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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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神はそれを知らずとも

 


 


――― 今は昔。


あまたの偶然とあまたの必然で、狗の妖と人間の幼いむすめが出会った。
二人は愛し合い、多くの子を産み育てた。


二人はどの子も等しく愛し、慈しみ、共に生きた。
半妖、と呼ばれた子供たちには、妖に限りなく近い子もいれば、人間に限りなく近い子もいた。


やがて人間のむすめがこの世を去り、妖は独り残された哀しみのあまり、姿を消してしまった。


そして子供たちは、それぞれにふさわしい生き方を選んだ。


 


これは、大地の上で、人間と生きることを選んだ二人の子供たちの、遠い末の話。


 


 


 


 

神はそれを知らずとも

 




 


武士(もののふ)たちが日の本を二分した戦を起こしたのは、さて、どれほど前のことか。
その戦が終わったと同時に、この秋津島から戦国と呼ばれた時代が終わりを迎えた。

不思議な井戸のある武蔵野は江戸と呼ばれるようになり、征夷大将軍が在(ましま)して、ゆるやかに、ゆるやかに、秋津島には穏やかな時が訪れつつあった。


されど、やはり闇はまだ世界の半分を支配し、そこには多くの妖たちが住み着いていた。




そんな、ある夜のこと。


人里を見下ろす山の頂上近く、冷ややかな月明かりの下で一人の娘が夜露に濡れてうずくまっていた。


足を痛めたのだろう、足をさすりながら途方に暮れた顔をして、娘はただただ、星空を見上げていた。
息が少しだけ白い、初秋の夜更けであった。


「困ったなぁ・・・」


結い上げた黒髪に触れると表面がしっとりと夜露を含んでいて、濡れた指先から寒さが染み込んでくる。
座り込んだ山肌からもしんしんと冷気が伝わってきて、娘は体を微かに震わせた。
震える指先で簪を抜き、髪をほぐして下ろす。気休めかもしれないが、その方が少しは首元が暖かい。
初秋とはいえ、夜が更けると山の気温はかなり低くなる。
さほど高い山ではないが、ここは頂上に近く、風も強い。
山で体温が奪われれば、天候によっては夏でも凍え死ぬことはある。


家には、夕刻には帰ると伝えてきた。
嫁入り直前の娘が山から帰ってこないのだから、今頃、大騒ぎになっているに違いない。


娘の座り込んだ場所からは、山裾に広がる里の灯りが見える。
だが、「 助けて 」と叫んだところで、声が届く距離ではない。


「ついてないなあ、もう・・・」


足首は赤く腫れ上がってきている。
立つことが出来たとしても、とても山中を歩けるとは思えない。
幸い、行き先は伝えてきたから、明日の朝には兄か弟が助けに来てくれるだろう、と思う。
寒さに耐えながら、ここで夜が明けるのを待つしかなかった。


「まあ、死んだりはしないから大丈夫だと思うけど」


確信を持って、娘は呟く。
寒い。足が痛い。でもきっと、明日の朝には足の腫れも直っているだろうし、どんなに寒くても娘は今まで風邪をひいたこともなければ霜焼け一つできたこともない。
体が異常なまでに丈夫なことだけが、自分の取り柄だ。
今回の嫁入りの話も、それが決め手だった。
きっと、強い子を産めるだろうから、と。


「・・・・・・跡継ぎ・・・かぁ」


娘は、ため息をつく。
そもそも、この縁談は娘にとっては心躍るものではないのだ。
しかし世間では、こういう嫁入りを「玉の輿」と言うんだそうだ。


娘は、お城の若君の側室に、と望まれている。
若君の本妻は男子を四人産んだが、ことごとく皆、体が弱かった。
四人のうち三人はすでに亡くなり、たった一人残った末の男の子も頻繁に熱を出し、何度も死にかけているという。
強い男の子を跡継ぎにと望む声は多く、それが、娘が側室にと望まれた理由だ。

・・・けれどそれは、男の子を産まなければ娘には何の価値もないということだ。
運良く男の子を授かったところで、本妻から良く思われるはずもはないだろうし、それを思うと娘はとても気が重くなる。
聞けば、京の公家から嫁入りしたという本妻は、ずいぶんと気位が高いと聞いている。
市井で織物家業の職人に育てられた娘とは、気が合うはずもない。
それでも、降ってわいた良縁に喜ぶ両親の顔を見ていると、娘にはこの縁談を断ることはできなかった。
身寄りの無い赤ん坊だった娘を今まで育ててくれたのが、今の両親である。しかも、実の子供である兄や弟の中で差別もせず、たった一人の女の子だと言って本当に大切に慈しんでくれた。 
本当の両親の顔も覚えていない娘からしてみれば、どんなに感謝しても足りない。


(せめて、女の子じゃなくて男の子を産まなきゃ)


娘が嫁入り前に出来ることといえば、山の頂上にある祠にお参りに行くことくらいだった。
昔からの言い伝えで、この山の頂上にある祠にお参りすれば、男の子が授かるという。事実、里の中にはそうやって男の子を授かった母親たちがいるから、娘もその言い伝えを信じてきた。


(・・・だけど・・・)


元気な子ならどっちでもいい、と言われたらどんなに気が楽だろう。
男でも女でも、産まれてきた子はどちらでも可愛いのではないのだろうか。両親は、血がつながっていない自分のことすら、こんなに可愛がってくれた。 それと同じことが、どうして叶わないのだろう。
聞けば、お城の家督は男でなければ継げないのだという。
娘の両親は、二人ともが優れた織物職人だ。仕事のことは何でも二人で協力してやっている。互いにその腕を尊敬し、信頼し、そんな両親の姿は娘にとって理想そのものだ。
・・・どうして、そうではいけないのだろう。
武家のしきたりは、娘にはよく分からない。


痛めた足が、冷え冷えとした体の中でじんじんと熱を持っている。
さすろうと体を動かすと、ずきん、と痛んだ。


「いたっ」


お城の若君は、頼りなさげな男だった。
娘の噂を耳にされて、一度、お付きの家来と共に娘の顔を見に来られたのだ。
その時、娘は両親と共に家の前で平伏して若君を迎えたが、「面を上げよ」と言われて恐る恐る若君の顔を見た。
頼りなさげで、とても線の細い人だった。
子供の体が弱いのは、この若君のせいではないのか、と直感的にそう思った。


「たいそう体が丈夫な 『 お鈴 』 という娘がおると聞いたが、そなたか?」
「・・・はい」


やりとりは、それだけだった。
その日の夕方、お城から侍がやってきて、一月後に側室に入るように、と言い残して帰っていった。
娘にお屋敷暮らしをさせてやれる、と両親は夢をみているような表情でしばらくぼうっとしていた。弟がはしゃいで、「姉ちゃん、よかったなぁ!」と笑顔でそう言ってくれた。「こんな良い縁談はない!」と、近所の職人さんたちまでやってきて、喜んでくれた。
兄が、一瞬寂しそうな表情をして、そしてそれを笑顔に変えて、大きな手を娘の頭の上に置いて、くしゃくしゃと撫でた。


「――― おめでとう。良かったな、お鈴 」


・・・・・娘は、何も言えなくなってしまった。


「・・・・・・助けて」


ぼそりと呟いて、娘は笑ってしまった。
あの若君は、娘が本妻からどんなに嫌がらせを受けても、自ら盾となって側室を守ってくれるような、そんな気概は無いように見えた。
嫁ぎ先では、自分のことは自分で守らなければならないだろう。直感で、そう思う。
心の奥底に押し込めた不安や寂しさは、きっと誰にも言えないまま。
・・・本当の気持ちも、ずっと隠したまま。


「・・・誰か、助けて」


「・・・・・・誰か、気づいて」


ずっと、言葉に出せなかった。
ここなら、誰にも聞こえない。
家族に、心配かけたりせずにすむ。
お城に入ったら、もう、泣くことすらできない。


「・・・・っ」


気がついたら、ぽろぽろと涙がこぼれていた。


「・・・・・嫌だ」


ずっと、あの家にいると思っていた。
老いていく両親の世話をしながら、織物を織りながら、ずっとあの家にいられると思っていた。
あの家にずっといれば、ずっと一緒にいられると思っていた。
自分の気持ちに気がついてもらえなくても、それで、十分だったのだ。


「・・・・・・助けてよ」


たまらなくなって、声が震えた。


「――――――  誰か、助けて・・・!」


 


 


 


さくり、と後ろで足音がした。
まるで、天上から誰かが誰かが降り立ったように。


 


娘は思わず振り返り、目を見張った。
そこに立っていたのは、月の化身のような、白銀の妖。
身にまとった白銀の毛が月光を集めたかのように、ほのかに光を放っている。


 


「・・・・・・助けを呼んだのは、お前か」


低い声が、響く。


「・・・・・泣いているのか」


人間のものではない金色の瞳が、静かに娘を見下ろしていた。


「あ・・・・あ、の」


娘は恐怖で、総毛立った。
自分は今、妖と対峙している。そう理解すると、今度は体がガタガタと震えはじめた。
山の奥は、神々の住む世界。そして、闇の世界は、物の怪たちの世界。
こんな夜更けに山にいるなど、本来なら言語道断なのだ。


「ご、ごめんなさい・・・! あ、あの、朝になれば里に帰ります、から」


この物の怪に、喰われてしまうのかもしれない。


「ゆ、許して、ください・・・!」


もう、家族に会うことも叶わないかもしれない。
恐怖にかられて許しを請うと、娘は立てない足を引きずりながら這って白銀の妖から遠ざかろうとした。


そんな娘を見て、妖はいぶかしげに目を細めた。


「・・・助けを呼んだのではないのか」


「・・・え?」


「・・・天生牙が、騒いだ」


「てんせいが・・・?」


この人は、自分を殺そうとしているわけではなさそうだ。
そう思うと、娘はおそるおそる妖を見上げた。
白銀の月の化身のようなその姿。 
月光の下で佇むその妖は、人間を喰らうという化け物には見えない。
人間離れした美しさはむしろ、神々しくすらある。


「・・・あなたは・・・誰・・・?」


娘がかろうじてそう聞くと、妖は腰の刀に手を置き、その金色のまなざしで娘の顔をじっと見返した。
妖のあまりに美しい顔立ちに、娘は息をするのを忘れてしまいそうになる。骨格や、着けている鎧は男のそれだが、藤色の振り袖もあいまって、まるで物語の姫君のようだ、と娘は思う。


「・・・・助けを呼ぶ声が聞こえた。天生牙が騒いだ。ゆえに、来た」


「助けを・・・?」


妖が、人間を助けることなどあるのだろうか。
そんな話は聞いたことがない。


「なぜ、泣いている」


「・・・・・・」


娘は口ごもる。
何かに襲われて、助けを呼んだわけではない。
一言で説明できるような話でもない。
それに、妖に人間の都合など分かるものだろうか。
目の前に立った妖の白銀の長い髪が、夜風にゆれてさらさらと靡いた。
本当に、物語のお姫様のような美しさだ。


(・・・神様みたい)


そうだ、神様なのかもしれない、と娘は思った。
もしかしたら、さっきお参りした祠の神様かもしれない。
娘が山で泣いていたから、姿を現してくれたのかもしれない。
そういえば、この輿入れの話が出てから、里のお社の神様にも、山の祠の神様にも、娘は一度も自分の幸せを願っていない。
幼い頃は、手を合わせるたびにささやかな幸せを願っていたのに。
そう思うと、また悲しくなってきて、涙がこぼれた。


(神様にだったら・・・話しても大丈夫なのかもしれない・・・)


娘は、このまま秘めておかなければならない想いを、誰かに聞いてほしかった。たとえ、自分の想いが、ずっと夢みていた願いが叶わなかったとしても。
頬を伝う涙を手の甲で拭うと、息をのんで、娘はこわごわと口を開いた。


「・・・もうすぐ・・・好きではない人と、夫婦にならなければ・・・ならないの」


恐る恐る言葉を口にすると、人ではない者と対峙している緊張が、するすると不思議なほどにほどけていった。目の前の神様のまなざしは、人間離れした美しさで、娘にはなぜか少しだけ哀しげに見えた。
そして、娘の話に真摯に耳を傾けているようにも。


「好きな・・・人が、いたの。 だけど、お城の若君の側室になれって言われてるの。若君には・・・強い男の子が産まれないの。私は、すごく体が丈夫で、だから強い子を産むだろうって。・・・私には、断れない」


ぽたぽたと、涙が落ちる。ずっと我慢していた涙。


「私、孤児(みなしご)だったの。・・・・だから」


どうしようもなかった。
納得していたはずだった。
でも、どうしてだろう。この白銀の神様の前では、自分の気持ちに嘘がつけなくなってしまう。


「・・・・断ったりしたら、父さまと母さまが悲しむでしょう? ・・・それに」


そして、秘めていた想い。
口にすれば、もう、押さえられなくなってしまうかもしれない。
涙がぽろぽろこぼれて、目の前の白銀の神様がゆらゆらと揺れた。


「・・・・わたし・・・ずっと、兄さまが好きだったの。誰よりも優しくて、ほんとに、ほんとに、大好きだったの。このまま家にいれば、ずっと一緒にいられると思ってた。 私は孤児(みなしご)だから血のつながりもないし、もしかしたら・・・・・もしかしたら・・・兄さまのお嫁さんになれるかもしれないって、思ってた・・・!」


娘は嗚咽をもらして、顔を覆った。
喉が腫れたようになって、息がうまくできなかった。
涙が、どこから湧いて出てくるんだろうと思うほどに、次から次からこぼれてくる。


・・・この気持ちに気がつかないふりをして、側室に入ってしまえば良かった。
このままうまく、自分をごまかし続けられればよかったのに。
思いっきり泣いて泣いて、泣き尽くして忘れられたらいいのに。
だけど、言葉に出して改めて実感してしまう。
きっと、死ぬまでこの想いは変わらないだろう、と。


「・・・・・そうか」


どれだけ泣いていただろう。
頭上から低い声が響き、娘は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。


白銀の神は、静かに娘の前で膝を折り片膝立ちになると、その優美な指で涙だらけの娘の顎をすくう。
くい、と顎を持ち上げられた娘は、吸い込まれるような金色のまなざしに目を見張る。
白銀の神は、娘を通してまるで懐かしいものでも見たかのように、寂しげに微笑んでいた。


「・・・お前の中に流れる血が、私を呼んだ」


「え・・・?」


「愛しいものと生きる幸福を、私は知っている」


白銀の神は娘の顎をすくっていた指を離し、そっと娘の頭を撫でた。


「・・・・愛するものと健やかに生きよ」


金色のまなざしは、なぜか里の方を向いている。


「天生牙が騒いでいる・・・」


娘から二歩離れると白銀の神は、ふわり、と宙に浮いた。
そして、あっと言う間に金色の光の玉になると、流れるように里の方へ降りていってしまった。


「・・・・・・え・・・?」


そっと撫でられた感触は、まだ頭に残っている。
娘が大きな瞳をしばたかせると、目尻にのこっていた涙が落ちた。


「・・・? まぼろし・・・だったの・・・?」


座り込んだまま、ぼうっとして光の消えた方向を見つめていると、遠くからガサガサッという音が聞こえた。
娘はハッと身構える。
獣が近づいているのかもしれない。
やがて、木立の中にぼんやりと、松明の光が見えた。


「お―――― い、お鈴――― !!」


懐かしい、声。
それは、大好きな、大好きな人の声。


「・・・! 兄さま・・・・!!」


一気に肩の力が抜けて、涙があふれてくる。


(兄さまが、助けにきてくれたんだ・・・)


「返事をしてくれ、お鈴―――――― !」


必死に、自分を捜してくれている。
大好きな人が、自分を捜してくれている。


もう、誤魔化すのはやめよう、と娘は思った。
もう、これ以上、自分を誤魔化せない。
兄さまを困らせてしまうかもしれない。
父さまと母さまが、悲しむかもしれない。


でも、それでも、伝えなければ、と思った。
祠の神様が言ったのだ。「愛するものと健やかに生きよ」、と。


娘は、涙を拭い、力の限り叫ぶ。


 


「兄さま―――――― !!!」


 


 


 


 


――― その夜、城に変事があった。


次期当主である若君の枕元に、白銀の神が顕れたのだという。


山から訪れたというその白銀の神は、まばゆい光を放つ一振の刀で、若君に憑いていた悪霊を切り伏せた。
その場には城が揺れるほどの断末魔が響いたが、若君は傷一つ負っていなかったという。
悪霊は、城の奥深くで代々の当主を呪っていたという物の怪であった。


それ以降、この城の当主には健やかな男子が授かるようになり、国は豊かに栄えたという。


そして、この時代には珍しく、その怪異以降なぜかこの城では側室制度が禁忌となった。


 
 


――――――――  これは、人間と生きることを選んだ二人の子供たちの、遠い末の話。


 







子孫たちは、しなやかに生きていく。

神はそれを、知らずとも。 


 







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