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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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無くした片方<5>


老巫女とかごめが出て行き、私は静かに、眠るりんの顔を眺めていた。

眠る顔をゆっくり眺めることなど、ここ久しくなかった。


・・・朝凪の海のように、心が穏やかに凪いでいく。


・・・りんの息が穏やかになっていくにつれて、
りんが握りしめた私の髪から、パリパリと静電気の様な刺激が走る。

 

・・・効いてきたな。

 

 

 

無くした片方<5>

拍手[149回]






りんに食べさせた桃。
私の育った宮の中庭にある、桃の実だ。

人の身には、過ぎる薬効。

あの桃には、意富加牟豆美命(おおかむつみのみこと)という名がある。
『大神の実』という意味だ。

名の由来は、神代(かみよ)の頃にまで遡る。

この秋津島(あきつしま=日本)が、まだ形もなく、世界が混沌としていた頃。
イザナギとイザナミという男女の二柱の神が、夫婦となり、
この島国を生みだし、国を支える八百万の神々を生み出した。
けれど、最後に火の神を生んだことで妻のイザナミは火傷を負い、死んでしまう。

嘆き悲しんだ夫のイザナギは、寂しさに耐えられず、黄泉の国まで妻を迎えに行った。
しかし、イザナミはすでに黄泉の国の食べ物を食べ、死者の国の住人となっていた。

けっして私の姿を見ないでくださいと言われたにも関わらず、
夫のイザナギは我慢が出来ず、髪に挿していた櫛に火をともし、妻の姿を見てしまう。

・・・美しかった妻は、身体にウジが湧き、恐ろしい形相で悪鬼を身体に纏わせていた。

恐ろしくなった夫のイザナギは、黄泉の国の坂を駆けあがり、地上へと逃げようとする。
それを知った妻のイザナミは、イザナギが約束を破ったことを怒り、
夫をひきとめようと、悪鬼に襲わせた。

その時、イザナギは地上へと続く坂道に生えていた桃を悪鬼に投げつけ、
その桃が持っていた強い霊気で、悪鬼を払ったのだ。

無事に地上に戻れたイザナギは、その桃に感謝し、『大神の実』という意味の名をつけ、
「私を助けたように、地上の者たちをこれからも助けよ」と言った。


神より名を賜ることで、更に霊力を強めた桃の実は、
黄泉より桃を持ち帰ったイザナギによりいくつか地上にもたらされ、根を下ろし、実をつけた。

この実を食すと、一時的ではあるが、妖でも、聖なる結界を身体から発することができる。
勿論、毒に病んでいれば、それを内側から消し去ってしまう。
敵は、その結界に触れるだけで浄化されてしまう。
桃を食した者は、人間でも妖でも、一時的ではあるが、まさに『無敵』といった状態になる。

・・・あの奈落が白霊山でやっていたことと同じ効果が、身体の中で起きるのだ。

妖怪たちは、この実を喉から手が出るほど欲しがったという。
異常なまでに珍重された桃の実は、やがて妖たちの争いの種となっていった。

地上に生えた桃の木は、妖たちの長い争いの中で、やがて枯れ果ててしまい、
現在では、私の育った天空の宮の庭に一本残るばかりとなった。

黄泉比良坂(よもつひらさか)には、今でも元々の原木があるのかもしれんが、
わざわざ命を捨てて、黄泉の国まで取りに行くバカはいない。


・・・りんの身体の中でも、今まさに、同じ現象が起きている。

りんが握ったままの妖の私の髪が、浄化の聖域に反応して、時折、パチッと音を立て始めた。
この浄化の作用が、りんの身体の中に入った毒をも浄化するだろう。
りんに食べさせたのはたったの一口だったが、効果は一目瞭然だ。
りんの呼吸は落ち着き、高かった熱はずいぶん落ち着いた。

 

つい、数刻前の出来事だ。

人食い鬼の封印を確かめに行った私に、風に乗って届いたのは、母上の毒の臭いだった。
・・・けして、地上で嗅ぐことのない臭いだ。


数日前から、りんの周りに若い男の臭いが纏わりついていることは、
ずっと感じていたし、確かに不愉快ではあった。

だが、人里で暮らすりんの生活にあれこれと口を出すつもりはないし、
それで、りんが人里で人間の男と暮らしたいというなら、それを止めるわけにもいくまい。
りんの人生は、りんのものだ。
りんが選び、りんが決めることだ。

・・・同じように、私の想いは、私だけのものだ。
私の想いを、りんが気遣う必要も、背負う必要もない。


だが、人食い鬼を封じたという塚の前から立ち去ろうとした私のところに、
母上の毒の臭いが届いたかと思うと、直後に、りんの血の匂いが届いた。

思わず、はっとした私のところに、さらに不快になる臭いが届いた。

・・・数日前から纏わりついている人間の男の唾液の臭いに、
りんの血と、母上の毒が混ざった臭いだった。

なぜそういうことになったかは、想像するに易い。
どうせ、母上が蛇か何かに化けた化身を使い、りんを咬ませたのだろう。
傍にいた男が、りんの毒を吸い出したに違いない。

我が母ほどの毒になると、私の毒と同様、人間には強すぎる。
まともに浴びれば、骨まで溶かしてしまうだろうし、少量でも確実に命を奪う。
前もって毒を効かなくさせる方法は、別に伝えられているが、
いちど身体に入ってしまった毒を解毒するための方法は、限られている。

母上自身が解毒をするか、解毒と浄化の作用のある宮の庭の桃を食すか、だ。

どちらにしても、私が天空の宮城まで赴くしかない。

要は、「言いたいことがあるから、ここまで来い」ということなのだろう。


我が母ながら、相変わらず、呼び出す方法が悪趣味だ。
そんなことの為に、りんが苦しんでいると思うと、腹が立つ。


そして、呼び出されている理由も、おおかた想像がついた。


神籍を持っていた父上が亡くなられて200年。

その間、父上が残した狗神の神籍は、ずっと空いたままなのだ。
当然、一年に一度、八百万の神々が集められて開かれる、
出雲の神議りの父上の席も、ずっと空いたままだ。
一族の中からも、神籍を持つ一族の主を望む声が高まっているのだろう。

爆砕牙を得た私は、妖怪としての力では、名実ともに父上を越え、
その噂は、恐ろしいほどの速さで広まった。
一族の中から神を輩出するのは、妖の誉れといっていい。
そろそろ、父上の後を継いで、神籍を得て出雲へ赴け、ということなのだろう。

父上と同等の妖力を持ち、現在では一族の頭にいるのだから母上が跡を継げばいいものを、
私に押し付けようと、のらりくらりと断り続けているという。


・・・だが私は、りんの生きる道が決まるまで、動くつもりはない。


この私が、守りたい思う命に出会ったのだ。
断る理由など、それで充分だ。

りんとて、もう出会った頃の様な子供ではない。
己の道を選べるようになるまでは、恐らくあと一年もあれば十分だろう。


「・・・・・う・・・」

りんがうっすらと目を開け、私は物思いから醒めた。

「・・・・目が覚めたか」

「せ、しょうまる・・・さま・・・?」

りんの周りに、常人には見えぬ薄い結界が張っている。
あの、かごめとかいう犬夜叉の連れ合いの巫女には、見えるかもしれない。
まさに、白霊山の中を彷彿とさせるように、
結界が確かなものになっていくにつれ、私は息苦しくなっていく。

りんが掴んでいた私の髪が、とうとう、ばちっと音を立てて、りんの手から弾けとんだ。
手を開いたその衝撃で、りんはわずかに目を見開いた。
目が、覚めたらしい。

「殺生丸さま・・・どうして、ここにいるの・・・?」

りんは、ぼんやりとしたまま私に聞く。

「・・・もう、大丈夫だ。しばらく寝ていろ」

「ま、待って・・・殺生丸さま」

私が立ち上がろうとすると、りんは、涙を浮かべて言った。
まだ、身体を持ち上げるには辛いのだろう。
必死に、身体だけこちらを向けた。

「りん・・・殺生丸さまから貰った草履・・・片方・・・」

下がりきっていない熱と、目覚めたばかりで、心が不安定なのだろう。
りんは、ぽろぽろと涙をこぼす。

「片方ね、川で・・・流されちゃ・・・っ・・・うっ」

りんは言葉の途中で泣きだして、えぐえぐと涙をぬぐっている。

「ごめんなさい・・・」

私はりんに聞こえないよう、密かなため息をひとつついた。
流された履物くらいで、何を泣くことがある。

泣くりんの涙を拭おうと、手を伸ばすと、浄化の結界に阻まれて、
指先からバチバチと火花がでた。

「・・・・。」

触れることすら、できんか。
まったく、話に聞く通りの強力な桃だ。

りんは、顔を覆って泣いていて、自分の結界に私の手が拒まれたのには気付いていない。
私は、ため息をついて、仕方なく声をかける。

「・・・泣くな、りん。 あんな履物など、いくらでも持ってきてやる。
 今はしばらく大人しくしていろ。 直に、その毒は消える」

私はそう言うと、りんは涙目で私を見上げ、こくり、と頷いた。

「・・・はい・・・殺生丸さま・・・」

まだ身体が辛いのだろう、頷いて目を閉じたりんを見て、私は立ち上がり、小屋を出た。

・・・あの桃の霊効があれほどとは思わなかった。
私ですら、傍に居るだけであれほど息苦しいのだ。
並の妖怪では、りんの傍には近づけまい。

それから、もう一つ。

イザナギとイザナミの間にあった夫婦の絆を断ち切ったあの桃には、異性避けの効果がある。

りんの体内で桃の霊効が薄まるまで、おそらく半月ほどは、
人間であれ妖怪であれ、異性である男がりんに触れることはできんだろう。

私の育った天空の宮の庭にある理由は、毒消しというよりも、それだ。
歴代の主が、婚礼前の相手に食べさせて、
その者の身を守り、他の男が触れられぬようにするための実。
当然、その間は己も相手の女に触れられぬが、
婚礼前の大切な相手を守るのに、これ以上の方法はあるまい。

母上のしたり顔が浮かんで、私は思わず舌打ちした。

何が、背中を押してやった、だ。
小娘のことは心配せずに、その間に出雲へ赴けとでも言いたいのだろう。

ふざけるのも大概にしろ。

 

私はふと、りんに桃を食べさせたときの、唇の柔らかさを思った。
あれは、意識の無いりんに桃を食べさせるために、手っ取り早く、口移しをしただけだ。
りんは、ほとんど意識が無かったし、何をされたかも分かっていないだろう。

・・・けれど。


口に含んだ桃よりも、りんの小さな唇の方が、よほど甘かった。


・・・妙なものだ。
母上の呼び出しは限りなく不愉快だったが、
桃の霊効でりんが安全だということと、他の男がりんに触れることができぬということが、
今までになく、私の心を穏やかにしている。

・・・いかに、己の心がりんに縛られていたかが、分かるというものだ。

またも、母上のしたり顔が浮かぶ。
「もう少し、自覚したらどうだ?」とでも、言いたかったのだろう。

・・・・腹立たしい。


小屋の外にでると、邪見が慌てて足下へとんできた。

「せ、殺生丸さま、もう、りんは大丈夫なので?!
 そ・・・それと、何やら息苦しいのですが、これは・・・?!」

小屋の傍に伏していた阿吽も、息をすることすら辛そうにしている。

「・・・行くぞ、邪見」

私はそう言い、ふわりと浮き上がる。
邪見がぜいぜい言いながら、阿吽に乗って、後を追ってくる。

次の満月までは、あと半月以上ある。
次の逢瀬なら、りんに触れることも叶うだろう。

・・・といっても、頭を撫でるくらいだろうが。

あの娘の成長を待てぬ思いと、その成長を止めてしまいたい衝動とが、
私の中に奇妙に同居している。


「お義兄さーん!!ありがとーーーーーーーー」


かごめの声が下から響いた。


「・・・・・ふん」

 

何度聞いても、嫌な響きだ。

空へと駆け上がりながら、私はそう思った。

 

 

 


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