あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

子供だけが見る景色<8>

雨の音と、パチパチとはぜる焚き火の音が耳に戻ってくるまで、
ずいぶんと時間がたったように思う。


「・・・どうして・・・?」

りんは真っ白になった頭で、伊織に聞いた。


「・・・俺は、ずっと昔から、りんの事が・・・好きだったよ」

伊織は、まっすぐにりんを見て、穏やかな声で言った。


「・・・ずっとずっと、好きだったんだ」






子供だけが見る景色<8>

 

伊織は、優しい目を懐かしむように細めて、口を開いた。
ぽつりぽつりと、言葉を紡ぐ。

「・・・あのさ、りんは、楓さまのもとで、色んな事を学んでいただろう?
 俺はずっと、色んなことを覚えて、賢くなっていくりんが眩しかった。
 このままだったら、俺なんか相手にしてくれなくなっちゃうんだろうなあって、
 不安に思うことも何度もあったよ。
 だけど俺は、運良く御牧に、見習いとして召し上げられた。
 御牧の見習いはね、本当に大変なんだ。
 武家のしきたりも一から学ばなければならないし、体力的にも、とても。
 だけど、正式に一人前の職人になれたら、りんに・・・
 見劣りすることもなく、横に並べるかなあってね」

伊織は、ゆっくりとりんの手を離すと、くすりと笑った。

「りんのおかげで、三年間、必死の見習い修行に耐えられた」
「・・・そ・・んな」

りんは、じわりと涙ぐんでしまった。
どうして泣きそうになるのか、自分でも分からない。
だけど、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
りんが伊織のことをそういう目で見たことはなかったし、
殺生丸がいる限り、結局は何も考えられないような気がした。

その気持ちをすっかり分かっているように、伊織はりんから目を逸らすと、
柔らかく苦笑しながら口を開いた。

「・・・でも、りんには、『殺生丸さま』がいるんだろう・・・?」

「・・・伊織・・・さん・・・」

りんは、目を見開いて、焚き火に照らされた伊織の横顔を見た。
伊織が殺生丸の名前をを口にするのは初めてだった。
穏やかな、優しい、伊織の横顔が、炎に照らされる。

「・・・知ってる。
 りんが、あの妖怪のことを、とても大切に思っていることも。
 きっと、その『殺生丸さま』も、こんなに人里に通ってくるなんて、
 よっぽとりんのことが大切なんだろうなって、ずっと思ってたよ」

「・・・そう・・・なのかな」

伊織の言葉を、りんは心の中で反芻する。

りんのことを好きだと言ってくれた伊織には言えるはずもなかったが、
本当に、そうだったらいいのに・・・と、りんは思う。
りんが子供だから、りんが寂しそうにしているから、
そんな理由で殺生丸さまが来てくれていたんだとしたら、
この関係はいつかきっと、終わりを迎えてしまうのだろう。
今のりんが、最も恐れているように。

けれど、殺生丸の気持ちを確かめるのは、怖くて怖くて仕方なかった。

・・・だから、今でも不安なのだ。
だから、大人になったことを喜べない自分がいるのだ。


「・・・だけど、りんは・・・人間だろう?」

伊織の声はとても柔らかいものだったけれど、
その意味することが、つきん、と、りんの胸に刺さり、小さな痛みをもたらした。
そこから、じわりと悲しみがあふれだしてくる。
分かっていたけど、見ない振りをしてきた、現実。

・・・もう、逃げるわけにはいかないのだろうか。
・・・選ばなければならない時が、きたのだろうか。

(・・・・だけど・・・怖い・・・。)

りんは伊織の視線を避け、大きな目をわずかに伏して、赤い焚き火を見た。
伊織は、りんの横顔を見つめて、静かな声で言った。

「だから・・・考えてくれないかな。 俺と一緒に、生きていくことも」

「・・・・・・・」

伊織は、優しい。
本当に、本当に、優しい。

きっと、夫婦になったら、家族をとても大切にしてくれるだろう。
りんが知る、誰よりも優しい父親になるに違いない。

・・・だけど、りんの命は、殺生丸さまに拾い上げて貰ったものだから。
・・・本当はずっと昔に、あっけなく散った命だったから。

だから、りんの命は殺生丸さまのもの、と、小さな頃からずっと、そう思ってきた。

・・・でも、それも、りんがそう思いたかっただけなのだ。
殺生丸さまは、きっと、そんなことは思っていない。

きっと、ただただ、りんが幸せであればいい、と、思ってくれているのだろう。

・・・殺生丸さまは、優しいもの・・・。

悲しくて悲しくて、仕方なかった。
いっそ、もっと残酷に、
「生き返らせてやったのだから、お前の命は私のものだ」
と言ってくれたなら、どれだけ楽だっただろう。

りんが今までずっと見ないようにしてきた心の中の闇は、まるで底なし沼のようだった。
一度足を踏み入れてしまうと、もう抜け出せないように、
押し込めていた身勝手な醜い願望が、止めどなく溢れ出てしまう。

いくら優しい殺生丸さまでも、りんのこんな気持ちを知ったら、
りんのことを嫌いになってしまうだろう、と、りんは思った。

子供のふりをして、甘えて、身勝手な願いばかりを望んでしまう。
自分のことを好きだったという伊織を目の前にしたままで。

自分のことが、大嫌いになりそうだった。


りんの目から、ぽたり、ぽたり、と涙がこぼれた。

その濡れた目を手の甲で拭って、りんは小さく、こくり、とうなずいた。

どちらにしても、伊織には返事をしなければならない。
誠実な想いには、それなりの誠意を示さなくてはならないだろう。

そして、その為には、殺生丸に告げなければならないだろう。
・・・りんの、気持ちを。

「・・・考えて、みます」

りんがうなずくと、ほっとしたように、横で伊織が肩の力を抜いたのが分かった。

「・・・ごめん、泣かせて」

りんが伊織の顔を見ると、伊織はあやめによく似た目を陰らせて、すまなそうに言った。
伊織は立ち上がると、りんに、

「長者さまから貰った、芋でも焼こうか、りん」

と、言った。

胸が苦しくて、無言でうなずくのが、精一杯だった。

 

雨は、いつの間にか小雨になっていた。







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