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あやかしとむすめ

殺りん話を、とりとめもなく・・・  こちらは『犬夜叉』に登場する 殺生丸とりんを扱う非公式FANサイトです。

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神成りとむすめ<1>



びょうびょうと、強い風が全身の毛を靡かせ、吹き抜けていく。

大妖は、巨大な狗の姿で大空を駆けていた。

凍るような上空の大気も、狗の姿の殺生丸には寒ささえ感じさせない。
この姿に戻ることは、躯から溢れんばかりの妖気を発散させることでもある。
普段ならば、大空を力の限り駆ける行為は、本来の姿に戻った心地よさを伴うものだ。

 

・・・・・・が、大妖は非常に不機嫌であった。










神成りとむすめ<1>

拍手[81回]

 

 

 

 


「ほう、ようやく覚悟を決めたか、殺生丸」
 


天空の宮城で大妖を待っていたのは、他でもない、大妖のご母堂である。

「ちゃんと神有月の前に戻ってくるとは、なかなかよい心構えではないか」

大広間の玉座に頬杖をつき、大妖によく似た美しいかんばせには、
面白そうに笑みを浮かべている。

「・・・で、大人しくここへ来たということは、
 我が愛息は、人間の小娘に振られずにすんだということか?」

面白い暇潰しを見つけたと言わんばかりの母の表情に、
殺生丸は、険しい表情をぴくりと動かした。
普段、この宮で大人しくしていることの方が珍しい母親が、わざわざ玉座で
待ちかまえているなど、大方、下界を映すという水鏡でも覗いて、頃合いを
見計らっていたに違いない。
殺生丸は、苛立ちを隠さずにその重い口を開いた。

「・・・今後一切、りんにも、あの里にも手を出すな。父上の跡を継ぐという約束は、
 果たす」

殺生丸の言葉に、わざとらしく玉座の母は首をかしげた。

「・・・・はて? 
 わらわは頭の固い古参の妖どもとは違い、そなたの恋路には良き理解者であった
 つもりじゃがの。
 そなたがあの武蔵野からつかず離れずの間、たまには顔を出せと喧しく言ってくる
 うるさい一族どもを煙に巻いてやったのは、わらわじゃぞ?
 それに、そなたがこの宮にあれこれと調達に来る度、あの人間の小娘に可愛らしい
 着物や帯を誂えさせていたのは、一体誰だと思うておるのじゃ?
 そなた、優しき母の気遣いを無用だったと申すか? 
 あの小妖怪なんぞは、医王の里を教えてやったわらわに額突いて礼を言っておったがのう。
 ・・・・まったく、誰に似たのであろ。冷たい息子じゃ、そなたは」

玉座に座ったまま、よよよ、と泣きまねをしてみせる母の口元は、必死に笑いを
こらえている。

「・・・・・ふん、世迷い言を」

殺生丸は鼻白んだ。
以前、私を呼び出すためだけに、りんを毒蛇に噛ませたのは一体どこのどいつだ。
いざとなれば、手段など選ばぬくせに何を言う。
そもそも、出雲の神議りとて、母上がおとなしく父上の跡に収まっていればいいものを、
参席する度に、「つまらん」と神議りの最終日まで残らずに帰ってきてしまうから、
いい加減、違う狗神を寄越せと他の神々から催促されたのではないか。
母が、一族の古参の妖どもを「ああ、年寄りは鬱陶しい」と適当にあしらっているのも、
今に始まったことではないではない。

この際、面倒なことはすべて私に押しつけるつもりか。

そう思いつつも、大妖の表情は険しいものから、やがて呆れと諦めを含んだものに
変化していく。
腹立たしいと思いながらも、どうしても認めざるを得ないのは、人間どもの縁結びなどに
全く興味を持てない己の気性は、この母から遺伝したということである。

父上は、この母とは対象的に、縁結びという神事を心から嬉しそうにやっていた。

その強さと猛々しさで他のどの妖にも劣らぬ父上が、神有月が近づくとその印象を
がらりと変え、幼い私の頭に手をおいて嬉しそうに言っていた。

「父は出雲に参るぞ、殺生丸。
 人間たちに祭られる狗神として、彼らの縁を結んでやらねばならんからな。
 それにしても、そなたを我が子として私に結びつけられたのは、
 一体どの神だったのだろうなぁ。
 一度、礼を言わねばならんと思っているのだ、父は」

余りにほくほくとした嬉しそうな顔で言うので、内心バカバカしいと思っていても、
殺生丸は幼いなりに気を使い、冷めた表情のまま口を噤んだものだ。

闘牙王の戦う姿こそが何よりも尊く価値あるものと思っていたあの頃の殺生丸にとって、
人間の縁結びなどという下らぬものの為に、嬉しそうに出雲まで赴く父親の姿は、
どうにも受け入れがたいものだった。

・・・が、それも遠い昔の話だ。
今や、殺生丸の持つ力は、闘牙王を遙かに凌いでいる。

結局のところ、この二人の両方の気質を受け継いだのが己であることは間違いがない。
・・・ため息をつきたくなった。

「・・・・で、その狗神の御印とはどこだ」

煩わしい、という表情をそのままに、殺生丸は口を開いた。
神の席を受け継ぐならば、前任が残した御印がなければならぬと聞いている。
闘牙王が残した狗神の御印は、母が預かっているはずだった。

泣きまねをしていたご母堂は玉座の手すりから顔を上げて、つまらなそうな顔をした。

「・・・相変わらず、そなたは朴念仁じゃの。
 少しは親子ごっこに付き合ってくれてもよいではないか、まったく」

そう言いながらも、ご母堂はゆらりと玉座から立ち上がる。
すらりとしたその姿は、大輪の白百合を思わせる美しさだ。

殺生丸を見て、面白そうにその口角を上げた。

「・・・・ついて参れ、殺生丸。道を示してやろう」

「・・・・道だと・・・?」

殺生丸の怪訝な表情を横目に、ご母堂は背後に聳える巨大な宮へと足を向けた。

 

 

 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

「・・・それにしても、相変わらずここは埃臭いの」

そう言いながら暗闇の中でご母堂が指し示したのは、薄暗い宝物庫に納められた、
雅やかな一つの香炉だった。

殺生丸がこの宝物庫に足を踏み入れたのは200年ぶりである。
最後にここへやってきたのは、鉄砕牙を捜し求めてのことだった。
無論、鉄砕牙が無いと分かると他の宝物には目もくれずに即座に野に下った。
闘牙王が持っていた剣以下の武具など、手に取る気にもならなかったからである。
ここにあって殺生丸の役に立ったのは、邪見に持たせている人頭杖だけだ。

この宝物庫には一族の権勢を誇るかのように、さまざまな武具や美術品、
曰く付きの品々が納められている。
納められた宝物の中には、闘鬼神のごとく渦巻く妖気で近づくだけでも危険なものが
多いので、下々の者も迂闊には踏み込めず、絢爛豪華な美しさを誇るこの宮城の中で、
この宝物庫は、唯一埃まみれの場所でもある。

ご母堂は棚に近づくと、明かり取りの雪洞を持っていない方の手を伸ばし、
美しい細い指で香炉の蓋をカチリ、とあけた。

香炉とは、その名の通り、室内で香を炊くための小さな陶器だ。
通常は、その形、美しさを誇るもので、様々な季節の趣向を凝らした工芸品である。
下界ではこんなものに美しさを求めるのは、わずかな権力者ばかりであろうが、
この宮で幼い頃を過ごした殺生丸にとっては見慣れた調度品の一つだ。
・・・無論、その美しさなどに殺生丸が興味を抱くはずもなかったが。

細かな金の細工が施され、側面に牛のような生き物が鮮やかな絵付けで描かれている
香炉は、殺生丸の片手に乗る小さなものだ。

ご母堂が蓋をとった小さな香炉の中には、漆黒の闇が広がっている。
この香炉の持つ闇が何なのか、大妖の殺生丸の目をしても、判断がつかなかった。
単に宝物庫が暗いからなのか、それとも、もしやあの冥界に繋がる闇なのか。
冥界の真の闇のおぞましさは、忘れようのない記憶でもある。
殺生丸は、警戒するように目を細めた。
この宝物庫には単なる美術品もあるにはあるが、今この時に、母が指し示す香炉が、
ただの香炉のはずがない。

・・・ややして、香炉を見つめる殺生丸の目が、見開かれた。
香炉の中から、ぴょこりと人が顔を出したからである。

「おお、これはこれは、奥方さま。もう、一年が過ぎたのでしょうや?
 なんとまあ、月日の経つのは早うございますのう」

手のひらに乗りそうなほどの小さな翁が、香炉から這いだしてきてそう言うと、
ぺこりと頭を下げた。
薄暗い倉の中で、雪洞の明かりに照らされた翁は、顔を上げて眩しそうに目を細めた。
ご母堂がその翁に向かって口を開く。

「・・・息災で何よりじゃ、時巡りの翁よ。
 神議りまではあと数日あるのだが、この度は、わが愚息が出雲へ赴くこととなった。
 翁よ、殺生丸を導いてやってくれるか?」

「おお、なんとなんと!!!」

時巡りの翁、と呼ばれた小人の翁は小さい目を見開いて、殺生丸を仰ぎ見た。

「実際にお会いするのは初めてでございますな、殺生丸さま。
 闘牙王さまから、よくお話は伺っておりましたぞ!
 こちらへお越しくださるのはいつになるであろうかと思っておりましたが、
 どうしてどうして、やはりこのお二方のご子息であらせられますなぁ!!」

翁はにこやかな顔でうんうん、と頷いていたが、怪訝な表情のままの殺生丸を見て、
さらに、ははは、と笑った。

「いやいや、そのような顔をなされるな。
 あれこれ口で説明できるものでないのが、神々の世界と言うものです。
 さあ、この香炉から漂う香を嗅ぎなされ、殺生丸さま」

翁はそう言うと袂から扇を取り出し、ぱらりと開いて香炉の上ではたはたと風を送った。

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殺生丸の鋭敏な嗅覚に、香炉から、ほんのりと懐かしい品のよい香りが届く。

「・・・・・・・・・父上」

香りの記憶をたどった殺生丸が思わず口を開くと、ご母堂はにやりと口角を上げた。
雪洞に照らされたご母堂の顔が、殺生丸の視界でぐにゃりとゆがむ。
 
「・・・・あの娘への想いを忘れぬことだ、殺生丸。神への旅路は長いぞ」

「・・・なん・・だ、と」

躯が急激に重くなっていく。
視界全体がゆがみ、自分がちゃんと立っているかさえ、危うい。
なんだ、これは・・・?

そう思った瞬間、殺生丸の意識はぷつりと途絶えた。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 


・・・私の頬にふれる、小さな手。
細い指。強く握れば、簡単に折れてしまう、か弱い手。

されど、まっすぐに命を駆ける、強くしなやかな、おまえの手。

 

――――――――― 殺生丸さま・・・・

 

・・・・・りん、おまえは・・・・強いな。

 

――――――――― 殺生丸さま、大好き・・・

 


・・・・・・私は、失いたくない。・・・おまえを、失いたくない。

 


―――――――――― 大丈夫だよ、殺生丸さま・・・

 


・・・・・なぜ、そのようなことが言える?

・・・・・・なぜ、そう思える?

 

 

―――――――― 信じてるから

 

 


・・・・・・・何を・・・?

 

 


――――――――― だって、絶対に、また会えるもの・・・・

 

 

 

 

 


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

「・・・・・・・さま」

「・・・・・・・・殺生丸さま」

 

・・・柔らかなりんの髪、滑らかな肌の感触、細いくせに、どこまでも柔らかな身体。

高い体温で立ちのぼる、甘いりんの香り。
おまえの、私を想って泣いた涙の香り。

「・・・・・・・・殺生丸さま」

頬に口づけると、くすぐったそうに首をすくめた。
甘くかぐわしいりんの香りに恍惚としながらも、抱きしめることすら躊躇いながら、抱いた。

殺生丸にとって己の命と引き替えにしても惜しくない、愛しい命。


柔らかな夢の感触にまどろみながらも、殺生丸の聴覚は、小さな声を拾う。


「・・・・殺生丸さま、お目覚めになられましたか?」

 


「―――――――― ・・・。」

 


薄く目を開くと、目の前に香炉からでてきた小さい翁の顔が見えた。
・・・身体が、重い。

殺生丸は、何かを背当てにして、白い雲の上に寝ていた。
翁は、殺生丸の鎧の胸の上に立って、殺生丸の顔をのぞき込んでいる。

殺生丸が完全に覚醒すると、翁はひょいひょいと移動し、殺生丸の肩にぴょんと乗った。

「お体が重く感じられるのは、この世界のせいでございます。
 慣れるまで、ご辛抱くださいませ、殺生丸さま。
 さあ、参りましょう。この時巡りの翁がご案内いたします」

ゆっくりと身を起こし、殺生丸は周囲を見渡した。
一面が、白い雲の世界だ。高い空は目の覚めるような美しい青。

「・・・・・ここは」

口を利くことすら億劫になるほど、身体がついていかない。
自らの身体が重いなど、殺生丸にとっては生まれて初めて味わう感覚だった。

「ここは、あの香炉の中。
 現の世界ではなく、されど黄泉でもなく、切り離された異世界とでも申しましょうか。
 ここから、狗神さまの御印まで、私が殺生丸さまをご案内いたします」

殺生丸はゆっくりと立ち上がり、自分が背当てにしていたものを振り返って、眉を寄せた。

「・・・・・・・これは」

殺生丸の目にうつるのは、艶やかな毛並みの、伏した牛である。

「さあ、起きよ、件(くだん)。よろしゅう頼むぞ」

翁の言葉に、のそり、と起きあがった牛を見て、殺生丸はわずかに目を見開いた。
牛の顔は、人間の顔である。

「・・・・・件(くだん)だと」

眉を寄せた殺生丸の表情に、牛は人の顔で微笑んだ。

「・・・・・極上の甘い夢を、馳走いただきました、殺生丸さま。
 一年に一度、ここで夢を喰らうことで、私は命を得るのです。
 さあ、お乗りください。夢の代償に、私がこの世界を歩んでさしあげましょう」

件(くだん)と呼ばれた牛の言葉を受けて、翁も殺生丸を促した。

「さあ、お乗りくだされ、殺生丸さま」

殺生丸は、怪訝な表情を浮かべて牛を見ている。

「・・・お前は、先見をするという、あの件(くだん)か」

「・・・ええ、左様にございます」

「・・・・」

ややして、殺生丸は無言のまま、牛の背へ跨った。

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この妖の名は聞いたことがある。
だが、その妖がこのような異空間に身を置いていたことは、当然ながら知らなかった。
この妖が案内役だというならば、余計な詮索は無用だろう。

体が重く、一つ一つの動作が恐ろしく緩慢だ。

「さあ、参りましょう、殺生丸さま」

殺生丸が跨ると翁がそう言い、件はゆっくりと歩み始めた。

 





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