、つい、この女童をからかいたくなってしまった。 男はその精悍な口元に、くすり、と極上の甘い笑みを乗せる。

「 私の名・・・か。  ・・・・十六夜姫よ、菜摘み子の歌を知っているか?」
「 菜摘み子?」
「 ああ、そうだ。 たしか万葉集という歌集に載っているはずだ。 読み人は、雄略とかいう諡号(おくりな)の帝だったかな 」

闘牙王は空を見上げて、浪々とした声で、和歌を詠んだ。


籠(こも)よ み籠(こ)持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串(ぶくし)持ち この岳(をか)に
菜摘(なつ)ます児(こ) 家告(の)らせ 名告(の)らさね 
そらみつ 大和(やまと)の国は おしなべて われこそ居(を)れ しきなべて われこそ座(ま)せ 
われにこそは 告(の)らめ 家をも名をも



「 ・・・聞いたことはあるか?」

十六夜は闘牙王の声に惹き込まれるように聞き入っていたが、歌が終わると、はっとしたように我に返って、なぜか、少し赤くなってぷう、と膨れた。

「 ・・・よく、知らないわ。  どうしてそんなことを聞くの?  お歌のことをちゃんと知っているかどうか聞くなんて、なんだか狗の
 神様は明石みたいだわ 」

どうやら、十六夜姫は和歌は苦手らしい。
公家の姫君たるもの、万葉集の和歌くらいは常識として諳んじていなければならない。
この膨れた表情からすると、普段、十六夜姫は明石という女房からさんざん教養を仕込まれ、いや、絞られているのだろう。
闘牙王は想像して、ははは、と笑ってしまった。

「 いやいや、姫には少し早い歌かもしれぬから、知らなくても仕方ないかな。  この歌の意味は、そこの菜を摘んでいる
 可愛い娘さん、私に名を教えてください、名を教えて私の妻になってください、という歌なのだよ。 名を明かすということは、
 己の出自が分かる、ということだ。  隠し事ができなくなる。 つまり、名を問うという行為は、共に生きていきましょう、とい
 うことになるのだよ」
「 ・・・そうなの?」
「 そうなんだよ。  ・・・・・・・つまり、今、私に名を尋ねた姫は、私に求婚したことになる 」

イタズラっぽく片目を瞑った闘牙王に、十六夜は真っ赤になって叫び声をあげた。

「 え―――――― っ!!  嘘でしょう?!」
「 嘘じゃない。 さて、私はどう返事をしたらいいのかな・・・? 」

十六夜姫はありの実を手にしたまま、真っ赤な顔のままで、口をぱくぱくさせた。
闘牙王は、吹き出しそうになるのを必死に押さえる。
幼い子供をからかうのは、好きだ。
最近は息子が成長してしまって、なかなかからかえなかったから、その分よけいに楽しい。
十六夜姫はありの実を握りしめて、上擦った声で闘牙王に聞いた。

「 ひ、人が、神様と、結婚できるの?!」
「 うん、まあ、出来ないわけではない。過去に例がないわけでもないしなあ。
  十六夜姫のような可愛らしい姫君なら、神々も喜んで妻に迎えたがると思うがなあ 」

すっとぼけた顔で闘牙王がそういうと、十六夜は食べかけのありの実を、おずおずと布の上に置いた。
もじもじしながら真っ赤な顔で下を向いて、ぼそぼそと言う。

「 い、許嫁になるって分かってたら、十六夜、目の前で、ありの実にかぶりついたりしなかったわ・・・。
  狗の神様・・・十六夜のこと、お行儀悪いって思った・・・?」

可愛い。 たまらず、闘牙王は吹き出してしまった。
ひとしきり大笑いしたあとで、目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら、闘牙王は謝った。

「 すまん、すまん! 十六夜姫、今のは嘘だ、悪かった。 姫が可愛いもので、ついからかってみたくなったのだよ。
 私は、普段通りの元気なそなたが好きだ 」
「 まあ!! 」

ひどいわ、といった顔をした十六夜の頭にぽんと手をのせると、闘牙王はまだくすくすと笑いながら、口を開いた。

「 そなたに感謝の意をもって、答えよう。 我が名は 『 闘牙王 』 という。 とうが、とは、闘う牙、という意味だ。  姫の言った通り、
 『 狗神 』とも呼ばれておる。  私の名は、妖の中では結構知られているのだがな、人間たちはまず、知るまいなあ・・・ 」

闘牙王がそう言って苦笑すると、十六夜は賢そうな顔で、とうがおうさま、と繰り返した。

「 お名前の最後に、おう、ってつくってことは、一番偉い人なの? この前、お坊さまの説法で天竺の帝のお話を聞いたの。
  天竺の帝(みかど)は、王っていうのだと、言ってたわ。 お空をとんで、この大和の奥にやってこられた王様がいるのだと、
 お坊さまは言ってた 」
「 ほう、よく知っているな。 それはきっと、天竺から熊野の地に渡った善財王のことだな。あれも確か、人から神に成った一人だ。
  私は、元は狗妖怪の一族の長(オサ)だったのだが、今は神の地位を賜って、狗神の名を名乗ることを許されている。 
 ・・・・名前からそれを読みとるとは、十六夜姫も、なかなかやるな 」

感心したように闘牙王がそう言うと、照れたように十六夜ははにかんだ。

「 十六夜、お歌はあんまり得意じゃないけど、そういうおとぎ話は大好きなんだよ。  狗の神様・・・闘牙王さまを見た時も、とても
 嬉しかった。 闘牙王さま、あんなに怪我をしていたのに、初めて十六夜を見たとき、笑ってくれたのよ。  心配しなくていいって
 言っているみたいで、ああ、この人はきっといい妖なんだわって思ったの 」

誉められたことが嬉しかったのか、先ほどの膨れ顔から一転、十六夜はにこにこと笑った。
そんな姫の笑顔に闘牙王は、優しい眼差しを注ぐ。

「 ありがとう。  そなたのおかげで、私は身を隠すことができて、助かったのだったな。  ・・・・されど、おとぎ話ですまぬほど、
 妖には恐ろしいものもたくさんいるのだよ。  特に、姫のような可愛らしい娘は、拐かしにあいやすい。 むやみやたらに、妖を
 信じてはならぬよ 」
「 ええ、でもそれは、きっと大丈夫だと思うわ」

十六夜は、その美しい瞳を輝かせて、闘牙王の目をのぞき込んだ。

「 だって、十六夜が困ったときは闘牙王さまが助けてくれるんでしょう?」

闘牙王は目をぱちくりとさせたが、一拍後、ぷっと吹き出した。
この姫にはかなわんなあ、と、くつくつと笑う。

「・・・いや、そうだったな。 困ったことはないか、と聞いたのは、私の方だったな」
「 そうよ、闘牙王さま 」

十六夜はうふふ、と笑うと、再びありの実を手にして、ぱくり、とかぶりついた。
闘牙王も、そんな十六夜を優しい眼差しで見つめながら、食べかけの実に、ばくり、とかぶりつく。

「 甘いね!」
「 うん、甘いな」

「お怪我、直りそう?」
「ああ、もうほとんど直った。 姫がくれた、この実のおかげだな 」

さらさらと、竹林の中を爽やかな風が吹き渡ってゆく。
木漏れ日が、十六夜の鮮やかな小袿を照らし、闘牙王の鎧をきらきらと輝かせた。

「 やっぱり、丸ごと食べる方が美味しい気がするわ 」
「 ああ、私もそう思う 」

二人はありの実を食べ終えると、顔を見合わせて、くす、と笑った。

その時、遠くから、闘牙王の耳だけに届く声が聞こえた。


――――― 十六夜さま
――――――― 十六夜さま

―――――――――  どこですか、十六夜さま?


・・・あれは、昨日泣きそうになっていた猛丸とかいう童子の声だ。
また、十六夜はあの男子(おのこ)を撒いてきたらしい。 たいした姫君だ。
闘牙王は、果物を食べ終わってにこにこしている十六夜を、優しい眼差しで見下ろした。

「 ・・・・さて、十六夜姫。 そなたを呼ぶ声が聞こえる。 このままでは、また猛丸が明石に叱られてしまう。  そろそろ、戻った方がいい 」

闘牙王がそう言うと、十六夜は、少しだけ残念そうな顔をした。
眉を寄せた憂いの表情さえ、人形のように可愛らしい。

「 ・・・・十六夜はもう少し、ここにいたいわ」
「 こんな可愛い姫君にそんなことを言わせるなんて、男冥利に尽きる」

くすくすと笑いながら、闘牙王は優しく十六夜の頭を撫でた。
十六夜の知る、誰よりも大きく、暖かな手。
綺麗に切り揃えられた前髪の下で、十六夜の大きな瞳がわずかに揺れた。

「 ・・・・・闘牙王さまは、いつまでここにいらっしゃるの・・・?」
「・・・・そうだな。  明日、明朝には立つ。  私は、役目を果たすために行かねばならぬ」
「 お役目?」
「 ああ、悪い妖を倒しに行かねばならんのだよ」
「 悪い妖・・・?!」

心配そうに曇った十六夜の瞳の真剣さに、闘牙王は思わず捕らえられてしまう。
・・・・本当に、この姫は美しい。 女童の年齢でこの美しさだ。 妙齢になれば、どれだけの男たちが姫を妻に迎えたがることだろう。
闘牙王は、安心させるように微笑んで、両手で姫の肩を、優しく抱いた。

「 心配してくれるな、十六夜姫。  そなたには情けない姿を見せてしまったが、私は強い。 その強さゆえ妖の身でありながら、
  神の名を賜ったのだ。  そなたらが安心して暮らせるよう 悪霊や悪しき妖を討伐するのが、狗神たる、我がつとめ。
  心配しなくともよい」

その優しく深い声色に、十六夜は、ほっとする。
どうしてだか、闘牙王に触れられていると、安心する。  しばらく会っていない、都にいるお父上なんかよりも、ずっと。
神様だからかしら、と、十六夜は大きな大きな闘牙王を見上げて、そう思った。

「 ・・・・じゃあ、明日、お別れにきてもいい?」

本当はもっと色々なお話を聞きたいのだけれど、と十六夜は残念そうにつけたす。
こんな美しい瞳で見上げられ、頼まれれば、否、とは言えない。
闘牙王は、困ったように笑った。

「 そなたは命の恩人だ。 別れの挨拶ならば、本当なら、私の方から出向かねばならんのだが、そうもいかぬからな。
 ここで待っていよう 」
「・・・・・うん 」

闘牙王の大きな手に肩を抱かれて、十六夜は闘牙王を見上げ、こくりと頷いた。
寂しそうに目を伏せると、ありの実を包んできた布を手に取り、十六夜はきびすを返す。

十ほど歩んだところで、十六夜は、くるりと闘牙王を振り返った。
決心したように、闘牙王をまっすぐに見て、口を開く。

「――――― お守り!」

「 ん?」

「 闘牙王さまの為に、十六夜、お守りを作るわ! 」

闘牙王は少し目を見開いてその言葉を聞いたが、すぐに、その精悍な口元に笑みを浮かべた。



「―――― ・・・ ありがとう、十六夜姫」



男の表情を見て、人形のように美しい女童は、輝くような笑顔を浮かべて、きびすを返した。







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