あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

ありふれたものの中に、それはありました<5>


旅籠の女将が語る、妖と人間の、恋。

りんちゃんはどう思うのかな。










ありふれたものの中に、それはありました<5>


 

・・・そう、あれは、私が8つの時でしたわ。
私には、7歳年上の姉がいたのです。

15歳ながら、姉は琵琶の名手でしてね、
姉の琵琶を聞きたいと、大勢のお客様がこの旅籠へいらっしゃったものです。

私も覚えておりますが、
姉の手から紡ぎ出される音色は例えようもなくすばらしかった。
一曲が終わる頃には、それはそれは、滂沱の涙で前も見えぬほど。
心も魂も洗われたようで、お客様は皆、憑物が落ちたような顔になっていたものですわ。

・・・あのころは、本当に宿は賑やかでした。

何しろ、ほかの旅籠からも姉の琵琶聞きたさにお客様がやってくるのですもの。
姉のおかげで、ずいぶん両親は裕福になったと思いますわ。

・・・そういう事情もあったのだとおもいますけれど。

姉は15歳になったその年に婿養子を迎えることが決まっていて、
この宿を継ぐことになっておりました。

婿養子さまは、近くの長者さまの息子さまでしてね。
いわば、親同士が勝手に決めた結婚相手だったのですよ。
けれど、そのようなことはよくあることですし、
仕方のないことなのだと幼い私は思っておりましたわ。

・・・けれど、姉はそうではなかった。

その頃の私は全く気がついていなかったのですけれど、
実は、姉には、恋しく想っている人がいたのですわ。

そう、その姉の想い人。
それが、村の若者というのであれば、両親も少しは考えたのかもしれませんわね。
ですが、そのお相手というのが・・・人間ではなかったのです。

・・・ああ、そちらの赤い格衣をお召しのあなたさまも、
妖の血を受け継がれておいでですね。
そう、犬夜叉さま、とおっしゃるのですか。
勘違いなさらないでくださいね、妖や、半妖と呼ばれる者たちの存在を、
私は両親のように頭ごなしに否定するつもりはありませんわ。

・・・話を戻しましょう。
姉が愛用していた琵琶は、唐来物でしてね。
どこから流れてきたのか分からぬ、
されど、とてもすばらしい音色を奏でる琵琶でございましたのよ。

私は幼かったので、いつ頃かは覚えておらぬのですが、
一人の落ちぶれた貴族の御老人が、その琵琶をこの宿に置いていかれたのです。
姉の琵琶の腕に感激されましてね、これは姉にこそふさわしい、と。

後で分かったことですけれども、その琵琶には実は名前があったのですよ。
「玄象(げんじょう)」という名前が。

まあ、法師さま、ご存じですか?
それは、それは。
・・・ふふ、驚いたでしょう?
かつては天子さまがお持ちになっていた名高い琵琶なのですもの。

曰く、下手な弾き手が弾けば腹を立てて鳴らず、
あまりの美しい音色に鬼が宮中から盗みだし、
宮中が火事になったときには、足が生えて歩いて自分から避難した。
数々の逸話を持つ、妖の琵琶・・・。

都から遠く離れた、こんな田舎の温泉地に住む私たちですもの。
当然、私は玄象という名前すら知りませんでしたし、姉も知りませんでしたわ。

ただ、毎夜毎夜、姉は琵琶の稽古をする度に、どうも様子がおかしくなっていったのです。
ぼんやりと、宙を見て、考えごとをしていることが多くなっていきました。
琵琶を弾いている時以外は、心ここにあらず、といったようにね。

あの当時、姉の琵琶はうちの大切な商売道具のようなものでしたでしょう?
幼い私は、姉の琵琶の稽古を邪魔することを両親から硬く禁止されておりました。
宿にはお客様がお休みになっていらっしゃったので、姉はいつも夜中に一人、
音があまり漏れぬよう土蔵の中で扉を閉め切って稽古をしていたのです。

けれど、私は姉の琵琶が好きで好きで、夜中に土蔵の前に座り込んで、
姉の稽古に聞き耳を立てていたのですわ。

姉は、琵琶を弾いては独り言をぶつぶつと言っておりました。

「ああ・・・今のはもっと寂しげに弾かねばなりませんね」
「・・・ここはもう少し、早く弾いた方がいいかしら・・・」

ええ、私はただの独り言だと思っていたのです。

・・・けれど、それは姉の独り言ではなかった。

土蔵の厚い扉越しに耳を澄ませていた私には、
中にいる姉の姿が全く見えておりませんでしたから、分からなかったのですけれど。

姉は、一曲演奏するごとに、琵琶の「玄象」と会話をしていたのです。

ある日、いつものように耳を澄ませて姉の稽古を聞いていた私は、
姉の独り言が、妙なことに気がついたのです。
姉の独り言は、どうも、誰かと会話しているようだ、と。

気になった私は、そっと重い扉をほんの少しだけ開けて、
そうっと、その隙間から倉の中をのぞきました。

・・・私は、あまりに驚いて心の臓が止まるかと思いましたわ。

そこには・・・輝くばかりに美しい、貴族の殿方がいらっしゃったのです・・・。


貴族さまの装束、直衣を襟元だけ着崩されて。
目の色は、それはそれは美しい青色でございましたわ。
桧扇でかすかに口元を隠されて、姉に琵琶の指南をするその姿は、
恐ろしいまでに美しくて、私は絵物語にでてくる光源氏さまとは、
きっとこのような方なのだ、と思ったくらいです。

ただ、私の目から見ても、それは人ではなく妖でした。
あまりに美しい、妖だったのですわ。

琵琶の指南が終わり、姉が琵琶を置くと、
その美しい殿方は、しばらく愛おしそうに姉を抱きしめておられました。
その間も、2人は小さな声で睦言を交わしていたように思います。
幼い私は、ただただ2人の姿に目を見開くばかりでしたわ。
やがて、その殿方は姉を腕からはなすと、密やかに口づけをして、
琵琶へすうっと吸い込まれるように消えてしまわれました。

消える間際に見つめ合っていた2人の眼差し。
それは、幼い私にもはっきりと分かるほどの・・・恋でしたわ。

・・・美しい殿方が消えた後、姉は琵琶の前にしばらく座り込んでおりました。

私は恐ろしくなって、自分の寝床に慌てて戻りました。
その夜、私はなかなか眠れませんでしたわ。

姉があの殿方に向けるまなざしは、明らかに恋でした。
そして、間違いなくあの琵琶に消えた妖も、姉を愛している。
姉は毎晩遅くまで稽古をしておりました。
一体、いつからあのような美しい妖が出てくるようになったのでしょう。
姉が普段、心ここにあらずといった風情だったのは、あの妖のせいだったのです。
それも仕方の無いことだと、私は恐ろしく思いましたわ。
それほど、あの妖は美しかったのです。

・・・そして姉はその夜、私が覗いていたことに、気がついていたのです。

私は、姉と毎晩枕を並べて寝ておりました。
深夜、稽古を終えた姉が布団に潜り込んで、おもむろに、こう言ったのです。

「・・・あの人を、見てしまったのね」

私は、とっさに寝たふりをいたしましたわ。
幼い私は、怖かった。

「・・・ごめんね・・・」

姉の泣く声が聞こえましたわ。
どうして姉が謝るのか、私には分かりませんでした。
されど、琵琶と妖のことを問いただす勇気も、私には無かったのです。

次の日、姉は姿を消してしまいましたわ。
琵琶、ただ一つを持って。

朝起きたら、布団は抜け殻でしたし、書き置きも何もありませんでした。
家の者は、てんやわんやで姉の捜索をいたしました。
長者さまとの祝言を控えておりましたし、
姉の琵琶目当てにくるお客様もいらっしゃる。
長者さまの息子さまには、いくらなんでも私はまだ幼すぎましたし、
花嫁の替わりはきかなかったのです。

両親は、それこそ目の色を変えて姉を捜しました。
けれど、姉は見つかりませんでした。
どこへいってしまったのか・・・。

琵琶の名手はいなくなり、長者さまとの祝言もなくなり、
旅籠からはみるみるうちに客足は遠のいていきました。
それでも、温泉の質が良いお陰で、
家族がなんとか食べていけるだけのお客様はいらっしゃいましたし、
日々の忙しい仕事の中で、姉のことは家族の中で悲しい思い出に変わりつつありました。

あっと言う間に、6年の月日が流れておりましたわ。


そんな時、私が原因不明の病に倒れたのです。
高い熱がでて、うわごとを言って。
その様子が、どうも病気とも違うということで、
両親が巫女の楓さまをお呼びしたのですわ。

そして、私の様子を視た楓様は、私に姉の生き霊が乗り移っていると教えてくれたのです。
姉が、私を呼んでいる、と。

楓さまがお祓いをしてくださって、私は嘘のように熱も下がり、元に戻ることができました。
楓さまが聞き留めてくださった姉の生き霊のうわごとには、
二つ山向こうの土地の名前がございました。

私は体力が回復するのをまって、楓さまと共にその山へ出かけたのでございます。

その土地までたどり着きましたらね、かすかに琵琶の音が聞こえるのですよ。
私は、姉がいることを確信いたしまして、楓様と共にその音のする方向へ急ぎましたわ。

美しい山の麓に一つの小さな庵がございましたわ。

今でも、鮮明に思い出せますわねえ。
小さな小川が流れておりましてね、
庵の側には白椿の木と梅の木がございました。
小川の側には、まっ黄色の山吹がたくさん咲いていて、それはそれは美しかった。

その庵の縁側で、あの美しい貴族の殿方が、
ぽろりぽろりと、琵琶を弾いていらっしゃったのです。
私を目にとめると、琵琶を縁側において、私に向かって頭を下げられましたわ。

そして、「どうぞ、中へ。お待ちしておりました」と、そう仰ったのです。

楓さまが一緒に来てくれて、本当によかったと思いましたわ。
私一人では、逃げ帰っていたかもしれませんもの。
あの時は楓さまが一緒で、本当に本当に、心強かった。

庵の中には、姉がやせ細って寝ておりましたわ。
6年振りに会った姉に、私はひどく泣きましたわ。
「どうしてこんなになるまで、連絡をくれなかったの」と。
姉は、私にものを言うのもやっとという感じでした。
一言、ただ、「ごめんね」と。

代わりに、あの琵琶の妖が涙をこぼしながら話してくれましたわ。

私は、あの琵琶の妖なのです、と。

琵琶が姉の手に渡り、毎日素晴らしい音色を奏でられるうち、
玄象の妖の力はどんどん強くなっていったそうなのです。
ところがある日、新しい曲を覚えた姉は、一カ所、弾き間違いをした。
ですが、姉は間違っていることに気が付いておらず、
琵琶の玄象は、どうしてもどうしてもそれが気になって、
たまらず夜中の稽古に、姿を現してしまったそうなのです。
姉は大層驚いたそうですが、お互いに見つめ合った瞬間、
・・・2人は、恋に落ちてしまったそうですわ。

人間と妖。

姉には長者さまとの祝言が決まっていました。
常に姉と一緒にいた琵琶の妖も、それは知っていた。
けれど、どうしてもどうしても、互いに想う気持ちは押さえられなかった。

姉は、私が抱き合う二人を見てしまったあの夜、
これ以上は隠しきれないだろうと覚悟して、実は両親に打ち明けていたそうなのです。

琵琶の妖を、心から愛してしまったということを。
だから、長者殿との祝言は辞めてほしい、と。

両親は、猛反対して、琵琶を叩き割るとまで言ったそうですわ。

だから、あの夜、姉は布団の中で泣いていたんですわね。
もう、姉の気持ちは変わらなかったのでしょう。
だから朝を迎える前に、琵琶ただ一つを抱えて家を出ていったのです。

あれから6年、二人はこの庵を見つけて住み付き、幸せに暮らしていたそうです。
人里離れた山奥で、二人、ひっそりと琵琶を弾きながら。

幸せだった証拠に、二人には3人の幼子がいましたわ。
名前は、椿丸・梅丸・山吹・・・。
きっと一人、生まれるたびに、その子供の木を、庵の周りに植えていったのですね。
それに気が付いた私は、2人が幸せであったことを確信いたしましたわ。

一番下の山吹はまだ生まれたばかりの乳飲み子でございました。
聞けば、その山吹を産み落とした後の、肥立ちがよくなかったようなのです。
琵琶の妖さまもそれは手を尽くされたそうですけれど、
姉の状態はますますひどくなるばかり。

乳飲み子と幼子を抱えて、進退が極まったのでしょう。
姉の生き霊を、私に飛ばしたのです。

玄象殿・・・ああ、あの琵琶の妖さまを、私は玄象殿、と呼んでいるのです。

玄象殿は、琵琶の妖。
それも、よい弾き手に恵まれれば妖力は増し、
弾き手に恵まれねば妖としても力が衰えてしまうとのことなのです。

姉の命が尽きた時には、
もう玄象殿には三人の御子を育てるだけの力が残らない。
玄象殿は、涙をぽろぽろと流しておられましたわ。

妖として力を失わないためには、今の弾き手が衰える前に次の弾き手を探すそうなのです。
今までもそうして、多くの弾き手を渡ってきたのだ、と。

私は、玄象殿が私の家にやってきたときのことを思い出しましたわ。
落ちぶれた貴族の御老人が、玄象殿を抱えてやってきたのです。
姉の腕にこそふさわしい、と。

あのご老人こそ、玄象殿だったのだと、私は気がつきました。
そうやって、おのれの妖力が衰えぬよう、自らを次の弾き手に運んでいたわけですわね。
ですが、愛する姉からは、どうしても離れることができなかった。
妖としての自分の命を削ってでも、姉からは離れられなかったのです。

けれど、姉との間にできた子供まで道連れにすることはできない。
それで、妹である私に助けを求めたのですわ。

どうか、この子供たちを助けてほしい、と玄象殿は泣きながら頼まれましたわ。
私に異存があるはずはございません。
必ず、私の命にかけて、この子供たちはしっかり育てますと申し上げましたわ。
姉も、やせ細った頬に、涙をながしておりましたわ・・・。

・・・・・・。
ああ、ごめんなさいね・・・。
いつもあの時の、玄象様と姉の気持ちを思うと、泣いてしまうのです。

その日の夕刻、ゆっくりと姉は息を引き取りましたわ。
玄象様は、ずっと姉の手を握っていらっしゃいました・・・。
そして、玄象様のお体は少しずつ、少しずつ、透けていきましたわ。
見えなくなってしまう最後まで、姉の手を、お離しにはなられませんでした。

玄象様は弾き手を失い、妖の力を失い、琵琶の姿に戻られました。
私と楓様は、姉をその庵の側に葬り、琵琶と三人の子供をこの宿に連れ帰ったのです。

子供たちは、半妖といわれる存在ではありましたが、
幸い、見た目には人間の子供と変わりありませんでしたので、
私が自分の子供のように育てましたの。
ただ、耳だけが玄象様の精気のせいでしょうか、恐ろしく良いのです。
聞きたくもないものや、ともすると口に出していない人の気持ちまで、
聞いてしまうことがありましてね。
幼い頃は育てるのにずいぶんと苦労はいたしましたが、今は私の良き家族ですわ。

・・・ええ、そうですわ、法師様。
玄関先で出迎えた、あの子たちです。
使用人ではありませんわ。私の、大切な家族ですわ。

・・・ええ、そうですわね、ありますわよ、月に一度。
あの子たちは、月に一度、玄象様のように目が青く、異常に妖力が高くなってしまうのです。

・・・まあ、犬夜叉さまとは逆なのですか?
そうですか、私も、妖ものについて深く知っているわけではありませんから。
そうなんですか、普通は逆なのですねえ。

あの子たちは、月に一度、妖力が高まる日だけ、
玄象様を抱えて姉の墓参りにあの庵にゆくのです。
玄象様がお姿を保たれるのは、あの子たちが妖怪の姿になる、その日だけなのですわ。
妖の姿のあの子たちが琵琶を弾いたときだけ、あの方はお姿を顕すことができるのです。
そのときだけは、姉の墓前で家族水入らずで過ごすのですよ。
ええ、私もたまに一緒にいくことがありますわ。
子供たちと過ごしている玄象様をみていると、私まで幸せになるんですもの。

・・・そうですね、法師さまのおっしゃるとおりですわ。
また琵琶の名手のところへ玄象様をお持ちすれば、
玄象様は妖としての力に溢れ、姿も取り戻せるんですわ。

・・・でも、玄象様はそれをお望みにはなられませんでしたのよ。

私、妖の恋って、とても純粋なものなのだなあと思いますわ。
玄象様は、もう二度と、恋はできないと仰いましたわ。
最初で最後の、恋なのだと。
玄象様は700年以上、妖として生き続けているそうですけれども、
弾き手を愛してしまったのは、姉が初めてだそうなのです。
たった月に一度だけでかまわない、子供たちと姉の墓前で会えるのならば、
それだけで十分幸せなのだ、と。
妖という存在は、悲しいまでに純粋な存在なんですわね。
人間のように、自分の気持ちを誤魔化してでも生きていくような、
そのような器用なことができないのですよ。


私は、今でも、とても幸せですわ。
私は誰とも夫婦になりませんでしたけど、
あの3人の子供たちを育てたことで、誰よりも幸せになったと思っておりますのよ?
おかげで、この宿も子供たちに引き継ぐことができますし。

それもこれも、あのとき姉の生き霊を見抜いてくださった楓さまのおかげですもの。
どれだけ感謝しても足りませんわ。

ああ、ごめんなさいね、ずいぶん長話をしてしまって・・・。
このお話を気兼ね無くできる方は、そうそういないのです。
だから、何だか嬉しくて・・・。

ああ、そろそろ、水菓子をお持ちしますわね。
今日はとてもおいしい桃が手に入りましたの。
今、お持ちいたしますわ。

 


女将は、目尻に浮かんだ涙をそっと拭って立ち上がった。
やがて、女将と共に三人の息子たちが笑顔で桃の香りと共にやってきた。

その姿は本当に親子そのもので。
りんは、目頭が熱くなるのを押さえることができなかった。

遠くにある薄暗い床の間には、よく見ると磨き込まれた琵琶が立てかけてあった。

 

・・・りんには、その琵琶がなんだか幸せそうに笑っているように見えた。





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