あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

夜明けの最初の一秒<3>












夜明けの最初の一秒<3>




りんは、夢見心地で湯殿から上がった。
まだ、足下がふわふわしている。

誰かに髪の毛を洗ってもらったのは、一体どれくらいぶりだろう。
幼い頃、水遊びも兼ねて夏の冷たい川の中で母に洗ってもらったのが最後ではないだろうか。


朝凪と夕凪は、豪奢な湯殿の中で、実に手際よくりんの体も髪の毛もきれいに洗ってくれた。
最初こそ羞恥心の方が勝っていたものの、
あまりの気持ちよさにそんなものは吹き飛んでしまった。
湯に浸かりながら誰かに髪の毛を洗ってもらうなんて、
こんなに贅沢なことあっていいのだろうか。

夢見心地で湯殿からあがると、着替える為の部屋が用意されていて、
りんは乾いた大きな布で体を包まれたまま、椅子に促される。
ふわふわと夢見心地で座ると、
朝凪がりんの洗い上げた髪の毛を目の細かい櫛で、丁寧に解かし始めた。

「とても美しい御髪でございますね、姫さま。この櫛を使うのも200年ぶりでございます」

朝凪が嬉しそうに言うと、りんははっとしたように、朝凪を振り返る。
あまりの気持ちよさに、すっかり忘れてしまっていた。

「あ・・・あの、200年も昔にこちらにいらっしゃったお姫さまというのは、
 一体どなたなんですか・・・?」

りんの問いに、朝凪は嬉しそうに答える。

「200年前は、十六夜、とおっしゃる月の名前のお姫さまでございました」

「・・・いざよい・・・」

りんは、どこかで聞いたことがある名前だと思った。
けれど、どうしても思い出せない。
誰から聞いたのだっただろう。
りんは、殺生丸のやってくる満月までの日を、すべて月の名前で覚えてしまっている。
・・・月の名前だから、そう思うだけだろうか・・・?

考え込んだりんの前に、夕凪が歩み寄る。

「さあ、姫さま、どうぞこちらを!」

その声にりんが視線をあげると、雅な朱塗りの盆を持った夕凪が、にっこり笑っていた。
盆の上には、薄く透明な玻璃の杯があり、そのなかに透明な飲み物が入っていた。
りんは思わず、歓声をあげた。

「わあ、嬉しい! 喉が乾いてたの。・・・これは?」

りんが杯を受け取りながら聞くと、夕凪は嬉しそうに答えた。

「この出湯(いでゆ)の源泉より汲み上げた御神水でございます。
 霊験あらたかゆえ、どうぞお召し上がり下さい。
 こちらにいらっしゃる姫さまは、皆、必ず飲まれるものでございます」

御神水、というのは、神域から湧き出る水のことだ。
楓から教わったことはあるが、実際に目にするのは初めてだった。
そんなお水を、りんが飲んでもいいのだろうか。
くんくんと匂ってみると、かすかに温泉の匂いがした。
冷やされた水を目の前にして、のどの渇きは耐えがたい。

りんは、繊細な玻璃の杯に満たされた水を、おそるおそる口に含んだ。
よく冷やされた冷たい水は、火照った喉を涼やかに滑り落ちていく。

「わーっ、おいしい!」

湯上がりの体にあまりに心地よくて、りんは思わずこくこくと飲み干してしまった。
ふう、と一息つくと、

「おめでとうございます、姫さま」
「おめでとうございます、姫さま」

と、朝凪と夕凪が声を揃えて言い、頭を下げた。

りんは戸惑い、首をかしげた。 一体、何がめでたいのだろう。
尋ねようとした瞬間、夕凪が先に口を開く。

「これで、姫さまのお体が損なわれることはございませぬ!」

「・・・え?」

りんは、「損なうことはない」という言葉に、気になるような表情をしたが、
そんなりんにはお構いなしに、今度は朝凪がにこにこしながら衣装箱を抱えてきた。

「さあ、姫さま、お着物をご用意しておりますゆえ、どうぞこちらにお召し替えを」

抱えた衣装箱の中をみると、見たこともないような美しい色目の着物が畳まれていて、
りんは驚きのあまり、危うく手に持ったままの玻璃の杯を落としそうになってしまった。

正絹の輝きを帯びた単(ひとえ)に緋袴。
そして思わず見とれてしまうような美しい小袿(こうちぎ)が綺麗に畳まれている。
長者さまのお屋敷であやめが着ていた着物によく似ているが、
りんが一目見ても分かるくらい、こちらの方が桁違いに手が込んでいて美しい。
領主さまの奥方でも、こんなにいい着物を着ているとは思えなかった。

・・・こんなものを借りて汚しでもしたら、一生かかっても償えないだろう。
りんは、恐ろしくなって、ものすごい勢いで首を振った。

「い・・・いえっ!!りんは、来たときに着ていた着物で十分ですっっ!!」

りんが後ずさりしながらそう言うと、朝凪と夕凪は血相を変えて言った。

「まあ、何を仰られます!!
 身を浄めた姫さまに、血の付いた着物など!!
 私たちが霧姫さまに怒られますっ!!」

朝凪と夕凪は、あたふたするりんにはお構いなしに、
衣装箱からずるずると着物を引っ張り出してしまった。

「さあ!」
「どうぞ!」

二人がかりで着付けようとしているのだろう。
真っ白な単を、二人で袖と袖を持って広げて、りんを待っている。

当然ながら、りんはこんな貴族さまが着るような着物は着たこともないし、
一体どうやって裾を汚さないように歩いたらいいのかも、さっぱり分からない。

りんは、泣きそうになった。
どんなに見渡しても、りんの着ていた着物は見あたらない。

「どうしよう・・・」

朝凪と夕凪は、にっこり笑ってりんに言う。

「ご心配なさらなくとも、先ほどの汚れた着物は、もう洗いに出しております。
 これしかお召し物のご用意はありませぬ!
 さあさあ、どうぞこちらをお召しくださいませ!!」

りんは半泣きで、この屋敷のどこかで待っているだろう殺生丸を恨めしく思った。

これしか着るものがないなら、仕方がないではないか。
おそるおそる、その着物に手を伸ばす。

もしも着物を汚すようなことになれば、
その償いは、一生かかってでもこの館で下働きでもして返すしかない、と、
りんは悲壮な覚悟を決めた。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

殺生丸は不機嫌な顔をしたまま、くすくす笑う霧姫から目を逸らし、杯をあおった。


霧姫は麗しい女妖だが、その妖力は、一族でもかなり上のほうに位置している。
それゆえ、一族の中でもわずかの者しか知らぬこの屋敷を、闘牙王の代から任された。
殺生丸に乳母が必要なくなった、ずいぶん大昔の話である。


たしかに、父は先を見越していたのだろう、と思う。
鉄砕牙にしても天生牙にしても、爆砕牙にしたところで、結局はあの父の掌の上だったのだ。
今この時を予想していたとしても、おかしくはない。


・・・200年前、ここの湯殿を使ったのは、十六夜、という人間だった。
闘牙王が犬夜叉の母を、この屋敷に連れてきたのである。
犬夜叉が生まれる前のことだ。


神籍を持つほどの大妖怪である父親が、
「十六夜」という人間の女などに心を奪われていると知ったとき、
殺生丸はずいぶんその誇りを傷つけられたものだ。

そのあたりの妖怪では殺生丸の相手になるものがいなくなり、
直接父に稽古をつけて欲しくとも、
己の高い誇りが邪魔をしてなかなか言い出せなかった頃だ。
顔には出さずとも、たまに相手をしてくれたときにはとても嬉しかった。

早く父を越えたいとひたむきに修行を重ねていた己と向き合うよりも、
愚かしい人間との逢瀬を選ぶ父が、どうしても許せなかった。
あの母は、笑って歯牙にもかけなかったが。

・・・だが所詮、大妖と人間との恋仲など、陽炎(かげろう)のようなものだ。

放っておいても、どうせ十六夜とかいう人間はすぐに死ぬ。
この殺生丸が直接手をくだす必要など、ない。
それに闘牙王とて、その人間の女との間に、子を成そうとは思うまい。
・・・殺生丸はそう思っていた。

殺生丸の怒りが爆発したのは、
闘牙王がこの霧の館に、その十六夜とかいう人間を連れて行ったと知った時だ。

・・・それは、たった一つのことを意味している。

殺生丸に兄弟ができるかもしれない、ということだ。
・・・それも、半妖の。

ほとばしる殺気を隠しもせず、殺生丸はこの霧の館へやってきた。
誇り高い殺生丸に、半妖の兄弟など許せるはずがない。
そもそも、父上の血を分け与えられるということ自体が、許せぬ。
どんなことがあっても、その十六夜という人間の女を殺すつもりだった。

・・・たとえ自分が、闘牙王に憎まれ、逆に殺されたとしても。

もともと、稽古でも全力で相手をしてくれない闘牙王にいらだちを募らせていたのだ。
怒りに身をまかせた殺生丸を止めようという命知らずな者は、
天空の宮には誰一人いなかった。

逆立った白銀の毛と血に飢えた赤い目でこの館を訪れた殺生丸を出迎えたのは、霧姫だった。


「お久しゅうございますわ、殺生丸さま。
 ・・・いかがなさったのです、恐ろしいお顔をなさって」

「・・・どけ、霧姫。父上はどこだ」

「・・・お通しできませんわ、殺生丸さま。 ・・・闘牙王さまのご命令ですもの。
 どうしても進むと仰るなら、私を殺してお入りなさいませ」

霧姫は、静かにそう言った。
三拍睨んだ後で、殺生丸は静かに片腕をあげる。

「・・・私も、譲れぬ」

殺生丸が、ばきり、と指を鳴らしたとき、覚悟したように霧姫は静かに目を閉じた。

「・・・闘牙王さまは、これから竜骨精との戦いに向かわれるそうでございますわ」

霧姫の言葉に、殺生丸の目が怒りを失った。

竜骨精は秋津島の東で荒れ狂っているという、強大な妖。
古代の悪しき力を秘めた、悪霊のような妖怪だ。
近頃ではますます力をつけて、八百万の神々ですら手を下せずにいると聞いている。
神々でも手を下せないような相手ならば、
いくら最強の妖と謳われようとも、生身の闘牙王が、無事に帰ってこれるはずがない。
・・・それなのに、なぜ。

「・・・なぜ、父上が行かれるのか」

「竜骨精に苦しめられている者たちを、放ってはおけぬ、と。
 東の国の神々からも、助けを請われているようですわ。
 ・・・これが、十六夜との最後の逢瀬になるやもしれぬ、と。
 それゆえ、この屋敷へ足をお運びになられたのでしょう。
 ・・・それでも、ここにいるお父上を許せませぬか・・・?」

「・・・・酔狂な・・・」

霧姫がゆっくりと目をひらくと、そこにはすでに背を向けた殺生丸がいた。
湧き上がる妖気に、足下の草が揺れる。

「父上に伝えろ、霧姫。・・・私は、決して許さぬ、とな」

すさまじい突風が吹き乱れ、殺生丸は夜空へと姿を消した。
残された霧姫は、深いため息をついて、闘牙王のいる棟を見上げた。

「・・・本当に・・・まったく、困った親子ですこと・・・」

 


・・・もう、200年前の出来事である。

あれから闘牙王は竜骨精との戦いの最中に受けた傷が元で亡くなり、
十六夜という人間の姫が、闘牙王の血を受け継いだ半妖を産んだと、風の噂に聞いた。

「決して、許さぬ」と、そう言い残して去っていった殺生丸。
あれから、200年過ぎた。

父を亡くし、心を凍らせたままの殺生丸は、旅にでていたと聞いている。
この霧の館で生きる霧姫には、その旅で何があったのか、知らない。

だが、殺生丸はやってきたのだ。
やっと出来た大切な宝物を抱えて、この霧の舘へ。


霧姫は嬉しくて、ついつい幼い頃のように、殺生丸をからかってしまう。
互いに、こういう素直でないところは本当に変わっていない。

霧姫が微笑みを浮かべて、憮然とした殺生丸の横顔を眺めていると、
後ろの襖の奥から、朝凪と夕凪の声がした。


「霧姫さまー」
「霧姫さまー」

「姫さまのお支度が、整いましてございます!」

 

 

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