あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

子供だけが見る景色<7>









子供だけが見る景色<7>






「大丈夫か、りん?」

伊織は、手際よく濡れていない落ち葉や朽木を集めてきて、火をつけた。
パチパチと、木のはぜる音と、ブルル・・・という馬の息が、洞窟に響く。

本格的な土砂降りになったのは、村境の峠の頂上だった。
あたりが真っ暗になるほどの大雨で、夏のこの時期にはよくあることだったが、
さすがに、もう少し早く隣村をでるべきだったかもしれないと、りんは思った。

ひどくなってきた雨の中、村まで帰ることは無理だと判断した伊織は、
峠の洞窟に、馬を進めた。
馬を入れても十分な高さがあり、
前にもここで雨宿りをしたことがあるから大丈夫だよ、と、
伊織は安心させるようにりんに言った。

伊織もりんも、びしょびしょである。
りんは、自分の着物の袖を絞りながら、自分の着物よりも、
せっかくの伊織の正装が濡れてしまったことを残念に思った。

ある程度の火が保てるまで焚き火の準備を終えて、
伊織は、大きく息をついて烏帽子と直垂の上着を脱いだ。
慣れた手つきで、くるくると上着を畳んで丸めて、雑巾を絞るように水気を切る。

日が暮れて、あたりは闇に包まれ始めていた。
厚い雨雲に月の光は遮られ、あと半刻もすれば、このあたりは真っ暗になってしまう。
りんもこの峠へは何度か来たこともあるし、何となく道は分かるが、
さすがに、松明もなしに雨の中、夜の山道を歩くのは無理だ。
この道を誤ると、そこにあるのは高い崖である。
闇の中では、迷わないとも限らない。
今晩は、洞窟の中で一晩を越すほかなかった。

「・・・ごめんな、気がつくのが遅れて。
 もう少し早く、雨雲に気がついていれば、村にたどり着けたかもしれないのに」

そう言う伊織は本当に申し訳なさそうで、りんはふるふると首を振った。

「ううん、遅くなったのはあたしとあやめちゃんがいつまでもお話してたからだもの。
 伊織さんと一緒でよかった。こんな雨宿りできる場所、りんは知らなかったもの」

りんがそういって微笑むと、伊織は、かすかに赤くなった。

「・・・ここで、一晩過ごすしか、なさそうだな」
「そうですね」

二人は、洞窟の外の土砂降りを眺めると、たき火の近くの大きな石に腰掛けた。

「・・・夏で、よかったな。冬だったら、風邪ひいてたかも」
「ほんと」

りんはくすりと笑うと、小さい頃の旅を思った。

あの頃は、こんなことは当たり前だったし、それに不安を抱いたことも、
ましてや不満に思ったことなど一度もない。
今日のように土砂降りにあって、りんが濡れネズミのようになると邪見さまが、
「お前が風邪をひいたら、ワシがお仕置きを受けるーーーっ!!」
と言いながら、人頭杖で大きな火を焚いて、りんを暖まらせてくれた。

人里に預けられ、今では、家の中で寝泊まりするのが当たり前になってしまった。
屋根の下で暮らす幸せも、それが人の体力に見合った生活の仕方なのだということも、
今のりんには痛いほど分かる。
あの頃のりんが野宿のような生活でも体の健康を損なうことがなかったのは、
寒い日には、殺生丸がその体でりんを守ってくれたからだ。
殺生丸の白尾の中は、どんなお布団よりも暖かかったし、
なにより心がほっこりして、りんは幸せだった、と思う。

ピカリ、と、暗い空が光り、しばらくして地の響く大きな音がした。

「あ・・・雷さま」
「ああ、遠いな」

雷の音に怯えた馬が、ブルルルル、と息を荒げて身じろぎすると、
伊織はりんのそばから立ち上がり、長者さまからいただいた土産の中から、
馬の好きな野菜をいくつか出すと、食べさせはじめた。

「繋いでいるから逃げることはないんだけどね、洞窟の中で暴れられても困るから」

そう言って、首を撫でながら口元に人参を持っていく。
ぼりぼりと音を立てて人参を何本か食べると、
馬は遠くから響く雷の音にも慣れてきたらしく、前足を浮かせて地面を蹴る仕草をやめた。

「よし、いい子だ」

伊織は笑って、力を込めて馬を撫でると、またりんのそばに座った。

「すごいね、伊織さん。まるで、馬の気持ちが分かるみたい」

りんがそう言うと、伊織は微笑んで馬を見た。

「そうだなあ、毎日、家族より一緒にいるからね。
 不思議と、機嫌が良いか、そうじゃないか、分かるようになっちゃったな」

りんは、嬉しそうにそういう伊織を見て、くすりと笑う。

「・・・本当に好きなんですね、馬のこと」
「小さい頃から、動物が好きなんだ」

伊織はそう言いながら、新しい木を火にくべた。
外は相変わらずの土砂降りで、
まるで洞窟の入り口からこちらは切り取られた世界のように感じた。

伊織の穏やかで優しそうな横顔が、焚き火に照らされる。
その表情は、昔からりんがよく知る伊織の顔で、
長者の家で見た、大人の表情をしていた伊織とは、纏っている空気が全く違う。
きっと、優しそうな目で馬を見る、これが伊織の自然な表情なのだろう。
りんは、焚き火を見ながら、ふふ、と笑う。

「・・・なんか、びっくりしちゃいました」
「・・・? どうした?」

りんは、伊織の顔を見る。

「長者さまのところで見た伊織さんは、すごく大人だったもの。
 御牧の職人さんって、すごいんですね。
 いつもの伊織さんと、なんだか全然違ってて、
 伊織さんはいつもこんなふうに仕事をしているのかなぁと思ったら、
 りん、びっくりしちゃった」

伊織は、りんから目を逸らし、片手で口を覆って赤くなった。

「・・・なんか、恥ずかしいな」
「格好良かったです。あやめちゃんが自慢してたのも、分かるなあって」

りんがふふふ、と笑うと、伊織はますます赤くなった。

赤くなった顔を隠すようにコホン、と小さな息をつくと、
馬の方を見て、伊織はりんに言った。

「御牧の仕事は、基本的には武家の仕事だろう?
 どうしても、領地争いや跡目争いなんかの権力争いに巻き込まれることも多いんだよ。
 今回、あやめのお義父上が献上したい馬は、とても良い馬だったから問題なかったけど、
 駄馬を押しつけては見返りだけを求める輩もたくさんいる。
 だから、俺が見習いとして召し上げられたときに、
 まず最初にたたき込まれたのは、武家の礼儀作法だったんだ。
 無礼だの何だのと、言いがかりをつけられないようにね。
 武家の人たちは、家族の中でも目上の人には、常に敬語で話すんだよ。
 御牧で働くのは、そういうふうに育てられた武家の人たちばかりだからね。
 ああいうやりとりに慣れるまで、俺も大変だったな。
 うちの親からは、そんなこと教えられてこなかったからさ。 
 ずいぶん形式張った味気ない態度に見えたと思うけど、
 あれが、摩擦を避けるための処世術なんだ」

伊織の口から聞かされる武家社会は、まるでりんの知らない世界で、りんは目を見開いた。

「・・・大変だったんですね」

伊織は、りんを見て苦笑する。

「大変なのは、正式に職人として召し上げになったこれからだよ」

「伊織さんも、あやめちゃんも、すごいなあ・・・」

りんは、大きなため息をついて焚き火に手を当てた。
あやめにしても伊織にしても、どんどん、先に進んでいく。
前へ進むことを怖がっているのは、りんだけかもしれない。

沈んだ表情をしたりんをしばらく見つめていた伊織は、優しい声で言った。

「りんだって、すごいじゃないか。
 俺、りんの薬を求めてずいぶん遠くの村から人が訪ねてきた話、聞いたよ。
 行商の商人も、りんの煎じ薬はかならず仕入れにくるんだろう?
 りんの薬は、どこの市に行っても、必ず高値で売れるって聞いた。
 楓さまのかわりに、一人でお産の手伝いに行ったことだってあるだろう?
 俺から見れば、りんの方がよっぽどすごいよ。
 その若さで、楓さまの薬の知識はほとんど頭に入ってるなんて、普通はありえない。
 りんは物覚えがいいし、それ以上に努力しているからだろう?」

こんどは、りんが赤くなる。

「・・・そんなこと、無いです。
 薬作りのことは、まだまだ楓さまから教わることばかりだし、
 お産のお手伝いも、毎回安産だっていうお母さんだったし、
 向こうにもちゃんと産婆さんがいて、あたしは本当にお手伝いだったし・・・。
 ・・・そんな、まだまだです、あたし」

伊織は、赤くなって下を向いたりんの顔を覗き込む。

「うちの弟や妹も、田植えの時の子守は、
 昔話をたくさんしてくれるから、絶対にりん姉ちゃんがいいって言ってたし、
 秋祭りの時にりんが作る草餅は絶品でいつも奪い合いになるし、
 わ、笑うと可愛いし・・・なんていうか、りんをお嫁さんにしたら、
 絶対に、すごく幸せだと思うけど・・・なぁ・・・」

言いながら、伊織も真っ赤になり、りんも耳まで赤くなった。

「・・・ほめすぎ、です。 伊織さん・・・」

りんは赤くなった頬に手を当てながら、困ってしまった。

そういえば、りんを嫁にもらえないかと、
りんの預かり知らぬところで楓に何度か打診があったと、あやめは言っていた。
それは、本当なのだろうか。
・・・だとしたら、それは殺生丸のことを知らない、違う村の人だろう、とりんは思う。

なぜなら、りんの住む村の人たちは、それとなく、りんには一線を引いているからだ。
あからさまに口に出したりはしないけれど。

・・・皆、月に一度、りんに会いに来る大妖怪を、恐れているのだろうと思う。

かつて一度、邪見の持ってきた強力な薬草で、産後に命をつなぎ止めた母親がいた。
あの薬がなければ、痙攣が続き、息ができなくなってしまっていたという。
その母親の長男が、先日の薬草のお礼をどうしても言いたいと、
満月の日の草原に一緒に付いてきたことがある。
りんより数歳年上の男の子だったが、
今思えば、お礼を言いたいというのは口実で、妖怪という存在をこの目で見てみたいという、
子供らしい好奇心があったのではないかと思う。
りんは「薬草をくれた妖怪にお礼を言いたい」という人がいたことがとても嬉しくて、
快諾して一緒に草原へつれてきたのだが、一足先に草原に来ていた阿吽を見て、
その男の子は足がすくんでしまったらしく、一定の距離より近づけなくなってしまった。
りんはその子の手を握り、「怖くないよ?」と何度も言ったが、
その男の子は、怯えた顔をして、どうしても近づこうとしなかった。
りんの姿を認めた邪見が、阿吽から飛び降り、
「なんじゃ、なんじゃ?その童は?」と、怪訝な表情を浮かべて近づいてきたとき、
空から殺生丸がふわりと降り立った。

見上げる長身、銀色の流れる髪に誇り高い獣の金色の目。

殺生丸が、りんと手を繋いだその男の子を険しい表情で見下ろすと、
「うわぁーっ」と叫び、その子はりんの手を振りほどいて、村へ走って逃げ帰ってしまった。
いつもは子供たちの中で頼りになる兄貴分だったその子が、
あまりにも怖がる様子を目の当たりにして、
りんはただただ、悲しくなってしまったのを覚えている。

「殺生丸さまに、薬草のお礼を言いたかったんだって」
そう殺生丸さまに言うと、邪見さまが代わりに、
「ふんっ! なんじゃ、その割には逃げおって、失礼ではないかっ!
 そもそも、薬草はあのガキの為に持ってきてやった訳じゃないわいっっ!!」
と、憤慨した。

りんはただ、殺生丸の機嫌を損ねはしなかったかと心配になったが、
大妖がそのような些細なことを気にするはずもなく、
むしろ、いつまでもうだうだとりんを叱る邪見が、かわりに足蹴をくらうことになった。

その日の夕刻、母親に連れられてその子が楓の小屋を訪れ、
「命の恩人に、なんて失礼なことを!」と、叱られながら、母親と共に何度も頭を下げた。
りんから何も聞いていなかった楓は驚いていたが、
りんは小屋の中で、どうしていいか分からず、妙に居心地が悪かったことを覚えている。

殺生丸が村の人間と関わり合いになることなど、ほとんどないのだけれども、
現実には、殺生丸の持ってくる手みやげによって、
村人たちはずいぶんと助けられていたのである。
日照りが続き、思うように収穫があがらなかった年の秋から冬にかけて、
殺生丸が手土産に持ってくるのは、毎回、見たこともないような大イノシシで、
その肉は解体され、干し肉になり、満月ごとに村人に均等に分けられた。

その年の冬は、その大イノシシのおかげで誰も飢えずに年を越せたようなものだったし、
それ故に、村の人たちも殺生丸のことで、遠まわしに礼を言うことはあっても、
りんが悪く言われることはなかったのである。

殺生丸にしても、人間の住む小さな寒村の食糧事情など全く興味はなかっただろうが、
それでも、毎月、りんが喋る内容を、どこか心の隅に置いておいてくれたに違いない。

・・・それでも、やはり人間は、妖怪が怖いのだ。

りんはいつまでも、あの逃げ帰った男の子の恐怖のまなざしが、忘れられなかった。
その男の子は、逃げ帰ってしまった気まずさもあったのだとは思うが、
その後、極力りんとは関わろうとしなかった。
りんは少なからず傷ついていたが、優しくしてくれる伊織やあやめもいたし、
何より楓のもとで覚えなくてはならない仕事が多くて、
そんなことに何時までもこだわっていられるほど、暇ではなかったのである。

ただやはり、今でも、村人とどうしようもない溝を感じる瞬間は、ある。

りんを嫁に欲しいと思っているのが誰なのか、
あやめはいたずらっ子のように笑うばかりで教えてはくれなかったが、
絶対に、殺生丸のことを知らない違う村の人なのだろう、とりんは思った。
りんは楓さまに育ててもらったおかげで、薬を作る方法をたくさん知っている。
りんのことなど、詳しいことは何も知らないから、
薬を作れるというだけで、そうやって祝言の話を持ってきたりしたのだろう。

伊織がりんのことを「いいお嫁さんになる」と言ってくれるのも、
それはきっと、伊織が優しいからなのだろう。

(・・・別に、構わない。 殺生丸さまとのことを、誰に、どう思われていようと。)

そう思うと、りんは顔を上げて、つとめて明るい声をだした。

「あの、伊織さんは、祝言の予定はないの?
 あやめちゃんには先を越されちゃったけど、
 御牧の正式な召し上げになれば、家を持つこともできるんでしょう?
 りん、伊織さんこそ、すごくいい旦那さまになると思うな!」

伊織は、笑顔でそういうりんを真面目な顔で見つめると、
りんの手を、そっと握った。

「・・・りん」

「はい?」

りんは、何事かと首をかしげる。

「ゆっくり考えて、今すぐに答えを出さないで欲しいんだ」

「・・・え?」

 

「・・・俺と・・・夫婦になってくれないか・・・?」

 

何を言われたか分からないまま、伊織の真剣な表情をりんは三拍ほど見つめ、
・・・何を言われたか理解すると、大きな目を更に見開いた。

 


外は相変わらずの土砂降りで、
洞窟の中は外の世界から切り取られたように静かで、

ああ、明日は満月だ・・・と、

りんは頭の片隅で、そう思った。

 


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