殺りん話を、とりとめもなく・・・ こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
≪ 夜明けの最初の一秒<7> | | HOME | | 夜明けの最初の一秒<5> ≫ |
東の空が、茜色に染まってきていた。
・・・ちいさな人里も、夜明けを迎えようとしている。
夜明けの最初の一秒<6>
「本当に、申し訳ありませんでした・・・楓さま」
深々と頭を下げる伊織に、楓は深いため息をつき、疲れた顔で頷いた。
「・・・いや、とにかく、無事で何よりじゃ、伊織」
伊織の向こうでは、気まずそうな顔をした犬夜叉が、頭をガリガリとかいている。
一晩寝ずに心配していた楓は、よほど心労が嵩んでいたのだろう。
そう言うと、へなへなと座りこんでしまった。
「楓ばあちゃん、大丈夫?」
かごめが心配そうに側に寄り、楓の背をさすった。
昨日のことである。
夕暮れには戻ると隣村へ出かけていったりんと伊織が、帰ってこない。
日が陰るにつれて不安になった楓が、
犬夜叉に探しに行って貰おうとした矢先、村は突然の豪雨に見舞われた。
この時期の夕立はよくあることだが、夜中になってもその雨は上がらず、
風も増すばかりで、ひどくなる一方だった。
「・・・台風かしら」
かごめは、激しい雨を見ながら、そう言った。
さすがの犬夜叉も、あの大雨と風ではりんの匂いが分からず、
二人がどこにいるか、検討すらつかない。
二人が隣村まで出かけると聞いたときには、
伊織が一緒なら心配しなくとも大丈夫だろう、と楓は思った。
ここは、退治屋の夫婦とやたら強い半妖と巫女の住む村ということで、
最近、この近辺には夜盗も賊も寄りつかない。
戦国の世とも思えぬ治安の良さである。
それに、楓は伊織を、それこそ生まれたときから知っているし、
現在は村を背負っていく青年の一人として、信頼もしている。
伊織が馬で連れていくなら、よほどのことがない限りは大丈夫だろう。
・・・そう思っていた。
だが、天災までは伊織でも防ぎようがないし、
りんに何かあってからでは、取り返しのつかないことになる。
・・・彼女は、大妖からの大切な預かりものなのだ。
夜更けに、雨が小降りになったのを見計らい、
犬夜叉にりんと伊織を探しにいってもらった。
・・・だが、なぜか犬夜叉は、なかなか戻ってこなかった。
かごめと楓は一晩寝ずに犬夜叉が戻ってくるのを待っていたが、
やきもきしながらも、とにかく夜が明けるのを待つしか手がなかった。
真っ暗闇の山中に探しにでたところで、二次災害が関の山だからである。
「懐中電灯があったらなぁ・・・」
と、かごめはため息をついていたが。
そして、夜も明けようかと言うときに、
血まみれの伊織と犬夜叉が、馬を引いて、共に歩いて戻ってきたのである。
血だらけの伊織を目にしたときには、楓は全身から血の気が引く思いがした。
「り、りんは・・・?! りんは、どこじゃ?!」
小屋から飛び出してきた楓に、伊織が頭を下げ、疲れた顔で事の顛末を説明した。
・・・りんは、無事だと。
・・・あの時。
りんを抱いて空に飛び立った殺生丸の後ろ姿を見ながら、
伊織は全身が震え出すのを、押さえることができなかった。
あのように狼の群に囲まれたことも初めてだったし、
死ぬかもしれない、と思ったことも初めてだった。
もちろん、あのような大妖怪を目の当たりにしたことも、
・・・あんな激しい怒りと殺気を向けられたことも。
飛びかかってきた狼が伊織の目の前でまっぷたつに切り裂かれた時、
激しく飛び散る血飛沫の隙間から、一瞬だけ、恐ろしく美しい妖が見えた。
青白い閃光を操る、金色の目をした妖が。
その青白い閃光は、あっと言う間に狼たちを切り裂いてゆき、
伊織は頭から、その激しい血飛沫をあびた。
背後で、か細い、りんの声が聞こえた。
「・・・せ、しょうまる、さま・・」・・・と。
伊織は、愕然とし、目を見開いた。
・・・・これが、りんの慕う「殺生丸さま」か・・・?!
・・・呆然とせざるを得ない。
こんなに美しい、人型をしたものを、伊織は今まで見たことがなかった。
狼の群を一瞬で切り裂いたことも嘘のような、優雅なたたずまい。
妖は閃光を血を振り切るように一振りすると、体重などないかのようにふわりと飛び、
狼たちの骸と血の海を飛び越えて、りんの側に降り立った。
伊織は呆然としたまま、目の前を通り過ぎる美しい妖を見ていた。
りんの側に膝をついた妖はその金色の目を陰らせ、りんの頬に触れた。
「・・・汚れてしまったな」と、低い声が響く。
りんの両手がその妖に伸ばされ、その妖が胸の中にりんを抱くと、りんは大声で泣きはじめた。
それすら、伊織はただただ、呆然として見つめていた。
りんがその胸の中に抱かれて、
伊織は、初めてその妖が逞しい体躯の、男の妖だということに気がついた。
背も高い。
肩幅も広く、胸に抱いたりんが、あまりにか細い。
あまりの美しさに目を奪われて、それにすら、気がつかなかった。
りんを抱いた、妖の目がギラリと、呆然としていた伊織を睨み据えた。
その金色の目に見据えられて、一瞬で我に返った。
心臓を鷲掴みにされたようだった。
全身から、恐怖でじっとりと汗がにじんでいく。
その目から伝わってくるのは、紛れもない殺気。
その恐ろしさに足が地面に張り付いたように、微動だにできない。
・・・一瞬でも動けば殺されるかもしれない。
そう、思った。
妖の並々ならぬ怒りが伝わってくる。
その目が、告げていた。
「貴様も、狼どもと一緒に、切り刻んでくれようか」・・・と。
伝わってくる、静かで激しい怒りと殺気。
・・・りんを、危険な目に遭わせたことを、怒っているのだと、思った。
・・・弁解の余地もない。
りんを危険な洞窟へ連れ込み、あげく、命を落としそうになった。
あの狼たち全部を相手にして、伊織がりんを守りきれる可能性は、限りなく低かった。
りんの、途切れ途切れの声が響いた。
「こ・・・怖かった、よ・・・」
「・・・そうか」
その間も、妖の目は、殺気を込めて伊織を睨んだままで。
「・・もう、うっ・・・会えないかと、思っ・・・」
「・・・莫迦なことを」
・・・そして、同時に伝わってくる、深い妖の想い。
ああ、この妖怪は、りんを・・・・愛しているのだ。
・・・こんなに、誰よりも。
伊織がそう思った瞬間、その妖の殺気がふっと消えた。
今までこちらに向けていた圧倒されるような殺気が、嘘のように。
伊織から目を離した妖が愛しそうに見ているのは、腕の中のりんで。
・・・その美しい妖は優しく、何度も、何度も、りんに口づけを落とした。
まるで、りんのことをあやすように。
・・・胸が苦しくなって、伊織はゆっくりと目を逸らした。
当たり前のように、目の前で落とされた妖のあまりに優しい口づけ。
・・・俺と、夫婦(めおと)になって欲しい。
・・・ゆっくり考えて、今すぐ答えを出さないで欲しい。
そんなことを言っていた、己の浅はかさを嘲笑したくなった。
考えるも何も、なかったのだ。 最初から。
・・・こんなに、想いあっている二人に。
りんの嗚咽が収まるまで、どれくらいの時間が流れただろう。
「・・・りんを、連れてかえってください。りんを守れるのは・・・あなただ」
気がつけば、そう言っていた。
それ以上でもそれ以下でもない。
本当に、ただ、それだけだ。
一体、他の誰が、あんなにりんを想い、守り、愛せるというんだ。
相手が人間だろうと妖だろうと、そんなことはもう、どうでもいい。
俺の好きだったりんは、この妖にしか、無理だ。
りんを置いていくつもりなどさらさら無い、と言わんばかりに、
妖は軽々とりんをその腕に抱き上げた。
御牧で叩き込まれた礼儀作法は、少しは役に立った。
武士は食わねど高楊枝というが、本当らしい。
りんに悩ませてしまったことを謝り、別れを告げながら、
りんの為に辛くも笑顔を浮かべている自分に、驚いた。
・・・やせ我慢も、ここまで貫き通せたらたいしたものだと、心のどこかで思う自分がいる。
りんを抱いて空へ飛び立った大妖怪の後ろ姿を見ながら、
俺は、全身が震え出すのを、押さえることができなかった。
あのように狼の群に囲まれたことも初めてだったし、
死ぬかもしれない、と思ったことも初めてだった。
もちろん、あのような大妖怪を目の当たりにしたことも、
・・・あんな激しい怒りと殺気を向けられたことも。
震えながら、思わず地面に座り込んでしまったところに、犬夜叉がやって来た。
その場に漂う匂いで大方のことを察した犬夜叉は、
伊織の前に座り込み、ふう、と大きなため息をついて言った。
「・・・お前があいつに殺されてなくて、よかったぜ・・・・・・」
外はまだ真っ暗だったし、豪雨の後で足下もおぼつかない。
二人だけなら、伊織が犬夜叉に背負われ帰ることもできただろうが、
伊織は村長の馬を、無事に村まで連れ帰らなければならない。
そういうわけで、とにかく、少しでも明るくなるのを待ってから、村へ帰ってきたのである。
夜が明けるまではかなりの時間があり、伊織は、洞窟で犬夜叉とぽつりぽつりと話をした。
殺生丸が犬夜叉の兄だということも、犬夜叉から聞いて、伊織は初めて知った。
・・・りんの生い立ち、殺生丸との関わり、人里に突然やってきた理由。
犬夜叉から聞くりんの話は、伊織が初めて聞くものばかりで、
・・・結局、伊織はりんのことを何も知らなかったことを、思い知る。
伊織は、いつもりんが眩しかった。
村に住んでいる女の子とも、何かが違う。
何が違うのかは、よく分からなかった。
だが、何かが違うのだ。
村の他の男たちも、それは何となく感じていたようで、
伊織と同じ年頃の男の中には、
本気でりんに惚れてる奴が何人かいたことを、伊織は知っている。
楓さまに、祝言の申し込みをした奴がいることも。
年頃の女たちなら皆があこがれる長者さまの息子や、領主様の息子たちが村に寄っても、
りんは彼らに見向きもせずに、病人の介護や薬草作りに励んでいた。
年頃の娘たちは、誰が彼らに茶を出すかで熾烈な争いを繰り広げていたというのに。
・・・権力者の支配下で生きることしかできない、この村の中で、
そんなりんの姿は、あまりに清々しく凛としていて、眩しかった。
年頃の男どもは皆、伊織と同じような感覚を持っていたに違いない。
りんはそういう色恋沙汰には、てんでニブくて、
年頃の男たちから向けられる好意に、本当に見事なまでに気が付いていなかった。
伊織はそれに安心し、微笑ましく思ってもいたが。
・・・けれどそれも、大きな勘違いだったということなのだろう。
どんな身分であれ、人間の男なんかが、りんの眼中に入るはずがなかったのだ。
・・・りんは、あの妖に一途な想いを抱いていたのだから。
それも、幼い童の頃から、それを疑うこともなく。
沈みこんだ伊織を気遣うように、犬夜叉が言った。
「殺生丸も、昔は本当に情け容赦ない奴でよ。
俺なんか、何回殺されかけたか分からねえくらいだ。
・・・けど、殺生丸は、りんを連れ歩くようになってから、変わった。
守らなくちゃならねえものは、殺生丸には、多分・・・りんしかいねえんだ」
そういう犬夜叉の表情は、何だかすまなそうで、伊織は苦笑する。
やはり兄弟ということで、何か思うところがあるのだろうか。
けれど、ぶっきらぼうだがお人好しで、村に馴染んで暮らしているこの半妖と、
あの恐ろしいまでに美しく強大な大妖怪とに、
半分同じ血が流れているとは到底信じられなかった。
「・・・あの妖怪が助けてくれなかったら、俺はあの場で死んでいました・・・。
りんのことだって、守ってやれなかったに違いないんです」
そう犬夜叉に言いながら、悔し涙がこぼれた。
「どうやったって、かなうわけがないよなぁ・・・。
妖怪の中でも最強の大妖怪だなんて、俺なんかが勝てるはずがないじゃないか。
りんが、俺のことを見てくれないわけだよなあ・・・」
そう言いながらも、伊織は苦い思いを噛みしめる。
・・・いや、そうじゃない。
俺は、気がついたんだ。
あの二人は、多分。
・・・多分、お互いに、唯一無二の存在なんだ・・・。
犬夜叉は何とも言えない表情をしたまま、伊織の独り言に付き合ってくれた。
・・・朝まで。
伊織は朝焼けの空の下で、楓の顔を見て、苦笑する。
「楓さま、俺・・・あきらめます」
「・・・・・・伊織」
「今まで色々と・・・すみませんでした」
伊織が、ずいぶん前からりんを好きだったことを、楓は知っている。
御牧で、見習いから職人に召し上げられたら、
正式に祝言の申し込みをしてもいいかと、直接聞かれたこともある。
りんと伊織、双方の気持ちを考えて、誰にも言ったことはなかったが。
「・・・今、お湯、沸かしてるわ。せめて、血を洗い流してから帰った方がいいわ。
このまま帰ったら、ご家族も、心配するもの。
りんちゃんのことは・・・大丈夫よ。
殺生丸に任せておけば心配ないわ、きっと」
かごめが、伊織の肩にそっと手を置いて言った。
「・・・・お気遣い、ありがとうございます。・・かごめ、さま・・・」
頭を下げた伊織の声が、堪えきれずに、わずかに震えた。
≪ 夜明けの最初の一秒<7> | | HOME | | 夜明けの最初の一秒<5> ≫ |