あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

子供だけが見る景色<5>

豆知識
一刻・・・30分のこと。










子供だけが見る景色<5>




 

正装をしていった伊織と薬を抱えたりんを、玄関先で待ちかまえていたのは、えびす顔の長者さまと、あやめの夫である
ご子息だった。

りんが思っていた以上に、伊織の御牧での仕事というのは、権威ある仕事らしい。
りんがそう思ったのは、玄関をあがってすぐの応接の間での、長者さまの伊織に対する態度である。
先ほどから伊織は、身近な親族ではなく、大切なお客人として扱われている。
兄が妹の見舞いにくることに、このように形式張らなければならないものとは思っていなかったりんは、驚いてしまった。
あやめの見舞いにきたはずなのに、先ほどから、長者は熱心に伊織に馬の話ばかりをしている。
りんはいい加減、足がしびれてきてしまった。

馬を育てるということが、戦をするのにとても大切だという事は、りんにも何となく分かる。
いざというときに、人を乗せて走る馬の調教が、とても大変で重要な仕事だということも。
だが、先ほどからあやめの義父が妙に媚びた口調で何度も口にする、「伊織殿は領主様ととても近いところにいらっしゃいます
からねぇ」というのが、りんにはよく分からない。

長者の長い話が一刻を越えた頃、伊織がちらりとりんの表情を見た。
恐らく、りんが早くあやめに会いたそうな顔をしていたのだろう、長々と続きそうだった長者さまの話を、伊織は穏やかな笑顔で
やんわりと切り上げ、長者さまにりんを紹介した。

「こちらは、我が村から参りました薬師のりんと申すものです。 貴家では、妹のあやめが悪阻でご迷惑をおかけしているとのこと、
  大変申し訳ございませぬ。 りんは年は若いのですが、非常に優れた薬師にございます。
 どうか、できる限りのことをさせていただければとの、我が村の長からの言付けにございます」

伊織の言葉使いや立ち居振る舞いは、りんが驚くほど大人で、朝、慣れない直垂を着て困ったように照れていたのが、
嘘みたいだった。
りんが驚いたように伊織を見上げていると、伊織は、りんをちらりと見て、「行っておいで」と、安心させるように微笑んだ。

「いやー、とても有能な薬師さまだと聞いておりましたが、 まさかこのような年若いおなごの薬師殿とは思いませんでした・・・!
 あやめはもう十日ほど臥せってしまっておるのです。 いずれは我が家を守る大切な奥ですからねえ、どうか、ひとつよろしく
 お願いいたしますね!」

ふくふくとした艶のある顔を大げさに笑顔にして、当主はりんに言い、近くに控えていた端女に声をかけた。

「ああ、おまえ、この薬師様をあやめの元へご案内なさい。 私は息子とともに、伊織さまと厩舎へ行ってくるからね。
 あやめにもちゃんとそう伝えるんだよ」

いかにもお人好しといった顔つきのあやめの夫は、長者さまの横で、父親によく似た笑顔でりんに向かって軽く頭を下げた。
りんは、長者様の言う有能な薬師さまというのはきっと楓のことだろうと思ったが、口を開くと長くなりそうだったので、
申し訳ないと思いながらも説明するのはやめることにした。

それにしても、あやめの見舞いにくるのが目的だったはずなのに、どうして伊織は厩舎へいくのだろう。
もしかしたら馬に関してなにか相談があるのかもしれない。
なんせ、着くなり、馬の話ばかりをしていたのだから。
どちらにしても、りんは、早くあやめに会いたかった。

りんはしびれる足を叱咤しながら、皆に向かってそっと礼をすると、端女のあとに続いた。


端女に案内され、長い長い廊下を歩いていくと、やがて、橋を架けた渡り廊下の向こうに、小ぶりの小さな離れへ行き着いた。
端女は、離れの扉の前で立ち止まり、中へ声をかけた。

「あやめさま、薬師さまが参りました」

「・・・どうぞ」

小さな、くぐもったあやめの声が聞こえたとたん、りんは懐かしさで涙がでそうになった。
端女から促されてその部屋に入ったとたん、りんは色鮮やかな小袿を掛けた女性に勢いよく抱きつかれてしまった

「りんちゃん~~~~~~~~~~~っっっ!」

「あ、あやめちゃん・・・?!」

あやめはりんの体にしがみついて、泣きはじめた。

「あ、会いたかったよ~~~・・・」

抱きついて泣き出したあやめの背をなでながら、りんは、ほぅ、とため息を付いた。

「やっと会えたねぇ、あやめちゃん・・・」

わんわん泣くあやめの涙は暖かくて、これだけ元気に泣けるのならば薬は必要ないかもしれない、と、あやめの背を
撫でながら、りんはくすり、と笑った。

 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

雅な佇まいの離れに、ずずず、と茶をすする音が二つ響く。
はぁ、とため息がもれた。

「・・・・というわけなの。もう本当に、情けなくなっちゃうわ」

「そういうこと・・・だったんだ・・・」

りんは、ふてくされて頬を膨らましたあやめを見て、大きなため息をついた。
まったく、世の中のしくみは、りんの知らないことだらけだ。

あやめの話によると、つまるところ今回の見舞いは、あやめの義理の父親が、領主さまへ賄賂を渡すための、建前だと言うのである。

「伊織兄ちゃんが領主さまの御牧へ正式に召し上げられることは、 前もって人づてに聞いていたらしいのよ。
 御牧の職人が親戚にいると、その人を通じて領主さまに馬を献上できるんですって」

「けんじょう・・・?」

初めて聞いた言葉に、りんは首を傾げる。
あやめはりんの見慣れた仕草で説明をはじめる。

「すごく出来の良い野菜ができたとするじゃない?」

「うん」

「本当は自分で食べちゃいたいところなんだけど、 あえてそれをわざわざ領主さまに差し上げて、私はいい家臣ですって
 誇示することよ」

「へー、そうなんだ・・・!」

まるで、村にいた頃に戻ったようで、りんは嬉しくなってしまう。
下に五人も弟や妹がいたせいか、あやめは姉御肌で、りんが分からないことを聞くと、いつも、とても分かりやすく教えてくれた。

「ふつうのお百姓さんの家で特別に良い馬が生まれても、 それはわずかな褒美をもらえるだけで、馬なんてすぐに
  取り上げられちゃうのよ。  褒美をもらえたら、まだ良いほうかもしれないわね。
  お義父さまは、せっかく馬を差し出すなら「献上」したということにしたいのよ。  そしてその時に、馬以外にも、たくさん
 賄賂を渡すらしいの。 そうすると領主さまから、見返りに市での大きな売場を優先的に貰えるんですって。
 だからうちは、こんなにお金持ちなのよ」

「そうだったんだ・・・」

りんは、あやめの部屋の公家趣味の調度や衣装を改めて眺め見る。
あやめは緋袴をつけ、上から美しい小袿を着ていて、つい最近までりんと一緒に畑で仕事をしていた面影はまったくない。
もともとの美しい顔立ちも相まって、まるで、絵草子の中のお姫様みたいだった。
けれど、ちゃきちゃきと喋る様子は昔と変わっていなくて、それがりんを嬉しくさせた。

「お義父さまったら、伊織兄ちゃんだけが来ると思っていたのに、 薬師さまが一緒に来るそうだから、おまえは寝込んだ
 振りをしていろって言うのよ。 最低よね! 罪悪感とかないのかしら!
 確かに子供を授かったのは本当だけど、悪阻が酷いなんて嘘っぱちよ。 心配しないでね、りんちゃん。
 まあ、多少、匂いが気になったり、食べたくないものはでてきたけど・・・」

そういいながらも、あやめは楓が作ったキビ餅をぱくぱく食べた。
その様子に、りんはくすっと笑って言う。

「でも、元気のないあやめちゃんを見るより、よかったよ。  伊織さんも、それを一番喜んでくれるんじゃないかな」

あやめは、キビ餅を持ったまま、りんに聞く。

「ねえ、・・・おっとうやおっかあ、心配してた?」

「うん。でも、あやめちゃんに赤ちゃんができたこと、初孫ができるってすごく喜んでたよ」

「・・・そっか」

あやめは、じわりと涙ぐんで、りんを見る。

「ねえ、りんちゃん」

「なぁに?」

少しためらって、あやめは口を開く。

「・・・弥勒さまは、お元気?」

「・・・うん、お元気だよ」

「・・・そっか・・・よかった」

あやめは、ふふ、と笑って、キビ餅を口に入れた。
そんなあやめに、りんは遠慮がちに聞く。

「あやめちゃん・・・しあわせ?」

りんが聞くと、あやめは苦笑した。

「そうだなあ・・・・。 毎日毎日、ご飯は豪華だし、こんな綺麗な家に住んだのも初めてだし、着物もすごくいいものばかりなの。
 けど、おっとうやおっかあのいるあの家で食べるご飯の方が、美味しかった気がする。
 着物だって、ボロでもおっかあの縫ってくれたものの方が暖かかったような気がする。
 ・・・でも、後ろを見ても、もう戻れないんだもの。 赤ちゃんも授かったし、この子を守るのはあたしだし・・・。
 だから、これから、この子と一緒に、どんどん幸せになってやるの。 ・・・って、今は、そう思ってるかな」

りんは、あやめの言葉に、泣きそうになった。
あやめちゃんは、しっかりと、前を見て歩いてる。 ・・・りんは? ちゃんと、前を向けてる・・・?

「・・・あのね、りんちゃん」

「・・・?」

あやめは少し迷う表情をしたが、振り切るように言う。

「・・・あたしの旦那さま、あたしのほかにも、奥さんが三人もいるの」

「・・・えぇっ?!」

「あたしもびっくりしたわ」

「それ・・・どういうこと・・・?!」

りんにはどういうことなのか、まったく理解できない。
そもそも、ここの長者さまのご子息が、あやめに一目惚れをしてしまったから、あやめはこの家に輿入れしたはずなのだ。
それなのに、どうして他に三人も奥さんがいるのだろう。

「お公家様とか、領主様とか、長者さまって、そうなんだって。 それだけ甲斐性があるっていうことなんだって」

「そ・・・んな、」

りんは口を開き掛けたが、止まってしまった。 「あやめちゃんは、それで平気なの?」と聞きたかった。
だが、聞いたところで、それでどうしようというのだろう。あやめはもうその人の妻なのだし、子供を授かったという事は
そういうことなのだ。
「しあわせになってやるの」と強く言ったあやめは、もう、それを受け入れたのだろう。
りんは、何と言っていいか分からず、あやめの手を握る。

「はじめは、泣いたわ。 だって、ひどいじゃない。 そんなこと、何にも聞いていなかったんだもの。
 あたしの旦那さまはお人好しで優しい人だけど、 そんなことであやめがどうして泣くのか分からないって言ったのよ。
 それで平気な人の方が、あたしには分からなかったわよ」

「うん・・・」

りんの方が泣きそうになった。

「でもね、この子を授かったことが分かって、なんか、色んなことが吹っ飛んじゃったの」

「吹っ飛んだ・・・?」

「うん」

あやめは優しい顔で、おなかをさする。
その顔は驚くほど伊織とにていて、りんは、やっぱり兄妹だなあと思う。

「この子と、これからたくさん幸せになればいいのよね」

「あやめちゃん・・・」

「それでいいって、もう、決めたの」

「・・・」

「他の奥さんも同じ敷地内に住んでるけど、皆、同じような気持ちで毎日過ごしてるのよね。
 そう思ったら、あたしだけ特別じゃないんだって思えてきたんだ」

そういって笑うあやめを見て、りんは、思わず涙声になってしまった。

「あやめちゃん・・・強いね」

あやめは笑って、言う。

「母は強し、よね」

「えらいよ・・・あやめちゃん」

りんは涙をぐしぐしと手の甲で拭うと、あやめの顔を見た。
たった一人で、知らない村の知らない家に来て、どれだけ寂しくて心細かっただろう。
それでも、絶対に幸せになるんだから、と言えるあやめが、りんは眩しかった。

「あのね、あやめちゃん・・・」

りんは、今回ここにくるにあたって、あやめにどうしても聞いてみたいことがあった。
あやめの悪阻が酷かったら諦めようと思っていたが、目の前の元気なあやめをみて安心した。
一緒に暮らしている楓や、かごめたちには、何となく聞きにくかったこと。
喋ろうとするだけで、りんの顔は、みるみるうちに赤くなっていく。

「あたしね、この前・・・月のものがはじまったの」

「えー、本当に?! そっか、おめでとう!!」

あやめはりんの手をぎゅっと握る。

「りんちゃんはまだかなあって、あたしずっと思ってたんだよ!」

「うん・・・ありがとう。 ちょっと、寝込んじゃったけどね」

りんが照れたように笑うと、あやめはうなずいた。

「うん、あたしも最初の頃はそうだったよー。 でも、体が慣れてくるから、きっと大丈夫よ」

「うん、みんな、そう言ってた」

りんは、赤い顔で、あやめを見る。
あやめに聞いてみたいとと思っていることは、口に出そうとすると、なぜだかとてつもなく恥ずかしくなってくる。
だけど、今相談しなかったら、もうあやめに会える機会は、そうそう無いだろう。
意を決して、りんは口を開く。

「あ、あのね、あやめちゃん・・・」

「なあに?」

「あ・・・あのね、」

「どうしたの?」

「あ、あの、・・・は、初めてね、」

「初めて、なに?」


「く、口づけ、した時って、ど、どんな気持ちだった・・・?」


言ってしまった後で、りんは耳まで真っ赤になった。
頭から湯気がでそうに、恥ずかしい。
上目遣いにあやめをみると、あやめも赤くなっていた。

「き・・・気持ち?」

「うん、そう。・・・旦那さまと、したでしょ・・・?」

「改めて聞かれると照れちゃうけど、まあ・・・うん」

「・・・しあわせな、気持ちになる?」

「まあ・・・そう、かな」

「そう・・・だよね」

二人とも赤くなって、言葉尻が小さくなっていったが、あやめは、はっとしたように、りんに言う。

「えっ!! りんちゃん、もしかして、誰かと、したの?!」

りんは真っ赤になって、あたふたしてしまう。

「あ、いや、あの、あれは、そうじゃないかもしれなくて、 あっ、でも、あたしにはそうだったんだけど、あの、」

「誰とっっ!?」

「・・・・あ、あの・・・」

りんは真っ赤なまま、口をぱくぱくさせた。
どうしても、固有名詞を口にできない。

「もしかして、あの、『殺生丸さま』?!」

「・・・・・う・・・ん・・・」

「・・・そっか・・・」

あやめは驚いたように、しばらく真っ赤になったりんを見つめていたが、ややして、くす、と笑って、りんの目をのぞき込む。

「・・・で? りんちゃんは、どういう気持ちだったの?」

「・・・」

りんは、困ったようにあやめを見た。
そもそも、あれが本当に「口づけ」だったのかどうか、分からないのだ。
りんにとってはそうでも、向こうにとってはそうではないかもしれない。

「うん・・・。あのね、その時、あたし泣いてたの」

「泣いてた? どうして?!」

「小さい頃にもらった、鏡を割ってしまったの」

「・・・鏡?」

「そう。 殺生丸様からもらった鏡。ずっと、大切にしてたんだけど、殺生丸さまを待っている間に、手を滑らせて割ってしまったの」

「・・・それで?」

あやめは、真剣な表情で聞く。

「殺生丸さまが来たとたん、私、悲しくて申し訳なくて、わんわん泣いちゃったの。
 殺生丸さまは何回も「構わぬ」って言ってくれたんだけど、 小さい頃の思い出がこれでなくなっちゃうような気がして、
 どうしても、涙が止まらなかったの」

「・・・そっか」

「うん、だから・・・ りんがいつまでも泣いていたからかもしれないの」

「・・・? なにが?」

あやめは、眉を寄せて、りんを見る。
りんは、またもや、みるみるうちに耳まで赤くなっていく。

「あの、その・・・」

「・・・もしかして、その時に、口づけされたの?」

「・・・・・・・うん」

りんは真っ赤になった顔を、手の甲で押さえて、下を向いた。
恥ずかしくて、顔から火がでそうだった。

それと同時に、心のどこかから、もの悲しい気持ちも生まれてくる。
あんなに近くで殺生丸と触れ合えたことは、夢のように幸せな時間だったのに、心のどこかから、喜ぶことを諫める声がする。

殺生丸さまは、妖だ。
人間と同じ尺度で、気持ちは推し量れない、と。
昔はそんなことを考えたこともなかったのに、嬉しいことも素直に嬉しいと思えないりんは、やっぱり、大人になってしまった
のだろうか。

「・・・あのね、殺生丸さまは妖でしょう? ただ、りんが泣いていたから、泣きやませるためにそうしただけかもしれないの。
 口づけするなんて、妖にとっては別に、特別な事じゃないかもしれない・・・」

下を向いてしまったりんに、あやめは不思議そうに言う。

「・・・そうなの? それ、誰かが、そう言ってたの?」

りんは、ふるふると首を振る。
誰かに相談したことなど、ない。
誰かに聞いてみたところで、本当の答えは、殺生丸本人からしか聞けないことは、りんにも分かっている。
だけど、「深い意味などない」と言われたら、りんは、また泣いてしまうかもしれなかった。

「・・・はっきり、させるべきね」

「あやめちゃん・・・」

あやめは、居住まいを正して、りんの手を握った。
りんは、思わず涙ぐんでしまう。

「りんちゃん、あのね、後悔だけはしちゃだめよ」

「後悔・・・」

「そう。 ほら、あたしはね、もうどうしようもない相手だったし、  あの人の幸せを壊してまでどうこうしようなんて気持ちは
 まったくなかったから、いいの。 今でも、同じ空の下で、あの人が幸せなら、それだけでも幸せなの」

「あやめちゃん・・・」

あやめは、りんの目をのぞき込む。

「だけど、りんちゃんは違うでしょう? りんちゃんの夢は、殺生丸さまと一緒に、また旅にでることなんでしょう?」

熱いものが喉元にこみ上げてきて、りんの目から、ぽろり、と涙がこぼれた。
あっと言う間に視界がぼやけていく。

「・・・うん。 でも、殺生丸さまのこと、りん、本当は全然知らないの。 ・・・分からないことだらけなの」

あやめは、お姉さんの顔で微笑む。

「じゃあ、それも聞けばいいわ。りんちゃんは人間だもの。 『教えてくれないと分からないから教えて』って、言えばいいのよ。
 聞かずに後悔するより、その方が、ずっといいわ」

「そう・・・かな」

「そうよ!」

「・・・そうだね」

りんは、泣き笑いの顔で微笑んだ。
不安の涙は、りんの心を雨上がりのように、洗い流していった。
言葉に出したことで、自分の気持ちが、驚くほどハッキリとした強いものに変わっていく。

「ねえ、りんちゃん」

「ん・・・?」

あやめは、苦笑しながら、格子の窓から外を見て、言った。

「もしも、りんちゃんの夢が叶わなかったとしても、 りんちゃんを幸せにしたいと思っている人は他にもいるから、
 それだけは、忘れないでね」

「・・・え?」

あやめは、いたずらっ子のような目をして、りんをのぞき込む。

「りんちゃんをお嫁さんに欲しいと思っている人、あたし実は、何人も知ってるの」

「えぇっっ?!」

「相変わらず、自覚ないなあ、りんちゃん・・・」

はぁ、と呆れ顔でため息をついたあやめを前にして、りんは、あまりに驚いて、口をぱくぱくさせた。
一体、誰がどこで、そんな話をしていたのだろう。

「あたしが村にいる頃から、色んな人が楓さまにりんちゃんとの縁談を申し込んでいるのよ。
 楓さまが、『りんはまだ子供じゃ』って断った話、何度も聞いたわ」

「うそーーーーーーっ!!」

りんは、また涙目になった。
楓からは、一回もそんな話は聞いたことがなかったから、りんの衝撃は大きい。

「けど、楓さまは、りんちゃんの気持ちがはっきりするまで、 待ってあげたいと思っていたんじゃないかしら」

「楓さまが・・・?」

「うん、たぶん、そうだと思う」

あやめはにっこり微笑んで立ち上がると、いそいそとお茶の準備を始めて、

「まあ、お茶でも飲んで、伊織兄ちゃんが厩舎から解放されるのを待ってましょ」

と、言った。




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